フィドルの唄う町

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作者:揚げなす
読了時間目安:9分
根無し草の少女と手持ちポケモンたちが偶然立ち寄ったお祭り中の町でのお話。ケルティックな音楽と合わせてどうぞ。
ポケモンと一緒にあてのない旅がしたい…
南東から抜けてくる風を受けて、白い翼が一度青空を薙いだ。
あたりに大きな山岳もなく、眼下にはひたすら黄金の草原が続く。秋晴れの空を一体のトゲキッスと少女がゆっくりと渡っていた。

「お日様あっつー…でも風は涼しくて気持ちいいね」
「ピイィ」

脱いだ上着を腰に巻きつけながら風を受ける少女の名前はノラ。旅人だ。血色のいい白い肌を惜しげもなく紫外線に晒し、今は振り落とされそうな麦わら帽子とまろやかな茶髪をスカーフでまとめていた。
気ままに移動し、気ままにバトルし、時にはサバイバルから行商まで行う。そんな根無し草な彼女の移動手段は様々で、大抵の場合は相棒のポケモン達の力を借りていた。

目的地も曖昧で、この日は黄金の大地を飛びたいという理由でトゲキッスと行動を共にしていた。ノラのトゲキッスは力強い。例え道に迷ったところでこの大陸も2日で渡り切るという自信があるからこその気ままさだった。

黄金の大地と草原を飛び回るポケモンたちを楽しみながら進むノラの耳に、風に乗ってメロディが聞こえた。

「?…グウェンドリン、今何か聞こえた?」

自身を背に乗せる相棒に問うも、彼女は何も聞こえなかったらしくピイ?と小首を傾げるだけだった。

「んー、何か音楽みたいなのが聞こえたような…ちょっと高度上げてみてくれる?」

ポケモン達と触れ合えるか触れ合えないかの高度で飛んでいたグウェンドリンが了解の短い鳴き声の後、翼をはためかせる。すると、黄金と青の境界線上にポツポツと建物の群れが現れた。

「グウェン!町だ!町があるよ!」
「ピーーー!!!」

歓声を上げる二人に近づくのは、木々に色とりどりのガーランドが吊るされ、そこかしこからフィドルやバグパイプの軽快な旋律が飛び交う石造りの町だ。
香ばしく食欲をそそる香りも、近づくほどに強くなってくる。

「うわぁ楽しい町だねえ!お祭りやってるのかな!」
「ピュイッピイィ!」
「わかってるって!あそこで降ろして、入り口だから!」

石畳乾いた音とともに着地したノラは後ろにグウェンドリンを連れ立って街の入り口にあるゲートをくぐる。街の中心に降りても良かったが、初めての街は入り口から、と言うのがノラの信条だった。
エントランスから家並みに続く幾何学模様に導かれるように足を進める間にも、聞こえてくる手拍子とパーカスに足取りが浮わつく。
カラフルな装飾を眺めながら音を頼りに広場にたどり着けば、一層辺りは賑やかになった。
音楽に合わせて人とポケモンがパフォーマンスをしている。観客も笑ったり囃したりと笑顔が絶えない。
ダンスと組み合わせたジャグリングを披露して喝采を浴びているエイパムとエテボースの団体の横では、ドーブルが即興でキャンパスに絵を描いてはまったく別ののモチーフに描き変えて観客から驚きの声を受けていた。
その広場を取り囲むように屋台が立ち上り、大盛況のようだ。

「パフォーマンスにきのみや食べ物がいっぱい!やっぱりお祭りなんだねえ!」

そんな目を輝かせるノラを見た気の良さそうな熟年夫婦が微笑ましそうに声をかけた。

「旅人さんかい?今日は収穫祭初日なんだよ。一番活気のあるときに来たね。そんな運のいいお嬢さんにはこれを」
「えっ?なあに?」
「収穫祭のイベント参加券よ」

ふわりと頭に乗せられたのは小さな固い実をつけた蔓と稲穂で結われたリースだった。暖かな風合いを醸し出すそれにノラは喜んだ。

「きれい!これなんのイベントの参加券なの?」
「『交流会』さ。1v1のポケモンバトル。リースは町民一世帯につき3人にまで配れてね。うちは家内と2人だからお嬢さんに一つあげるよ。」
「やったバトル大好き!ありがとう!!」
「正午に町の時計台の鐘が鳴ったら町中のバトルフィールド全てが会場になるの。負けたらリースは没収。最後まで残って一番多くリースを取った人が優勝よ。」
「ちなみに上位10名までは賞金がもらえるよ。」
「よっしゃーーー!!盛り上がってまいりました!!」

すっかりお祭り騒ぎの一員となったノラは、正午までのひと時を広場で過ごすことにした。
陽気なフィドルの青年の横をすり抜けてノラは上機嫌で歩く。

「グウェン何食べる!?お肉?果物?」
「ピュルル~♪」

屋台を練り歩けば食欲、物欲があふれ出てくる。つい手を伸ばしそうになったところで、腰のモンスターボールがガタガタと揺れた。

「おっとうちの経理担当がお怒りだ」
「ピィ」

腰から外したボールを放って解き放たれたのはクレッフィ。いくつかのカギを揺らす中に何故かキーリングで繋がれたノートとペンを吊り下げていた。

「さてマエルさんよ。今日の予算はいくら位ですかね?」
「シャリン…」

主人の質問に厳しい顔をしたマエルはおもむろにノートを広げ何かを書き込んでいく。マエルが金庫のカギを気に入って以来、金銭の管理は彼に一任されていた。書き終えて見せられた数字にノラはしょっぱい顔になった。

「いやん厳しい!あと一声!」
「シャリシャリ」

容赦なく首を振るマエルはしっかりと握った金庫のカギを背に隠してノラから遠ざけた。結局ノラは絶対優勝するからと泣き落としするまで自分の金庫に近づくことができなかった。
なにかと無駄遣いしてしまいがちな主人と、その主人に甘い金庫もとい荷物係であるゴーゴートのターグを抑えるのはいつも彼の役割だ。毎度毎度一苦労だとマエルはため息をついた。

正午になり、鐘があたりに鳴り響く。リースをつけた参加者だけでなくバトルの見物目的の客が最寄りの広場やコートへ流れていく。『交流会』はイベントの目玉でもあるらしく、一気に人通りの少なくなった路地からは屋台の店員の数も随分と減っていた。
ノラも急いで広場に向かうとすでに何組かがバトルを始めていた。観客の声援も相まり、先ほどまでの祭りとは違う熱気に包まれている。

「わったしも参加するーぅ!」
「おっ、相手いないなら俺とバトルしようぜ!」
「おっけー!いくよっ!」

同じく相手を探していた青年にぴょんっと跳ねて向き直ると、二人の手から同時にモンスターボールが空中に放たれた。
相手はハッサム。こちらはエンブオーのファーガスだ。ポケモン同士の相性はこちらが有利だが油断のならない相手だ。
スピードと体重の乗ったパンチが断続的に繰り出され、こちらの体力を削る。スピードで敵わないのは最初から分かっている。だから機会を待った。一撃の重さならこちらが上だ。

「今!ヒートスタンプ!」
「あああハッサムーーー!!」

沈み込んだ体をエリアを担当する審判が覗き込む。相手のハッサムは完全に目を回していた。

「ハッサム戦闘不能!エンブオーの勝ちです!」
「ひゅー!ファギーかっこいいよー!!」

燃え盛る体に抱き着くと得意げな顔でファーガスがふんぞり返る。相手からリースを手渡され、時間が惜しいとばかりに次の相手に向き直った。相手もその気でノラに照準を合わせている。ファーガスを戻して新たに取り出したボールの中では、既にデンチュラのコートニーが臨戦態勢で構えているだろう。ノラは不敵に笑う。

「お祭りって最高!」


結局、ノラは5位に収まる結果となった。スタートダッシュに遅れたのが仇となったらしく、一つ二つの差でしのぎを削った上位陣の猛者たちから少し外れてしまっていたのだ。それでも最後まで生き残ったことにリースをくれた夫婦は喜んでおめでとうと声をかけてもらえたし、賞金は昼食を食べ過ぎた財布の痛手をだいぶ癒してくれた。

一日走って戦って疲れ切ったノラは、同じく疲れ切ったパートナーたちをポケモンセンターに預けて早めに床に就いた。開け放した窓の外からは、秋の虫たちの声と混じってまだかすかにバグパイプの心地良い低音が聞こえてきていた。
ベッドの中でノラは考える。明日はどうしようか。朝になったらまた聞こえ出すだろう軽快なフィドルに合わせて、長年の旅で培った大道芸を披露してもいいかもしれない。それとも、予定より早いけれど近場の海からホエルコのクロエに乗って、南海にある浅葱色の岩礁を目指そうか。
色々考えて明日のことは明日の気分で決めることにしたノラは、久しぶりの暖かな布団に潜り込んでひとまず目を閉じた。
ところでトゲキッスの1.5mって頭からお尻までのこと…です…よね?乗れるな(小声)

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