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 しかし襲ってきたのは突き飛ばされ、地面へと激しく打ち付けた鈍い傷みだった。


 何事だろうと眼を見開けば、俺がいたはずの場所にはルカリオがいた。鋼タイプも混ざっている為にダメージはないようだ。


「邪魔すんなよ、ニンフィアと戦ってんだ」
「負けは確定だろ、分かっていてとどめを刺すのは無意味じゃないか?」
「それもそうだなぁ」


 ゲンガーは俺を一瞥してルカリオへと向き直る。


「俺が勝ったら森ポケモンや人間に対する悪事はやめてもらうぞ」
「んじゃあ、俺が勝ったら…そこのニンフィアを頂いて行くぜ」


 不気味な顔を更に歪ませて笑うゲンガーにびくりと震え上がる。


「ニンフィアを、仲間として取り込むつもりか?」
「んな訳ねぇだろ、こいつにゃ部下が世話になったみてぇだしたっぷりお詫びを返してやらねぇとな」


 気味が悪いくらいに更に細い目を糸のように細め、口角は不気味な程に歪められる。


 身体中に悪寒が走った。恐怖で手足は震え、自分でも制御出来なかった。


 突然ふわりと何かが頭を触れる。上を見上げればいつの間にか近くに来ていたルカリオは俺の頭に手を乗せ、ゆっくり撫でていた。


「大丈夫だ、絶対に負けはしない」


 力強い言葉と、優しく細められた瞳に強ばっていた心は次第に溶けていく。


 何故だかルカリオに撫でられ、優しくけれどもそのはっきりとした物言いに不思議と安心感が沸き上がった。


「少し離れていてくれ、直ぐに決着はつける」


 そんな姿に雄である俺でさえ、かっこいいと思ってしまった。


 少し離れた場所で二匹のバトルを観戦する。ルカリオのおかげで体の震えも収まり、恐怖も何処かへと消え去った。


 ルカリオとゲンガーは向き合い対立する。それから数秒後に戦いは始まった。


 ルカリオは元から早い素早さを生かしてバレットパンチで先制攻撃をし、徐々にダメージを与えていく。


 ゲンガーは再び催眠術を放ったが残念ながらそれが当たることは叶わなかった。


 次に竜の波動を放ち、ダメージを与えていく。ゲンガーは先程の戦いでのダメージもありそろそろ限界は近い。


「そろそろ、降参したらどうだ?」
「調子こいてると、痛い目見るぜぇ」


 またしてもゲンガーは催眠術を繰り出す。当たらないだろうと思っていたが、ルカリオは一瞬判断に遅れたのか直撃する。


「くっ…」


 片膝をつき、何とか落ちそうになる瞼を伏せないようにこらえる。しかし眠気に抗える事など出来はしない。


「ルカリオ、耐えるんだっ!」


 急に訪れたピンチに慌てて声を張り上げる。


 あと少しというところで、ゲンガーの攻撃は虚しくも命中してしまった。この逆境をどう乗り越えるのかじっと目を逸らさずに見つめた。


「もし眠ったらシャドーボール2,3発は撃てるはずだからな。目覚める頃には限界が近いはずだ」


 にやりと眼を細めて笑った。ルカリオは今にも眠りに落ちてしまいそうだ。やはり眠ってしまうのだろうかと、思った時。ルカリオはふらりと立ち上がる。 
 手をかざすと蒼い球体が姿を現す。ゲンガーはゴーストタイプもあるから格闘タイプは通用しないはず。まさか寝ぼけているんだろうか、と思った時。


 放たれた蒼い波動はルカリオの腹部を直撃した。


「ルカリオっ!」
「ひゃはははは、とうとう負けを認めたかぁ」


 ルカリオは自身の攻撃で受けたダメージはかなり効いたらしく、後方へとふらついた。


 鋼タイプは確か格闘タイプに弱いはず。それなのに自分に向かって放つとは自滅に等しい行為だ。


 それなのにルカリオは口の端を僅かに上げて笑った。


「これで、眼は覚めた」
「そんな体で戦えるのかぁ?」
「むしろこのくらいで十分だ」


 その言葉を放つと同時に素早くゲンガーとの距離を詰める。突然の事にゲンガーは驚き、一瞬怯んだ。


 至近距離で赤紫色に輝くウェーブを放ち、サイケ光線をした。


 ゲンガーはけたたましい悲鳴を上げて攻撃を受ける。急所は外したのか辛うじてまだ息はある。


「まだやるか?」
「ひぃっ、す、すいませんでした!」


 冷淡に言い放ち、手をゲンガーの前でかざすとゲンガーは竦み上がり地面にぶつける勢いで頭を下げる。


「まず、ニンフィアに謝れ」


 今まで空気と化していた俺にゲンガーは向き直る。びくり、と体は震えた。


「すみません、でした…」


 地面に額を着けて誠心誠意謝るゲンガーに、こいつも本当は悪いやつではないんじゃないかと思った。


「良いんだ、もう気にしてないよ」


 少し微笑んでみると、顔を上げたゲンガーはほっとしたように息を吐く。


「これからは人間とポケモンに悪事を働かないこと、そして森ポケモンたちと協力して生きていくことを誓ってくれ」
「だけど…」


 言い淀むゲンガーに首をかしげた。


「最初は俺だって仲良くしようとした。だけど、こんな生意気な性格で顔だって怖がられて誰も相手にしてくれなかったぁ。それに加えて今まで悪さをした俺を受け入れてくれるのかぁ?」


 罰が悪そうに視線を落とし、悩むゲンガーに俺はさっきルカリオがしてくれたようにリボンの触手でゆるゆるとゲンガーを撫でた。


「当たり前だろ、お前だって森のポケモンだからな。皆だって話せばきっと分かってくれる」


 きっとこいつは、待っていたんだ。一度振り払われた手をもう一度、誰かに掴んで貰えるのを。


 そんなゲンガーの心情に気付かなかった俺たちにも責任はある。


「ゲンガー、一緒に行こうぜ」
「行くって何処にだぁ?」
「決まってるだろ、森ポケモンたちの住みかにだ」
「俺なんかが行って大丈夫なのか?」
「大丈夫に決まってるだろ、ほら行くぞ」


 そう言って触手をゲンガーの手に絡めて連れていこうとすると、ピンと張って動きを止める。


「部下たちの説得もしなきゃならねぇから、先に行っててくれ」


 ゲンガーは僅かに顔が赤みを帯びていたがそれはあえて気にしない事にした。


「そっか、じゃあ俺とルカリオは先に戻ってるからな」


 ルカリオを振り返ると、あいつは珍しく微笑ましげに俺たちのやり取りを見つめていた。


「何が可笑しいんだよ」
「いや、あんなに散々弄ばれていたのに割り切るのが早いと思ってな」


 未だにくすくすと小さく笑いながらルカリオは言う。


「だって勝負が終わればどんなにいがみあってたとしても、友達だろ?」
「それもそうだな」


 いつの間にか、ルカリオと親しげに話している自分がいた。人間と一緒に居るからって、敵視していたけど悪いやつでは無さそうだ。


 むしろ良いやつで、勝負も強くて尊敬に値するポケモンだとも思う。


 人間を信じる事は到底無理だけど、ルカリオなら信じてみても良い気がした。

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