episode4━Ⅷ 絶望に抗え

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「━フゥ、清々しい気分だ。随分と長く、寝ていたみたいだね」

ナイトは普段と変わらぬ笑顔で、辺りをゆらゆらと歩いていた。ルトは混乱した頭で、シャルの側に寄る。

「…おい、シャル。何の冗談だよ…起きろよ、なぁ?」

ゆさゆさとシャルを揺さぶるが…起きる気配はない。腹からは致死量に値する程の…血が流れていた。

「何してんのよルト。シャルの腹を貫いたんだから、直に死んじゃうよシャルは。それよりもホラ、目の前に敵がいるんだよ?攻撃しなきゃ?ね?」

いつの間にかナイトはルトの側まで寄り、しゃがんでいた。

「…何の真似だよナイト姉…?誰が…シャルを貫いたって…?ナイト姉が…そんなことする訳…」
「…あー、鬱陶しいなァ。現実は背いても無くならないよ?…なに、単純なコトさ。君らが慕っていたナイト姉は、初めから敵だったの。わかる?数年間過ごしたあの日々も、ぜーんぶ偽物。ミラウェルの神兵だった私もぜーんぶ紛い物。嘘っぱちさ」

ナイトから発せられる声が、ルトの精神を揺さぶる。

「黙れ…!そんな筈はない!だって、ナイト姉は優しくて!強くて、俺達の憧れだったんだ!敵だったなんて信じられるか!」
「━━━ルトさんッ!下がって!」
「っ!?」

すると、ミリアンが特性を発動させながら、ナイトへと突進した。ナイトは顔色一つ変えずに、跳んでそれを避けた。

「ミリアンやめろ!ナイト姉を攻撃するな!」
「何を言ってるんですか!ナイトさんは…いいえ、この『敵』は!シャルさんに致命傷を与えた敵なんです!」
「━━━━そう。それが正解だよ、ミリアン」

ナイトは一瞬にしてミリアンのいた空中まで接近しており、右拳を後ろに下げていた。

「ッ!『クリアシェル』!」
「そら、行くよ?防いでみな…さいっ!!」

ミリアンが咄嗟に張った魔術防御に、ナイトは拳を打ち付けた。特性を使ってもいないナイトの攻撃で…ミリアンの壁は粉々に砕け散る。

「そん…な…!くぁっ!!?」

ナイトの勢いは以前止まらずミリアンの右翼をへし折り、吹き飛ばした。ミリアンは思いきり壁に叩きつけられ、血を吐き出してその場に倒れた。

着地したナイトの拳は…指と腕がグチャグチャになるほど骨が折れて赤黒く血濡れていた。だというのに、顔色は変わらない。
血濡れた腕を見ながら、ナイトはさぞつまらなさそうに溜め息を吐く。

「あーあ、まーた腕がグチャグチャだわ。サーナイト族の体は弱っちぃね。こういう戦い方を望んだ私が悪いんだけどさ。【癒す者】」

ナイトは特性を発動させ、グチャグチャだった腕が瞬時に完治した。恐るべき治癒力だ。

「ミリ…アン…!」

倒れているミリアンを見て、ルトは胸が張り裂けそうな思いだった。
━認めるしかないのか、あのナイト姉は…真っ赤な嘘だったということを…。だとしたら、俺は…。

絶望の底。ルトの心は壊れかけている。

「次はどっちにしようか?ルトは最後にしたいから…君だね」
「っ…!」

ナイトは次に、ルーナを見た。ルーナは目の前の驚異に対し、体が動かない。
ナイトはたった一歩でルーナの目の前まで接近し、ルーナの首を掴んで持ち上げる。

「はッ…!ぅぁ…」
「細い首だね。小枝みたいに折れそうだよ」

ナイトは悪魔のような笑顔を浮かべ、ルーナの首からミシミシと鈍い音が鳴り出す。

「━━ルーナッ!」

そこに、ヤイバが血相を変えて走ってきた。ボスゴドラはヤイバを追いかけることもせず、こちらを見て薄ら笑いを浮かべていた。

「ハッ!」

ヤイバは足を止め、勢いよくナイトの顔目掛けて鋭い突きを放つ。ナイトは微動だにせず、顔を少しだけ反らした。

「━ッ!?避けない…だと!?」
「…アハァ、良い突きだ。目が痛いよ」

なんと、ナイトは避けれる攻撃にも関わらず、自分の左目で刀を受けていた。目の奥まで刀は突き刺さり止まっており、痛々しい血が流れ出した。

「…化物め…!」
「酷い言い草だね?…お仕置きだ」

そのままナイトはルーナを手放し、ヤイバの懐に潜り込む。そして、ヤイバの右腕を蹴り上げた。

「グッ…ぁ…!」
「まだよ」

簡単にへし折れたヤイバの腕を引っ張り、腹に鋭い正拳を打ち込んだ。バキバキと音を立て、ヤイバは吹っ飛んだ。幸い生きているようだが、気を失ってピクリとも動かなくなる。
ルーナも同じく、気絶して項垂れている。

「あ…あぁ…!」

ルトは刀を手放し、ナイトの有り様に涙が流れ出した。
またしてもナイトは傷を癒し、刀をその場に捨ててルトを見た。

「泣くんじゃないよ、弱虫のルト。いつまでそうしているつもりなの?」
「なんで…!なんでこんなことをするんだナイト姉…!」
「…なんで?ナンデ…何でだろうね?」

ナイトは指を顎に当て、目を伏せた。

「は…?」
「いや、私にも解んなくてさ。何か目的があったような…まぁいいや。とりあえず殺すね、ルト」

ナイトは間合いを一気に詰め、今度はルトの首を掴んで持ち上げた。
サーナイトでは考えられないような力。恐らく、自身の骨や筋肉が割ける程の異常な力で掴んでいるからだ。

「カハッ…!ナイ…」
「バイバイ。すぐに皆も送ってあげるよ。これで寂しくないよね」

ルトの首が折れる寸前に、ルトの意識はストンと落ちた。

………

━やぁ、また会ったね。今度はハッキリと見えるかい?

…意識の暗黒のなか、ルトは暗闇でポツリと立っていた。そこに、淡く光るポケモンが寄ってきた。小さく、ピンク色の頭部をしていた。

「…誰だか知らないけど、もう放っておいてくれ。直に俺は死ぬんだろ。…ナイト姉に、殺されるんだろ…もういい…」

ルトはもはや立ち上がる気力すらも無く、その場にしゃがんでしまう。眼前のポケモンは息を付き、ルトの側に寄ってきた。

━まぁまぁ、まだ諦めるのは早いよ。君の体は君だけの物じゃないんだから、そう簡単に諦めないでよ。━━ごらん?

と、そのポケモンは左手側に青白い光を放った。ふわふわとその光は漂い、やがてピタリと止まった。
そして、破裂した。

「っ…!これ…は…?」

━我が主、その一部。そして、『君の一部』でもある。どうだい?物凄い圧力だろう?

破裂した光は、まるで炎のように燃え盛っていた。熱さなど感じない意識の底だというのに、ジリジリとルトの全身を熱さが迸った。

━この光は君の中に眠っていたんだ。ほんの少ししか表には出てこれなかったただの力の塊だけれど、今なら君自身の手で引き出せる。…もしかしたら、仲間を救えるかもしれない力だよ。
「な…に…!?それなら使わせてくれ!俺はどうなってもいい、でも!皆を死なせるのは嫌だ…!」

ポケモンはルトの意思を聞き、ニコリと笑った。

━勿論だとも。ただし、今の君ではまだ短時間しか引き出せない。体に激痛が走るかもね。それでも、やるんだろ?
「…何度も言わせるな、俺はやる!ナイト姉を攻撃したくはない…けど、ナイト姉に仲間を殺させるのはもっと嫌だ!!」

━良し!ならば今から教える名前を、今この場で叫ぶんだ!この力の正体、我が主の正体!その名は…!

━━━━『ディアルガ』!!

………

「ッ!?…なに…?」

ナイトはルトから放たれた力に驚き、大きく後ろへ下がった。
意識を失っていたルトは、しっかりとその足を突き立て、大地に立つ。

「…これは…!」

ルト自身も驚くその力。明らかに、明らかに自分の力ではない。だが、自分の為にある力だと確信していた。

「何よ、その力は。隠してた…って感じではないね。面白いじゃない?」

ナイトは焦りもせず、ゆらゆらとその場に佇む。

「…ナイト姉…いや!ナイト!これ以上皆を傷つかせることはさせないぞ!」
「威勢が良いねぇ?━━ヴァンリル・トリアス!!」

ナイトからは更に圧力が増したエネルギーが放たれ、力を授かったルトでも気圧された。
━━負けない、負けてたまるか!ここで負けたら皆を守れない!ナイトを…止められない!
ここで勝てないなら、死んだほうがマシだッ!!

━━己を鼓舞するルトの脳内で、カチリ…と。
秒針が動く音がした。

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