邂逅 - 3

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「じいさん約束が違うぜ!ポケモン図鑑はオレにくれるって言ってたじゃん!」

言うが早いか、グリーンと呼ばれた少年はオーキドに詰め寄った。
長めの茶髪に鋭い双眸、黒いシャツに紫のカーゴパンツ、腰にウエストバッグを巻いている。
歳はシオンと同じくらいだろうが、背丈は彼の方が幾分高いようだ。また会話から察するに、グリーンはオーキド博士の孫であるらしい。

「何を言っとるか。もちろんお前の分もあるわい。儂がお前に頼んだんじゃからな」

対するオーキドは飄々としている。それがかえってグリーンの神経を逆撫でした。

「ならオレだけでいいだろ?なんでわざわざそんな見るからに凡人そうなやつにも図鑑渡しちゃうんだよ!?」

グリーンはシオンを指差し尚も食ってかかる。
当のシオンはというと、特に口出しも反論もせず、ことの成り行きを見守っている。

「こらグリーン!たとえ冗談でもそんなこと言うもんじゃない。それに彼女は――」

「へいへい、ちゃんと聞いてたさ。親が立派?ポケモンと話せる?だからなんだよ。そんなの、こいつが本当にトレーナーとして能力があるなんて理由にはならねーんじゃねぇの?」

最もらしいことを堂々と言い切り、グリーンはシオンに向き直った。

「オレ、お前のこと知ってるぜ。『シオン』だろ?『ポケモンの子』って呼ばれてるよな」

シオンの眉が平坦になる。それは彼女の、言わずと知れた臨戦態勢。『ポケモンの子』。シオンをそう呼称することは、彼女の両親に対する侮辱であると同時に彼女に対する敵対行為であることに他ならないからだ。

「まぁオレはそんなことどうだっていいんだけどさ。ていうかー、一年学校サボってポケモンとおしゃべりしてた、いやそれどころか、普通過程の義務教育程度の好成績で満足してたお前と…」

知る由もないグリーンはそこでたっぷりと区切り、哀れみに自信を混ぜた、つまり思い切り馬鹿にしたような顔を向け、

「幼少期からこつこつと勉学を重ね小学部という若さで他地方留学、さらに知識教養と実践経験を重ね、トレーナーデビュー準備万端のこのオレと。レベルどころかスタート地点が違うの、分かるだろ?」

「グリーン!いい加減に――」
「あなたは――」

オーキドの声にシオンの声が被さる。先程と変わらない表情のシオンに、オーキドはそれ以上何も言わず彼女に発言を譲った。

「あなたは、ナナミさんの弟さん?」

「はぁ?」

期待に反した、もしくはあまりに予想外の質問だったのだろう。グリーンは素頓狂な声を上げた。

「今の会話の流れでその質問かよ。まぁいいけど。お前言う通り、『ナナミ』はオレの姉さんだぜ。だったらなんだよ?」

「別に。さっき会って、『弟に会うことがあれば仲良くして』って言われたから。でもまぁ、約束は守れそうにない、と思って」

「お前さぁ、ケンカ売ってる?」

「どの口がそれを言うかな」

「面白くねぇヤツだな。お前なんかと仲良しこよしなんてこっちから願い下げだぜ」

「それはどうも」

額に青筋を立て引き攣った笑みを浮かべるグリーンと、無表情だがこれでもかと殺気を(あらわ)にしているシオン。

「こ、こら!二人ともやめんか!」

異様な展開にそれまで固まっていたオーキドだったが、ピリピリと今にも爆発しそうな二人をすんでのところで止めにかかる。
叱責を受け、二人はようやく睨み合いをやめた。

「とにかく、だ!オレはこんなぼーっとしたやつに見込みはないと思うね!」

シオンを指差し、グリーンは断言した。
当のシオンは何も言わない。相手にするのも煩わしい、といったふうに大きく肩を(すく)めてみせた。しかし、

「――ってオレが言ってもどうせ関係ねぇんだろうけどな。お前、何と言われようとじいさんの頼みを受けるつもりなんだろ?」

その言葉には驚き目を見張った。グリーンは彼女の本心を的確に見抜いていたのだ。

「ふうん。ただの減らず口かと思ったら、意外と聡明なとこあるんだ」

「チッ、いちいち一言多いんだよ。けどな、オレだって譲らねぇぜ。だからお前に覚悟があるってんなら、それを見せてみろよ」

「…つまり?」

そしてグリーンは先のような気取った様相に戻り、

「オレと勝負しろ!」

そう高らかに宣言した。



――ボクを使え

ふと、声が聞こえた。

少年のような、少し高い声だった。
幼いながらも強く熱を帯びた、それでいて静寂に冴える鋭さをも持つ声。

――ボクを使え

グリーンのものでも、オーキドのものでもない。
しかし自分の耳に、脳裏に、真っ直ぐ突き刺さったその声。

――ボクを、選べ…!

求める声に、シオンは応える。



「――わかった」

静かにそう言い放ったシオンは、

「…シオン?」「おい、聞いてんのか?」

オーキドとグリーンの間を素通りし、モンスターボールが並ぶ棚の横、三つのボールがセットされた機械へと歩みを進めた。

「聞いてるよ。聞こえてる」

静かな音で起動しているその前でピタリと止まると、一つのモンスターボール、真ん中に置かれたボールへと手を伸ばす。

「お、おい、分かってんのか!?そのボールをとるってことは――」
「博士」

グリーンが最後まで言わない内に、シオンはボールを手に取った。そしてそれを頭上に放る。
宙高く舞ったボールが開いた。激しい光幕と共に鳴き声を大きく響かせながら、一匹のモンスターが現れる。
オレンジ色のスリムなボディに大きな目、長い尻尾の先で煌々と燃える紅蓮の炎。
自分を呼んでいた声の主に対面し、シオンは顔をほころばせその名を呼んだ。

「ヒトカゲ!」

〈トカゲポケモン〉ヒトカゲは、「カゲーッ!」と一声、両手を広げたシオンの胸へと飛び込んだ。
お互い、その出会いを喜ぶように頬擦りすると、オーキドの方へと向き直る。

「私、博士のお頼みお受けします。どうか図鑑と、この子をいただけないでしょうか」

それを聞いたオーキドは真剣な顔で、

「一つだけ聞かせてくれ。なぜ、ヒトカゲを選んだ?」

「それは――」

シオンは口ごもったが、

「大丈夫」

ハッとして腕の中へ視線を落とす。ヒトカゲは、シオンをしっかり見つめ、

「伝えて。ボクが君を望んだ」

望んだ。その言葉は、これまでのどんな言葉より重く深くシオンの心に落とし込まれた。満ち満ち込み上げるものをぐっと押さえ、

「ヒトカゲの声が聞こえて…」

一言ひとこと噛み締めるように言葉を紡ぐ。

「『ボクを選べ』って…私、ヒトカゲに選んでもらったんです。だから、私は…それに応えたくて」

その瞳は揺れていた。嬉しさ、不安、決意…色々なものがない混ぜになったような目はしかし、その言葉に嘘偽りがないことを雄弁に物語っているようだった。
オーキドはふっと息を付き、

「そーら見ろ」

突然、博打(バクチ)に勝ったようににっかりと笑った。

「君がトレーナーに相応しいかどうか、それが何よりの証拠というものじゃ。ポケモンは君という人間をしっかり見とる。君も、君を信じてくれたポケモンを信じてやらねばのう」

そしてオーキドは、シオンの手にポケモン図鑑をしっかりと握らせた。

「君の意志、しかと受け取った。期待しとるぞ!」

「はい…!」

シオンは今一度、手の中にあるものの感触を確かめる。
片手に収めるには少し大きいそれは、思っていたよりも重みがあった。そして赤の光沢に映る顔は、嬉しいのか困っているのか…ふにゃふにゃとしてなんとも情けない。

「トレーナーカードはポケモンセンターで手続きする必要があるからの。隣町のトキワシティに行きなさい」

「あぁ、そうか…わかりました。そうだ、博士――」

「オレを無視するんじゃねえええぇぇっ!」

突き出した腕と人差し指をわなわなと震わせてグリーンが吠えた。

「シオン、改めてオレと勝負しろ!!」

「勝負って…何で?まさかここでポケモンバトル、とか言わないよね?」

「フン、本当はすぐにでもそうしたいところだが、外は雨だし室内なんて以ての外。ましてやお前は初心者。というわけで、オレは大人でしかも紳士だからな。お前に猶予を与えてやろう」

シオンの腕の中でやり取りを見守っていたヒトカゲは、

「この人、よく喋るなぁ…」

シオンにも聞こえない声でつぶやく。
そんなことを知るわけもないグリーンは、咳払いを一つ、

「まずはニビシティでジムバッジを手に入れろ。そしたらオレがお前とバトルしてやるぜ」

と、命令した。
シオンはきょとんとして聞き返す。

「なんでジム?」

「トレーナーが強くなきゃ、図鑑完成なんて夢のまた夢だからな。それに、そのくらいの実力があって初めてオレとお前は対等、同じ土表ってもんだぜ」

なるほど、確かに理にかなってはいる。
このグリーンとかいうやつは、一見滅茶苦茶に見えて律儀なところもあるらしい。

「一応聞くけど……もし私が勝ったら?」

「ふふん、まぁそんなことは万が一にもないだろうけど?そうだな、お前のことをライバルとして図鑑を所有することを認めてやる」

自信たっぷりに勝手なことを言うグリーンに対し、シオンは悪魔で平静にもしくはドライに返す。

「別にライバルとは認めてくれなくていいしなんであなたがそんなに偉そうなのか分からないけど……じゃああなたが勝ったら?」

グリーンはにやりと笑い、

「図鑑はオレに返して、とっととマサラに帰ってもらうぜ」

平然とそんなことを言った。
ちょっとでも見直した私が間違っていた、とシオンは思った。基本的にこの男は滅茶苦茶だ。

「言っておくが、これは草試合じゃない。ちゃんと白黒が付く公式戦だぜ。無一文になった方が帰りやすいだろうしな」

最早何も言うまい。シオンはこの件に関してそれ以上考えるのをやめた。
しかし、この瞬間に彼女の中のグリーンという人間の位置づけ(カテゴリ)は決定した。それは、「自身の夢を邪魔する敵」。これは今後なかなかひっくり返るものではないだろう。

「じゃあそういうことだ。ほんとに覚悟があるってんなら、せいぜい頑張ってみろよな。バイビー」

言いたい放題言い残してグリーンは部屋から出て行った。
後には露骨に嫌な顔を隠さないシオンと、

「まったく…しょうがないやつじゃのう」

そう言って苦笑するオーキドと、

「…変な人だ」

そんな感想を漏らすヒトカゲが残される。
オーキドはシオンに向き直ると、

「本当にすまんな、シオン。あれは負けず嫌いなところがあるからのう。あそこまでムキになるのは珍しいことじゃが……まぁグリーンの言うことは気にするな。ポケモン図鑑はグリーンでなく、儂が君に渡したものじゃからな」

「はぁ…そうします」

「じゃがジムに挑戦する、というのには儂も賛成じゃ。見知も広がるじゃろうし、ポケモンを集める上でのヒントにもなろう」

トレーナーになるにあたってバトルの腕が先行することは、シオンも承知している。それに、グリーンに馬鹿にされたままというのも癪である。
シオンは小さく、そして獰猛に笑った。

「きっと後悔させてやります。私に時間を与えたこと」

「はっはっは、それでよい。時にシオンよ」

「はい」

「このことを、タクミ君やダイキ君に何の相談もなしに決めてしまって良かったのか?」

「あ……」

窓の外では、雨がだいぶ小降りになっていた。

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