『消えゆく動物たちへ』

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作者:紫雲

 以下の文章は、私の下に届いた一通のメール文書です。猫という最近絶滅した動物について記入がなされており、人類に警鐘を鳴らす文面であることが分かります。また、送信者はポケモンを快く思っていなかったことが読み取れます。さて、送信元が存在しないメールアドレスだったことは大変憂慮すべき事項です。情報提供のためにメール本文を掲載致しますので、参照して下さい。

12/11/37










From: No name (Unknown e-mail address)
  To: ------
Title: 消えゆく動物たちへ
Date: 12/08/37



 このメールはBccで不特定多数の方にお送りしております。誰に届くかは分かりません。この言語が分からない人に届いてしまうかもしれませんし、もしかしたら時間を超えてしまうかもしれません。それでも、我々人類の未来を実直に見つめることの出来る方に届くことを祈っております。

 まず、突然の見知らぬ人間からのメールで驚かれていることでしょうが、是非とも迷惑メールフォルダに入らずに、あなたによってこのメールが開かれていることを私は期待しています。私は新興宗教の勧誘のためにこのメールを送ったわけではありません。高価な羽毛布団やマットレスを売りつけるわけでもありませんし、高額当選を祝うメールでもありません。ただ、私の昔話を、あなたのパートナーと共に考えて頂ければ幸いなのです。

 恐らく、あなたには最高のパートナーがいると思います。私がここで言うパートナーとはポケットモンスターのことであります。これはもはや死語でしょうか。ポケモンと一緒に生活を送っていない人間は、この世界から既に存在しなくなりました。しかし、残念ながら私にはパートナーがいません。ご心配どうもありがとう。けれども、つい最近まではパートナーがいたのです。そのパートナーとはポケモンのことではないのですが。

 私が三歳の誕生日に、そのパートナーがやって来ました。それは子猫でした。茶トラの猫で、「チョコ」と名付けられ、自宅で飼われ始めました。とても可愛いこの子に私は夢中になりました。尻尾を追いかけ回すのはいつも私でありました。なんとか気を引こうと、猫じゃらしや遊び道具で釣ろうとしましたが、自由気ままなその振る舞いの前では無意味でした。けれども、寂しい時には可愛らしい鳴き声を響かせながら、擦り寄って来てくれるのです。お腹のふわふわとした感触が心地よく、私はいつまでも触っていました。だから結局は、いつも一緒にいたということなのです。

 さて、本題です。それらが姿を顕したのは、まだ私がまともに箸を扱えない幼い時のことでした。既存の動物や植物とは異なる特徴を持つそれらは、この国の美しい浜辺のずっと先、海の向こうで見つかりました。初めは突然変異を起こした動物の成れの果てだと謳われ、ちょっとした騒ぎになりました。生態系の専門家たちは、慎重に稚拙なミスを繰り返しまして、大胆に死人を出しながら、ようやくそれらのうちの一匹を捕獲して研究機関に送ったそうです。

 その間にも、我々が幼少期に親から買い与えられる動物大百科で見覚えのあるような無いようなそれらが、次から次へと湧いて出てきたのです。未知のそれらに人々は周囲に同調してとりあえず警戒心を抱いたようですが、市民はそれよりも、それらの生物について何か隠し事をしている政府に対して危機感を抱いていました。だからみんなが研究機関の発表を待っていました。

 テレビのニュースでは、毎日のようにそれらによって引き起こされる事件や事故が、センセーショナルに報道されていました。大きな翼を持つ怪獣が火を吹いて森林を燃やしたとか。焼かれた森からは草花もどきが地を駆けまわって毒を撒いたとか。地中からは地鳴りとともに土竜の化物が飛び出し、道路や水道管を破壊したとか。空には色とりどりの怪鳥の群れが舞い、飛行機が飛び立てなかったとか。想像を具現化したような龍の群れは嵐を起こしたとか。海では怪物が巨躯をくねらせ津波を引き起こしたとか。街中では人に似て非なる者が車や建物を宙に浮かせたり消したりした、などです。

 ニュースキャスターなる肩書のものは、明瞭な喋り口と主観的な考えで庶民の不安を煽り立て、無能で無知なコメンテーターがそれを囃し立てました。けれども異国の話だったからか、それとも他人事だったからか、はたまた箱の中の夢物語と錯覚したのか、私の周りの生活は特に代わり映えしませんでした。普通に学校に行っていたし、親も仕事に行っていました。学校の授業も普段通り退屈で、クラスメイトと馬鹿やって騒ぎ、休みの日は家族と遊園地に遊びに行きました。家に帰れば飼い猫のチョコが出迎えてくれました。日常は穏やかに過ぎていきました。対岸の火事であるかの如く、周囲はそれらに関心を持ってはいなかったのです。

 私が箸を器用に扱えるようになった頃、研究機関は、それらが未知のエネルギーを持った生命体であると結論付けました。人類に脅威をもたらす存在であると同時に、恵みをもたらす存在であるとも定義しました。つまり、よく分からなかったのです。メリットとデメリットを天秤に掛けた結果は、最悪に傾きます。人類に危険な存在であると民衆はようやく理解し、世界各地で排斥運動が巻き起こりました。

 ところが、国や文明を壊しては作り直すような人類の飽きっぽい性格が祟ったのでしょうか、しばらくすると排斥運動は沈静化し、どういう訳か世界にそれらは受け入れられていったのです。事件、事故には対策が講じられ、それらの生き物は日常に埋没しました。未知のエネルギーは、人間の生活をより良くするための資源として活用され、国々が利権を巡って争い始めました。街中では一部のそれらを愛玩動物として飼うことが流行し、動物園に展示される生物はそれらに置き換えられていきました。数こそ全て。いつの間にか、大衆社会にそれらは浸透していったのです。

 それらは異常発生(Plague)した、奇妙(Odd)で、幻想的(Chimera)で、知識(Knowledge)を持ち、環境(Environment)に、技能(Technic)をもって適応した怪物(MONSTER)として、ポケットモンスターという名前で呼ばれました。下品な名前じゃないかと突っ込む人間は少なからずいましたが、すぐに『ポケモン』の名で親しまれるようになりました。

 次第に、私が住む街でもポケモンとやらを見掛けるようになりました。ポケモンは、飼い犬や野良猫と同じように生きていたのですが、ただ違うのは、犬や猫に似たそれらが高い知能や技能を持って、他の動物を蹂躙していたことです。野生の動物もペットも、ポケモンによって殺されました。ハトやカラス、スズメの類も空を飛ぶ大きな鳥ポケモンの類に撃ち落とされたり、巣を奪われたりしました。動物たちの死体が街に溢れ、ポケモンの駆除が声高に叫ばれましたが、それもいつしか動物の死骸を掃除しろという文言に変わり、街は新種の生物によって占領されていきました。私は飼い猫のチョコを表に出さないようにしました。

 美しい浜辺には魚やクジラの死骸が打ち上げられ、全てが腐敗し異臭を放っていたそうです。海はしばらく真っ赤に染まったあとで、海底の岩礁を視認できるほどに、太古の海がそうであったと思わせるほどの澄んだ青さを取り戻しました。漁船を操る海の男たちは、強靭な牙や、毒を持つ新種の海洋生物たちを相手に悩まされていたそうですが、それらが高値で取引されるようになると、金の亡者の群れが海岸に押し寄せ、大海原に漕ぎ出たのです。

 またしばらく経ちました。私が包丁を握っても、指を切らない程度に炊事の手伝いができるようになった頃、畜産業が大打撃を受けました。初めは鶏が未知のウイルスによってその多くが死滅しました。どうやら歩きまわる植物が撒いた毒が原因のようでした。その病原菌が変異を起こして豚や牛にも感染が広がり、牧畜は破綻しました。代わりに超能力や炎を操る豚、獰猛な暴れ牛に大量の乳を出す乳牛、様々な鳥のポケモンが家畜として育てられるようになりました。

 まな板の上には巨大な肉の塊がありまして、どのように包丁を入れるか悩んだものです。食卓には得体のしれない品々が並びました。レシピに載せられていた肉や魚の文言は、ポケモンの何らかの種に置き換えられていきました。肉質は硬く、味は淡白なものが多かったです。英国料理を彷彿とさせ、味付けが濃くなっていきました。美味しくなかったです。だが、それも次第に口に馴染むだろうと、流行りに乗っかる大衆は我慢していました。飼い猫のチョコのエサも、海のポケモンから作られるようになりましたが、こちらも美味とは言えないようでした。

 植物が枯れ朽ちて消失することはありませんでしたが、山野や街角で奇妙な果実を結ぶ木々が育つようになりました。これらの木の実をポケモンたちは好んで食べていました。人間の食用にも用いられたのですが、酷く甘く、痛く辛く、甚だ渋く、頗る苦く、実に酸っぱいそれらは、とても食べられたものでは無かったのです。そこで淡白な食用ポケモンの味付けとして、調味料が考案されると、飛ぶように売れたそうです。

 街には様々なポケモンを連れ歩く人々が増えていました。犬や猫を飼うことは時代遅れだとメディアが騒いでいました。ポケモン同士を戦わせる野蛮な娯楽が生まれ、人気を博しました。未知のエネルギーが技術発展を加速させ、モンスターボールなる収納機器が開発されると、一人一匹はポケモンを携帯することが当たり前になりました。

 犬に猫、爬虫類に淡水魚をペットとして飼うことは過去の産物になっていました。キャットフードは生産を終了し、飼い猫のチョコにはポケモンフーズなるもので我慢してもらう他ありませんでした。傷ついたポケモンたちは、高度な医療技術で容易に回復させられました。その一方で、従来の動物医院は姿を消し、かつて獣医を目指したものは、ポケモンドクターとして第一線で活躍しています。病に掛かったペットは死にゆく定めとなりました。

 世界はポケモンで溢れかえりました。今、この世界から動物が消えようとしています。それを止めようとする人間はいません。人々は動物に関心を失ってしまいました。そのことを知っているのは、私一人だけであります。だから私は抗いたかったのです。私が愛したこの一匹の猫とともに。

 もう老いてしまったかつての子猫は、私の腕の中で眠っています。街を行き交う人々は、見たことのないポケモンだと、この子を指差し、声を荒げます。彼らには猫という生き物が、動物図鑑には載っていない不思議な不思議な生き物に見えるのでしょう。

 ポケットモンスター、縮めてポケモン。もうまもなく、ポケモンだけの世界がやって来ます。そこに動物はいませんが、果たして、そこに人類はいるのでしょうか?

 時々、私は思うのです。人間とはどういう存在なのだろうと。動物とはどういう存在なのだろうと。ポケモンとはどういう存在なのだろうと。ポケモンは何物なのかは分かりません。ですが、人間は動物の仲間であることを私は知っています。

 さて、私のパートナーであった猫のチョコが最後の鳴き声を響かせ、永い眠りに就きました。残念ながら、私はこれからの世界で生きていく意味を見出せません。どうか、このメールを読んでくれた未来ある方に、この世界を変えていって欲しいのです。人類の繁栄のために。消えていった動物たちのために。

 さようなら。
 メールを読んでくれてありがとう。あなたの幸運を祈っています。
























From: ------
  To: No name (Unknown e-mail address)
Title: Re:消えゆく動物たちへ
Date: 09/15/42
 あなたの警告を信じずに蔑ろにしてしまった我々を許してください。今日この日、人類の総人口は、減少に転じました。世界はポケモンで覆い尽くされました。

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