邂逅 - 2

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

※シオンの両親の名前を明記し忘れておりました
申し訳ありません

「シオン-2」訂正済み

シオンはオーキド博士に連れられて、彼の研究室に通された。
一旒博士の研究室とあって、天井まで届く本棚や資料棚がいくつもあり、ラベルを貼られたモンスターボールもずらりと並ぶ。机の上には山積みになった書類や大きなデスクトップパソコン。
生まれて初めて研究者というものの空間を目の当たりにし、シオンの心は高揚していた。

「はっはっはっ。そう緊張するな。こんな所までわざわざ君を呼び出したのは儂の方なのだからな」

オーキドは快闊に声を上げて笑い、きょろきょろと落ち着かないシオンに椅子を出した。
シオンはそれにおずおずと座り、

「お久しぶりです、博士」

そう挨拶をした。

「あぁ、しばらくじゃのう。臨海学校の特別講義以来か」

「そうですね。あの時はありがとうございました。でも……」

「どうした?」

「どうして、私に?」

「うむ、『どうして』とは?」

オーキドは次の言葉を促す。その表情はどこか楽しそうで、やもすれば茶目っ気すらも感じさせた。
対してシオンは、至って正直に応える。

「博士から私に頼み事があると、そう聞いてきたんですが…何も思い当たる節がなくて。私と博士の接点と言ったら臨海学校の時くらいだし、生徒の中で一番優秀なわけでもないし」

それを聞いてオーキドは、一瞬真面目な顔でうんうん頷いたかと思うとまた破顔し、

「なるほど。どうやら君は、ほんの少し勘違いをしとるようじゃな」

そんなことを言った。

「え、勘違い?」

「では、それも踏まえて話すとしようかの。君をここに呼んだ訳を」

顔中に疑問符を並べ立てるシオンにそう前置きして、オーキドは机の上に一つの箱を置いた。それをゆっくりと、シオンの前へ差し出す。

「これは?」

「開けてみなさい」

言われるがまま箱を開けると、中に入っていたのは片手サイズの折りたたみ式の機械だった。明るい赤の塗料加工の表面は、とても滑らかで真新しい。シオンが恐る恐る機械を開くと、上部にはディスプレイ画面、下部にはスピーカーと、操作のためのものかボタン等があった。
不思議そうに、または興味津々に機械を観察するシオンに、オーキドは説明を始める。

「それは『ポケモン図鑑』じゃよ。出会い捕まえたポケモンのデータを自動的に記録する道具――と、そのくらいは知っておるか」

「でも実際に見るのは初めてです。すごい、これが……」

つい最近のことだ。ポケモントレーナー界隈、そしてポケモン研究界に一つの革命が起きた。
それが、オーキド博士が発明、開発した『ポケモン図鑑』というものだ。
世界を震撼させたポケモン図鑑は、オーキド博士の夢の実現であり、将来のポケモン研究を大きく進歩させるとして、あらゆるメディアで取り上げられている。
しかし開発はまだ初期段階であり、当然の如く希少で高価なそれはトレーナーの憧れであり、なかなかお目にかかることが出来ない代物でもあるのだ。
それが今、自分の目の前にある…
感激し目を輝かせるシオンに、オーキドは唐突な一言を告げる。

「それで頼みというのはな、――シオン、君にその図鑑を完成させて欲しいのじゃよ」

あまりに突拍子もない言葉に、シオンの理解が数秒遅れた。
驚き固まったシオンに失笑しながらも、オーキドははっきりと口にする。

「君には、その図鑑の所有者--つまりポケモントレーナーになってほしい。それが、儂から君への頼み事だ」

「…………」

動揺、混乱しコイキングのように口をぱくぱくさせ声にならない声を出しているシオンに、オーキドは今度は声を上げて大笑いしていた。

「はっはっはっはっはっ――あぁ、すまんすまん、ついな。予想通り、いやそれ以上の反応だったものでなぁ。なに、ちゃんと説明するさ」

そしてオーキドは茶をひと口喉に流すと、ゆっくりと話し始めた。

「知っての通り、このマサラタウンは新しいトレーナーの出発地。儂もこれまでに幾人ものトレーナーを送り出してきたが、次に送り出すトレーナーにはぜひともこのポケモン図鑑を持っていって欲しいと思っていた。しかも儂の夢を託すわけだから、信頼出来る人間が良い」

「それで、なぜ私に?」

「儂が、君は信頼出来ると確信したからじゃ」

「……」

「言い方を変えようか。君が、ポケモントレーナーになるべくして生まれた人間だからじゃよ」

ますます腑に落ちない、といった顔をするシオンに、オーキドは構わず続ける。

「優劣はどうでも良い。君にはポケモントレーナーとしての素質が十二分にある。それは臨海学校でよくよく分かっておる。だがそこだけでないのだ。君は、ポケモンと話すことが出来る、そう言っておったな」

シオンは頷く。確かに、臨海学校のオリエンテーリングでオーキド博士を前にそう言った。

「あの時は俄には信じられんかった。でも君が実際にポケモンと話しているのを見てな」

「!」

シオンは瞠目した。しかし何も言わず、詰まった息を呑みこみまるで叱られている子どものように、オーキドの次の言葉を待つ。

「見て納得したわい。飼育士が鳴き声や挙動からその生き物の意図を読み取るのとは違う。あれは本当に『話して』おった。そしてこの力は、トレーナーになってこそ最大限活かされる」

「それはそうかもしれませんが…」

オーキド博士はポケモンのみならず、トレーナーの才能や能力を見抜くこともできる。そう言われている本人が断言するからには、何かしらの理由があるのだろう。とはいえ自分のような平々凡々な、ポケモンバトルすらろくにしたことがない自分が、ポケモン図鑑を所有するポケモントレーナー、と言われても、それこそ俄には信じられない。
そんなシオンの胸中を察してか、

「儂とて学者の一人。何の根拠も無しにこんなことを言ったりはせんよ。増してやこれは、ある意味君の進路に関わる話じゃからな」

「はぁ…それで、その根拠とは」

「そうじゃのう」

そこで一旦言葉を切ると、オーキドはややおどけた表情で、

「シオン、君のご両親のことをよく知っておるよ」

そんなことを言った。

「…はい?」

なぜそこで両親の話が出てくるのか、戸惑うシオンをよそに、オーキドは続ける。

「実はあの二人は儂の大学時代の教え子でなぁ。実に優秀で勉強熱心な学生じゃったよ。あぁ、お父さんの――タクヤ君の方はよく居眠りをしとったがなぁ」

「え、っと……」

「二人ともマサラタウンの出身でな、タクヤ君はフシギダネを、シノ君はゼニガメを選んだと言っておった。学者としてはもちろんトレーナーとしても天才的で、ダブルバトルでは儂も勝てたことがなかったよ」

「ぁ……」

「研究テーマは、ポケモンの遺伝についてだったか。卒業後はどこだったか…大きい研究施設に移ったんだったな。向こうの方から声がかかってな、儂が推薦状を書いた。そのくらいよく出来た人財じゃった」

「……」

オーキドの口から楽しそうに語られる、自分の知らない両親の過去に、シオンはいつの間にか聴き入っていた。
オーキドは穏やかに微笑み、

「君は、自分のことをちと低く見ておるようじゃが、『自分なんか』と言うのは()しなさい」

「……」

「謙虚さと卑下は違う。慎ましい心は人を育てるが、想いに蓋をしては力は伸びん。何よりだ」

オーキドはそこで一息入れると、シオンを真っ直ぐ見据え、

「ご両親がこれほど立派な人間なのだ。もっと自分に自信を持ちなさい。遺伝というのは意外と馬鹿にできんものじゃよ」

諭すように言った。
この時、シオンの中には二つの思いがあった。
一つは、自身の心の靄。先程まで悶々としていたものが、目の前の博士の言葉を聴くうちに溶けて流れ出ていくようだった。見出されたのは一つの可能性。殻に閉じこもりきった現状からの脱出。それはポケモントレーナーになることで開花される。
もう一つは、人生の岐路。オーキドの言う通り、これはある意味進路の決定。両親と同じ選択であり、一番近いようで一番遠ざけていた生き方。ポケモントレーナー。両親が歩んだ奇跡を辿り、あらゆるポケモンとの出会いを経験する。それを成すに最も現実的な方法が、目の前にある。

「おっといかんいかん。歳を取るとどうも説教臭くなっていかんなぁ。まぁ何にせよ、だ」

シオンは思考の世界から、オーキド博士へと意識を戻す。

「今すぐにとは言わん。しかし、前向きに検討してはくれんか」

言われてハッとした。
本心を言えば、二つ返事で、両手(もろて)を上げて引き受けたい。
きっと期待に応えるから、どうか自分に任せてほしい。
時間を置いてしまえば決意が揺らぐかもしれない。だからこそ――

「私は――」

「ちょっと待てよ!」

被せられた荒い語気に振り返ると、そこには

「……」

「おぉ、グリーン。戻っておったか」

敵意のこもった目を自分に向ける一人の少年。

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