11話 地獄のマルチバトル

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 深夜二時頃、東京湾沿いのとある倉庫。気絶したまま椅子に座らされ、椅子ごと鉄柱に縛り付けられた恭介のそばで、恭介のデッキを筋骨隆々な男が物色する。
「兄貴、マジでこいつAf持ってねえぞ!」
「あぁ? 聞いた話だとこいつもAfを持ってるって話だったじゃねえか。黄輔ェ、適当かましてんじゃねえ」
「ほんとなんだって」
「ったく仕方ねえ。お前はそいつを猿轡で、起きて騒がねーようにしとけ」
 白いスーツに剃り込みを入れた、一見カタギには見えない男、鬼緋一(おに ひいち)が実弟の鬼黄輔(おに きすけ)に命じる。黄輔は事前に用意しておいた猿轡を、まだ昏睡している恭介に無理やり装着させる。
「あ? ほんとにねえな。こいつの持ち物他も確認したのか」
「当たり前だって」
 恭介のデッキには「今は」Afが入っていない。日を跨ぐ前、Afをデッキに入れる話を風見達としていたときに恭介はどのカードを入れるか決めきれず、風見に再度預けたのだ。
 拉致された状況は十分に不幸と言えるが、ギリギリのところで踏みとどまったのが恭介の持つ幸運か。
「どうする兄貴」
「どっちにしろただ奪うだけじゃ意味がねえ、って言われてんだ。問題ねえよ。それよりもあともう二人こいつとつるんでるヤツがいたはずだ。そいつらをここにおびき寄せて、一網打尽にする。分かってんな黄輔ェ!」
「お、おう!」



 陽が昇り午前十時過ぎ。今日は翔、生元亮太(きのもと りょうた)、恭介の三人で映画を観に行く予定だった。が、時間を過ぎても恭介は集合場所に現れない。
「珍しいな。あいつ時間は結構順守するタイプなのに」
 比較的軽い態度な恭介だが、ヤツはなかなか几帳面。時間は割と守る方だ。もし大幅に遅れるのであれば連絡の一つくらいくるはず。まさか事故、か。
「生元」
「亮太でいいよ。恭介君もそう呼んでくれてるから」
「あーじゃあ亮太、恭介に電話してやってくんない?」
「分かった、ちょっと待ってね」
 スマートフォンを耳に当てて遠くを見つめる亮太は、しばし棒立ちのままだ。おいおい、本当に事故ってわけじゃないだろうな。
「俺は恭介の家にかけてみる。亮太はそのままそっちに連絡かけ続けてくれ」
 そうやって自分のスマートフォンを手に取ったと同時、非通知で電話がかかってきた。
 この電話、受けるか? 少し躊躇ったが、受けない選択肢はない。関係ないなら関係ないでいいし、もし恭介に関係があるとすれば、少しでも手がかりになればいい。
「もしもし」
『奥村翔、だな?』
 知らない低い男の声だ。
「誰だ?」
『質問しているのはこちらだ。おまえが奥村翔本人だな?』
 脅迫するような物言いに、思わず手汗が流れる。ここで渋っていても埒はあかない。そうだ、と一つ応えると間髪無くもう一つ質問が飛んでくる。
『今お前は一人か』
「……そうだ」
『嘘はよくない。今、もう一人そばで誰かと話していたな? 見ているぞ』
 思わず辺りを見回すが、都心の駅前だ。通話している人間なんて珍しくない。それに人の波が多すぎる。それにこの近辺の建物や停車中の車の中かもしれない。探すのは絶望的だ。
 俺の挙動から何かを察したのか、亮太も電話の手を止め俺を不安げに見つめる。
「要件は何だ」
『長岡恭介の身柄を預かっている』
「何? 本当か。あいつは無事なのか!」
『今のところは、な。これからお前が俺の言う通りに動けば危害は加えない』
 脅迫だ。わざわざこういう手間をかける事から、恭介は電話口の向こうの男に拉致されていて、あいつのスマホから俺の電話番号を抜き取ってきたのか。
「……わかった、良いだろう。どうすればいい」
『今から指定する場所に、一時間以内に来い。ただし来るのはお前とお前の隣にいるそいつの二人でだ。それ以外の人間が来るとどうなるか、覚悟しておくことだ』
 男が指定してきたのは東京湾付近の倉庫だ。ここからならゆりかもめ線沿いからがアクセスが近いか。場所だけを伝えると、男からの電話が一方的に切られた。
「奥村君、今の電話──」
「恭介は拉致された。それで、俺と亮太の二人だけでそいつの所まで行けば無事は保証される、らしい」
 あいつが拉致されて俺に電話がかかってくる。となれば間違いなくAfの件だろう。前に恭介と戦っていたロドニーも、俺と恭介のことはどうやら認識していたようだし、敵側は明確に俺たちを標的としているようだ。
 もちろん恭介は救う。だが、この亮太はどうだ。ロドニーと恭介が戦っていた時に現場にこそいたが、亮太はそもそもAfの件に関係がない。それどころかポケモンカードをやっているのかどうか。そんな彼を巻き込むわけにはいかないが……。
 いつも何かハプニングが起きたときは、進退の見極めは風見がやっていた。それを、今俺が責任を持って決断しなくちゃいけない。
「僕が行けばいいんだよね」
 迷う翔の意に反して、亮太は間髪無く決断を下す。亮太が思うAfの一件の重さと事態の深刻さを軽く感じてはいないか。でも、友人のためなら迷いなく体を張る。そういった気概は買い、だ。
「分かった。この先どうなるか、お前自身の安否は保証出来ない。もちろん守れる限りは守るが、万が一ってのもある。それでもいいか?」
「もちろん」
「いや、……ちょっと待て。今更だけどそもそもポケモンカード出来るのか?」
 そう問うと亮太はうなずき、腰につけたデッキポケットを見せつける。
「僕の実力が一体どこまで通用するかは分からないけど、頭を使うことならそれなりには出来るつもりだよ」
「……相手は前にロドニーが使ってたようなAf、という普通じゃないカードを使ってくると思う」
「もちろんそれも分かってる。でも、僕たちが行かなきゃ恭介君が」
「ったく……。わかった。とにかく急ぐぞ!」
 翔はデッキポケットを腕にセットすると、タッチパネルを操作して通信モードを立ち上げる。翔達が所持しているデッキポケットは市販されているものに風見が拡張改造を加えたもので、有事のために録音、録画、通信、GPS機能を搭載している。スマートフォンで通信履歴をジャックされている可能性を考慮して、デッキポケットを通して連絡を取る。
 恭介を拉致した犯人が今も監視しているかはわからないが、すぐ隣にいる亮太程の至近距離でないと何をしているか分からないはずだ。それにこの街中での人の数、上空から監視していない限り不可能だ。
 風見にこちらからの一方的な音声を送信しながら、急ぎで恭介の身に何が起きたか。自分たちがこれからどうするかをメール送信する。念のためにこちらから風見の連絡を受け付けないようにしたが、風見ならGPS機能と音声からこちらの位置と状況を正確に判断してくれ、然るべき行動を引き起こすだろう。



 指定された臨海地区の倉庫に到着した。亮太と顔を見合わせ、二人で重い扉を開ける。薄暗い倉庫の中央の柱に、椅子に座ったまま縛り付けられた恭介の姿がある。ぐったりしているのか、頭がかくんと下がっていて顔が見えない。そしてその恭介の両隣には筋肉質でタンクトップを身に纏った男と、逆に細身で白いスーツに剃り込みの男が、待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべ、待ち構えていた。
 電話をしていたのは一人だけだったが、どうやら敵は二人。ということか。
「えっと? その青髪の方が奥村翔だな。てめえの友達は預かってる。ま、今は眠ってるだけだ。生きてるし、そこまで乱暴を加えていない。ほら、外傷も大してねえだろ? 苦労したんだよ」
「……何が目的だ」
 落ち着け、と自分で言い聞かす。この倉庫に入って恭介の姿を見た瞬間から、既に心の中は沸騰寸前だ。嘘じゃない、こいつらは本当に恭介を拉致した。それでもここで冷静さを欠いてしまっては本末転倒。奴らの挑発には絶対に乗るんじゃない。
「そんなこともわざわざ聞かないと分からないのか? AfだよAf。頼まれてんだよ。てめえらのAfを──」
「兄貴、それ以上は」
「おおっと、そうだな。一つ挨拶していこう。俺は鬼緋一、こっちのデカいのが鬼黄輔」
 先週のことを思い出す。恭介がビリヤード場で出会ったロドニーという男が言っていた鬼兄弟、がこいつらか。
「お前らがロドニーの言ってた鬼兄弟だな」
「おうおう知ってんのか。あいつゲロりやがったな。……それはいい。てめえらにはオレらと一つゲームをしてもらう。もちろん拒否なんて選択肢はねえ」
 緋一が指を鳴らすと、黄輔がポケットからチップを取り出す。黄輔は腕につけたデッキポケットにそのチップを挿入すると、緋一、翔、亮太のデッキポケットがプッシュ音を鳴らす。
「今入れたのは特殊なプラグインでな、二対二のマルチバトルを可能にするチップだ。そのルールでオレたちを倒すことが出来れば長岡恭介は解放しよう。ただ、てめえらが負けた場合今てめえが持ってるAfだけじゃなく全てのAfをオレたちに渡してもらう。拒否ったら長岡恭介は、殺しはしないがそれ相応の目にはあってもらう。もちろんてめえらの目の前でな」
 二対二のマルチバトル、初めて聞くルールだ。わざわざ二人だけで来いと言ったのは、どうしてもそのルールで戦いたいということからだろう。自分たちでルールを用意するということは、奴らはそのル-ルに精通しているはず。
「亮太──」
「大丈夫、やれるよ」
 亮太の意思を確認し、翔も覚悟を決めた。実力の分からない亮太とタッグを組み、慣れないルールで戦わされる以上こちらは言うまでもなく不利だ。それでも勝てば恭介を解放すると聞かされた以上、引き下がるつもりも負けてやるつもりもない。
 各々がバトルデバイスを立ち上げ、デッキポケットと連動する。
『ペアリング完了。対戦可能なバトルデバイスをサーチ。パーミッション。ハーフデッキ。スペシャルブラグインモード、カウントダウン式マルチバトル』
 互いに少し距離を取る。翔の向かいには鬼黄輔、対角線上には鬼緋一。そして左隣には亮太が立っている。緋一は両手を広げ、余裕綽々の笑みを浮かべながら話し始める。
「ここでルールを説明しておいてやる。四人順番にそれぞれターンが来るが、カードテキストに書かれた『自分』というのは自分自身と味方を含める。また、『相手』は相手ならどちらでもいい。そして『相手、自分の番の終わりまで』と書かれたテキストは相手、自分両名の番が終わるまでって意味になる。それとバトル場、デッキは共有しないが、ベンチとトラッシュは共有する。つまりエネルギーやポケモンの道具を味方のポケモンにつけるっつーのもアリってこった。ただ、攻撃できるポケモンは自分の番の前にプレイしていたポケモンのみになる。集中攻撃を防ぐためだ。それと、カウントダウン式っつーのは普通ポケモンを気絶させたら、気絶させた側がサイドを引くだろ。それとは逆に気絶させられた時、気絶させられた側がサイドを引いてサイドが0枚になったら負ける特殊ルールだ。つまり、先にサイドが0枚になったプレイヤーは負け抜けして、どちらもサイドが無くなったチームの負けだ。ここまで質問はねえな?」
「ああ」
「なら始めるぜ」
 最初のポケモンは亮太がバトル場にエアームド100/100、鬼緋一がブーバー80/80、翔のバトル場にはアチャモ50/50、ベンチにエンテイ120/120、鬼黄輔のバトル場にはエレブー80/80、ベンチにエレブー80/80。それぞれサイドは三枚ずつだ。
 ターンは亮太、緋一、翔、黄輔の順にローテーションだ。つまり亮太は黄輔に、翔は緋一に攻撃することになる。
「僕のターン。エアームドに悪エネルギーをつけ、エアームドのワザ仲間を呼ぶを発動。デッキからたねポケモンを二匹出す」
 エアームドが鳴き声をあげると、それに応じるようにベンチにゾロア60/60とマーイーカ60/60が現れる。悪タイプが二匹ってことはおそらくその通り悪タイプ主軸のデッキ構成なのだろうか。
「今度はオレのターン。サポート『ミツル』を発動。自分の場のポケモンを制約を無視し、デッキから進化させることが出来る。現れろ、ブーバーン!」
 ブーバーン120/120がバズーカ状の腕から一発天井に向けて空砲を発し、威嚇して見せる。
「手札から炎エネルギーをブーバーンにつけ、ベンチに新しいブーバー(80/80)を出す。そしてェ! 手札からスタジアム『Afクロスステーション』を発動」
 周囲の風景は変わらなかったが、亮太と緋一、黄輔を。翔から緋一、黄輔を結ぶようにレモンイエローの線が浮かび上がる。
「クロスステーションはマルチバトル専用カード。こいつが発動中、互いのプレイヤーは任意のプレイヤーに攻撃することが出来るようになる」
「おいおい、早速ルール無視かよ」
 一人リンチを防ぐためのマルチバトルルールを、一瞬で覆すAfの投入。となると、奴らは確実に俺か亮太かどちらかへ集中攻撃を仕向けてくるに違いない。
「ブーバーンでエアームドにバトル。ニトロチャージ!」
 体に炎を纏ったブーバーンがエアームド70/100にタックルをかます。
「んん? そうかそのエアームドは炎が弱点じゃないのか。まあいい。ニトロチャージの効果で、デッキの炎エネルギーをブーバーンにつける」
「兄貴、見た所そいつの弱点は雷タイプだぜ」
「チッ、しゃあねえな。ならあとは任せた」
 亮太が使っているエアームドは無色タイプのエアームドで、その弱点は黄輔が言うように雷タイプだ。このままでは先に亮太のエアームドが落とされかねない。守れる限りは守ると言った以上、なんとかして守らなければ。
「俺のターン。まずはアチャモに炎エネルギーをつけ、ポケモンの道具『弱点保険』を亮太のエアームドにつける。これでエアームドの弱点はなくなる」
「あ、ありがとう」
 亮太がこちらを向いてそう言うが、その表情は強張っている。無理もない、自分がその立場だったら。と翔は亮太の心情を察する。
「気にすんな、今はここを乗り切るぞ! アチャモでワザ、フレアボーナスを発動。手札の炎エネルギーをトラッシュして二枚ドローする。更にアチャモの古代能力、Ω連打の効果発動。ワザを使用した後連続してワザを使うことが出来る。その効果でもう一度フレアボーナス!」
 引き当てた手札にはAfダメージシャッター。手札を二枚までトラッシュすることで、自分のポケモンが受けるダメージを捨てた枚数×10だけ減らすことが出来る防御カードだ。これなら仮に亮太に集中攻撃が飛んできても、ダメージ次第では守れるはずだ。
「今度はおれのターンだ」
 黄輔が引いたカードを視界に入れた瞬間、黄輔から強い喜びの感情が翔に伝わる。黄輔がアイコンタクトで緋一を一瞥するや否や、今度は緋一からも喜びの感情が伝わる。
 翔の能力、コモンソウルは本気で対峙している人間の感情が喜怒哀楽とそれらから派生するレベルで伝わるものだが、二対二でも相手二人の感情が伝わってくるようだ。ただ気になるのが、味方である亮太の感情は伝わらない。これはコモンソウルの対象外なのか? 能力について直接こういう能力だと教えてくれる人間はいないため、翔本人でもその効果の程が分からない。いや、亮太は置いといて。鬼兄弟の動きを見なければ。
「おれも手札からサポート『ミツル』を発動。その効果で場のエレブーをエレキブル120/120に進化させる。さらにグッズ『Afミラーアルター』を使う。自分の番に使用したサポートと同じ効果を得る。つまりもう一度ミツルの効果を発動し、エレブーをエレキブル120/120に進化させる!」
 ミラーアルターを使用した時に奴らの喜びが一番強かった。つまりエレキブル二匹いることが鍵なのか?
「バトル場のエレキブルに雷エネルギーをつけ、エアームドに攻撃。タッグスパーク!」
 エレキブルが体からエアームドに向けて放電すると共に、ブーバーンも腕から炎を放射する。雷と炎が合わさった一撃がエアームド10/100に襲い掛かる。エアームドが攻撃を受けるや否や爆炎が巻き起こり、薄暗い煙が立ち込める。
「タッグスパークは基本威力20に加え、自分のブーバーンについているエネルギーの数×20、追加ダメージを与える。兄貴のブーバーンには炎エネルギーが二つ。つまり60ダメージだ。弱点保険がなければダメージは二倍だったんだが……、救われたな」
「亮太、大丈夫か!」
 呼びかけると咳払いを二つしたあと、ようやく晴れつつある煙の中から大丈夫、との声が聞こえる。
「マルチバトルを強いておきながら一人リンチなんて、お前ら恥ずかしくないのかよ!」
「恥ずかしい? 黄輔、こいつが何言ってるか分かるか?」
「いんや、ちっとも分かんねえや。勝てば過程なんてどうだっていい。負けなければな。勝てば正義、ってなんかの漫画でも言ってたろ?」
「こいつら……!」
「このルールは人数が先に減った方が不利になる。だからこそ一人を狙うようにする。これも立派な戦略だろ。違うか? あぁ?」
「だったら、俺を狙え!」
 緋一が腹を抱え、声を上げて笑ったかと思うと、豹変したように真顔になり、翔に向けて中指を立てながら唾を吐き捨てる。
「ヤだね。お前がAf使いをどんどん倒してるのは知ってんだ。んだからこそそっちのヘボそうなガキから潰すんだよ」
「こいつらどこまでも……」
 恭介を力づくで拉致し、亮太を意図的にリンチする。鬼兄弟の行為に、翔は怒りのあまり右の拳を強く握りしめる。と同時に強烈な鼓動を心の中に感じる。その怒りに呼応するように、翔の瞳が赤く染まっていく。
「へえ、それが噂のオーバーズってか。まあカッカすんな、お前もすぐ焼いてやっからよ。えーと、生元亮太だっけ? さあてめえの番だ」
「……僕はベンチのマーイーカをカラマネロ100/100に進化させる。そしてサポート『ポケモンセンターのお姉さん』をエアームドに使い、エアームドのHPを60回復する」
 いいぞ。回復してエアームド70/100のHPを増やすことで、次の番緋一からニトロチャージを食らっても攻撃を耐えることが出来る。まだ亮太の実力の全てが分かった訳じゃないけれど、本当に右も左も知らない初心者ではないようだ。
「エアームドに水エネルギーをつけて、エレキブルに吹き抜ける攻撃!」
 翼を広げたエアームドが、高度を下げつつエレキブル60/120の足元を掬うようにタックルをかます。吹き抜けるは威力30だが、場にスタジアムがあることで威力が倍になるワザだ。おそらくタッグスパークの火力を気にしてか、エレキブルの方を攻撃したのだろう。が、奴らの感情のリアクションは安堵だ。どうやら攻撃されたくなかったのはブーバーンの方だったようだが、亮太を責めることは当然できない。
 そもそもAfの話に亮太を巻き込んだのは俺たちの方だ。それに敵が安堵しただのなんだのを亮太に伝えても仕方がない。相手の感情が分かる能力だなんて誰が信じるか。それにもしかすると亮太にも何か考えがあるかもしれない。……尤も、その亮太の感情が読めないのが悩みのタネでもあるが。
「オレのターン。サポート『バトルレポーター』を発動。相手の手札と同数になるようにカードを引く。この場合の相手として奥村翔、てめえを選択させてもらうぜ」
 亮太の手札が四枚に対し、翔の手札は七枚。これも「相手」が二人どちらも指すことを活かした、マルチバトルに慣れた鬼兄弟ならではのプレイングだ。
「ダブル無色エネルギーをブーバーンにつける。さて、回復して悪いが早々にまず一匹目、消えてもらうか! やれ、ブーバーン。エアームドにツインボンバー!」
 ブーバーンがベンチのエレキブルに視線をやる。エレキブルがそれに応じると、高速移動でエアームドの背後に現れる。ブーバーン、エレキブルが互いに大きな腕を肩の高さに持ち上げて、走り出す。正面からブーバーンの腕が。背後からはエレキブルの腕が、エアームドの首元に打ち当たる。両方向からのエルボーを受けたエアームド0/100はたまらずダウン。
「ツインボンバーの基本威力は80だが、ベンチにエレキブルがいればその威力は倍になる。これが鬼兄弟必殺のコンビネーションだ」
 わざわざエレキブルを二匹立てたのはツインボンバーを決める為か。やはりマルチバトルについては相手に一日の長がある。
 カウントダウン式ルールによって、エアームドを気絶させられた亮太がサイドを引き、カラマネロを新たにバトル場に出す。
 危惧すべきはツインボンバーの威力。160ダメージとなるとカラマネロは勿論、並大抵のポケモンは即座に気絶してしまう。まずはツインボンバーを止めなくては。
「俺のターン。まずはアチャモについている炎エネルギーをトラッシュし、エンテイと入れ替える。ベンチに逃げたアチャモに炎エネルギーをつけ、アチャモをワカシャモ80/80に進化させる。そしてサポート『鍛冶屋』を発動。その効果でトラッシュの炎エネルギー二枚をエンテイにつける」
 ツインボンバーばかりに意識がいってもダメだ。今ブーバーンにはエネルギーが四つついている。このままでは次の番、黄輔のエレキブルのタッグスパークの威力は20+20×4=100になる。それではHPが100のカラマネロも気絶してしまう。
 仮にこの番にエレキブルを気絶させても、ベンチにもう一匹エレキブルが控えている以上亮太へのリンチは続くだろう。ならばまたポケモンの道具で亮太を守るしかない。
「ポケモンの道具『固いお守り』を亮太のカラマネロにつける。この道具をつけたポケモンは受けるダメージが20減る。そしてバトル! エンテイでエレキブルに攻撃。コンバットブレイズ!」
 エンテイが地面を這うように放った炎が、相手のエレキブルの足に纏わりつき、鎖となって動きを封じる。そして動けなくなったエレキブルに向かい、エンテイは体に炎を纏いながら突進攻撃を決める。
 コンバットブレイズの基本威力は20だが、相手のベンチポケモンの数×20の追加ダメージがある。「相手」は鬼兄弟どちらも含むので、ベンチにはエレキブルとブーバーがいる換算。つまり20+20×2=60ダメージで、亮太が先に与えたダメージと合わせればエレキブル0/120をジャストキルだ。
「ベンチは共有されていても、使えるポケモンは限られる。つまりお前はエレキブルを出さざるを得ない! これでツインボンバーの効果は封じたことになる」
「……その通り、俺はバトル場にエレキブルを出す。ここは流石と言っておこうか」
 黄輔はサイドを一枚引き、二匹目のエレキブルを場に出す。コンボを一つ崩したはずだが、驚嘆こそあれど落胆の感情をヤツから感じない。
「おれの番だ。兄貴、アレを」
「分かってる。いっちまえ!」
 ニヤリと緋一が笑う。それを追うように、黄輔も口角が上がる。体格は似通っていないが、そういった細かい動作が近しいのは兄弟だからか。黄輔は手札を一枚高く掲げ、叩きつけるようにカードを場に出す。
「来い、ルギアEX(170/170)! ルギアにダブル無色エネルギーをつけ、グッズ『ポケモン入れ替え』を発動。バトル場のエレキブルとルギアEXを入れ替える」
「くっ」
「アテが外れたなあ。これで兄貴のツインボンバーはまだ活きる。先に倒すべきはブーバーンの方だったな! ヘナチョコをパートナーにすると、聞いてた猛者も大した事ないぜ。そんだけ攻撃が欲しけりゃくれてやる、ルギアEXでエンテイに攻撃。エアロボール!」
 空気を高圧縮した弾をルギアEXがうち放つ。エンテイ40/120に触れると共に、空気弾が形状を保てなくなり、周囲に乱気流を巻き起こす。目の前で吹き荒れる暴風に、翔の体が数センチほど浮かんでは、後方の地面に叩きつけられる。
「翔君……」
「エアロボールは戦闘対象の互いのポケモンについているエネルギーの数かける20ダメージ。今ルギアEXとエンテイは合わせて四つのエネルギーだから80ダメージになる」
 亮太のカラマネロにはエネルギーがついていないから、高いダメージを期待出来る俺の方に攻撃を寄せてきたわけか。
 オーバーズが働いているからか、強く打ちつけた背中は痛むが思ったほどは痛くない。地に片手をつけ立ち上がると、心配してくれているのかこちらを向く亮太と目が合う。
 こうして視線が合っても、鬼兄弟はコモンソウルで感情は伝わるのに、味方であるはずのお前の感情がどうして伝わらない。どうしてだ。ポケモンカードに精通していないから? いや、そんなことは無い。相手が初心者だろうと上級者だろうと、コモンソウルの影響はあった。それ以外に何かがあるのか、分からない。それでも、知り合って日は浅くても友達なんだ。気にかけて当たり前だ。
「俺のことは、気にするな。亮太、お前はお前の身を守れ!」
 声かけに対し亮太は一つ頷くと、前を見据えてデッキポケットに手を伸ばした。



緋一「俺はホウオウEXを出す。さあ。二段構えのオレらのコンビネーションを、お荷物を抱えたまま凌げるか?」
翔「くそっ、どんどん奴らの攻撃が過激になってきた。このままじゃ亮太を守り切れない……。
  次回『それぞれの胎動』、覚悟は決めた。どうかこの苦境を切り抜ける力を!」
●TIPS 奥村翔の能力 コモンソウル 精神干渉
相手の気持ちが伝わってくる。(思考は分からない)
複数人が相手でもそれぞれ伝わる。複数の感情を一人の人間が抱いているときは、そのうち最も強い感情のみが伝わる。感情の起伏の強弱で射程距離が変わるため、抱いた感情が弱いと翔には伝わらない。
また、能力の発動にポケモンカードを媒体とする必要がある。
射程距離D 成長性A 影響力D 持続性B

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