ピカっちがランラン先輩と初めてのキャッチボールを楽しんでる一方で、マーポはラプ先輩とキャッチボールでバトルという…………とんでもない事態になってる僕たちの野球部の入部体験。
二匹に続くように、このポケモンのキャッチボールもまた始まろうとしていた。
そのポケモンとは……………、
(いよいよね…………!見てなさい…………!ここから私のステキな物語が始まるんだから!さっきはダメだったけど、諦めてないわよ!恋のメロディはどこかできっと…………奏で始めるんだから!)
…………そう。チコっちである。彼女は顔を真っ赤にして、頭の葉っぱを勢いよくグルグル回していた。キャッチボールの組み合わせの発表終了後から、ずっとこんな調子でテンションが上がりっぱなしなのだ。
「ハハッ。元気が良いね、チコっちちゃん。その調子でキャッチボール、頑張ってみようか」
「は………はい!」
ジュジュ先輩の言葉に慌て気味のチコっち。彼女はボールの握り方、体全体の力を使ってボールを投げる方法など、キャッチボールに必要な基本的な知識を、ペアの決定後から彼から教わっていたところだった。
「それじゃ、投げまーす!」
「OK!」
チコっちとジュジュ先輩、お互い前脚と腕にはめた緑色のグローブを相手の方に向ける。
ピカっちとランラン先輩、マーポとラプ先輩に続いて、彼女たちのキャッチボールの練習もいよいよ始まりだ。
…………まず、注目されるその1球目。
チコっちが前脚でつかんでる白いボールを、ジュジュ先輩目掛けて投げた!
ピュ~~~~!
(え~い!!)
「!!?」
ところが………である。次の瞬間、ジュジュ先輩はそのままその場に倒れたではないか。
「ヤバ!!すみません!先輩、大丈夫ですか!?」
チコっちは慌てて彼のもとへ駆け寄る。ジュジュ先輩は顔が赤く腫れ上がり、しばし目を回していた。無理もない。なぜなら彼はチコっちが投げたボールが、もろ顔面に直撃したのだから。
「…………」
「あっ!ジュジュ先輩!ごめんなさい!」
「……………………」
そんな彼女の懸命な呼び掛けが届いたのか、赤く腫れる顔を押さえながら、ジュジュ先輩はゆっくりと起き上がる。多少表情を曇らせていたものの、沈黙は保っていた。
「す…………すみません、本当に!次は本当に気をつけて投げます!」
その間もずっとチコっちは何度も頭を下げる…………といった光景が少し続いたあと、気を取り直して2球目を投じることになった。
「せ~んぱい!今度こそちゃんと投げますからね!」
「……………」
チコっちの声にジュジュ先輩は気合いを入れるように、緑のグローブをバシッバシと叩く。それを目にしたチコっちは、すかさず白いボールを投げた!
ピュ~~~~!!
バシッ!!
そのボールを華麗にキャッチするジュジュ先輩。そのままチコっちの緑のグローブを目掛け、すかさずボールを投げ返した。もちろん表情は崩すこともなく。
シュッッッ!!
「えっ、え!?」
野球初心者なチコっちには、その俊敏な動きに思うような反応が出来なかった。その場でオロオロするばかりだった。その結果、ボールは彼女のグローブに当たることなく、そのまま横を通過してしまった。
「ハッ!………ご、ごめんなさ~い!」
彼女は再びジュジュ先輩に頭を下げたのち、
背後へ転がったボールを猛ダッシュで拾いに行く。ジュジュ先輩はその間も全く表情を崩さずに沈黙を保っていた。
一方のチコっち。彼女は始めの勢いが段々と沈み、次第にやる気が薄れていた。というのも、
(はぁ~…………なんかつまんない。ジュジュ先輩、急に喋らなくなったし。ここにも恋のメロディの気配がしないわ…………)
そう。あろうもことか、チコっちは“恋のメロディ”と銘打って、漫画の世界のような運命的出逢いをまだ企んでいた。完全に「部活動」の意味を勘違いしてるようである。
(…………でもまぁ、良いわ。まだ練習は始まったばかりだし。どこかにきっとチャンスはあるはずよ!)
ハッキリ言ってそんな奇跡的なこと、あるはずがない。ツッコミどころ満載だが、余計な一言で彼女がまた暴走すると厄介なので、敢えてこの件は触れないことにしたい。
…………と、話が脱線したが、彼女は掴んだボールをしっかりと握り直し、ジュジュ先輩に投げ返した。なんだかんだこれで3球目となる。
ピュ~~~~~!
パシッ!!
「……………」
チコっちから投げられたボールを、特別何も感じることなく、普通にキャッチしたジュジュ先輩。相変わらずの沈黙を保ちながら、彼はすかさず彼女へ投げ返した。
シュッッ!
「キャッ!」
チコっちはこれにも対応出来ず、ボールをキャッチしようとするどころか、目をつぶって頭を守るような仕草をとった。その為
ボールは再び彼女の背後に転々と転がる羽目になった。
チコっちは「す、すみませ~ん!」と何度か謝り、慌ててボールを拾いに向かう。同時に心の中ではこんな不満も生じていた。
(何なのよ!私みたいな初心者にあんなムキになって投げること無いじゃない!かわいいレディに失礼ね、全く!)
ジュジュ先輩が気の毒に感じるくらいの、このわがままチコリータの心境である。まだジュジュ先輩に聴こえてないのが救いだが、この先の展開に不安しか感じられないのは、僕の気のせいだろうか…………。
…………一方、マーポとラプ先輩のキャッチボールバトルもますます熱くなろうとしていた。
「マーポくん。あなたのアイデアがどんなのかわからないけど、あなたに勝機は無いと思うわよ?」
「ケッ!ゴチャゴチャ言うのは結果見てからにしやがれってんだ!」
シュッッッ!
冷めた様子のラプ先輩へ思い切りボールを投げるマーポ。だが、彼よりも何倍もの大きな体のラプ先輩に、相変わらずその勢いも通用しない。
パシッ!!
「やれやれ、仕方ないわね…………」
さて、彼の“アイデア”とは一体何だと言うのだろうか。そこに注目したい7球目。
「フフ。あなたのアイデアが無駄ってこと、教えてあげるわ。それっ!」
(また、わざとキャッチできねぇようなボールを!)
ラプ先輩がマーポに向かってボールを投げる。これまでと同様、極端に高く跳ね上がるボールを。
(…………でも、今までみたくやられると思うなよ!いくぜ!)
ザザァーーー!!
「?」
次の瞬間、彼はキリッと表情を引き締めたと思うや、その場に思い切りジャンプをした!いや、それだけではない。同時に自らの足下に向かって“みずでっぽう”を発射。大量の水を吹き出したのである。結果、彼は7球目にして初めて悪球をキャッチすることができたのである。
キャッチしたボールを投げ返しながら、マーポは叫んだ。
「これでどうだ!これならオレのジャンプ力を補ってくれる!アンタからのクソボールもキャッチ出来るぜ!」
………だが、この状況の変化にもラプ先輩は全く動じることはなかった。
「フフ、いい作戦ね。なら、これならどうかしら?」
「なっ!?一体何をしようってんだ!?」
「見てのお楽しみよ!」
彼女は再び不敵な笑みを浮かべると、マーポから投げ返されたボールを高く空へと放り投げた。キャッチボール開始から数えて8球目。ここにきて初めてのパターンである。
(今度は“フライ”を上げてきたか!でもこれなら黙ってても捕れるはず!)
“フライ”というのは、空へと高く飛んだボールのことらしい。特別勢いが強い訳でもなく、どちらかと言うとフワ~と空高く飛ぶため、ボールの落ちてくる場所をいち早く判断して追い付けるかがポイントになるらしいが……………。
(でも、ナメられたもんだな!クソボールをオレが攻略されてきたもんだから、ますます投げやりになってきたのか………………あ!!!?)
上空を見上げてグローブを伸ばした次の瞬間、彼は驚きのあまり言葉を失った。なぜなら、
(ボールと一緒にたくさんの雪玉が落ちてきやがった!これじゃどれがボールかがわかんねー!)
そう。ボールと一緒に大量に落下してきた雪玉。その雪玉がちょうどボールと似たようなサイズだったため、マーポからはどれがラプ先輩が上げたボールか判別出来にくくなっていたのである。
そんな戸惑うマーポに対し、嫌らしい笑みを浮かべたラプ先輩がこう言った。
「フフフ、どう?これは“ゆきなだれ”よ。私の投げたボールはこの雪崩の中に紛れてる。あなたにそれを見極めることが出来るかしら?」
「ちっくしょうめが!」
マーポはラプ先輩の言葉に苛立ちを露にする。ようやく明るい希望が見えかけた所で、再びラプ先輩の巧みなバトル運びに一杯喰わされた格好となった。
(でも何故だ!?本来“ゆきなだれ”は技を放つエネルギーをチャージする時間がかかるから、アイツは後手になるはず!………まさか、アイツはそれさえも覆すほどのレベルがあるってのか!?)
「フフ、焦ってるわねマーポくん。どう?そろそろ降参する?」
「ふ、ふざけんな!誰が降参するってんだ!」
自分の考えを見透かされたような発言に、苛つくマーポ。しかし、そうしたところで彼は迫り来る“ゆきなだれ”から、ボールを見つけ出す策を見出だすことを出来なかった。その結果、
ズドドドドドド!
「ぐっ!うわぁぁぁぁ!!」
彼は“ゆきなだれ”に巻き込まれてしまった。先ほどのヒート先輩とのバトルのダメージが十分に回復してないなか、この一撃は痛すぎるものだった。
「…………うっ。…………く!ち………ちきしょう………く!」
体を襲う激痛に表情がゆがみ、呼吸も粗くなる。そしてガクンと地面にひざまずいてしまい、がっくりとうなだれる。そんな彼の前に小さな野球ボールがストンと静かに地面に弾んだ。だが、今の彼にそれを拾う気力さえもほとんど無かった。
「く…………ちっきしょう!負けてたまるかっ…………てんだ!」
それでもマーポは諦めなかった。ヒート先輩とのバトル、そしてこのラプ先輩とのキャッチボールを通して既に体はボロボロ。それでもマーポは地を這ってでも何とかボールを手にした。
「根性あるわね?まだ練習するつもり?」
「うるせー!いくぞ!おりゃあああ!」
ここまでくると気持ちだけだった。痛々しい体にムチを打ちながら、思いきって腕を振って投げたボール。それは力強くラプ先輩の方へ飛んでいった。
パシッッッ!
「良いボールね!えいっ!」
しかしそんな彼の熱意とは裏腹に、ラプ先輩は簡単にボールをキャッチ。そのまま投げ返す。気づけばラプ先輩が投げたボールも9球目だ。
シュッッッ!!
「ようやくまともなボールが来やがったか!始めからそうすりゃ…………って、何するんだ!!?」
「フフ、このボールに“ハイドロポンプ”をぶつけるのよ。そしたらスピードも増すしね」
「や、やめろー!!」
「ムダよ、もう遅いわ!あなたが降参しない限り、こっちも容赦はしないわ!」
ここまでくると、野球部の体験入部というより、ガチのポケモンバトルのようである。どちらかがK.O.されるまでぶつかり合う………そんなポケモンバトル。しかし、マーポにはそんな反撃する体力も残されてない。一方的にラプ先輩の前に叩きのめされてるだけである。いくらマーポに実力不足を認識させるためとは言え、果たしてここまでする意味があったのだろうか。
本当のところ、このときのラプ先輩も自らの行いに矛盾を感じていたようではある。
ズドドドドドド!
(ちきしょう!オレはただ野球をしたいだけなのに!なんでこうなるんだよ!)
マーポも一応は青いミットを構えてみる。しかしそこには、キャッチボール開始前の威勢が良かった彼はもう存在しない。そこには大好きな野球を思い切り出来る環境を目の前にして、ぐっと悔し涙を堪えながら、己の無謀さに本日2度目の後悔をするマーポしかいなかった。
その間にも刻一刻と“ハイドロポンプ”とともに凄まじいスピードとパワーで迫り来るボール。彼は魂の限り叫んだ。
「オレは野球がやりたいんだぁぁぁぁぁー!う、うわあああああああああ!!」
「……………終わりね」
その瞬間、マーポは“ハイドロポンプ”に弾き飛ばされ、空に高く舞い上がった。その次に大きく地面へとお腹からぶつかった。そのあとは何も動かなかった。ボールだけがポポンと何度か弾み、青いミットがマーポから1mほど離れた場所に落ち、それで彼の戦いは終わった。
「よく覚えておくのね。この敗北を。熱意だけじゃどうにもならないときもあるってことを。なぜならあなたも今日から立派な新入部員だから…………。一緒にリーグのトップを目指して頑張りましょう?」
ラプ先輩は目を回してるマーポへ最後にそう伝えると、傷ついた彼を優しく自らの背中に乗せた。そして再びみんなのもとへとゆっくりと動き始めたのである。
このあともまだまだ続く野球部の体験入部。果たしてどんなことが待ってるのだろうか!