第7話 “海底神殿アクーシャ” (8)

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:8分
 控えめなライトが灯る夜間の食堂は、人は疎らでひっそりと落ち着いた雰囲気を漂わせていた。訪れている者といえば、夜食に何か齧りにきた者か、これからの夜勤に備えて食事を摂る者ぐらいである。だだっ広い食堂に並ぶテーブルに、4分の1以下も埋まらない程度だ。
 その一角に、ユキメノコは居た。夜勤のコックに作ってもらった山盛りのコロッケやら唐揚げやら、とにかく脂っこいものばかりをテーブルに広げて、片っ端から口に詰め込んでいく。触れた瞬間に食べ物が凍り、そのままガリゴリと噛み砕いで胃袋に収めるのは、彼女の好み故だろう。
 あまりの食いっぷりに、向かいの椅子に座っていたミオは、愛想のかけらもないツタージャを抱いたまま、ぽかんと口を開けて眺めていた。

「で、アクーシャを海面まで持ってった後はグレートホエルオーに通信を送って、無事私たちは戻って来たって訳だ」

 もごもごと頬にたくさんの食べ物を詰め込んだまま、ユキメノコは今日の経緯をひとしきり語った。
 しかし驚きや何やらが湧き上がるものの、目下ミオの心配事は話の内容には無かったようで。

「喉詰まるよ?」
「腹減ってんだもん、もー何時間食ってねーと思ってんの」

 あっけらかんと言ってのけては、更に唐揚げを摘んで口に放り投げる様を見て、ミオはそれ以上の心配を諦めて引き下がった。

「原因はわかったの?」

 と、ミオはコップの中の水を超能力で浮かせ、ぱくりと飲み込みながら訊ねる。
 その様子を目に留めた後、ユキメノコは視線を泳がせて思い返す素振りを見せた。

「んー……アクーシャはもう寿命だったって事さ。リアクターを更に調べて分かったんだけども、あれはレーザー核融合炉の一種で、クリスタルを並べると自動で反応が起こる仕組みだった訳だ。ところがその反応を制御する内部装置が老朽化してたんだよ」

 ごくんと口の中のものを飲み込んで、ユキメノコは続ける。

「つまり故障じゃなかったんだ。浮上して出てきたのは、寿命を察知したアクーシャのシステムが、人目につく場所に移動してきただけだったんだな。古代人め、そういう事はちゃんと書いとけってんだ」

 酷い目に遭ったぜ、と悪態を吐きながら頬杖を突くユキメノコを眺めて、ミオは苦笑いを浮かべながら。

「マナフィはどうなるのかな、アクーシャで海の皇子になるっていう伝説」
「人目につくようになったからって、アクーシャはアクーシャだろ? 水の民も気にしねーよ」
「ふうん……」

 実のところ、気になるのはそこではなかった。
 アクーシャがぷかぷかと海面に浮かんで漂うだけの神殿になったということは、もしかしたら誰でも入れるようになるかもしれない。《海の王冠》の体験だってできるかも。
 そんな好奇心に満ちた空想を広げている間に、ユキメノコは頬杖を突いたまま、ミオに抱かれてぐったりとしているツタージャに視線を注ぐ。

「ところでお前……何それ?」
「何って、ツタージャ?」
「そりゃ分かるけど」

 先ほどから微動だにしていないそのツタージャ、おそらく疑問の対象になったからだろう、初めて目を開いてユキメノコを見遣った。
 ぬいぐるみ、というなら話は早い。しかし動いたという事は……。

「こいつ、生きてる?」

 茶化し半分で訊ねてみたが、ツタージャは特に反応することなく目を閉じた。
 どうも不安でならない。ユキメノコは外れてくれと言わんばかりに、祈るようにミオの顔を見遣ってみると、彼女は嬉しそうに照れ笑いを浮かべていた。
 絶望的だ。

「へへへ……ミオの初めてのポケモンなの」
「にしては、何かこう、懐いてるっていうより……諦めた感じで抱かれてるけど」
「……スキンシップ」

 苦し紛れの笑みに変わって視線を逸らすところを見ると、どうも逃さないためにそうしているらしい。あえて口には出さないものの、ユキメノコは頭を抱えたくなるのを精一杯我慢した。
 ミオがポケモントレーナーになった。それは良い。そのポケモンがトレーナーを嫌っている。これは絶対にひと波乱あるぞ。

「信頼はどーしたよ、好きだろ? 信頼って言葉。私はそんなに信じてないけどなー」

 諦め気味に吐き捨てるように言い放つと、当然ながらミオの口角は下向きに変わった。

「もう、ユキちゃんのイジワル。行こうツタージャ、もう寝る時間だもんね」

 ツタージャを抱いたまま席を立ち、食堂を後にすべく歩いていくミオの背中に、ユキメノコは大声で投げかけた。

「家出されても私は探したりしないからなー!」





 プロメテウス、その地下深く。
 エレベーターに乗って、コンピュータに自分が特別な権限を持つ人間であることを認識させなければ到達する事ができないこのエリア、通称『セクション51』。
 それは科学研究施設や保管施設等とは一線を画す、世界で唯一のポケモン刑務所。社会にとって、また自然にとって大きな脅威となるポケモンが収監される監獄である。
 輝かしいプロメテウスの、裏の顔であった。

「ミオのポケモンが決まったとか。ということは、例のテストを……」

 何層もの強化ガラスを挟んだ向こう側の部屋で、ニンフィアが鋼鉄製の拘束具で台に縛られて全身の自由を奪われたまま、輪郭がうっすらと青く輝くミラージュ・ベトベトンに毒のヘドロを浴びせられ続ける拷問を受ける。その瘴気だけで吐いてしまいそうな中、そのニンフィアはキュッと口を閉じたまま、生えるリボンさえ揺らさない。
 レノードはガラスの向こうを眺めながら、絶対的な安全を約束されている監視用の部屋の中で、唯一の話し相手に語りかける。
 どの部屋も薄暗いこの階層、帽子をかぶったその老体、ケインズは顔色さえ伺わせないまま、いつもの穏やかな、または威厳ある声から打って変わって冷酷極まる感情の無い声で返す。

「クリアした。もっとも、友達の助けがあったようだが……ミオは無事に、ツタージャを選んだ」
「特別な子には、特別なポケモンを、ですか。上手くやっていける事を祈りましょう」
「それで、結果は?」

 さも興味無いと言わんばかりに、ケインズは話題を変えてきた。
 レノードは肩を竦めて、視線をニンフィアに戻す。

「難しいですねえ。自白剤は効果ありません、どうやら遺伝子強化も受けているようだ。他の何人かにも思い思いに拷問をさせてみましたが……なかなかやりますね、口を割る気配は一向に無い。普通の手では無駄ですね」
「プロフェッショナルの意見を聞こう」

 その返事を答えかけて、レノードの開いた口がそのまま止まった。
 押し殺した感情の中に何か、並々ならぬ執念のようなものが垣間見えた。それが世界の平穏と安寧を願う正義から来るものなのか、個人的な復讐心から来るものなのか定かではない。
 おかげで個人的な好奇心が湧き上がってきた。人は、特別な目的の為ならどこまで便宜的な方法を採れるのか。

「ひとつだけ、手があるにはあるんですが……非常に厄介で残酷極まりない。それに準備のために時間も必要です」
「構わん、できる事なら何でもやれ」

 ケインズの返事は即答だった。
 予想は当たっていた、彼は手段を選ばず何でもやるだろう。途端にレノードの表情がにんまりと笑みに満ちていく。
 そんな彼の個人的趣向を、毒に侵されても悲鳴ひとつあげないニンフィアを睨み殺す勢いで見つめるケインズは知る由もない。彼の心は、今や執念に燃え盛っていた。

「ポケランティスの尻尾を掴んだ初めてのチャンスだ、絶対に逃しはしないぞ」


To Be Continued...

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想