15話 闘争の果てに

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「デッキは出来上がったよ」
「七分四十二秒、しっかり制限時間内ね」
 市村アキラの研究室で執り行われる翔と市村の対戦。市村はハンデ戦として自身のデッキはブーストドラフトによって組み立てると明言した。
 その場でカードパックを開封し、ありあわせのカードだけで八分の制限時間内でデッキを組む。
 流石にデッキを見るわけにはいかないから、翔は後ろを向いて付き添いの希に時間を測ってもらっていたがどうやら仕上がったようだ。
「さて、デッキにはハンデは与えたがそれ以外は一切手は抜かない。いいね?」
「……望むところです」
「手っ取り早く始めようじゃないか。うずうずして胸の内がたまらないんだ。あ、あと仁科くん。助言はくれぐれも、だよ」
「分かってるわよ」
 市村は口角を上げると、バトルデバイスを放り投げる。翔も遅れてバトルデバイスを展開し、デッキポケットとリンクさせる。
『ペアリング完了。対戦可能なバトルデバイスをサーチ。パーミッション。ハーフデッキ、フリーマッチ』
 対戦が始まると同時に市村の目が深緑色の輝きを湛える。先ほども見た、相手のオーバーズの性能を確認するオーバーズだ。
「なるほど。最初にキミが手札に来るんだ。……うんうん、分かった。そうしろって言うんだね?」
 初めのバトルポケモンの選択前。市村は自分の手札に向けて話しかけ始める。今まで出会ったことのないタイプに翔は面食らったが、自分は自分のルーチンを守る。と、自分の手札からたねポケモンを裏側のままバトルデバイスにセットする。
「始めようか」
 遅れてセットした市村の声で、セットされたポケモンの開示と先攻後攻の決定が同時に行われる。先攻は市村。翔のスターティングポケモンはエンテイ120/120に対し、市村のポケモンはファイアロー130/130だ。
「二進化ポケモンがどうして……!」
「ファイアローの特性『疾風の翼』の効果。対戦準備でポケモンをバトル場に出すとき、このカードが手札にあるならバトル場に出すことが出来る。これで本来進化しないといけないファイアローを出せるって寸法さ」
 なるほど、味な事をする。流石は全国大会で名を馳せた強者だ。
「オーバーズとは関係ないけど、君にいいことを教えてあげよう。カードゲームにおける強者は、比較的強運であるかどうかも問われるシーンも出てくる。でもね、本当に運なのは最初に手札に加わる七枚だけ。それ以外の運はいかなるものであろうと全て必然なんだ。そしてそれは然るべき運命が導いてくれる」
「どういうことだ」
「すぐにわかるよ。ボクのターン。ファイアローに炎エネルギーをつけ、バトル。エアロブリッツ」
 ファイアローは天井すれすれを旋回し、高度を下げてエンテイ80/120に鋭い翼の一撃を与える。
「エアロブリッツの効果発動。デッキから好きなカードを二枚手札に加える」
「そんな追加効果まであんのかよ……」
「言っただろう、デッキ以外はハンデ無しだ。って」
 なんて厄介だ。先攻でいきなり相手がアドバンテージを積み重ねていく。まだ始まったばかりとはいえ、既に今まで対峙した敵とは一線を画した。やってくれる、翔はそう呟いて乾いた唇を舐める。
 翔自身に自覚はないが、既に翔の瞳は赤色の光を放っている。希は舌を巻いた。翔が自分でオーバーズを発現出来ないと言っていたのにこの様子だ。翔が自分から発現したのか、あるいは市村アキラが引き出してきたのか。眼鏡のブリッジを押し上げ、不敵に笑う市村を見れば後者のように思える。
「俺のターン。粉塵巻き上げる灼熱の闘士よ! 来い、エンブオーEX!」
 顎髭から炎を巻き上げ、現れたエンブオーEX180/180は唸りを上げる。
「手札の炎エネルギーをエンテイにつけ、エンテイのワザ、燃える咆哮を発動。デッキの上からカード四枚をトラッシュし、そのうちの炎エネルギーを自分のポケモンにつけることができる」
 トラッシュした四枚の内訳は炎エネルギー三枚に、エネルギーポーチ一枚。デッキに入れていた炎エネルギーの数は六枚だから、単純計算すればこうなる確率は七パーセント以下。市村アキラは運命がどうのこうのと言っていたが、俺は違う。自分の道は自分で拓く。例えそれが如何に低い可能性だとしても。
「燃える咆哮の効果でトラッシュした炎エネルギー三枚を全て、ベンチのエンブオーEXにつける」
 市村は感嘆の表情を浮かべ、軽く拍手で翔の豪運を称える。
「流石は雄大が評価するだけある。君も中々幸運の女神に愛されてる」
「先に言っておきますが、俺は運命がどうのこうのとかに興味がない。自分が行く道は自分で決める。オーバーズのことも運命なんて言葉で濁さないでくださいよ」
「やれやれ、君も雄大のようなことを言うんだね。いいだろう。君は既にオーバーズを発現させていることに気づいているかい?」
 そこで翔はふと我に返る。確かにこの体の内側から込みあがってくるようなエネルギー。確かにオーバーズ状態のそれだ。自分自身でいつ発現したのかすら気付かなかった。
「普通はそんなことにはならないんだ。……まずはどこから話そうか。オーバーズとは何か、からにしよう。これは対戦前にも話をしたが、オーバーズは原則的に超常現象ではなく人間のある種第六感めいたもの。人間の本来持つ力の延長線上だということは話したと思う」
 それは市村が対戦前に話をしていた。「能力」と「オーバーズ」、その違いは瞳の色が変わるだけでなくそもそも超人的なものかどうか、だ。
「オーバーズっていうのは各人によって違うんだけれども、特定の意識、感情、感覚が強くなったときにそれに呼応して現れる。多くはその感情なりなんなりを満たすための効果を持ってね。たとえばボクのこのオーバーズ。ボクはオーバーズのことが知りたい、という知的探求心から発現したオーバーズだ。その効果はもう知っての通り、他人の持っているオーバーズの名称と効果その他エトセトラを見透かすことができる。つまりオーバーズの効果はその人間が潜在的に強く抱いた感情や意識に対応している。これに原則例外はない。そこの仁科くんもね」
「……そうね」
 突如話を振られた希は、怪訝そうな顔をして適当に市村の話をあしらった。
「つまり奥村翔。君のオーバーズから逆算してほしい。君のオーバーズは君自身が何か思うところがあるから発現している。まずはそれを自覚するプロセスからだ」
「俺のオーバーズ、自覚……。怒り、いや──」
 翔はもう一度整理する。翔のオーバーズは自身の肉体の疲労を消し、オーバーズ発現の際に受ける痛覚を一時的に麻痺させる。何故そのようなオーバーズになった? オーバーズを最近発現したとき、自分自身がよく怒っているような気がしたが、怒りだとその能力になる理由がない。その推測は見当違いなのか?
「君が答えを出すまで待つのも嫌なもんでね、続きをするよ。ボクの番。ファイアローに炎エネルギーをつけ、ベンチにガルーラEX(180/180)を出す。そしてここからがショウタイムだ。ファイアロー、BREAK進化!」
 ファイアローが空中で垂直に旋回をしてみせると、徐々に体が金色のオーラに包まれてファイアローBREAK170/170へと進化を遂げる。進化前は無色タイプだったが進化したことで炎タイプへとタイプ変換も果たした。
「EXにBREAK……。とてもブードラの即席デッキとは思えないわね」
「下手にいろんなポケモンを混ぜるよりも、ブードラの場合はエースを二本立てる。そちらの方が効率がいいんだ。それにパックのレア封入率も分かってるしね。さて、バトルと行こう。フレアドライブ!」
 羽毛が発火し、飛ぶ黄金の火の玉と化したファイアローBREAKが、エンテイ0/120をいともたやすく吹き飛ばす。ワザのコストとして、ファイアローBREAKの炎エネルギーは全てトラッシュ。
 市村はサイドを一枚引き、翔はベンチのエンブオーEXをバトル場に繰り出す。
 とんでもなく強い。今まで相手にしたAf使いとは比べ物にならない。これで即席デッキでなく本気のデッキだったらどうなっていたんだ。
 市村の言動に些細な腹立ちを抱えていた翔だったが、噂にたがわぬ実力を見せつけられるほどに目は爛々と輝いていた。
 ふと翔の脳裏に過去の追憶がちらつく。翔が初めてオーバーズを自覚したのも、絶望的なまでに強大な力を持った相手と戦っていた時だ。それだけじゃない、鬼兄弟戦のときも慣れないタッグマッチから相手が強いと思ったから。オーバーズのリソースとして考えられるのは、敵愾心、怒り、強い相手との戦うことのどれかだ。オーバーズ自体は現に今怒っていたり、敵愾心を抱いているわけではないのに発動している。となれば消去法だ。
「そうか! 俺のオーバーズは相手が強ければ発現する、ってことか」
 惜しい、と市村は首を横に振る。
「それだけでは正解と言えない。君のオーバーズのトリガーになっている感情は闘争心だ。相手が強いか弱いかはさして重要ではない。君の底無しの闘争心がそのオーバーズを呼び寄せたんだ。そう考えると自然だろう? どれだけ自分が傷ついても戦いを続けられるように疲労や痛みを軽減する。戦って戦って、それでもなお無限に戦いたい。そういう剥き出しの闘志が君のオーバーズの根源だ」
 何か言い返したい。市村が翔に突き付けたのは、ポジティブとは言えないような文言だ。だが、奴のいうことを信じるならば一貫性はあるし納得も出来る。違う、そんなはずは。単なる都合のいい解釈だ。そう言いたくても、言葉が喉から出てこない。認めたくない。しかし反射的に言葉が出ないという動向が、逆にその事実を真であると浮き彫りにさせていくようだ。
 先に思い返したように、怒っているときにオーバーズを発現しているというのも繋がる。例えば鬼兄弟戦では卑劣な手を使う鬼兄弟への怒りや敵愾心。それらがそのまま闘争心へのリソースとなっていたのだ。単に強敵との迎合だけではない。ムカつくだとか許せないだとかで強かろうが弱かろうが、相手を倒したいという感情が増幅すればするほどオーバーズが発現していたのだ。
「ボクはしっかり約束を守るんでね、嘘は言っていないよ。レクチャーすると言ったもんだしね。ともかくおめでとう。オーバーズを自由に発現させるために必要なのは、『自分のオーバーズを発現させる根源は何か』を理解することだ。君はそこを勘違いしていたから、自力で発現できなかった。でももう大丈夫。時間はかかるかもしれないが、徐々に自分で発現できるようになるはずだ」
 しかし彼は面白い。市村は戸惑いの表情を浮かべる翔を見て、心の中で笑みを浮かべる。
 本当に興味深いのは彼の能力、コモンソウルとの因果性だ。あえて触れなかったが、能力もその人間の精神を反映させるはず。自分であれば相手のオーバーズを見るオーバーズと、「オーバーズのその先」へ向かいたいために目覚めた相手のオーバーズを奪う能力。特にほぼ同時期に能力とオーバーズを覚醒させた人間はそうした一貫性があるはず。
 しかし彼の能力は他者を理解するためのものであり、他者と争うためのオーバーズとは方向性がチグハグだ。
 おそらく今、奥村翔は岐路にいる。能力やオーバーズは環境や状況に応じて変化することもあると聞く。
 他者を理解する能力の方に進むか、他者と争うためのオーバーズの方に進むか。
 雄大には何かを唆すな、などと約束はしていない。ならば本来乗り気でない面倒な依頼を受けた以上、ボクはボクが見たい、知りたいものを求めよう。
 市村の瞳の色が黒に戻ると、もう一度瞬きをすれば今度はコバルトブルーに。これは心色可視のオーバーズ。サーモグラフィ画像のように、相手の緊張(ストレス)感を色で判断できるオーバーズだ。これはどこぞの誰かのオーバーズを能力で奪い取ったもの。極力奥村翔に緊張(ストレス)を与え、どうなるかを確かめてみよう。
「雄大もいいモノを拾ったもんだね」
 翔の眉がピクリと動く。多くの含みを孕んだ市村の言葉が、翔には効いている。
「戦いを欲するオーバーズの持ち主。これはいい。雄大は自分の目的のためならば手段を選ばない部類の人間だ。君のように戦う機会という撒き餌を与えておけば、君はケダモノのようにそこに駆け込んで嬉々として戦う。そして雄大は目的の障害を露払いすることも出来るし、肝心の目的のブツも手に入る。いいねぇ、僕もそういう手駒。いたらとても便利だ」
「ふざけんな!」
「ふざけてるのはどっちなんだろうね。わざわざ雄大が自分で君の面倒を見ずにボクの所に寄越したのも、それを察せられると困ると思ったから、とかじゃないかな?」
「くっ……黙れ!」
 市村がオーバーズ越しに見る翔は、強い緊張(ストレス)を示す赤色に包まれている。煽りは十分か。
「だったら、君の実力で黙らせてみなよ。出来るものならね」
「俺のターン! エンブオーEXにバーニングエネルギーをつける。このカードは炎エネルギーとして扱う。続けてボルケニオンEXをベンチに出し、ボルケニオンEXの特性を発動! スチームアップ!」
 ベンチに鎮座したボルケニオンEX180/180が、背中のアーチ部から部屋全体を覆い隠すほどの蒸気を噴出させる。
「手札の炎エネルギーをトラッシュすることで、この番炎たねポケモンのワザの威力を30増やす。そしてグッズ『エネルギー回収』を使ってトラッシュの炎エネルギー二枚を手札に加える。そのままバトルだ! ストロングフレア!」
 立ち込める蒸気の中から勢いよく飛び出たエンブオーEXが、ファイアローBREAKの首根っこを掴んで地面に叩きつける。そしてそのまま腕の炎を至近距離でファイアローBREAK0/170に浴びせる。
「ストロングフレアのコストとして、炎、バーニングエネルギーをトラッシュする。ワザのコストとしてトラッシュしたバーニングエネルギーは、エンブオーEXにつけなおすことができる」
 立ち込める蒸気は晴れた。翔もサイドを引き、これで互いに残りは二枚ずつ。市村は残されたガルーラEXをバトル場に送り出す。
「いいねぇ! 爆発的な攻撃。まさに君の心の奥の闘志そのものみたいだ」
「余計な事を──」
「もっと楽になりなよ。別にいいじゃないか。雄大は雄大で目的を果たせ、君は君で欲望を満たせる。それぞれしっかり利得がある。ウィンウィンな関係は米国人も大好きなビジネスライクじゃないか」
 ムキになればなるほど、翔は市村の術中に堕ちていく。信用する仲間を好き勝手言われて腹が立つ。腹が立つから目の前の敵を叩きのめしたい。叩きのめすという強い闘争心、そういった本能めいた部分が徐々に翔の理性を蝕んでいく。
 その様はまるで子供、というには表現が生ぬるい。獣だ。ともすれば誰であろうと喰らいつくようなその目。その強く輝きを放つオーバーズ。益々興味深い。市村は軽く舌なめずりをして、カードを引く。
「ボクのターン。ダブル無色エネルギーをガルーラEXにつけ、スタジアム『パラレルシティ』を手札から使わせてもらう」
 緑が映える森が市村の背後に。対する翔の背後には赤くくすんだ摩天楼が聳え立つ。
「パラレルシティはカードをセットした方向で、それぞれのプレイヤーに対する効果が異なる。この配置でボクに働く効果は、ベンチポケモンを三匹までしか置けない。そして君に働く効果は、君が使う草、水、炎ポケモンのワザの威力を20下げる効果だ」
 元より市村は今ベンチにポケモンがいない。ワザの威力が下がるという意味で、デメリットを被るのは翔だけとなる。
「さあ、行くよ。神秘の光輝きて、新たな力を生み出さん。メガシンカ! 現れ出でよ、メガガルーラEX(230/230)!」
 メガシンカした場合、そこで強制的にターンが終了となる。メガガルーラEXのHPが高いとはいえ、対面する翔のエンブオーEX、或いはベンチにいるボルケニオンEXの残りHPはどちらも180/180だ。一撃はこらえて翌々ターンに返り討ちに出来る可能性は高い。
 だが翔の本能が警鐘を鳴らす。コモンソウルで伝わる市村の感情に、危機感の類は一切ない。むしろ余裕を感じれるほどだ。ヤツに一度でも攻撃の機会を与えてはいけない、何かしかけてくるだろう。次の番で必ず仕留めないといけない。
「今度こそ黙らせてやる。俺のターン! ボルケニオンEXの特性、スチームアップを発動。手札の炎エネルギーをトラッシュして、この番の炎たねポケモンのワザの威力を30増やす。続けてポケモンのどうぐ『ちからのハチマキ』をエンブオーEXにつける。ちからのハチマキをつけているポケモンのワザの威力は20増加する」
「へえ。パラレルシティの効果を差し引いても威力はプラス30か。でもそれだとストロングフレアを使っても威力は180だよ」
「エンブオーEXでバトル。スパイラルパンチ!」
 スパイラルパンチは基本威力20に加え、ウラが出るまでコイントスをしてオモテの数×20ダメージを与える。
 メガガルーラEXを倒すためには、20+20(ちからのハチマキ)+30(スチームアップ)-20(パラレルシティ)+20×9=230。すなわちコイントスで九回連続オモテを出せばいい。
 自暴自棄になったか、と見守る希が思う反面、市村はこの瞬間を待っていた。敵愾心から来る強い闘争心、今それが頂点に達している。その力は運命をも捻じ曲げるのかどうか、自身の勝敗なんてどうでもいい。それをこの目で見たい。
 エンブオーEXの唸る拳がメガガルーラEXを襲う。まずは基礎ダメージ分だ。そこからさらにコイントスの如何でパンチの連打が入る。
 一回目、オモテ。続いてオモテ、更にオモテ、四回目、五回目もオモテ。この時点で累積ダメージは150。
 なんて驚異的な運なんだ、と市村は舌を巻く。だが、運命は。流れはボクに来ている。君の攻撃では仕留めきれないはずだ。
「六打目!」
 六回目のコイントス。デッキポケットのモニター画面に表示されたのはウラの表示。
「残念だが君の躍進もここまで。運命はそういう──」
「この瞬間手札からAfファルスレポートを発動。コイントスの結果を一度だけ書き換えることが出来る! 誰かに。ましてやあんたに決められるような未来は願い下げだ!」
「っ……! コイントス結果を捻じ曲げただと」
 初めて市村の顔が驚きで歪む。ファルスレポートの効果で六回目のコイントスもオモテとなる。続く七回目もオモテ。八回目もオモテ。そして最後の九回目。
「くっ……」
 ウラ。累計210の連続攻撃がメガガルーラEX20/230を襲った。市村アキラは腹式呼吸で息を整え、吐き捨てるように言い放つ。
「一度はひやりとしたが、結果は同じだったね。君の拳ではボクには届かない」
 倒し切れなかった。ポケモンカードは基本的に相手の番には干渉できない。ただ指を咥えて相手の動きを待つゲームだ。翔にできることは、次の番が回ってくることを祈るだけだ。
 対峙する市村からすればこれ以上無いチャンスだ。人は失望や絶望をしたときに聞いた言葉を簡単には忘れない。ボクからしても興味深い対象かつ雄大の大切な一番槍。へし折らないように繊細に。それでいて大胆に急所を打つ。
「一つ聞きたい。君はどうして雄大に協力してAfの回収なんてことをやっているんだい? Afを回収して喜ぶのは雄大であって、君ではないはずだ」
「……それは、風見の手助けだ。仲間が困っているなら助けるなら当然のこと」
「今更ボクにそういった誤魔化しが効かないのがまだ分からないかな。聞くところ結構危ない橋を渡っているようじゃないか。そんな危険を冒してまでやる意味が果たして君にあるのかい?」
 おそらく奥村翔本人は今混乱していて正しく言葉が出てこないだけだ。きっと他にもそれなりの理由があるのだろう。だがしかし、今はそれを分かったうえで敢えて毒を注ぐ。悪質な誘導尋問、押しつけだ。それでも良い。今日仕込んだこの毒の結果はすぐには見られないだろう。しかし必ず、ボクの耳に届くような結果になる。運命がそう予感している。
「君自身も本当は刺激が欲しかったんだろう。今は二年前の事件があって公式大会が自粛しているから強敵と遭遇することは無い。だからこそ君は戦いたいという本能を満たす上で、雄大に協力している」
「勝手なことを!」
「君の幼稚な喚き声は聞き飽きた。今度はボクが君に『黙れ』という番だ。ボクは手札からポケモンのどうぐ『イカサマコイン』をメガガルーラEXにつける。さらにメガガルーラEXに炎エネルギーをつけ、サポート『サカキの計画』を発動。手札が五枚になるまでカードを引くか、この番のワザの威力を20増やすかのどちらかを選択して効果とするが、ボクは後者を選択する。そしてそのままバトル。ガンガンパンチ」
 ガンガンパンチもスパイラルパンチと同じく、基礎威力100に加えてウラが出るまでコイントスをしてオモテの数×30ダメージを追加する。
 しかし翔と違い、エンブオーEXを倒すためには100+20+30×2=180、すなわちオモテが二回出ればいい。単純な計算で言えば1%以下の確率を要した翔と、25%の確率で十分な市村。その差は明らかだ。
「行くよ。まず一打目、オモテ。二打目……ウラ。ならばここでボクも君に倣って、メガガルーラEXに持たせたイカサマコインの効果を発動。自分の番に一度、ワザによるコイントスの結果を全て無効にしてコインを投げ直す」
「ぐっ……」
 Afファルスレポートはウラをオモテとする効果。それに対しイカサマコインはコイントスをやり直す効果。確率変動の効果の強力さはAfの方が遥かに上だが、コイントスで二回オモテを出すくらいであればそこまで確率に大きな影響ではない。
 コイントスをやり直して一度目はオモテ、二度目はオモテ。これで180ダメージは確定した。
「ボクの拳は君のと違って君の喉元を正確に打ち抜くよ」
 これ以上コイントスをして死体蹴りをするのも癪だろう。コイントスを強制的に終了させ、ダメージ計算に入る。
 メガガルーラEXとその子の拳が三発ずつの計六発。連打を受けてエンブオーEX0/180はバランスを崩し、ズンと音を立てて仰向けに倒れる。
「ほうら、黙り込んだ」
 EXポケモンを倒したことで、市村はサイドを二枚引く。これで市村のサイドは無くなり、ゲームセット。
 中断のケースなどもあったが、負けられない戦いで敗北を味わったのは翔からすれば久しぶりだ。三年前、亜空間で友を一時的にだが失った苦い記憶。今回はコイントスが敗因であったことから、素直に負けを認められる気持ちではなかった。もう一戦、もう一戦すれば今度は俺が勝つはずだ。そう心の底から湧き出る欲求を、翔の理性が気付いてしまった。市村の言葉に誘導されたりしたのではなく、今回ははっきりとした確信だ。
「負けてなお激しくなるオーバーズ。君ももう確信しただろう? 君は闘争を求めている。だから雄大に利用されるんだ。ついでに一つ釘を刺しておこう。今の君とは何回やってもボクが勝つよ。ボクと君では単純な確率論ではない実力差があるんだ。運が悪くて負けた? 違うね、勝てない運気だから勝てないんだよ。次戦えれば勝てる、って目をしてるけど今の君ともう一度戦う意味がない。だって結果が分かっているんだからね」
 市村はバトルデバイスを片付け、翔の方へ近づいてくる。対戦前の取り決めである、翔が負ければ翔のオーバーズを奪う、を実行するのか。
 市村は翔の顔の前で手をかざそうとするが、途中でその動作を止める。奥村翔のオーバーズ。やはりまだ『その先』がある。おそらくその先へは自分ではたどり着けないだろうし、このオーバーズを自分で扱いきれる自信がない。無理に奪う必要はない。目的のためであれば、時には我慢することも重要だ。
「取り決めだから頂いておこうかと思ったけど、やっぱりやめておくよ。君のオーバーズ、それは君が持っておくべきものだ。……さあ、もう夜八時だ。仁科くんも彼を連れ出してやってくれ。ボクも帰る準備をしたいんだ」



 用が済んだら水をぶっかけられたような冷たい対応だ。追い出されるように、翔と希は市村の研究室を出た。
 翔の目はまだ爛々と赤く輝いているのに、口は横一文字に縛ったままだ。まるで噴火前の火山、希はそう感じ取った。とはいえ彼をそのまま放っておくわけにはいかない。何かフォローアップをしなくては。
「翔くん、大丈夫? ……アイツはまあまああんなところがあるやつだからそんな気にしなくていいよ。さ、帰ってお風呂にでも入るとスッキリするし──」
「今風見はどこですか」
「え? えーと……」
「確か今日は研究に追われてとか言われていたから会社の方にいるんですよね」
 翔の歩くスピードが徐々に早くなっていく。翔と希の間に生まれた距離がどんどん広がっていく。
「ちょ、ちょっと待って! 何を」
「風見に今から確認したいことがあるんです」
 早足、を通り過ぎて翔は駆け出していた。希も慌てて追いかけようとしたが、履いている靴はヒールが高い。走るのは得策ではない。
「あーもう、どうしてこんなるのよ」
 一人愚痴りながらスマートフォンに手を伸ばす。風見雄大、の字を追いかけて、通話ボタンに指をかける。
 今、翔くんは頭も心もヒートアップしてる。それをどうにかクールダウンさせなくては。



翔「……風見、一ついいか。確認したいことがある」
風見「いいだろう、事情は既に聞いている。お前の『話し方』に応じるために、俺も全力で行かせてもらう。
翔「カードと、俺の能力を通してお前の考えを確かめさせてもらう!」
風見「次回、『盲目の獣』。光輝く新たな技術(ちから)、雲海切り裂く星となれ!」

●TIPS
市村アキラのオーバーズ
「深淵透過のオーバーズ」 瞳の色:深緑
自らの知的探求心を満たすためのオーバーズ。
相手の目を見れば、相手のオーバーズの効果と発動するために必要な条件が分かる。

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