第6話 “セキエイ会議”

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 海の孤島に立つ街アルトマーレは、世界的に見ても稀有な街であった。
 太古の昔に島の土台自体は海に沈んでしまったものの、人々は沈んだ島の上に石畳を敷いて、新たな生活圏を得た。海とポケモン、そして沈んでしまった古代遺跡と共存する島の誕生である。

 アルトマーレはその随所に観光名所が散らばっていた。島の護り神と呼ばれている2匹の竜の柱像、それらを奉った絢爛豪華な大聖堂、町中を巡る水路に、優雅に泳ぐゴンドラの数々。少しマニアックなところを挙げると、石造りの建物がひしめき合う間を通る狭い通路に並んだ、いわば裏通りの露店まで。
 大陸から隔絶された環境で育った文化なだけに、大陸人にとっては全てが物珍しく映ることだろう。

 その中でも注目を集めているのは、近年になって明かされたアルトマーレの秘密。『シークレット・ガーデン』の存在であろう。
 護り神ラティアスとラティオスの住む、島の人間にさえ知られなかった秘密の空間。それはアルトマーレの中に在りながら、決して人目に触れる事のない隠された場所だった。
 おそらく、大聖堂に眠る古代兵器が2人の盗賊によって暴走事件を起こさなければ、この地は今も秘密のヴェールに隠されていた事だろう。幸いな事は、当時のアルトマーレ市長が早々に指定保護区域として人間の立ち入りを禁じた事である。

「なので、旦那はとってもラッキーだ」
「俺は元からポケモンだ、自由に出入りできるだろ」

 黒のフードで身を隠しているミュウツーは、迷路のような入り組んだ狭い住宅路を歩きながら、これから向かう先の事を語るラティオスこと若い男性水夫に化けた情報屋に、さも当然と言わんばかりに返した。
 それを「分かってないなあ」と小馬鹿に返す水夫の背中に、若干の殺意を抱く。

「旦那みたいな欲深で残虐なポケモンが、神聖な夢幻ポケモンの聖域に入れるとお思いで?」
「最近の神聖なポケモンは、ステルス能力を使って得た情報で金儲けをするのか」
「だからあっしはアルトマーレから出て行ったんです」
「……つまり追い出された訳か」

 蔦のような植物のアーチをくぐりながら、ミュウツーは言った。
 日も傾きかけて、夕暮れ時らしく辺りの景色は炎のように情熱的な色に染まりきっていた。ふと近くに設置されている子供用の水飲み場を見やれば、そこでポッポ達がバシャバシャと激しく水浴びをしている。一瞬だけこちらに気付いて止まり、首を傾げるも、すぐに水浴びに戻っていった。

「分からんな、追い出されたのに何故アルトマーレで水夫の格好なんてしているんだ」
「それはー……木を隠すなら森の中って言うでしょ?」
「森はシークレット・ガーデンで、ゴンドラの上じゃない。ははあ……さては追い出されたものの、やっぱりお前でも故郷は恋しいんだな」
「まさか!」
「確か、それに加えてお前は誰かに命を狙われていた筈だ。今までは俺という盾があったが、俺がいなくなればもう誰も守ってくれない。そこで故郷にすがりついたという訳か。惨めなものだ」
「おおっと、旦那も人の事言えるんですかい? 家も家族も失って、残ったビクティニも宿無しだから、とりあえず雨風凌ぎにロケット団に入ったものの、これといった目標も見当たらない。故郷があるあっしと、家無しの旦那、一体どっちが惨めなんですかねぃ」

 前を進む情報屋が立ち止まり、振り返って飛ばしてきたこの反論には、思わず口をつぐんでしまった。グサリと来たのだ。
 情報屋は言うだけ言うと正面に向き直り、再び歩き出す。が、思わずミュウツーは呼び止めた。

「おい、どこへ向かってる」
「シークレット・ガーデンですが?」
「……この先がか?」

 と、怪訝そうに言うのも無理はない。
 彼の向かう先は道などではなく、日陰になっている暗い壁なのだ。三方向を建物や塀に囲まれた文字通りの行き止まりにも関わらず、情報屋はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて「そうです」と答えた。

 その次の瞬間、ミュウツーが見ている目の前で情報屋は消えた。
 否、正確に言えば壁に吸い込まれるように消えた、あるいはすり抜けるようにして。ミュウツーは今起こった出来事に目を丸くしていたが、しかし理解にそう時間はかからなかった。

「幻か……」

 そう呟いて、自身も前に踏み出した。
 おそらくこの壁は幻影で、ここがシークレット・ガーデンの入り口なのだろう。頭ではそう思っていても、壁を通過する寸前、ミュウツーは目を瞑った。

 暫く立ち止まっていたが、おそるおそる目を開けば、真っ暗闇の真っ只中であった。どっちが前かも分からず、「おい」と声をかけてみるも情報屋からの返事は無い。ならばと、ミュウツーはソナー代わりに念波を飛ばして、周辺の地形を把握する。
 ひたひたと歩きだして、出口はすぐに見えてきた。

「ようこそ、シークレット・ガーデンへ」

 情報屋の言葉と同時に、その光景はミュウツーの視界に飛び込んできた。

 門を抜けた先には、美しい自然に囲まれた夕焼け色の庭園が広がっていた。それまでのアルトマーレの狭い通路から一変して、石畳で舗装された広い道の脇にはところどころに大樹が生え、その子供のように周りには様々な植物が佇んでいる。
 水路につながる池にはニョロモ達が戯れ、ヤンヤンマが水面に止まって水を飲み、辺りをバタフリーが飛び交う。
 何かに導かれるように、気の向くままに道を歩けば、木々に混じって規則的に並んだオブジェのような石像が目に留まる。正面を見上げれば、何かを祀っているような台座から水が湧き出て水路に流れている。ちょうどその台座からだろうか、まるで吸い込まれるような魅力を感じた。
 いや、魅力というよりは……。

「旦那!」

 ミュウツーが心の内で適切な表現を探していると、背後からの声にビクリと震えてしまった。
 振り返れば、水夫の隠れ蓑を脱ぎ捨てて、何やら得意げにふんぞりかえっている護り神が1匹。それと情報屋と形は似ているが、赤いポケモンも。

「クゥ」

 という甲高い声で短く鳴いて、おそらく挨拶のつもりであろう、その赤いポケモンことラティアスはミュウツーの周りをくるりと回った。





 カントー地方西部、山間の地、セキエイ高原。
 かねてからポケモントレーナー達にとって憧れの地であるポケモンリーグの本拠地に、本格的な軍事基地が併設されるようになったのは、そう古くない話である。ロケット団がポケモン軍を発足してから、各地で様々な組織が軍拡を行うようになったため、政府にも同様にこれらを制圧できる軍事力を持つことが求められてきた。
 その結果、最強のポケモントレーナーが集うポケモンリーグと軍が協力体制を整え、ここに正義の番人たる政府軍の拠点が完成したのである。

 本来であれば、裏取引によって隠れた同盟関係の相手でもあるロケット団でさえ、セキエイ高原に足を踏み入れることはおろか、戦艦を停泊させることなどもっての外である。
 それが、今やロケット団の戦艦リベンジャー号のみならず、マグマ団の空母オメガ・グラードン号、プラズマ団の最新鋭飛行艦ブラックキュレム号、ギンガ団の反転世界専用艇ミラーゲート号、フレア団の戦艦デスウィング号といった、各組織のエース級が揃って鎮座している。主だった飛行艦を持たないシャドーやアクア団も、マサラタウンの港に停泊させ、小型の飛行艇でこの地を訪れていた。

 すべては、政府がそれだけ本気である事を示すため。
 そして何より、史上初の全組織が参加する世界会議を開くためである。

 それだけに、会議場も並大抵の場所ではない。ポケモンリーグの再奥、全てのポケモントレーナー達にとって神聖な場所である、殿堂入りを果たした人間だけが入れる記録部屋が選ばれた。
 ロケット団を代表する権限を飾った、式典用の厳かな黒い制服を着るエドウィンも、その服に込められた意味以上に、その部屋に立ち入れた事そのものに緊張していた。

「子供の頃、ここに来るのが夢だった」

 どこか懐かしいような、新しいような、そんな思いを胸に呟く。
 巨大な円卓に並ぶ席のひとつに腰を下ろしながら、薄暗いながらも光を放つ白い床を見下ろしたり、黒に覆われた壁や天井を見回したり、エドウィンは味わい尽くすようにその部屋のすべてを観察した。
 見えるのは部屋の景色だけではない。自然と錚々たる面子も目に飛び込んでくる。

 有名どころから言えば、カイリューやドサイドン、ジュゴン、ゴローニャなどといった、ポケモンリーグの現四天王たちのポケモンを筆頭にしたポケモン警備隊だろう。かくいうエドウィンもテレビを通じて彼らの試合を見た事がある。そのポケモン達が、殿堂入りルームはもちろん、来る途中に通った通路にも配置されているのを見かけた。その安心感たるや、リベンジャー号に乗っている時さえも上回るかもしれない。
 次いで会議の参加者達と言えば、いずれも曲者揃いである。かつて命がけの戦闘を繰り広げた相手、プラズマ団からはテスラ総統、シャドーからはエイハブ艦長、いずれも別々の席に座ってはいるものの、裏では手を組んでいるとも噂されている。他にもマグマ団の現リーダーであるグレゴリー、アクア団の初の女リーダーであるアレクシア、ギンガ団の大使ヒューゴ、フレア団の軍をまとめるレックス元帥、更にはゴーゴー団やポケモンハンターシンジケートといった小規模グループの代表まで。
 そして壁には、それら組織のエンブレムを刻み込んだ垂れ幕が規則正しく並んでいる。まさに利害関係の入り乱れた全組織が、ここに集った。

「よくこれだけ集まったもんですね」

 開始前、まだ部屋中にがやがやと賑やかな声が広がっている中、エドウィンは傍に立つウィング提督に言った。

「教えてください、何を餌に撒いたんです?」
「会議に必要な情報は全て与えただろう、それとも忘れたのか?」
「世界の危機だと言って集まったなら、連中は全員バルジーナみたいなものですよ。政府とロケット団の死肉を漁りに来た連中には、何を言っても聞く耳を持たれるかどうか……それに」

 不安の片鱗が漏れ始めた頃、エドウィンの言葉を遮って。

「静粛に!」

 政府を代表する厳かな正装の男が、雑音をかき消して部屋中に響き渡るほどの大声を張り上げた。途端に辺りは静まり返り、全員の視線が彼に向かう。
 エドウィンには彼に見覚えがあった。直に対面した事はないが、艦長室でのホログラム会議に加わっていた1人、ロナルド提督だ。
 彼は円卓の席、並んでいる垂れ幕の中央を背後に立ち上がり、力強い口調で語り始める。

「まずは諸君らを歓迎しよう。ようこそ、セキエイ高原へ」

 エドウィンは語る彼以外の面々をチラリと見回す。いずれもふてぶてしく、あるいは余裕を含んだ態度で腕を組み、あるいはテーブルに腕を乗せている。

「本来なら長い挨拶を置くところだが、今回に限って割愛させてもらう。諸君らも知っての通り、ポケモン達がカロス地方で反乱を起こした。もし奴らがこのままカロスの古代兵器を手に入れれば、地球はたった2ヶ月で奴らの手に落ちるだろう。人類は、この文明は、今や滅亡の危機だ!」

 そんな事とっくに知っている。何人かが時折そうやってせせら笑う顔を、エドウィンは見逃さなかった。

「今こそ対立を捨て、我々は共に戦わねばならない! 奴らの侵略行為を阻止し、世界を守り、平和を手に入れるのだ!」
「それはお宅らの言い分だろう」

 ロナルド提督も含め、視線が遮った主に集まる。
 シャドー代表の、エドウィンもよく知る、エイハブ艦長だ。

「彼らは今の政府のようなやり方に不満を持っているのだ。ポケモンの権利を無視し、道具のように使役するやり方をな」
「ダークポケモンこそその象徴ではないのかね」

 更に横槍が、今度はプラズマ団の代表であるテスラから飛んできた。彼のこともよく覚えている。エドウィンはため息交じりに、続く彼の言葉に耳を傾ける。

「やはりポケモンは人間の手を離れるべきだったのだ。かつて我々の祖、ゲーチス様が世に問いかけた言葉を聞き入れていれば、今日の悲劇は免れただろう。今すぐにも政府はモンスターボールを廃止する法令を議論すべきではないのかね」
「プラズマ団の主張には反対です」

 と、アクア団の女リーダー、アレクシア。整った顔立ちにサラサラのストレートヘア。素振りからしても理性的な雰囲気を漂わせている。

「モンスターボールの廃止は行き過ぎですが、確かに本件において政府に落ち度はあると言えるでしょう。したがって我々アクア団としては、平和的解決のため、政府に強く、カロス侵略軍との対話の機会を設ける努力をすることを提案します」
「アクア団の主張は平和ボケそのものだ」

 彼女とは対照的に、正装さえ乱れがちな野暮ったいマグマ団のリーダー、グレゴリーは大儀そうに返す。

「マグマ団としちゃあ、まずは敵を捻って黙らせた方が良いのぁ確かだな。話し合いはその後好きなだけすりゃあいい。だがその役目に政府が最適たぁ思えねぇ。やっぱ今までポケモンの権利を主張してきたプラズマ団の出番じゃねぇのか?」
「かつてのプラズマ団の蛮行を忘れたのかね」

 続くのはギンガ団のヒューゴ。丸い眼鏡をかけ、いかにもレトロな雰囲気が漂う男だ。

「しかも最近ではプラズマ団は再びポケモンを兵器に使おうとしたらしいではないか。そんな連中を信用することは、ギンガ団には到底できんね。事の発端は政府軍が衝突したせいと聞く、したがってここは政府が責任をもって敵の主張を聞くしかないのでは?」

 その後も小規模グループを含め、各組織の論争は続いた。
 エドウィンも時折発言に加わっては、暫し静観する構えを取って観察する。おかげで各組織の主張の方向性は大体把握できてきた。
 それが余計にエドウィンの頭を痛める事となる。

「議論を一度整理しよう」

 と、ロナルド提督。

「まず始めに、政府軍と共に侵略軍と戦うことに賛同する組織は?」
「ロケット団は賛同します」
「シャドーは反対だ」
「プラズマ団も反対に投じる」
「アクア団、反対です」
「マグマ団は……条件次第じゃ加わっても良いぜ」
「ギンガ団は当然に反対です」
「フレア団、賛成する」

 同盟参加者はロケット団を除けばマグマ団とフレア団だけか。
 エドウィンは頭を抱えたくなるが、同時にふと疑念が浮かび上がった。何故、どうして。考えるうちに、彼の視線は饒舌に語るプラズマ団のテスラへと向かう。

 何故お前が反対なんだ……?

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