14話 オーバーズキャプチャー

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 市村アキラの研究室に招かれ、隣同士の椅子に座らされた翔と希。当の本人はお手洗い、とだけ言って離席し今は二人だけだ。物にあふれた研究室だが、バトルデバイス込みでポケモンカードをするような広い空間がぽっかり存在し、少し不気味だ。
「あの市村って人なんですけど」
「どうしたの?」
「風見とはポケモンカード繋がり、なんですよね」
「そうね。……実力は本物よ。もう何年も大会に出ていないけど、ジュニア時代は風見君のライバルだったわ。対戦成績だけでいえば風見君より強かったかも」
「そんなにですか」
 風見は確か全国大会準優勝、世界大会ベスト4か8が自己ベストだと言っていた。それを上回る、といえば翔の知り合いには一之瀬和也(いちのせ かずや)なる男がいたが、風見を含めどいつもこいつも曲者だった。短い接触で既に市村アキラがまともではない人種と察したが、念のために翔は裏を取る。
「デッキは特に何タイプを使う、とかに縛られないフリースタイルだったわね。美咲ちゃんと同じで」
 翔ならば炎、風見ならドラゴンタイプのポケモンを軸にする偏った戦い方に対し、特にどのタイプのカードを使うなどといった概念が無いのがフリースタイルだ。美咲も翔と対戦したときはミュウツーEXが軸だったが、風見戦ではBREAKポケモンも披露していたなと思い返す。
「さっき市村さんが変人って言ってたんですけど、具体的にはどう変人なんですか」
「えー。……とにかく話が長いの。割って入らなければ、原稿用紙一枚分は喋りそうなくらい」
「分かりにくいなぁ」
「しかもタチが悪いのは、どこで会話を切ればいいのか分かんないところね。ああいうのを自分の世界に入るっていう風にいうのかしら。風見君もアレには会いたくないんだ、って言ってたけど」
 まるで見計らったように扉が開く。子供が親に隠れてゲームをしていたのがバレた時のように、二人は自然と背筋が伸びる。
「待たせたね。さて、本件に入ろうか」
 市村は翔と希の対面の椅子に座り、前屈みの姿勢で指を組む。
「雄大からはいろいろ聞かせてもらった。君が能力者であることも、オーバーズの発現に成功しているがその制御が出来ていないということも」
 翔がそうなんです。と相槌を打たんと口を開こうとするが、一度口を開いた市村は相槌すら許さないスピードで言葉をまくしたてる。
「雄大からは君が自由にオーバーズを扱えるように手助けをしてほしいと言われた。何年かぶりの連絡だったからね、それに彼にも用があったから今回は引き受けることにした。ああ、用というのはボクと雄大で久々に会いたいっていうだけのものでね。まあボクからすればとても重要な案件なんだけれども」
 こいついつ唾を飲み込んでるんだ。あるいは息を吸い込んでいるのか。なだらかで抑揚のない喋り方は大学の眠たくなる講義を髣髴とさせる。隣の希がほらねと言わんばかり目くばせをする。確かにこいつは大物だ。
「それで、だ」
 初めて市村の口が止まる。場の空気がじわりと変わったのを察し、翔も流石に神経を尖らせる。
「いくら雄大の頼みとはいえボクも明後日から海外出張で暇じゃあないし、タダで何かをしてやろうという懐深い人間でもない」
「対価を支払えってことですか」
「そう。でも金はいらない。ボクの目標は『オーバーズの先にあるもの』だ。今からボクと君でポケモンカードをやる。戦いながらオーバーズについてレクチャーをしてあげよう。そのバトルで勝てば何も対価は支払わなくていい。でも負けた時は君のオーバーズをもらう」
「オーバーズを……もらう、だと?」
 思わず今なんて言った、と聞き返してしまうところだった。オーバーズはモノじゃあない。もらう、というのはどういうことか。まさか目をくり抜くだなんて言わないだろうな、とすかさず祈った。
「実のところボクも君と同じ能力者なんだ。オーバーズキャプチャーと言ってね、負かした。というか精神的に相手を屈服させたなら、その相手が所有しているオーバーズを奪い取ることが出来る能力なんだ。まあ万能じゃなくて欠点は勿論あるんだけどね」
 能力者と聞いて、背筋に寒気が駆け抜ける。翔自身も、コモンソウルという能力を持っている。しかし翔が新たに能力者に出会うのはかれこれ三年ぶりだ。オーバーズユーザーはそれこそ希、美咲などいろいろと出会ったが、それに比べて能力者にはあまりいい思い出がない。
「どこから話をしようか。オーバーズと能力。これが大きく異なるものでね、能力というものは物理現象、あるいは他人の精神に干渉する超常現象めいたものだ。たとえばボクのオーバーズキャプチャーや、君のコモンソウル。これらは人の精神に関与する『精神干渉』の能力だ。対してオーバーズはあくまで人間本来の能力の延長線上、第六感的なレベルであって決して超常現象めいたものではない。たとえば古い記憶を引き出せるようになったり、判断力が向上したり、洞察力が高まったり。まあ、変わり種のオーバーズもある。ボクが持つオーバーズは『深淵透過のオーバーズ』って言って、相手がどんなオーバーズを持つか。そのオーバーズがどういう状況であるかを『見る』ことで、『診る』ことまで出来る」
 そういうと早速市村の目が深緑に変わっていく。翔をまじまじと見つめ、一人ぶつぶつと聞こえないような声である程度つぶやくと、今度は翔に向けて語りかける。
「君のオーバーズは『疲労霧消のオーバーズ』、なるほど。一時的に肉体、精神的な疲労を回復させて痛覚を和らげる。面白いオーバーズだ。さて、ここでもう一度条件を振り返ろう。これ以上の情報を望むのであれば、ボクと戦うこと。勝っても負けてもレクチャーはしよう。尤も、負ければ君はオーバーズを失うことになるが。即答は望まない、考える時間は少しばかり与えよう」
 市村のオーバーズは収まり、元の黒色に戻る。淡々と喋るその表情はアンドロイドのように眉一つすら動かない。これ以上不気味な人間がいただろうか。あの風見に会いたくないとすら言わせるのも頷ける。
 そんな風見が会いたくないにも関わらず会うとまでしてとりつけてくれた約束。その男気を簡単に無駄には出来ない。とはいえ相手はポケモンカード界でもかなりの上位成績を残した超実力者だ。実力がないからここに来たというのに、負ければオーバーズを奪われてしまえばすべてが水の泡。行くか行かないか。いまいち踏ん切りがつかない。
「先ほども言ったけど、ボクは海外出張が控えてる。その準備が必要だからあまり無駄に時間は使えない。とはいえ、君が迷う理由もわかる。だからハンデを設けよう」
 そう言うと、市村は近くにある戸棚から手近な箱を取り出して机に置く。箱を開ければ、様々な種類のポケモンカードのパックが二十、三十程度はあるだろうか。
「今からボクはこの未開封のパックを開けて、デッキを組む。まあさすがにエネルギーは他所から取ってくるけど。ボクも君にシビアな要求をしているのは分かっているし、ハンデとしてはこれくらいでどうだろう。そうだな、全てのパックを開封してからデッキを組むまでの制限時間も八分、という風に設けよう。心配なら君か、或いは仁科君。スマートフォンか何かで時間を測ってくれてもかまわない」
「それってブードラをするってことですか」
「そうだ」
 ブースタードラフト、本来はプレイヤー同士が新品のパックを開封してその場でデッキを構築し、対戦をする特殊な遊びの形式だ。しかしこの市村アキラは翔には自身のデッキを使わせ、自分は未開封約三十パック、百五十枚ほどの無造作なカードからデッキを僅か八分で組み立てて戦うというのだ。ハンデにしてはあまりにも重すぎる。
 カードとカードのコンボを考えてデッキを作った翔に対し、ブードラによる即席デッキはカードとカードのコンボは極めて薄い。翔にあまりにも有利すぎる提案だ。
 希も頭のネジが外れたような提案に目を白黒させているが、これは決定的なチャンスだと翔は確信する。心の準備は出来ているかと言われれば、今日突然連れてこられたからNOだ。でも、覚悟を決めるしかない。
 先日の鬼兄弟との対戦中、翔が感じたのは自身が持つオーバーズの有用性だ。タッグバトルであれば、味方が受けるAfによるダメージを自分が身を挺して庇うことができる。仲間を守ることが出来る、これは俺にしか出来ないアビリティだ。だからこそ自分が持つオーバーズをモノにしたい。よし、あとはやるって言うだけだ。
「分かりました、それでやりましょう」



「私の番です」
 怪しげな影を追ってたどり着いた先にいた、白い甲冑のホワイトナイト。その正体の探りを入れる為、美咲は恭介を差し置いてホワイトナイトに挑んでいた。ダークナイトの事前情報はダークライのような悪タイプを使っていたようだが、ホワイトナイトが使っているのはマグマ団だ。私のようにフリースタイルであれば同一人物の可能性も否めない、と美咲は思案する。
 さて、マグマ団のグラードンEX190/190のパワーセーバーを外した以上、ホワイトナイトはグラードンEXを軸に展開していくことが予想出来る。多すぎるマグマ団のポケモンを一匹二匹倒したところですぐに新手が投入されるのも織り込み済み。ここはグラードンEXをしっかりと倒すか、或いは……。
「美咲ちゃん、俺たちの目的は目の前の相手を打ち負かすことだけじゃない。こいつが『白か黒か』を見分けなくちゃあいけない」
「分かってます、任せてください。……まずは水エネルギーをマナフィにつけ、ウデッポウをベンチに出します」
 ウデッポウをベンチに出した途端、場に貼られたスタジアム、マグマ団の秘密基地の効果を受ける。壁面から砲台が飛び出し、ウデッポウ40/60に赤いレーザーが照射させられる。手札からマグマ団以外のポケモンをベンチに出すだけで、20ダメージ。ダメージとしては小さく見えるかもしれないが、十分に厄介だ。ドジョッチのように最初からベンチに出せば良かった。
「グッズ『ピーピーマックス』を発動します。デッキの上からカードを六枚オープンし、その中の基本エネルギーを自分のベンチポケモンにつけます」
 順にブロスター、水エネルギー、ティエルノ、ピーピーマックス、水エネルギー、ナマズン。そのうちの水エネルギー一枚をベンチのドジョッチにつけ、残りのカードはデッキに戻す。カードをデッキポケットに戻した時点で、デッキポケットが状況を認識してオートでカードをシャッフルする。
「マナフィのワザ『海の導き』を使います。デッキから水ポケモン一匹を選んで手札に加える。私が加えるのはラグラージEX。これで私の番は終わりです」
「威勢の良さに反して、随分ゆっくりとした立ち上がりだな」
 ホワイトナイトが挑発する。顔をも覆う甲冑のせいでまともに表情が読めないが、こちらが開口する前に向こうから吹っ掛けてくれるのは美咲としてはありがたい。
「近頃あなたのような黒い甲冑を纏った人が、Afを奪うという例が散見されています。その黒い甲冑の人はあなた自身ですか?」
 ダークナイトは夜にしか遭遇例がないと聞いた。ならば、ホワイトナイトは逆に昼に姿を現す際の鎧なのだろうか。ダークナイトの突然姿が消えるステルス機能は、太陽の光の有無で鎧の色を変える必要があるのでは? 技術的に詳しくない美咲なりの発想だが、悪い線ではないと思う。そう、言うとすれば「ひるのすがた」のようにフォルムチェンジをしている同一人物説。
 懸念事項はダークナイトが剣のようなバトルデバイスを使っていたのに対し、ホワイトナイトはそれらしきものを使っていない。あの剣のようなものも夜にしか使えないとすれば、美咲の説は通るのだが。
「さあ、どうだろうな」
 対して恭介は美咲とは逆に同一人物ではない、と考える。正体を尋ねられた途端に会話を断ち切る辺り、どうもボロを出したくないようにしか見えない。表情が見えれば、動揺の加減を見れたかもしれない。或いは、翔のように感情を読み取ることが出来ればな。とやり場のない歯痒さだけが胸の奥に浮かび上がる。
「私のターン。ベンチのヤジロンをマグマ団のネンドール(90/90)に、ドンメルをマグマ団のバクーダ(110/100)に進化させ、ザングースにダブル無色エネルギーをつける。さらにサポート『マグマ団のしたっぱ』を発動。手札を一枚トラッシュし、カードを三枚ドローする」
 ホワイトナイトが捨てたのは闘エネルギー。マグマ団のしたっぱは、「マグマ団」と名のつくカードをトラッシュした場合、ボーナスとしてもう一枚カードを引くことが出来るのだが……。
「ここでバクーダ、ネンドールの特性を発動! バクーダのバーンドラフトの効果でトラッシュの炎、闘エネルギーをこのポケモンにつける。さらにネンドールのマグマスイッチで場の基本エネルギーをマグマ団のポケモンに付け替える。バクーダにつけた闘エネルギーを、グラードンEXにつける」
 このコンボをするためにあえて闘エネルギーを捨てた、というわけか。わざわざ美咲に向かって随分ゆっくり、とホワイトナイトが言うだけのことはある。大量展開したポケモン達、そしてマグマ団のポケモン達同士でのコンビネーション。それにまだ見せていないが、持っているはずのAfにも警戒をしなくてはいけない。
「ザングースでバトル。チームプレイ!」
 ザングースの指揮でベンチにいるマグマ団のポケモン達が一斉にマナフィ0/70に向かって襲い掛かる。
「チームプレイの威力はベンチのマグマ団のポケモンの数かける20になる。今私のベンチには四匹。よって80ダメージ!」
「……私はドジョッチをバトル場に出します」
 既に多くのポケモンを進化させ、切り札であるEXポケモンの始動の準備を始めたホワイトナイト。だが、ここまでは全て美咲が初動の時点で読み通り。もう一度オーバーズを活用してさらにその一手先を読む。十、九、八……と美咲は指を一つずつ折りながら頭の中で状況を整理する。ゲームエンド間近までの「絵」は出来た。
「行きます。まずはラグラージEX(180/180)をベンチに」
「このタイミングでマグマ団の秘密基地の効果を受け、ラグラージEXに20のダメージ!」
「バトル場のドジョッチをナマズン(110/110)に進化させます。ナマズンの古代能力αグロウの効果で、このポケモンに手札からエネルギーを付ける場合、同時に二枚までつけることができます。αグロウの効果で水、ダブル無色エネルギーをナマズンにつけます。さらにサポート『プラターヌ』を発動。手札を全てトラッシュし、新たに七枚カードを引きます。……ベンチのウデッポウをブロスター(80/100)に進化させ、ナマズンで地震!」
 ナマズンが体を大きくくねらせ、ヒレで力強く地面を叩く。地面こそ揺れはしないが、舞い上がる土煙と土砂の演出がその威力の大きさを物語る。基本威力120とスペックこそ大きいが、美咲のベンチポケモン全員に20ダメージのデメリットもある。
 土煙が晴れ、突っ伏したように倒れるザングース0/90。そして美咲のベンチではラグラージEX140/180、ウデッポウ60/100がその煽りを受ける。美咲もサイドを引き、これで互いに残るサイドは二枚。
「なるほど。だが一手。一手、遅かったな! 私はマグマ団のグラードンEXをバトル場に出す」
 一手遅い、ですって? 先々からの挑発するような物言い。風見のような訳の未知の搦め手を使われているわけでもない以上、少しプライドに泥を吹きかけらたようで、カチンと来る。
「ならば私に見せてください。握っているんでしょう、Afを」
 些細な身じろぎをホワイトナイトが見せる。普通の人間ならばその身じろぎに気づかないレベルのものだろうが、生憎ホワイトナイトは小さな動きでも甲冑の音がする。Afを持っているのは図星だろう。なんてわかりやすい動揺だ。
「いいだろう、ならば見せてやる。特殊エネルギーであるストロングエネルギーをグラードンEXにつける。そしてバクーダ、ネンドールの特性を発動。バーンドラフトでトラッシュの闘エネルギーをバクーダにつけ、ネンドールのマグマスイッチでそのエネルギーをグラードンEXにつけなおす。ここでグッズカード『Afエネルギー複製術』を発動。場の特殊エネルギーを一つ選択し、その特殊エネルギーと同名のカードをデッキから選択して好きなポケモンにつける。勿論、ストロングエネルギーを選択して場のグラードンEXにつける」
 ストロングエネルギーは闘ポケモンにつけられる特殊エネルギーだ。闘エネルギー一つ分として扱い、このエネルギーがついたポケモンが攻撃する際に相手バトルポケモンに与えるダメージを+20させる効果を持つ。今、グラードンEXは二つストロングエネルギーをつけている。つまり受けるダメージは+40。
「ポケモンの道具『ラッキーメット』をグラードンEXにつけてバトルだ。マグマクエイク!」
 グラードンEXが大きな腕で地面を殴ると、その地点を中心に大きな亀裂が入り、地面が割れる。その地面の割れ目からマグマが沸き上がり、ナマズン0/120に降り注ぐ。マグマクエイクの威力は80だが、先の通りストロングエネルギーの効果で80+40=120に威力が膨れ上がっている。
「エネルギー複製術の効果で、この番の終わりと同時にストロングエネルギーを二つともトラッシュする。さあ、負けたくなければお前もAfを見せるがいい」
「残念ですが、私はAfは使いません」
「何?」
 風見さん達と折り合いをつけたのは「Afを破棄せずに回収する」ことであって、「Afを使う」ことに賛成だとは今も思っていない。それに希さんから聞いた通り、Afを使わせることが黒幕の目的であればなおさらだ。それを受けて、使うどころかデッキからもAfを外してある。
「Afを使わなくても、あなた程度なら倒すことは簡単です」
 美咲はラグラージEXをバトル場に繰り出し、カードを引く。
「ラグラージEXに水エネルギーをつけます。続けてサポート『こわいおねえさん』を発動。場のスタジアムをトラッシュし、相手の手札を三枚トラッシュします」
 暗がりなマグマ団の秘密基地がトラッシュされ、風景が元の雑居ビル屋上に戻る。先ほどまでは十分に明るかったのに、気づけば空がほんのりと赤みがかっている。美咲の憶測通りホワイトナイトとダークナイトが同一人物だとすると、このホワイトナイトの鎧が「昼用」であるのならば起こりうる可能性が二通りだ。
 まずは鎧の色が白から黒に変わる可能性。あんまり現実的じゃないかもしれないけど、ダークナイトが姿を消したりするのだから可能な気がする。
 次に、変わらない場合だ。これもこれで闇に溶けて逃げることはできないだろう。今私と恭介さんがこの屋上からの出入り口を背にしている。二人掛かりなら逃さない……はずだ。そうでなければこの五階建てのビルから車道側に向かって飛び降りなければならない。そうして鎧を剥いでいけば正体は掴めるだろう。
 そのためには夜まで長引かせなければいけない。ゲームプランを少しだけ調整する必要がある。
「水簾の如き激しさの、腕力(かいなぢから)で海を割れ! ラグラージEXをメガシンカ。顕現せよ、メガラグラージEX(180/220)!」
 ラグラージEXを光の膜が包み込み、目が眩むほどの光を辺りに散らせば、上半身の筋肉が大きく発達し、逞しさを感じさせる全体的に丸みを帯びたフォルムへ姿を変える。
「すげえ、メガシンカだ!」
「メガシンカのルールとして、メガシンカをした時点で自分の番は終わります」
 ゲームならばメガシンカをしたターンから動けるが、メガシンカポケモンのポテンシャルが高いためカードでは強制的にターンが終了する。また、進化前に引き続きEXポケモンであるため、気絶した場合サイドを二枚引かれる。
「ふん。大層な御膳立てにも関わらず、ただ出ただけで終わりか。ならばじっくりと料理してやろう。グッズ『ダート自転車』を発動。デッキの上から二枚を確認し、片方を手札に。もう片方をトラッシュする。そして手札からダブルマグマエネルギーをグラードンEXにつける。マグマ団のポケモンにしかつけられなず、この番の終わりにトラッシュをしなくてはいけないが、闘エネルギー二つ分として扱える特殊エネルギーだ。さあいけ、グラードンEX。マグマクエイク!」
 メガラグラージEXが両腕で体を囲い込むように防御しようとするが、手負いのためか揺れる地面に体の重心を取られ、防御が薄くなる。そこに噴出したマグマがメガラグラージEX(20/220)に直撃する。
「マグマクエイクはダメージをすでに受けているポケモンには80ダメージ追加する」
 元の威力80に加え、追加効果で80+80=160ダメージ。メガシンカポケモンとはいえ、軽視できるダメージとは到底言えない。それにグラードンEX190/190は未だ無傷。だが、結果は見えた。
「私のターン。メガラグラージEXに水エネルギーをつけ、ベンチのブロスターの特性、メガブーストを発動。手札の特殊エネルギーをメガシンカポケモンにつける。私はダブル無色エネルギーをメガラグラージにつける。そしてメガラグラージEXで攻撃。ゴウワンインパクト!」
 渾身の力で大きく腕を振りかぶり、グラードンEXの土手っ腹に風穴を開けんとするような一撃を叩き込む。
「ゴウワンインパクトの効果発動。互いの山札を上から三枚トラッシュし、30ダメージ追加する」
 元の威力130に30追加して160ダメージ。グラードンEX30/190は被った攻撃の勢いのあまり後ろに転倒するが、瀕死までには至らない。
「大仰な攻撃の割には火力不足だな! Afを使わずとも勝てる? よくもそんな事を──」
「グラードンEXについているラッキーメットの効果で、グラードンEXがダメージを受けた時あなたはカードを二枚引かなくてはいけません。さあ、あなたの番です」
「そんなこと言われずとも。私のターン」
 ここでホワイトナイトは異変に気付く。デッキポケットに手を当てても、カードの感触が無い。すなわち、デッキにカードが遺されていない。
「バカな、私のデッキが!」
「そう、あなたのデッキは0枚。自分の番の最初にカードが引けなかったプレイヤーは、その時点でどういう状況であろうと敗北です」
 力なく崩れるホワイトナイト。空はじわじわと赤みを増していくが、まだ夜には遠い。問題はここからだ。このホワイトナイトを逃がすわけにはいかない。そう思った矢先、ホワイトナイトに動きがあった。
「何をするつもりだ……!」
 なんとホワイトナイトは兜を外し、降伏だといわんばかりに頭を低くする。
「わ、私が悪かった!」
 先ほどまで煽ったりしてきた強気な態度はどこに行ったのやら。困り顔の男がまるで咽び泣きそうな様相で助けを乞うている。
 恭介と美咲は互いに困ったぞ、と顔を見合わす。どうしよう、という念を感じ取りやむなしと恭介が動く。
「ま、待った。まず一つ確認させてくれ。あんたは結局ダークナイトなのか?」
「え? 逆にあなた方がダークナイトじゃないんですか?」
 話が平行線で会話になっていない。どこからどうしたもんか。
「俺たちはダークナイトじゃない。むしろダークナイトを探しているんだ。そこで怪しい影があったから追いかけてきたんだが」
「あ、そうなんですか……。てっきりダークナイトの振りをしていたから本物から罰を受けたのかと」
「振り? どうして」
「いや、恥ずかしい話Afを使うプレイヤーから恐喝を受けていた時にダークナイトに助けていただいて、その恩を返したいと思って、そのぅ」
「要はコスプレか」
「はい、……です」
 この男の話によると、その助けてもらった時に相手をデッキ切れで倒したらしい。最初こそ一般人だと思っていたが、デッキ切れで倒されたから美咲のことを本物のダークナイトと勘違いをし、コスプレしている自分をボコボコにしにきたんだと思った。とのようだ。自分でもAfを集め、いつかダークナイトに再会して献上しようとしていたらしい。
 とにかくこいつからAfを回収し、さっさと始末を行わなければ。結局ダークナイトそのものの手がかりらしい手がかりは得られず仕舞いだ。
 Afエネルギー複製術をホワイトナイトから美咲が預り、ホワイトナイトにやられた怪我人の介抱を済ませばもう夜七時。雲が月を覆い隠し、どこか湿っぽい臭いもする。
「時間遅いし家まで送るよ」
「そんな、ご迷惑な……」
「こんな時間に一人で帰らせた方が危ないし、俺だって心配だよ」
 恭介はニヤリと笑って見せて、美咲に向かって緩やかな放物線を描きながらヘルメットを投げる。美咲はあたふたとヘルメットを受け取り、少し恥ずかしそうに俯きつつも、頷いた。
「じゃあ、お願いします……」
「ははっ、素直でよろしい。雨も降りそうだしさっさと行こうか」
 行きと異なりスムーズに後部座席に乗る美咲の体重を感じ、アクセルを踏み込む。美咲の実家の住所をナビに打ち込めば、ホログラムマップが行き先を示してくれる。
 明るい東京の大通りを他愛無い会話をしながら進みつつ、徐々に灯りの疎らな郊外の方へと二人を乗せたバイクが進んでいく。一軒家やあまり背の高くないマンションが点在する最中、小さな公園中に黒く艶やかな光が一つ、美咲の目に飛び込んでくる。驚きのあまり右手で恭介の肩を叩いてしまったことにも気付かず、美咲は興奮のままヘルメットに仕込まれたマイクに向け叫ぶ。
「怪しい影です! 今度は見間違えてません、ダークナイトです!」



翔「くそっ、相手は即席デッキだっていうのになんて強さだ!」
市村「そう。君は目の前にどれほどの強敵が現れても決して屈さない。
   むしろ壁が高ければ高い程、その心は熱を帯びて膨れ上がっていく。
   次回、『闘争の果てに』。それが君のオーバーズだ」

●TIPS
市村アキラの能力
オーバーズキャプチャー 精神干渉
相手のオーバーズを奪うことが出来る。奪われた相手はオーバーズが発現せず、能力者は能力の一環として奪ったオーバーズを扱うことが出来る。
相手のオーバーズを奪うためには、相手を精神的に凌駕する必要がある。
奪えるストックは一つのみで、仮に二つ目をキャプチャーした場合、一つ目のオーバーズは元の持ち主の元に戻る。(ただし返された本人に、オーバーズが戻ってきたという自覚情報はない)
射程距離E 成長性D 影響力E 持続性A

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