第20話 “Midnight”

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ロケット空軍所属、リベンジャー号の常勤機関士、トーマス・カーライル大尉。それが彼の名前と職業と地位である。
 彼の今までの経歴を見ると、ロケット団という反社会勢力に身を置いているものの決して不出来な人間ではなかった事が分かるだろう。タマムシ工科大学を卒業し、有名大企業に技術者として入社、常に技術の最前線で彼は戦っていた。しかし彼は、人生に退屈していた。絵に描いたような理想的な環境よりも、ろくに設備の整っていないような場所で一から物を築き上げたかったのだ。そんな彼が出来たてのロケット団の軍部に入るまで、そう時間はかからなかった。

 リベンジャー号の中での彼の評価は高い。技術的問題が起これば彼に訊ねにやってくる乗組員も大勢いる。エドウィン艦長、フレデリカ副長とて同じく、彼を信頼した。
 戦争が始まると、艦は必然的に損傷を負う。彼は――彼も含めて機関士達は、外の戦況などお構いなしにひたすら艦の損傷を直して、艦長の望むコンディションを保つため、汚れたダクトの中を這い回り、危険なエンジンの傍で命がけの作業に明け暮れた。その中でもトーマスは優れた技術者として皆をリードし続けていた。

 ブリッジから作戦開始の合図を受けて、リベンジャー号の機関部は一層忙しくなった。粒子抑制ビーム、とひと言に言ってもそれを発射するのは簡単な事ではない。安全にそれを発射するためには、解決しなければならない技術的な問題が山積みであった。
 そう、安全に発射するためには、の話である。
 艦長代理であるフレデリカの要望に応えるために、機関士達は短い議論の間で幾つものシーケンスを外し、安全性を捨てるという結論に達した。

「ビーム安定、密閉フィールドの圧力は87%台を維持」
「90%を超えたら教えてくれ、非常用パワーを迂回して補強する」
「了解」

 床から高い天井まで一直線に貫いてそびえ立つ柱のような動力炉は、聞いていると不安になりそうな唸り声をあげて稼働している。ただでさえ艦に攻撃を浴びて不安定になりがちだというのに、いくつかの安全装置を外してのエネルギー供給である。
 そのため、機関室の各地でせわしなく報告を交わしながら、機関士達は注意深く経過を見守り、必要な修正を適宜に加えた。

 トーマスもその中で働く一員だった。それまで彼も同じようにコンソールの前に立ち、数値を注意深く見つめていたのだが、ある時、彼はぴたりと止まってそれをやめた。そして持ち場を離れ、ごく自然な動作の流れで歩き出した。
 それを見て、咎めようとする者はまだいない。必要に応じて持ち場を移る事は常によくある事である。
 だがトーマスが動力炉に直結しているコンソールに触れた途端、全員がその異変に気付いた。突然赤い警告ランプが各地に灯り、けたたましいサイレンが鳴りだしたのである。何事かと慌てて全ての機関士達が持ち場の表示を確かめて、その原因である場所を突き止める。
 全ての視線が、動力炉の前に立つトーマスへと注がれた。

「トーマス、何してる!?」

 驚きながら、機関主任である男、セストは叫んだ。
 いやそれよりも、トーマスの事よりも、まずは混乱したエネルギーネットワークの修復を図らなければ。セストは最も重要なコンソールを取り戻すべく、未だそこで黙々と作業をしている彼に殴りかかった。
 が、勢いよく繰り出したセストの拳は、彼には届かなかった。その拳が彼の頬に当たる寸前でピタリと止まり、セストは身動きひとつ取れなくなってしまった。
 一体何が起きてるんだ――混乱するセストは、ちらりとこちらを見てくるトーマスの冷たい無表情を見て、悟った。こいつはトーマスじゃない、それどころか人間ですらない。気付いたと同時に、セストは不可視の力で機関室の壁に叩きつけられてしまった。

「がぁッ!?」

 衝撃に軽く吐血しながら、セストはずるずると床に落ちていく。そこへ集まってきて「大丈夫ですか!?」と声をかけてきた男性機関士に、セストは霞む目を向けて、朦朧としながら命令を捻り出す。

「せ、セキュリティロック……4A、だ」

 その言葉を残して気を失ってしまったセストに、男性機関士はしっかりと頷いた。そして呆然と突っ立っている機関士の1人に「主任を頼む」と告げ、そして全員に向き直ってこう続けた。

「セキュリティロック・4A、機関室を封鎖する!」

 男性機関士が唱えた途端、困惑していた機関士達が一斉に動き出した。
 リベンジャー号もとい、ロケット団の指揮系統には特殊な命令コードがいくつも存在する。特に緊急事態に対応したコードは、ある一定の権限以上であればだれでも発令する事ができるのだ。「セキュリティロック・4A」とは、機関室を乗っ取られた場合に発令する命令であり、その内容は動力炉をバリアーで覆い、機関室からの一切の操作を無効にするものであった。
 機関士達が動き出してものの数秒のうちに、トーマスの操作していたパネルは応答しなくなり、触れてもエラー音が出るのみとなった。目前の動力炉を見上げれば既にバリアーがヴェールのように動力炉を覆って守りを固めている。

 ちっ、とトーマスの口から舌打ちの音が漏れた。
 あとボタンをひとつふたつ押すだけで機関士達にも止められない、オーバーロードのカウントダウンが始まったものを。
 そのようなどす黒い苛立ちとは反対に、トーマスの身体は白い光に包まれた。

 次の瞬間、リベンジャー号の機関室に大爆発が起こった。隔壁が割け、動力炉はバリアーで守られているものの、機関室が丸ごとむき出しになった上、その隔壁の破片に混じって、立ち昇る煙の中から人間の欠片がぼとぼとと地面に落ちていった。

 その攻撃はただちにブリッジにも知れ渡るところとなる。激しい振動に身を揺さぶられながらも、フレデリカは叫ぶ。

「報告!」
「機関室でセキュリティロック・4Aが発令され、そのすぐ後に機関室が爆発を!」

 女性オペレーターが報告し、さらに男性オペレーターが続ける。

「センサーはラティオスが爆発に乗じて艦内から外に脱出した痕跡を捉えています!」
「何ですって!?」

 ラティオス。その名をフレデリカは頭の中で検索する。そして思い出した、ミュウツーが提出した報告書の中にあるその名前を。ラティオスは侵略軍の側についた敵。事態はまだ動いている!
 フレデリカは乱暴に肘掛けのパネルに触れて、通信機能をオンにし、深刻な顔つきで訊ねる。

「機関室、状況を報告せよ!」
「ダメです、機関室に生存者なし!」

 艦内センサーを操る別の男性オペレーターが返ってこない返事の代わりに答えた。

 フレデリカは一気に追い詰められ、手に冷や汗を握った。
 リベンジャー号から八面体の兵器に伸びる白い光線は、薄まったり元に戻ったり、揺らいだりと不安定な様子を見せている。今にも途切れてしまいそうな光線で、果たして予定通りの時間で効果を発揮する事ができるか――。

「ビームに影響は出てるの?」

 訊ねられて、女性科学士官が答える。

「出力が不安定になっています、このままではあと5分はかかります!」
「それじゃ遅すぎるわ!」

 ゴールは目前だと言うのに!
 フレデリカの拳に自然と力が籠もり、噛み締める歯がギリリと音を立てる。だが、彼女の逃したチャンスは更に遠退いていく事となる。

 外に出たラティオスは透明状態のまま辺りをざっと飛び回り、トーマスに化けて得ていた情報と重ね合わせ、次第に状況を把握していく。
 このバリアーだ、艦隊とポケモン達を覆うこのバリアーさえ破壊してしまえばいい。その要なら分かっている。

「やっぱり、持つべきものは情報ってね」

 誰にも見えない姿のままラティオスはにやりと笑い、そして空中に留まったまま、口に赤いエネルギーを溜め始めた。

 リベンジャー号や艦隊を守るために張ったバリアーは、その規模こそ巨大であるが、ひと度その中に入ってしまえば途端に弱点を露呈する。バリアーの内側に控える艦隊は、連結したバリアーを張るために全エネルギーを注いでいたのである。すなわち、武器も使えず無力な彼らは、ラティオスの放った《流星群》、花火のように爆発的に拡散する無数のエネルギー弾に対して抵抗する術を持っていなかったのだ。
 次々とダメージを受け、穴を空けていく艦隊は、とうとうバリアーをまともに維持する事ができなくなってしまった。幸いにもこの一撃で落ちた戦艦は、リベンジャー号を含めていなかったものの、それも時間の問題であろう。
 消えたバリアーの外に待ち構えていた無数のポケモン達が、一斉に雪崩を打って押し寄せてきた。

 兵器がカロス地方全土へ向けて放射線を発射するまで、残り3分を切る――。





 同刻、ゲノセクトの巨大艦でも機関室は侵略者の餌食となろうとしていた。
 機関室の出入り口を背に、口から新緑の色をした光弾《タネマシンガン》を乱発して、最後の砦であるジュカインは懸命に戦っていた。が、それもとうとう限界の時が来る。
 《タネマシンガン》の弾幕の合間を縫って、エモンガは《高速移動》で《影分身》の残像を残しながらひらりひらりと軽い身のこなしで避け、コンテストで披露する曲技のように優雅な弧を描いてジュカインの脳天に真上から小さな、しかし凄まじい衝撃を伴うパンチをお見舞いした。《アクロバット》の一撃である。
 目を回して床に倒れたジュカインに、女性兵士が最後にその顔面目掛けてアサルトライフルから光線を撃ち、風穴を空けて、ようやく一行は一息つくことができた。

「今ので最後ですね」

 それでも念入りに辺りを見回しながら、女性兵士が言った。
 エドウィンは警戒を彼女に任せ、足早に機関室の出入り口をくぐった。途端に、彼は部屋の中央に鎮座する異質な物体に直面する。それはひどくぶくぶくと太った繭のようで、天井と床から生える蔦のようなものに吊るされたまま、高い異音を発して唸っていた。

「これだ、間違いない。反物質反応炉だ」

 念のため端末を出してチェックしながら、エドウィンは言った。
 後から続いて入ってきたポケモン達と共に女性兵士がその異質な物体に唖然としているのをよそに、彼は腰のホルスターポーチに入れてある手のひらサイズの小型爆弾を取り出し、太った繭、もとい反応炉に取りつける作業に入った。
 内心、こんな状況でなければとエドウィンは思っていた。女性兵士も同じだったらしく、彼女はため息を吐きながら反応炉を見上げる。

「人類の夢のエンジンを、破壊しなければならないのですね」
「私も残念に思うよ」

 取り付け作業自体は至極簡単で、爆弾を磁石のようにくっつけるだけで済んだ。6つの爆弾をなるべく均等な位置に貼り付けると、エドウィンは満足げに頷く。そして作業を待っていた女性兵士、そしてポケモン達に振り返り。

「起爆装置をセットした、5分で爆発だ。合流ポイントに戻るぞ」

 全員がしっかりと頷いて、その帰り道に一歩を踏み出した。

「そうはさせません」

 同時に、女性兵士の首が胴体から離れ、その背後に突如現れた女性ミュウツーの手に収まる。《テレポート》による不意を突いた登場と共に、女性ミュウツーは絶命した兵士の首を《サイコキネシス》で飴玉の大きさまで圧縮し、床に放り投げた。
 その蛮行に気付いたエドウィンは、咄嗟にアサルトライフルを構え、銃口を女性ミュウツーへと差し向けた。が、女性ミュウツーの方が遥かに早くエドウィンに飛び掛かり、その首を掴んだ。

「あ……かッ……」

 息ができない、首の骨が軋む。激痛の余りに目を白黒させながら、エドウィンは朦朧とする意識の中で1発、2発と引き金を引く。しかしゼロ距離での一撃だというのに、女性ミュウツーの表皮を覆うバリアーに阻まれ、交戦が霧散してしまった。
 死ぬ――!
 危うくエドウィンの意識が切れるところ、ポケモン達が動いた。ガラガラは握っていた骨を投げて《骨ブーメラン》を、オドシシは角を光らせて《怪しい光》を、ロズレイドはその両腕の花束から紫色の《毒針》を突き出して斬りかかり、女性ミュウツーに襲い掛かった。

「くっ……!」

 女性ミュウツーはやむなくエドウィンを手放し、滑らかな尻尾と両手で念入りに目を覆った。ただの攻撃だけではバリアーで弾いて終わったであろう、しかし《怪しい光》を目にすれば混乱するだけでなく、守りのバリアーさえ解除してしまう。ゆえに、その対処に動かざるを得なかった。
 間一髪のところで死を逃れたエドウィンは、崩れそうになった身体をドラミドロに支えられた。激しく咳き込み、荒れる息を整えながら、首なしの死体からどくどくと床に広がる血だまりを目に留め、そして女性ミュウツーを睨みつける。

「何故だ……何故殺せる!?」

 《怪しい光》をやり過ごした後、一歩も動かずに攻撃をバリアーで受け流しながら、女性ミュウツーは落ち着いた素振りで騒ぎ立てる彼に向き直った。

 その目はとても穏やかだった。水のよう、と言えば大袈裟かもしれないが、とても殺人鬼の目ではないのだ。エドウィンにはどうしてもそれが理解できなかった。
 たとえゲノセクトに洗脳されたポケモンだろうと、戦う時はその上書きされた価値観にのっとって、人間に明らかな敵意を向けて戦っていた。戦いとは本来そうである、どちらかに敵意があって初めて成立しうるものなのだ。
 だが、この女性ミュウツーには敵意が無い。なのに殺意はある。セキエイ高原で見せた死体の山も然り、目の前で殺された女性兵士も然り、女性ミュウツーはひたすら穏やかな顔で殺戮を繰り広げている。その態度がエドウィンは気に食わなかった。澄ました顔で平然と殺す彼女に、エドウィンは今までポケモンに対して感じていた罪悪感の一切を捨てて、その心臓を引き千切ってやろうとさえ思っていた。

 良いだろう、最期にやってやる。エドウィンは不敵な笑みを浮かべた。
 どのみち女性ミュウツーがここに現れた時点で私の、私とポケモン達の運命は決した。この女性ミュウツーに爆弾を無力化されないよう、爆発の瞬間までこいつを封じ込めなければならないのだから。

 右手を振り上げる女性ミュウツーを前にして、エドウィンは自らの思考の中から、自分達の生存の計算を捨てた。
 それとほぼ同時に、機関室を激しい揺れが襲った。





 2匹の戦いは巨大艦から成層圏へ移る。
 その数秒前まで、2匹は互いに肉弾戦による初撃を交わしていた。次第に互いの体術が互角である事を認識すると、2匹は同時に飛び退いて距離を取る。そしてゲノセクトが背中の砲台から放つ白い光線《テクノバスター・ノーマル》と、肩に乗せたビクティニから《勝利の星》のエネルギー供給を受けながら、ミュウツーが両手の間から放つ青い光線《サイコブレイク》がブリッジの中央で衝突し、境界に生じた衝撃波が部屋を丸ごと吹き飛ばしてしまった。
 共に地球と暗い大空を背景にした成層圏に放り出されるも、戦いは片時も休む事なく続く。ミュウツーは空を蹴って一気にゲノセクトとの距離を詰め、足の先に《サイコショック》の透明な衝撃を伴いながら、その硬い装甲のような身体の脇腹辺りに鋭い蹴りを差し込んだ。たとえメタグロス相手でも地に沈めるほどの威力を持った蹴りであるが、ゲノセクトは寸前で硬い腕で受け止めた。そして《ニトロチャージ》で燃え盛る足を振り上げ、ミュウツーの腰目掛けて踵落としを喰らわせた。
 まるで巨大な鉄球が衝突したかの如く、重い一撃がミシッと嫌な音を立てて骨の髄まで響いた。仮にも下手くそな薄いバリアーを張っているにも関わらずである。

「ぐっ……!」

 ミュウツーは僅かに血を口から漏らしながら、すぐさま反撃に出る。両手をゲノセクトの胴体に添えるように突き出し、そして両手から《サイコショック》の衝撃を、爆弾のように破裂させた。
 その衝撃はゲノセクトの体内をくまなく駆け巡り、臓器、果てにはその脳まで揺らし、身体は弾き飛ばされた。全身を同時に殴られたような激痛を味わいながらも、ゲノセクトはギシリと笑い、そして空中で後転してバランスを取り戻した。

「やるな! さすがは俺がかねてから目を付けていただけはある、その動作、その技、見事だ!」

 対するミュウツーは激励の言葉に睨んで返す。

「それは俺がお前より劣っているという事か?」
「そうとも!」

 げらげらと嘲笑うようにゲノセクトは続ける。

「先の互いの一撃が拮抗していたのを見ただろう、お前はビクティニの能力があってやっと俺と対等だ。肩にその美味そうな獲物を乗せたまま戦わなければならないお前に、俺の負ける要素などどこにある?」

 ちっ、とミュウツーは舌打ちをした。
 やはり見抜かれていた。今の俺の全力とも言える技が、ゲノセクトの「ただの」《テクノバスター》に拮抗する程度では、この先ますます苦戦を強いられる事は明白。人間の図鑑データとやらによれば、ゲノセクトは装填するカセットによって《テクノバスター》のタイプを変える。すなわち、もしも俺のエスパータイプに対して有利な属性に切り替えられると一気に不利になる――。
 僅かな間でそこまで考えて、ミュウツーはふと気が付いた。
 ゲノセクトのどこにも、カセットらしき物が見当たらない。
 通常であればカセットはゲノセクトの砲台に引っ付いている筈だ。身体のどこかに隠し持てる訳でもなし、とすれば話はふたつに別れる。

 カセットが無く、《テクノバスター》はノーマルしか撃てない。
 あるいは、カセットの小型化に成功していて、既に砲台に内蔵されているか。

 後者であればまずい、タイプを自由に変えられるとなると――。

「ティニ!」

 頭の回転が加速しているミュウツーに、肩に乗せたビクティニから発せられたひと言はまさに青天の霹靂であった。それはミュウツーに限らず、余裕のあるゲノセクトにとってもそうだろう。

 かっこよさでは勝ってるよ!

 威勢よく飛び出したひと言は、ミュウツーを「こいつわざと言いやがった」と焦らせるだけでなく、その彼の予感通りにゲノセクトの理性の糸を綺麗に断ち切った。

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