第13話 脱出

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ほぼ一年ぶりですね。お久しぶりです。
ここまで久しぶりだと始めましてな方ばかりな気がしますが…。
 月明かりを水面が乱反射する夜のフェナスシティは昼とは異なる幻想的な風景を描き出していた。そんな街並みの裏通りを音も立てず通りながら、レオは少し顔をしかめていた。路地裏の暗闇は気が滅入りそうになる。子供時代、ごみ箱を漁り必死で食べ物を探した思い出が蘇るからだ。



あの頃は今の生活が少しでもよくなるならどんなことでもすると思った。スナッチ団とやらに拾われた時にはヘルゴンザは神様にも思えた。だが私欲にまみれたその神様はレオの手を罪に染めた。選択を誤ったかと言われれば決してそんなことはないだろう。だが事実としてレオはスナッチ団の一員であり、多くのトレーナーからその相棒を引き裂いた。それが歴然たる事実だった。



『レオ!前の通りに追手!道を変えましょう。』
 エーフィが先頭、ブラッキーが後方にレオとミレイを挟むように感覚を研ぎ澄ませてくれているおかげで、噴水広場近くまでは目撃されることなくたどり着けている。市長の家まで行くには目の前にある町の中央の階段を上り、しばらく左手に向かう必要がある。が…
「ちっ、相手も考えたな。」
 真っ赤なスーツを着た人物が階段中央に居座っている。町の上部と下部を繋いでいるのはこの階段一つ。下部の捜索で炙り出されたレオたちを階段で仕留める算段なのだろう。ここで出て行ってしまえば自分たちは完全に向こうの思うつぼ、ということになる。
「きっとあれも敵よね?どうしよう、あそこにいられたんじゃ市長さんの家にはいけないし。あーんもうどうしたらいいのー!」
 ミレイが焦ったような声をあげ、思わずといった表情で空を仰ぎ
「…レオ、あれ。」
 何かに気付き呆然、といった様子でレオの肩をたたく。その視線の先を見たレオは再び舌打ちを漏らした。見えたのははるか頭上を旋回するズバットだった。空からも監視。更なる敵の存在に気付いたレオはしかし次の瞬間、小さくニヤリと笑った。
「やってみる価値は…あるな。」
 そんなことを小さく呟くと腰に付けたモンスターボールをおもむろに投げる。中からは先日捕まえたチルットが飛び出す。
「レ、レオ?何する気?」
 ミレイが不安げな顔で見つめる中、建物裏の路地でレオはエーフィとブラッキーを呼び寄せた。
「エーフィ、お前はチルットに乗って空に出てここから一番遠くを飛んでいるズバットにサイコキネシスだ。真下の地面に叩きつけろ。ブラッキーはこの辺り一帯の捜索隊がどう動くか見ておいてくれ。俺はあの赤い奴の挙動を見ておく。」
 そしてレオはチルットにまっすぐ向き直る。
「チルット、これは命令だ。エーフィを乗せてここから建物の上に出るくらいまで飛べ。そして俺の合図ですぐに俺のところまで戻って来い。絶対にエーフィを落とすな。」
 そう言ってから少し迷ったように言葉を切った後、レオはチルットの頭に手を当てて一言付け加える。
「…頼りにしてるからな。」
 チルットは何も言わずくるりと後ろを向いた。エーフィが乗るのを待っているようだ。命令には従順。チルットの『声』が聞こえない今はこの情報を信じるしかない。
「エーフィには危ない橋を渡ってもらうことになる。本当に危険になったらすぐに知らせてくれ。」
『大丈夫。一番遠くを狙えばいいのね?』
 そう言うとエーフィは静かにチルットの上に乗る。エーフィの乗ったチルットはふわりと空に舞い上がっていく。
『あ、レオ。エーフィからだよ。噴水広場の向こう側に一匹、街の入口付近に一匹、この辺の空に一匹飛んでるみたい。どうする?』
「入口付近の一匹を狙え。他のズバットに見つからないように終わったらすぐ知らせてくれ。」
『了解。伝えるよ。……あ、準備いいみたい。』
「エーフィ、サイコキネシス!」
 遠くの方でドゴンッと大きな音がした。ズバットが地面に叩きつけられた音だろう。
「よし。チルット!」
 レオの声から数秒も経たないうちに白い雲のようなチルットとそれに乗ったエーフィがフワフワと上からレオの元へ舞い戻ってくる。あとは向こうがどう動いてくれるかを待つだけだ。




「こちらフェナスポケモンセンター周辺。未だ見つかりません。オーバー。」
「こちら噴水広場付近。怪しい動きは見られません。オーバー。」
 成果のない無線のやり取りはロッソのいら立ちを徐々に増幅させていた。空と陸両方から暴き出し、ここか町の出入り口でターゲットを叩く。他の炙り出すポイントにはブルーノとベルデを向かわせている。朝までとは言わずもうあと一時間もせずに痺れを切らしたねずみは何らかの行動を起こしてくるだろう。だがいら立ちとせっかちな性格とがあいまって、ロッソには一分が一時間にも感じられていた。
「チッ。どいつもこいつも使い物にならねえな。」
 舌打ちとともにそんな呟きをもらしたその時
「こちらベルデ。入口付近の捜索隊のズバットが襲撃を受けた模様。」
 ベルデからそんな無線が飛ぶ。やはり空からの捜索にはそれなりの効果があったようだ。ようやくつかんだ尻尾を簡単に離すわけにはいかない。
「下部捜索隊全隊員、入口付近に捜索範囲を絞れ。隅々まで徹底的に探し回れ。オーバー。」
 下町だけであってもこの町はかなり広い。だが他を探していた連中が入口付近に集合すれば効率はずっとよくなるはずだ。敵がズバットを打ち落とすなどとわざわざ目立つ行動をしてくれたのは願ったり叶ったりだ。これでチェックメイト。数分もしないうちにいい報告があがるだろう。取り分がベルデにわたるのが惜しいところではあるが、それはまあ仕方のないことだ。
「こちらベルデ。全隊員数分後には入口付近に到着するようだ。各自散って捜索に当たっている。」
「了解。そのまま捜索に当たらせろ。恐らくお前のところに逃げてくるはずだ。捕獲はお前に一任する。」
「了解した。俺のベイリーフで黙らせる。ブルーノもこちらに向かわせるか?」
「いや、問題ないだろう。万が一足を手に入れられた時出口が手薄なのは不安だ。一応残しておく。」
「お前はど……る?こちr…く…か?ん?なん…電波が……」
「おい、どうしたベルデ?応答しろ。」
 突然途切れ途切れになったベルデとの通信がすぐに完全にノイズに支配された。嫌な予感がロッソの胸によぎる。まさかしてやられたのは…こっちの方か?そんな焦りをはらんだ心中の問いかけに答えるかのように、目の前の暗がりからターゲットは姿を現した。




 スナッチ団を欺く時のためにP・DAに細工を施し、ジャミング機能を搭載したのがこんなところで役に立つとは思わなかった。
「すっごいレオ!王子様ってばメカニックもできちゃうんだ!」
 興奮した様子のミレイを呆れたように見ながらレオはふらりと階段の方に出る。
「え?行くの?」
「あいつがあそこを動くことはまずない。他の出入り口にもあいつと同等のやつが待機してるらしいからどの道どこかで追手とは出会う。ならば今だけ孤立無援なあいつと接触するのが一番リスクが少ない。」
「ふーん。なーるほどねー。」
「分かって言ってるか?」
「えっと、たぶん五割くらいは?」
「…もういい。」
 ため息をつきながら静かに真っ赤なスーツに対峙するレオ。銀色の瞳をまっすぐにロッソという名らしい謎の男に向ける。
「チッ。ジャミングとは味なマネをしてくれる。」
 そんな言葉を吐き捨てながらロッソはマスク越しにレオを見る。口調や言動からイライラしているのが見て取れた。
「お前がロッソか?」
「ああそうさ。貴様がレオとミレイ…俺たちの捕獲対象ってことでいいんだな?」
「そうだ。」
「あんたなんかに捕まらないよーだっ!あたしの王子様は最強だもん!」
 レオの陰に隠れたミレイがそう言いながら舌を出す。ロッソは無言のままモンスターボールを手に取った。レオの横に構えていた二匹もレオの前に飛び出す。
「ふん。データ通りだな。エーフィとブラッキーのダブルチーム、か。まあ構わん。」
 ロッソは唸りをあげる二匹を見ながらボールを一つ高らかに空に投げた。その中から勢いよく現れ出たのはマグマラシだった。すでに戦闘準備万端らしく、背中と尾から勢いよく炎を噴き出しながら、高らかに鳴き声をあげた。
『まさか…二対一で戦おうというの?』
『ふふん。こっちの方が多いからって手加減はしないよー!』
 二匹も一匹を相手にするということに多少驚きはしたものの、すぐに戦闘姿勢を取り直す。数の上でハンデを背負っているというのに夜闇にゆらゆらとゆらめき光るマグマラシの炎に照らされたロッソの顔は不敵なものだった。予感が確信に変わったレオは振り返ってミレイに目で問いかける。ミレイは多少困惑しているようだったが黙ってうなずいた。このマグマラシも例の『黒いオーラのポケモン』であるようだ。前回わき腹と肩への手痛い代償とともにその異常さが身に染みていレオは無意識の内に身構える。チルットの突撃ならまだいい。だがあの火焔を纏った体で体当たりをかまされたらレオの体が持たない。それにできるだけあの妙なポケモンの情報がほしいことも考えると今回の目標も倒すわけではなくあくまでスナッチ。先ほどのデータ通りというセリフから察するに簡単に十八番の形も使わせてはもらえないだろう。レオは静かに目を瞑り不安の多い思考をまとめ…
「厳しい戦いだ。油断するなよ。」
『『了解!』』
 再び鷹のようなするどい銀色の瞳で敵を見据えながら二匹に声をかけた。
「先手はいただく。マグマラシ、ダークラッシュ!」
「エーフィ、リフレクター。ブラッキー、怪しい光!」
 マグマラシの前に透明な壁が現れ、更にブラッキーの黄色い輪から放たれた光がマグマラシを包む。が、勢いは落ちたもののマグマラシの突進は止まらず
『…っ!』
 エーフィが派手に吹き飛ばされる。
「ふん、もう一度今度はブラッキーにダークラッシュ!」
 突進した体勢を無理やりに立て直しマグマラシが今度はブラッキーに照準を定める。
「ブラッキー、影分身。」
 マグマラシの突撃はコンマ数秒前に現れたブラッキーの分身の一つをかき消しただけに終わった。
「ふん、まだだ。もう一度ダークラッシュ!」
 マグマラシはなおも果敢にブラッキーに向かう。
「もう一度影分身!」
 再び先ほどの再現が行われる間にエーフィがヒラリと前線に舞い戻ってきた。『なるほど。』レオは静かに目の前の現状を分析する。どうやらこのダークラッシュという技、むやみやたらに突撃する性質からかそれほど命中率が高くないようだ。更に混乱状態、影分身も相まって、今敵の攻撃はほぼブラッキーには当たらないと見ていい。エーフィの大ダメージは痛手だがサポートに回るだけなら問題ない。いつもの通りエーフィの未来予知でサポートしながらブラッキーの影分身を駆使しつつ敵に接近。そのまま眠らせて捕まえる。
「ブラッキー、前線に立て。エーフィはサポートに回れ。」
「ふん、わざわざ前線に一匹的を残してくれるとはな。マグマラシ、ダークラッシュ!」
 雄たけびをあげたマグマラシの突撃だったが、今度は分身を出すまでもなく攻撃は外れた。
「もう一度!」
 二度、三度と攻撃を繰り返すマグマラシ。ブラッキーは分身とエーフィの未来予知のサポートを受けながらかわしていく。マグマラシのスピードに押され反撃には転じることができないブラッキーだったが、攻撃の反動により明らかにマグマラシの方が体力を消耗していた。この勢いが収まった時に勝負をつけようとレオが思い始めた瞬間、マグマラシが一際大きな声で吠えた。明らかに今までとは雰囲気が違う。
「キャッ。な、なにこれ!」
 後ろで固唾を飲んで戦いを見守っていたミレイが悲鳴をあげる。
「どうした?」
「オーラが…。オーラがすっごくドス黒くなって…。よく分かんないけどすごく危険な気がする!」
 レオの額にわずかに冷や汗が滲む。やはり不確定要素の多い相手を時間をかけて確実に捕まえようというのは失敗だったのかもしれない。そんな疑念が頭をかすめる。
「ふ、ふふふ…。ははははははは!」
ロッソは先ほどより獰猛に唸りをあげるマグマラシを見て思わず、といった調子で高笑いを見せる。
「残念だったな。お前にもう勝ち目はない。」
「…なんだと?」
「教えてやろう。これがダークポケモンの真の力だ!マグマラシ、火炎車!」
 これまでとは比べ物にならないマグマラシの炎が夜のフェナスシティを明るく照らした。じりじりと焼けつくような熱気は近くの水路からわずかながら水蒸気を発生させている。オーラがどす黒くなる。というミレイの言葉を信じるとするならばこの突然の凶悪化はダークポケモンのもう一つの特性なのかもしれない。引き金は…敵の戦い方から予想するに、恐らくダークラッシュという技の多用。それならば命中率の低い攻撃を連打していたことにも納得がいく。つまり今は先ほどまでのロスを補って余りある状態というわけだ。炎を纏ったマグマラシは一直線にレオに飛び込んでくる。ロッソは残酷な笑みを浮かべた。
「心配するな。水なら町中を流れてる。死にはしないさ。」
 かわしきれない。そう思った瞬間、身代りになるかのようにレオの前にエーフィが飛び出す。炎を纏った激突を食らったエーフィはもんどりうって吹き飛ばされた。
「エーフィ!」
 レオはがらにもない大声をあげ、ブラッキーとともにエーフィに駆け寄る。
『ごめんなさいレオ。勝手に行動してしまって…。』
 息も絶え絶えといった表情でエーフィはレオに笑いかける。
『ブラッキーだけじゃ…たぶん止められない…。あのチルットと一緒に…あのマグマラシを助けてあげて。』
『でも、あのチルットは…!』
『背中に乗せてもらって分かったの。私を落とさないようにすごく気を遣って飛んでくれてた…。たとえそれが命令だったからだとしても、あんな飛び方ができたのはきっと今までにも色んなポケモンを乗せて飛んであげてた証拠だと思う…。あんな風になる前は優しいポケモンだったのかなって…。あのマグマラシだってきっとそう…。だからレオ、お願い。…助けてあげて。』
 そんな言葉を残してエーフィはぐったりと動かなくなった。瀕死状態になったようだ。レオは静かに一度ぼろぼろになったエーフィの頭を撫でた。か弱く少しだけ嬉しそうにのどを鳴らすエーフィをボールに戻し、レオは大きく息を吐いた。今の状況を憂う時間も余裕はない。長年の相棒に託されたからにはあの戦闘兵器と化したポケモンを救わないわけにはいかないのだから。
『あの状態のチルットとダッグを組むのかー。大変そうだけど…でもやるしかないね!』
 ブラッキーの黄色の模様がらんらんと光る。
「楽しんでるのか?」
『えへへ、ちょっとね。でもそれだけじゃないよ。』
 ブラッキーは静かに身構えた。
『エーフィがこんなに頑張ったんだから。慣れないからとか言ってられないじゃん。』
 どうやら気合十分のようだ。それだけで勝てるような勝負でもないが…それでも心強い。
「よし。いけっチルット!」
 勢いよくボールからチルットを出す。
「ほう。確か報告にあったな。ヤッチーノのダークポケモンがスナッチされた、と。それをここで使ってくるとはいよいよ手詰まり、ということかな?」
 ロッソは勝ち誇った顔でレオを見下した。
「俺たちの使うダークポケモンを悪としながらもそれを何のためらいもなく使うとは。かははは!やはりお前はこちら側の人間なのだな、レオ!」
「別に自分が正義だとは思っていない。」
 そっけなく言い放つレオはボールから出たチルットを見る。相変わらずその目はうつろなままだった。ブラッキーの言う通り、慣れないとか言っている余裕はない。二匹で相手を叩く。なおかつチルットの覚えている唯一の技なのであろうダークラッシュという技は多用してはいけない。ミレイの反応から見て、今マグマラシに起きている現象がポケモンに害のないものだとはとうてい思えないからだ。つまり実質チルットはほぼ技を使えない状態と言っていい。こちらに有利な情報としては、数の上で勝っていること、マグマラシの体力がわずかであること、といったところか。
「どうしたレオ、俺はせっかちなんだよ。さっさと来ないならこちらからとどめを刺してやる。いけ、マグマラシ。レオを火だるまにしてやれ。」
 マグマラシは再び雄たけびをあげると、こちらに突っ込んできた。
「…もう一つ有利な情報はあったな。」
 レオは表情を変えないまますばやく頭で作戦を練り上げる。チャンスは一度きり。逃すわけにはいかない。
「チルット、あのトレーナーにダークラッシュだ。」
 冷酷に言い放ったレオの一言にその場にいた他二人、そしてブラッキーが驚愕の表情を浮かべる。対し、チルットは無感情のまま静かに照準をロッソに定めた。そしてこちらに向かってくるマグマラシとすれ違うようにして一直線にロッソに突撃する。
「なっ…!貴様正気か?」
「さっきも言ったが、別に自分が正義だとは思っていない。」
「このガキ…!マグマラシ、一旦ストップだ!火焔車の照準をチルットに変えろ!」
 レオとの距離残り一メートルといったところでマグマラシは急転換しチルットの方に向き直る。その方向転換の瞬間をレオは見逃さなかった。
「チルット、攻撃中止!そのままこっちに戻って来い!ブラッキー、マグマラシに催眠術!」
 一直線にロッソに向かっていたチルットは上方に進行方向を変え、ロッソの頭上を旋回し、こちらに帰ってくる。そして
『さっすがー!レオってばやっぱ冴えてるね。』
 いち早くレオの作戦の全容を察知していたらしいブラッキーはすでにマグマラシにぴたりと張り付いていた。黄色いリングが不気味に光り、不意を突かれたロッソが指示を出す暇もなくマグマラシの動きがふらふらとぎこちなくなる。催眠術のかかりは上々のようだ。レオはすばやくモンスターボールをスナッチマシンにセットする。
「もう少し焦らず落ち着くべきだったな、ロッソ隊員。」
 そう皮肉っぽく呟きながら、レオはボールをマグマラシめがけて投げた。マグマラシはボールの中に吸い込まれ、やがてカチリと音がする。捕獲は無事成功したようだ。



「チルット、そのモンスターボールをこっちへ!ブラッキー、ミレイ!走るぞ、付いて来い!」
 こちらに向かっていたチルットはボールをつかみ、綺麗な軌道を描いてレオの肩に戻ってきた。
「あ、えっ!?」
 対して突然の指示にミレイはあたふたしていた。レオは小さく舌打ちし少し逡巡したが
「さっさと走れ。」
「きゃっ!」
 ミレイの手を掴み、強引に引っ張った。無線で仲間に連絡を取り、至急の応援を頼もうとしていたロッソを抜き去り一気に階段を駆け上がる。
「くっ、しまった!」
 悔しげな声をあげ、追いかけてくるロッソ。レオはすばやく暗い裏路地へと逃げ込む。捜索が下に集中していると分かっている分、ここからは他の追手を気にせず動ける。こうなると有利なのはレオたちの方だった。レオの姿を見失ったらしいロッソは悪態をつきながら急いで階段を降りていく。仲間を引き連れて戻ってくるつもりだろう。
『ひとまず勝利ってことでいいんだよね?』
「そうだな。」
 レオは一度大きく息を吐いた。だがまだ夜は長い。安全に身を落ち着ける場所がないことには危険な状況は変わりない。やはりこのまま市長の家に向かった方がよさそうだ。
「はぁーはぁーレオ…走るの…速すぎ…。」
 ミレイは息も絶え絶えといった感じだ。空いている方の手で服の袖を使い額の汗をぬぐっている。レオは繋いだままだった手を離そうとした、が
「エスコート…してくれるんでしょ?アタシの王子様ってば…大胆なんだから…ふふふ。」
 今度はミレイの方が、がしっとレオの手を握り締めた。
「さっきまた惚れ直しちゃった。しばらくこのまま繋いでいいよね?ふふ、異論は認めません!」
 肩で息をしながらもいたずらっ子のようにぺろりと舌を出すミレイ。レオはわずかに肩で息をしながら、呆れたように一言だけ言い捨てた。
「…もう勝手にしろ。」
 

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