リーセル達を見送った後、サイクロンとフィリアは近くの茂みに近づいていく。少し草むらをかき分けて奥に入り込むと、サイクロンがフィリアの方を振り向いた。
「フィリア、頼むぞ」
「はいっ!」
フィリアが一歩前に歩み出ると、目の前の茂みを見つめながら体に力を込めていく。少しした後に、貯め込んだ力を目の前の茂みに向かって一気に放つと、フィリアからの力を受けた茂みが大きく膨らみ草のドームとなった。フィリアが使ったのは[ひみつのちから]という技で、戦闘で使うと戦っている地形によって追加効果が変わるのだが、戦闘以外で使うとひみつきちと呼ばれる空間を作る事が出来る。目の前にできたひみつきちの中へと入ったサイクロンが座ると、その左横に寄り添うようにフィリアも寝そべった。
「これならぱっと見は気付かれないだろ。今夜はここで休もう」
「分かりました」
フィアルの頭を軽くなでた後、サイクロンは背中に担いでいた緑のリュックを下ろすと確認するように目の前に中身を出していく。その様子を見つめながら、フィリアがぽつりとつぶやいた。
「あの、ご主人様」
「ん? どうかしたか?」
バッグから道具を取り出しながら、サイクロンが返事を返す。
「ご主人様は……不思議じゃないんですか?」
「不思議? 今みたいにお前に限らずポケモンと話が出来てる事が、か?」
フィリアは黙って小さくうなずく。サイクロンは道具を取り出す手を止めると、そっとフィリアの頭をなでた。
「気にならないといえばウソになる。だからと言って考え込んでても前には進めないだろ?」
「それはそうですけど……こうやってご主人様とお話してることが……まだ夢を見てるみたいで……」
「まぁ、確かにな。お前の言ってる事も分かるよ、フィリア」
サイクロンはそう言ってまたバッグの中身を取り出す作業へと戻る。バッグの中身を並べ終わると、両腕を組んで並べた道具を見つめる。
「道具はこれで全部か……ここじゃあ補給はできなさそうだし、大事に使っていかないとな」
サイクロンはこれから先の事を考えながら、目の前の道具の種類と数を確かめていく。その途中で、取り出した道具の中にタウンマップを見つけておもむろに開いてみた。表示された画面には地方マップが出ていない代わりに、中央付近に『NOT DATA』の文字が点滅している。ポケットに入れていたポケギアも取り出してみると、『圏外』の表示が出ていた。
「タウンマップも認識しないし、ポケギアも圏外か……」
世界のほとんどをカバーしているはずのタウンマップとポケギアがどちらも使えない状態になっているのを見ると、今まで半信半疑だったリーセルとクレアの話が正しいと思えてくる。広げた道具を再びバッグの中に収めると、自分のすぐ横にバッグを置いて仰向けに寝転がった。腕を大きく広げて地面に投げだすと、草でできた天井に向かって息を吐く。フィリアも体の向きを変えて、サイクロンの左わきに沿うようにして寝そべった。
「これから……どうなるんでしょうか、私達」
「さぁな……」
再びぽつりとつぶやいたフィリアに、サイクロンは短く返事を返す。耳を澄ましてみると、近くに小川でも流れているのだろうか、水が流れる音と、たまに吹き抜ける風が草木を揺らす音しか聞こえてこなかった。もう日も沈みかけているとはいえ、まだ活動している森のポケモンも数匹いそうなものだが……そんな事をサイクロンが考えていると、不意に何かの鳴き声のような音が聞こえてくる。
「……ご主人様、おなかすきました……」
「あぁ、そう言えばまだ晩飯食べてなかったな」
その場に座りなおして、ちょっぴり恥ずかしそうに自身の空腹を訴えるフィリアの言葉に、サイクロンは起き上がってバッグの中からポケモンフーズを取り出す。容器のふたを皿代わりにし、ポケモンフーズを盛り付けてフィリアの前に差し出すと、フィリアは一個ずつゆっくりと口の中に入れて食べ始めた。サイクロンも、バッグの中から携帯用の食料を取り出すとその封を開けてスプーンで食べだす。
「とりあえず食糧は確保しとかないと……この世界じゃ木の実ぐらいだろうなぁ」
食事を口に運びながら、サイクロンは食糧の事を考え出す。今の手持ち分では三日持てばいいという量しかなかった。やがて、食事を済ませたサイクロンがゴミを袋にまとめてバッグに入れていると、フィリアがふたをくわえて持ってくる。
「お、もういいのか?」
「はい」
ふたを受け取りながら問いかけるサイクロンに、フィリアが短く返答を返す。サイクロンがポケモンフーズの容器にふたをつけ直してバッグに入れた後、寝袋の入った袋を取り出して就寝の準備を始めた。
「今日は一緒に眠ろうか、フィリア」
「あ、はい! やったぁ!」
サイクロンの言葉に、フィリアは嬉しそうに尻尾を振る。寝袋を広げたサイクロンが、フィリアと一緒にその中に潜り込んで少し長めに息を吐いた。ちょこんと寝袋から顔をだすフィリアの頭を軽くなでた後に頭の後ろで腕を組む。草でできた天井をながめながら、リーセル達から聞いた話と自分の置かれている現状をもう一度心の中で反すうしてみた。
――あの森の中で見つけた光る樹……その光に導かれるように今ここにいる。しかも、フィリアやリーセルを含めてポケモンと話ができるようになってるし……リーセルは自信満々だったけど、俺があの話に出てきた選ばれし人間かどうかはまだ分からない。だが、こうしてここにいる以上は……何か、俺がやるべき事があるんだろうなぁ……――
ふと、サイクロンが横にいるフィリアに目を向ける。すでにフィリアは小さな寝息を立てて眠っていた。
「イーブイの頃から、寝つきはよかったんだよなぁ」
そうつぶやきながら、サイクロンは口元に笑みを浮かべる。今は何を考えても仕方がない、何が起こるかわからない以上は休めるときに休んでおこう、そう思いなおして静かに目を閉じた。草の心地よい香りに包まれながら、やがてサイクロンも静かに眠りの海へと沈んで行った。
――――――――――
フォレストタウンに戻ったリーセルとクレアは、バウムと一緒にギルドへと入る。ギルドの中央ではクラウスがヒヤップと会話を交わしていた。
「親方ぁ、見つけましたよ。東の森に迷い込んでたみたいっす」
「そうか、見つかったか!」
クラウスはリーセル達のそばに駆け寄ると、しゃがみ込んで二匹を見つめる。
「二匹とも、怪我はないか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「ごめんなさい、心配かけてしまって……」
申し訳なさそうにうつむくリーセルとクレアをみて、クラウスは微笑みながら二匹の頭を軽くなでる。
「気にするな。さぁ、皆が待ってるからホールに行こうか」
「さぁいきましょうかぁ」
奥へと歩いていくクラウスとヒヤップを見送りながら、リーセルとクレアはきょとんとする。その後ろから、バウムが軽くリーセルの背中を叩いた。
「ほら、行くぞ」
「あ、はい」
バウムに促されてギルドの奥へ進み、ホールにやってくるとその場にいた数匹のポケモンの視線がリーセル達に集まる。少し気まずさを感じながらも、バウムに連れられたリーセルとクレアはクラウスの横に立った。バウムがポケモン達の列に加わったのを確認すると、クラウスが口を開く。
「皆、今日このギルドの仲間になったクレセルズだ。リーセル、クレセルズのリーダーとして一言挨拶してくれるか」
「は、はいっ!」
少し緊張気味にリーセルが一歩前に出る。集まる視線を感じながら、リーセルは一度大きく深呼吸した。
「えっと……今日このギルドに弟子入りした、クレセルズリーダーのリーセルです。いきなり迷惑かけちゃってごめんなさい、これからよろしくお願いします」
リーセルが頭を下げるのを見て、クレアも頭を下げる。クラウスはリーセルの背中に軽く手を添えて目の前のポケモン達を見渡した。
「ようし皆、今日もご苦労だったな。食堂でリーセル達の歓迎会もかねて夕食にしよう」
クラウスの言葉に、ギルドメンバーのポケモン全員から歓声が上がった。
――――――――――
夕食も終わってギルドのメンバーがそれぞれの部屋へと戻った後、クラウスの部屋の前でリーセルとクレアが扉を見上げて少し考え込んでいた。やがて、意を決したようにリーセルが扉を数回叩く。
「ん、誰かな」
「あ、あの、クレセルズです。ちょっと親方様にお話があって……」
「私に話? まぁ、とにかく入りなさい」
「失礼します」
クラウスの言葉を確認して、リーセルが扉に手を当てて力を込める。
「あ、あれ? 開かない……」
「リーセル……この扉押して開けるんじゃなくて引いて開けるんでしょ」
「あ」
あきれたようにつぶやくクレアに、リーセルは慌てて力を入れる方向を逆にする。無事に扉を開けられたリーセルが部屋の中に入ると、最初にヒヤップに連れて来られた時と同じように、クラウスは部屋の真ん中に座っていた。クレアがそのあとから扉を閉めながら入ってくる。
「それで、私に話というのは何かな」
「あ、はい。実は僕達が東の森にいた理由なんですけど……」
リーセルは、クラウスと最初に別れてからバウムに見つけられるまでに起こった事を説明し始めた。クラウスは、話の合間に驚いたような表情を見せながらも、話をさえぎるようなことはせずにリーセルの言葉を聞いていく。
「……というわけなんです」
「ふむ……」
リーセルが、一通り説明し終わって一息つく。話を聞き終わったクラウスは、少し複雑な表情を浮かべて腕を組んだ。
「……いきなりこんな話しても信じてもらえないのは分かってます。でも……」
「いや、私は信じるよ。大事な仲間の話を信じてやれないでどうするんだ?」
クレアの言葉をさえぎるようにクラウスが腕を組んだまま話す。だが、そう言いつつもクラウスの表情はどこか困惑気味だった。
「……とはいっても、にわかには信じがたい話ではあるな。その人間……サイクロンと言ったかな、彼はまだ東の森に?」
「あ、はい。今は僕達以外のポケモンに見つからないように隠れてくれてると思います」
「人間がこの世界に現れたなんて、いきなり知られたらパニックになると思ったので……」
「そうか」とつぶやいたクラウスが、自分のあごに手を当てて少し考え込む。わずかな沈黙の後、クラウスは組んでいた両腕を下ろした。
「とにかく今日はもう遅い。私も実際にあってみないと信じられないというのが本音だし、明日会わせてくれないか。そのサイクロンという人間に」
「は、はいっ」
クラウスの頼みに、リーセルがほとんど即答する形で返事を返す。クラウスは小さくほほ笑むと、リーセルとクレアの頭を優しくなでた。
「じゃあ明日、朝食が終わった後にホールで待っていなさい。今日はいろいろあって疲れただろうから、ゆっくりおやすみ」
「わかりました」
「親方様、おやすみなさい」
リーセルとクレアは、クラウスに頭を下げると部屋を出る。扉を閉めてから足早に自分達の部屋に戻ると、緊張が解けたようにその場にへたり込んだ。
「き、緊張したぁ……」
「さ、さすがに親方様と三匹だけってのは疲れたわね……」
リーセルとクレアはほっとしたように大きく息を吐くと、そのままわらのベッドに寝転ぶ。乾いたわらがこすれ合う音と、ほのかに鼻をつくわらの匂いが少し心地よかった。
「……ねぇ、クレア」
「なに?」
わらのベッドの上であおむけになりながら、リーセルがぽつりとつぶやく。クレアは、頭だけを軽くあげてリーセルの方を見ながら返事を返した。
「この世界に……ほんとに危機が迫ってるのかな」
「……さぁ、分からないわよ……アタシには」
言い伝えに聞いた世界の危機……それはリーセルだけではなくクレアも当然気にはしているのだが、いろいろと疲れていて今日はもう何も考えたくないのだろう。リーセルの疑問に、そっけない返事を返したクレアは「もう寝ようよ」と言って頭をわらのベッドへとうずめた。リーセルもその声に体を横向きに変えて眠る姿勢を作る。
「おやすみ、クレア。明日からがんばろうね」
「うん……おやすみ、リーセル」
互いに就寝の挨拶を交わした二匹が、夢の世界へ入っていくのにそう時間はかからなかった。