12話 それぞれの胎動

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 恭介が拉致され、鬼兄弟に呼び出された臨海区域の倉庫にて。翔と亮太は鬼兄弟とのマルチバトルを強いられていた。
 ポケモンを倒された方がサイドを引き、サイドが無くなったプレイヤーから負け抜けするカウントダウン式ルールで、翔のバトル場にはエンテイ40/120、ベンチにはワカシャモ80/80、亮太のバトル場にはカラマネロ100/100、ベンチにゾロア60/60。鬼緋一のバトル場にはブーバーン120/120、ベンチにはブーバー80/80、鬼黄輔のバトル場にはルギアEX170/170、ベンチにはエレキブル120/120。サイドは翔と緋一が三枚で、亮太と黄輔が二枚ずつ。
 鬼兄弟が使用したスタジアム、Afクロスステーションの効果で、特定へのプレイヤーへの集中攻撃が可能となった戦場で亮太が標的にされている。とはいえそういう狡い手だけでなく、巧みな兄弟のコンビネーションも翔達を苦しめていた。
 しかし、亮太が感じている苦境は翔とは異なる。あまりにも不幸が重なりすぎた。一言で示すならそれだけだ。
 亮太は手札をちらと見る。今引いたカードを含め、手札には二枚のAfとゾロアークBREAKがある。鬼兄弟の実力はもう十分に分かった。本気を出せば、一人でも兄弟両方始末することは簡単だ。だが一番厄介なのは奥村翔、彼の能力だ。
 奥村翔のコモンソウルは相手の感情が分かるという能力である、ということは既に「見抜いて」いる。だが、その効果の程は分からない。感情が分かるということは思考まで読み取れるのか? もしくは記憶まで読み取れるのか?
 能力の無効化を試みているが、亮太の能力無効化は不完全だ。特に、精神干渉系の能力に対しては耐性に穴がある。感情だけならいいが、思考や記憶を読み取られるとマズい。わざわざ初心者を装ってる意味もなくなる。それにここに来るまでの道中に、奥村翔が風見雄大に連絡をしていた事にも気付いた。奥村翔を片付けるだけならまだ難しくはないだろうが、あの風見雄大まで来られると旗色が悪くなる。
 念のために何度もこの対戦中に奥村翔の方を伺ったが、取り立てて変わった様子はない。彼がオーバーズを発現させてからも変化はないことから、能力の無効化に成功しているとみるか。
 長岡恭介とは本当にただの友人として仲良くなった。しかしその彼と彼の友人がAfに絡んでいる人間。あまつさえ、あの風見雄大とも強いコネクションがあることは最大の誤算だった。今にしても、どうせ一対一を奥村翔がやってくれて、その隙に友人である長岡恭介の救出。それだけで済むと思った。だというのにまさか自分も戦うハメになるとは。
 無論Afがかかっている勝負である以上負けるつもりはない。負けてもし自分のAfも鬼兄弟に奪われても、ここまで苦心した意味もなくなるというものだ。今はいかにして穏便に勝利をするか。そのためにどういう手を使うが最善かを考える。
「僕はカラマネロに悪エネルギーをつけ、ブーバーンにカラマネロで攻撃。ブレインパニック!」
 カラマネロがブーバーン90/120に強力な催眠術を脳に直接かける。千鳥足でその場をふらふらと歩くブーバーンだが、混乱状態ではない。ブレインパニックを受けたポケモンがバトルする際、コイントスをしてウラだった場合ワザが失敗する。これで強力なタッグボンバーも成功率は半分。最も、攻撃が成功したときのプランも亮太は用意をしているが。
「くそっ、小賢しい! オレのターン。目にもの見せてやる。ホウオウEX(180/180)をベンチに出し、レインボーエネルギーをホウオウEXにつける!」
 ブーバーンとエレキブルと来たものだから、ルギアが来た時にまさかと思っていたが。いやな予感が的中した、と翔の背中で冷汗が流れる。レインボーエネルギーはすべてのエネルギー一つ分扱いになる強力な特殊エネルギーだが、手札からポケモンにつけたときにダメカンを一つ乗せる。ホウオウEX170/180のHPはルギアEXと並んだが、こちらにはEXポケモンがいない。この状況で二匹とも倒すことができるか?
「やれ、ブーバーン。そこのカラマネロにタッグボンバーだ!」
 再び黄輔のベンチからエレキブルが飛び出し、カラマネロを挟むように二匹が並び立つ。エルボーを決めるよう互いに右腕を上げて走り出すが、ブーバーンの足取りは悪い。
「カラマネロのブレインパニックの効果発動。この攻撃を受けたポケモンがバトルする際にコイントスをし、ウラならワザは失敗する」
 コイントスの判定が始まる中、走り出す二匹。最中、直線を駆け抜けるブーバーンが重心を崩し、左に逸れる。なおも突撃するエレキブルの攻撃を、カラマネロは頭を引っ込めて回避。ワザは失敗だ。
「いいぞ! ナイスだ」
「くそっ、生意気な」
 相手の大技を回避できた。確率二分の一の賭けで、亮太はチャンスを作り上げた。だとすれば、それに続くしかない。そう考えると、翔の中にメラメラと闘志が沸き上がる。
「行くぜ。まずはベンチのワカシャモをバシャーモ(140/140)に進化させ、ポケモンの道具『炸裂バルーン』を、亮太のベンチにいるゾロアにつける」
 ゾロアを中心に機雷のような、棘のついた風船がいくつも浮かび上がる。これで亮太のポケモンにはすべて翔が道具を与えて何かしらのカバーをかけたことになる。
「さらにグッズ『ターゲットホイッスル』を発動!」
 けたたましい程の高い音が響き渡ると、黄輔のベンチにエレブー80/80が新たに現れる。
「な、なんだ! おれの、おれのベンチからポケモンが勝手にっ」
「ターゲットホイッスルは相手のトラッシュにあるポケモンを、強制的にベンチにおびき出すことが出来る。このままエンテイでブーバーンに攻撃。コンバットブレイズ!」
 鬼兄弟のベンチにはエレキブル、エレブー、ブーバー、ホウオウEXの四体。これでコンバットブレイズの威力は20+20×4=100。炎を纏った突進を受けたブーバーン0/120は、倉庫のコンテナに叩きつけられ倒れ伏す。
「技を放つやつさえいなければ、今度こそツインボンバーのコンボも形無しだ!」
「いい気になりやがって。俺はサイドを引いてホウオウEXを出す」
 これで翔以外三人のサイドが残り二枚。特に、鬼兄弟はEXポケモンを場に出しているので気絶した場合サイドを二枚引く必要がある。つまりあとは目の前で威圧感を放つホウオウEXとルギアEXの両方を倒せば、翔達が勝つ。が、そううまくいくか。
「黄輔、ディープハリケーンはまだ打つな。エネルギーはオレに寄越せ」
「それだと兄貴──」
「予定は崩れるけど仕方ねえ。お前がそっちの犬ッころをぶっ殺して俺がイカもどきを焼く。そっちのほうが今はアドだろ」
 ディープハリケーンはルギアEXの大技だ。黄輔が今手札に握っているダブル無色エネルギーをルギアEXにつければ使うことが出来る。基本威力80に加え、スタジアムがあるならスタジアムを破壊し、70ダメージを追加する。仮にこれで亮太のカラマネロを倒したとしても、続く緋一の番でホウオウEXはエネルギーが足りないため攻撃出来ない。その上彼らの戦術の要であるAfクロスステーションもディープハリケーンの効果で失う。黄輔はやや不満気な表情で緋一を見つめるが、すぐに諦めたようにカードをプレイする。
「……分かった。俺はホウオウEXに雷エネルギーをつける」
 翔達だって亮太のポケモンに、ポケモンの道具をつけていた。となればエネルギーを自分でなく味方のポケモンにつけることだって問題はない。そして黄輔の目線が翔に向く。
「サポート『クロケア』を使い、ベンチのエレブーを山札に戻す。そんでルギアEXでエンテイに攻撃だ。エアロボール!」
 先の番と同じか。亮太のカラマネロには受けるダメージを20減らす固いお守りがある。それにエアロボールの効果も相まってカラマネロにダメージを期待出来ないから、エンテイへのトドメの攻撃か。
 再び圧縮された空気弾がルギアから放たれ、正面からエンテイ0/120が空気弾をその身に受ける。空気弾が炸裂した衝撃で再び翔の体が浮き上がりそうになるが、反射的に後ろに回転しながら跳躍することで、着地以外のダメージを相殺する。オーバーズによって肉体の疲労感が吹き飛んでいる今だからこそ出来る荒業だ。咄嗟の判断で思わずバク宙を生涯で初めて決めたが、これは使えそうだ。
 まだ自分のオーバーズがどれほどの力を持っているかを、コモンソウル以上に把握出来ていない翔からすれば偶然の収穫だ。しかし、いつまでもその達成感に現を抜かすわけにはいかない。今は目の前の苦境を切り抜けることに神経を注ぐんだ。翔はサイドを一枚引き、バトル場に新たにバシャーモ140/140を繰り出す。
「僕のターン。ゾロアにダブル無色エネルギーをつけ、ゾロアークに進化させる。そしてゾロアークの特性、成り替わるを発動!」
 亮太のバトル場にいたカラマネロの足元からドロンと白煙が舞うと、白煙の中からゾロアーク100/100が炸裂バルーンと共に姿を現す。逆に、ゾロアークが先ほどまでいた場所にはカラマネロが。
「成り代わりの効果でゾロアークがベンチにいるとき、バトルポケモンと入れ替えることが出来る。そしてそのままゾロアークでルギアEXに攻撃。ブレインジャック!」
 ゾロアークがルギアEXを鋭く睨みつけると、ルギアEXは幻覚を受けたのか。幼子のように怯えて翼を折りたたみ、制御も儘ならぬまま地面に堕ちる。その隙を逃さずとゾロアークが距離を詰め、鋭い爪を右上、左上から振り下ろし、最後に一撃アッパーカートのように爪を振り上げてルギアEX100/170を攻撃する。
「ブレインジャックは基本威力10に加え、相手のベンチの数かける30ダメージを追加する。今そっちのベンチにはブーバーとエレキブルの二匹。よって70ダメージ!」
 亮太は再び手札を確認する。これで順当にいけば次の僕の番には切り札を使えば二人をまとめて始末することが出来る。ただ、既に鬼兄弟の背後の窓ガラス越しに風見雄大らしき人影が見える。仮に使えばことを穏便に済ますことは出来なさそうだ。あとは隣の奥村翔が上手くやることに賭けるか。
「オレの番だ。手札から二枚目のレインボーエネルギーをホウオウEXにつける。レインボーエネルギーの効果でダメカン一つをホウオウEX(160/180)に乗せる。さあバトルだ! ホウオウEXでゾロアークに攻撃、エレメンタルフェザー!」
 ホウオウEXが羽ばたくと共に、虹色に輝く羽がフェザーシャワーとなって降り注ぐ。
 意識的なものだとか、直感だとかではなく脊髄反射的に翔は真横にいる亮太の方へ突っ込んでいく。危ない、と大声を上げて翔は亮太に向かって駆けだすと突き飛ばし、亮太に覆いかぶさるように飛びつく。
 ホウオウが放つ羽はあるものはゾロアーク0/100の身を、あるものは炸裂バルーンを、あるものはその背後にいるカラマネロ90/100を切り刻んでいく。羽の攻撃がやまないうちに、破裂した炸裂バルーンの爆発音が五つ程倉庫内に鳴り響く。黒煙のエフェクトで視界が遮られているが、亮太が先ほどまで立っていた位置付近には銃痕のような凹みがコンクリートにいくつも残っていた。
「大丈夫か」
「僕は。……それより翔君は?」
「俺はオーバーズで痛みを軽減できるからこれくらい。あー、オーバーズって言っても伝わるか……。いや、とにかく大丈夫だ」
 ホウオウEXエレメンタルフェザーは威力130に加え、ベンチポケモンに30ダメージを与える大技だ。ただ、ベンチのカラマネロは固いお守りの効果でダメージを30-20=10に軽減。更にゾロアークにつけた炸裂バルーンの効果で一矢報いてやった。
「くそ、どうなってんだ! 攻撃した方のオレのホウオウEX(100/180)のHPも減ってるじゃねえか!」
「炸裂バルーンを装備したポケモンが攻撃を受けた時、相手に60ダメージを与えるんだぜ。『相手の番の終わり』にこのカードは自動的にトラッシュされるから、狙いを亮太じゃなく俺にすればダメージは無かったのにな!」
「ガキが……。粋がりやがって!」
 コモンソウルで捉えるまでもなく緋一は怒り一辺倒だ。怒りっぽい緋一に対し、おそらくその緋一に向けてだろう不満の感情を強く持つ黄輔。この二人は一見コンビネーションがあるようだがコミュニケーションは最悪だ。そんな鬼兄弟の視界の奥、窓辺に見える人影を翔も視認した。翔が発した信号を追って来た風見のはずだ。あいつは衝動では決して動かない男、恭介を救出する手立てはきっとあるんだろう。ならば自分の役目はあと一つだ。
 翔は立ち上がり、手を伸ばして押し倒してしまった亮太を引っ張り上げる。そのまま翔は自分のバトルテーブルの前に戻るが、わき腹を少しさする。エレメンタルフェザーの余波を二発ほどわき腹に受けたようだ。血こそ出てないが、おそらく青く腫れている。オーバーズが解ければきっとこの痛みも後から遅れてやってくる。それに亮太をこれ以上この対戦に付き合わせるのは危険だ。出来れば早急に決着をつけたい、と翔は考える。
 そんな翔を横目に亮太は今の翔の振る舞いで確信する。あの厄介な奥村翔のコモンソウルは、僕の能力破断のオーバーズで効果を受け付けることはきっとない。とはいえ、流石に彼の大丈夫はやせ我慢だろう。個人的な計画のためには邪魔な存在であるが、ここでくたばられても困る。次の僕の番で早急に決着をつけてあげるしかない。今なら何かあっても立ち去ることは容易だ。
 しかし立ちふさがるのはルギアEX100/170とホウオウEX100/180。三桁のHPを削り切るのは簡単ではない。
 ふと、亮太と翔の目が合う。意図や目的にすれ違いはあれど、隣に並び立つ友のために早急に決着をつける。二人の間には能力のコモンソウルで通じていないが、同じ目標を宿す不撓の共有する心魂コモンソウルが奇跡を起こす。
 翔はデッキポケットに手を重ね、勢い良くカードを引き抜く。引いたカードは白紙のカードだ。かつて亡き父が遺した者を、お守り変わりにデッキポケットとは違う場所に仕舞っていたはず。しかし翔はそれを不思議と思わず一つの運命だと感じた。予期していたのかは後から考えても分からない。だが、翔はこれだと感じた。
 まるで翔の運命に応えるよう、白紙のカードにイラストとテキストが浮かび上がる。翔は迷わずそれをバトルテーブルに叩きつける。
「ベンチにアチャモ50/50を出し、バシャーモに特殊エネルギー、バーニングエネルギーをつける。続けて手札からグッズ『コモンソウル』を発動。すべてのプレイヤーは順番に手札を表を見ずに一枚選び、それを手札に加える! 交換順はマルチバトルの場合俺が指定する。反時計回りにカードのやり取りを行う。まずは俺のカードを引いてもらおう」
「ちょっと待て! 引いてもらうも何も、今お前の手札は0枚じゃねえか!」
「そうだ。だから俺のカードは引けなかった、と処理をして次に進む。お前ら兄弟でカードを引くんだ」
「くそっ……。兄貴──」
「分かってんなァ? つまんねえカード引かせんなよ!」
 翔、黄輔、緋一の順にカードを引く。そして亮太が緋一のカードを引く。最後に翔が亮太のカードを引くだけだ。
 亮太が引いたカードは生憎ただのエネルギーカード。だが、この状況を一変させるカードを亮太はあらかじめ持っている。今なら鬼緋一が持っていたことにさせ、翔に手を回すことが出来るはずだ。亮太は三枚ある手札の、一番左側を小指でトントンと小さな動きで二回叩く。それに応じ、翔はそのカードを手に取る。

挿絵画像


「このカード……。俺は手札からポケモンの道具『Af一念想起』をバシャーモにつける。このカードの効果で、バシャーモのカードの下に重ねてある古代能力をバシャーモが得ることが出来る。このバシャーモの下にはΩ連打を持つアチャモがある。つまり、バシャーモがΩ連打の効果を得る!」
「ばっ、あっ、Afだと!」
「兄貴! なんだあのカード、おれ知らねえ!」
「オレだって知んねえよ!」
「嘘つけ。そうじゃないとなんであいつの手元にAfが!」
 亮太以外、翔が手にしたAfが元々亮太が手札に持っていたカードとは気づかないだろう。それに翔はもう、鬼兄弟の小競り合いなど眼中にない。この兄弟の不和はコモンソウルで前々から分かっていた。これもきっとそれと変わらないだろう、と。
「バシャーモでルギアEXにバトル。ヒートブロー!」
「くっ。とはいえEXポケモンじゃないポケモンで──」
「ヒートブローの効果発動。ワザのコストとしてエネルギーを一つトラッシュするが、威力は100だ! 俺はバーニングエネルギーをトラッシュ」
「っそ、100だって!?」
 バシャーモは拳に炎を宿し、屈強な足をバネにしてルギアEXの懐に潜り込むと一撃。深々と鳩尾にコークスクリュー・ブローを叩き込む。ルギアEX0/170は白目を向き、体を半回転させその場に崩れ落ちる。
「黄輔! クソったれ。てめえ、次の番覚えてろよ」
「Af一念想起の効果でΩ連打の効果を得たバシャーモは、この番もう一度攻撃することが出来る」
「バカ言え! 一度目の攻撃でエネルギーが無くなっただろうが。二回目の攻撃は、ない!」
「ヒートブローの効果でトラッシュしたバーニングエネルギーの効果を発動! ワザの効果でトラッシュされたこのエネルギーは、元のポケモンにつけ直すことが出来る」
 緋一が掠れる声でバカな、と漏らす。顔面蒼白なまま、その場にへたり込む緋一のホウオウEXの残りHPも丁度100。
「ホウオウEXに二度目の攻撃。この因果をここで断ち切れ、ヒートブロー!」
 二度目のヒートブローがホウオウEXにクリーンヒット。ルギアEXと同様に、ホウオウEX0/180も弾き飛ばされ地面に堕ちる。鬼兄弟の残りサイドは二枚だが、EXポケモンが倒れたことで共にサイドを二枚引かなくてはならない。これで鬼兄弟のサイドはどちらも0。勝負は決した。
 それと同時に鬼兄弟の背後からガラスが叩き割られ、軽装の風見が倉庫内に侵入する。鬼兄弟はその様子を視線で追えど、腰が抜けたのか動けないようだ。だが、翔もオーバーズが解けた反動でこらえていた痛覚が蘇る。二歩千鳥足のように歩き、その場に膝をつく。
 風見が恭介を縛っていたロープを外し、俯いたままの恭介の表情を伺う。その後首筋に手を当て脈を確認。問題ない、生きている。外傷がない所から、眠らされていたのだろう。翔は……動けないだろう。その翔に寄りそう青年、亮太に風見が目を付ける。
「君、悪いがこいつを頼まれてくれないか。俺たちはこいつらにまだ用がある」
「わ、分かった。任せて、一先ずここから連れ出して──」
「救急車か何かで搬送してもらえるといい」
 亮太と風見の目が合う。亮太は翔を寝かしつけると、うなだれる恭介の元へ駆けつける。そのすれ違いざま、風見はその横顔をもう一度だけ確認する。この男、いつだったか見覚えがあるような……。いや、今はそれよりもだ。
 風見はポケットから特殊警棒のような棒状の物体を取り出し、一振りして鬼緋一の喉元に突き付ける。
「貴様らには質問がある。脅すような物言いだが、それ以上のことをした手前。非難されるつもりはないがな。まず一つ。貴様らが翔に電話をかけて以降、翔達と貴様らのやり取りを聞かせてもらった。頼まれている、と言ったな。一体誰の指示だ」
「そ、それは」
 風見は棒状の武器を一度緋一の喉元から離し、虚空を一閃。轟轟たる風切り音に、緋一と黄輔がさらに震え上がる。
「お、おれらだってよくわかってねえんだ。名前はし、知らねえ。背丈はそう、アンタくらいで年も同じくらいの男だ。そいつがAfとお前らの資料を渡してきて、こいつらを倒してくれって」
「それだけか」
 黄輔に向けられた矛先を庇うよう、緋一が割って入る。
「前金をもらってやっただけなんだ。見たろ、拉致はしたが傷はつけてねえ。黄輔が攻撃する振りを見せて気を惹かせた間に、オレが後ろから催眠薬を含ませたハンカチで──」
「もう一度言う。それだけか」
「本当に知らねえんだ。突然裏路地で声を掛けられて突然いろいろ渡されて……。そ、そうだ。その男! Afは『奪う』ことに意味があるんじゃなくて『使わせる』ことに意味があるって」
 風見の眉がピクリと動く。それは今までに聞いたことのない話だ。
「どういうことだ」
「し、知らねえ! これ以上は本当に何も知らないんだ」
 嘘をついているのか。あるいはまだ何か隠しているのか。風見は鬼兄弟の表情、汗、呼吸を目視で推し量る。鬼兄弟は気づきこそしていたが、風見の目の色が変わっていることを指摘出来ずにいた。沈黙が十秒ほど続いた末、風見の目の色が戻り、その手にある棒状の武器を仕舞う。
「もちろんお前たちがしたことに対して、然るべき社会的罰があるだろう。あとはそちら任せだな」
 鬼兄弟は目の前の事に神経がすべて奪われていたが、いつの間にかサイレン音と共に複数の警官が倉庫内に点在していた。風見が鬼兄弟から離れると、無抵抗のまま鬼兄弟はあっけなく警官に捕らえられた。
「大丈夫か」
 仰向けに寝転ぶ翔の元で、風見が翔に手を伸ばす。翔が手を伸ばすと風見は力強くその手を握り返し、勢いよく引っ張り上げる。
「はは、大丈夫っちゃあ大丈夫だけどって感じだな。薫に怒られかねん」
「元気ではあるな。念のために、恭介と同じく一応検査だけしてもらうんだ。こちらの後処理は任せておけ」
「迅速なこった」
 痛覚よりも張り詰めた緊張の反動で、翔は膝に力が入りづらかった。
 確かに前よりもオーバーズを使えた気がする。そのお陰で亮太を守れた所もあるだろう。それにあの白紙のカードから現れた新しいカード、あれは夢じゃない。今も確かにデッキにある。それを含めて自分自身の成長を感じることが出来た一戦ではあった。
 ただ、誰かを守りたいと言うのであれば、今みたいに傷だらけになってはいけない。なにせ自分が傷を負えば、誰かを守るどころじゃないだろう。とどのつまり、友を守りつつ自分も傷つくことのない力が必要になる。
 おそらく鍵はオーバーズだ。理屈は知らないが、オーバーズが発現している間は疲労や痛覚が吹き飛ぶ。これを上手くコントロールすることが出来れば、翔自身が受けるダメージもコントロールできるかもしれない。使っている所を見たことは無いが、風見もオーバーズが使えると聞く。そうまで考えが至れば、取る行動はただ一つだ。
「風見」
「どうした。神妙な顔をして」
「……頼みがある。俺を鍛えてくれないか」
 鳩が豆鉄砲を食ったよう、という言葉はここで適切か。風見が珍しく目を丸くした。右わき腹を左手で抑えながら、ふらつく翔の足取りだがその目は本気だ。顎に手を当て少し思案してから、風見が口を紡ぐ。
「その頼み。……悪いが断らせてもらう」



仁科希「恭介君、もう大丈夫なの! 大変な目に遭ったって聞いたけど」
恭介「いやあ。どうも眠らされていただけみたいなんで大丈夫っすよ。それより早くAfの件、決着をつけなくちゃ」
希「そうね。手がかりはあるようで無いようなものだもんね。ダークナイトと鬼兄弟にカードを渡した男、かあ」
恭介「次回『純白の騎士?』。希さん! この動画見てくださいよ、変な鎧の奴が映ってますよ!」

挿絵提供:浮線綾様

●TIPS
生元亮太のオーバーズ
「能力破断のオーバーズ」 瞳の色:黒(色が変わらない)
他人の能力の影響を受け付けなくなる。
物理干渉系の能力は完全に無力化出来る。ただし精神干渉系の能力は、能力が強力だと無力化できないこともある。

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