「よーし、次は左腕だ!」
「も、もう無理だってー」
「弱音を吐くな!」
ルーファスたちが昨日辿り着いたエレムラスという町の外れ。
そこではアズラクがルーファスを鍛えていた。
今はちょうど右片腕立て伏せが終わったところだ。
残り百回という数に辟易しながら、ルーファスは文句を言う。
「だいたい、こんなことして何になるんだよ!」
「基礎練で文句を言っているようじゃこの先不安だな」
「うーっ! やればいいんだろやれば!」
「それだけ元気があれば問題ないな」
そう言ってアズラクは笑顔でルーファスに告げる。
「それ終わったら次は町中を走るぞ。そうだな……とりあえず五十周にしておくか?」
「優男の癖に言うことえげつない……」
特訓は始まったばかり。
ニコニコと笑うアズラクを見て、ルーファスはこれから出されるお題を想像して身震いをした。
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『ルーファス……大丈夫かな……』
こちらはルーファスたちがいるところとは町を挟んで反対側の場所。
デンリュウのカメリアに指導されているのはギリアである。
『大丈夫ですよ。多分、初めてだから腕立て伏せを片手百回ずつとか指示してるんじゃありませんか?』
『うわあ……きつそう……』
『これが回数を重ねると千回ずつ、合わせて二千回となります』
『どうしよう、本格的に心配になってきた』
大事な相棒を思い出して、ギリアは頭を抱える。
彼は耐えられるだろうか。逃げることはしないと思うが、だからこそ体を壊さないだろうかと心配になる。
『さてギリア、ルーファスを心配するのもいいですが、こちらも特訓中だということを忘れずに』
『は、はい!』
『ではもう一度始めましょう。一撃でも私に与えられたらまた休憩です』
『はい!』
そう言うとカメリアは少し距離を取り、臨戦態勢を取る。
ギリアは気合いを入れると、カメリアへ向かっていって組み手を始めた。
『せい!』
『甘い!』
勢いをつけて放った一撃は易々と躱される。
そしてそのままカメリアはギリアに手刀を落とす。
『うっ!』
『まだまだこれからですよ』
『わかってる!てやー!』
負けじとギリアは頭突きを浴びせようとする。
しかしそれも読まれてしまい。止められてしまった。
『それなら!この音で!』
ギリアは距離を取ると、「いやなおと」を出してカメリアの動きを止めようとする。
カメリアが耳を押さえその場に固まると、ギリアは走って勢いをつける。
『今度こそ!はっけい!』
『だから甘いと言っているのです!』
しかしそれはあっさりといなされてしまい、ギリアは地面に転がった。
ギリアが次の攻撃を仕掛けようと立ち上がったとき、二つの波導を感じ取る。
この波動は、ルーファスとアズラクだ。
「うう……アズラク……もう無理だよ……」
「まだ一周もしてないぞ?」
「こっちは片腕立て伏せやってんの!」
「文句言う元気があるならまだいけるな。お、カメリアたちだ」
「本当だ、おーいギリアー」
ルーファスが大きな声でギリアを呼ぶ。
そんなルーファスの様子に笑いながら、ギリアも彼に駆け寄った。
「カメリア、ギリアのほうはどんな感じだ?」
『まだまだですね』
「ま、そうだろうな。ギリアも走るぞ。体力つけないとな」
『は、はい!』
そうして二人と二匹は並んで駆け出した。
「さあ、早くしないと昼飯抜きだぞー」
『頑張ってください』
「昼飯抜きは嫌だー!」
『僕もいやー!』
その様子は決して仲良く……というわけではなく、町の人からは小さな子供を追い回す大人の図にしか見えなかったという。
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「とりあえず午前中の特訓は終わりだな」
「ぱるぱるう!」
「お、終わったー」
『疲れたよー』
その言葉に、ルーファスとギリアは地面に倒れ込む。
二人ともぜいぜいと、息を荒くしていた。
「何を言ってる。昼飯食ったらまた特訓だ!」
「えー、嘘だろ……」
「なあに、勉強の時間もあるから体は休まるさ」
「げっ! おれもっと嫌だ!」
『ルーファス、いつも長老様のお話から逃げていたもんね……』
勉強、という単語に辟易をするルーファス。彼はルバブ村にいたときも、話と称した勉強の時間が苦手だった。
そんなルーファスの様子を見て、アズラクはくすりと笑う。
「小難しい話をしようってわけじゃない。ポケモンの属性の相性や特性、技の特徴なんかを覚えていたほうがこれから楽だからな」
「それ、本当に難しくないのかよ?」
「属性に関しては遊び感覚で覚えられるさ」
「その他は?」
「頑張るしかないかな?」
「うえー……」
考えただけでも嫌になる。ルーファスはそう言いたげにアズラクを見たが、当の彼は楽しそうにしている。
よくわからない人だ。こっそりため息をつきながら、ルーファスは思う。
これも強くなるためだ、仕方ない。そうはわかっていても、やはり勉強は嫌いだ。
「それよりも今日の昼飯は何ー? 腹減ったー」
「今日は露店でなにか食べましょうか。たしかきのみの串焼きが売っていたはずです」
「おいしそー! 楽しみだな、ギリア!」
『うん!』
まずは食欲。ルーファスはアズラクたちと昼食へ向かった。
街の繁華街につくと、アズラクは露店の一つに近寄り、昼食を買う。
タレに漬け込んだ串焼きはこんがり焼けて美味しそうだった。
そのうちの一本をルーファスに渡しながら、アズラクは聞いた。
「ルーファス、お前は波導を知っているか?」
「ギリアが使っているアレだよな。うん、知ってるよ!」
「あれは生きている者全てが持っている。そして、人間も素養があれば扱うことが出来るんだ」
「本当?」
きのみの串焼きにかじりつきながら、ルーファスは驚く。
串にはにくのみとオレンのみが交互に刺さっている。疲れた体にはオレンのみがとても優しい。
もぐもぐと食べながら、ルーファスはアズラクに聞く。
「なあ、アズラクは波導使えるの?」
「少しばかりね。多分、ルーファスにも扱えるんじゃないかな?」
「それほんと!? げほっげほっ!」
今度は驚きと喜びで思わずむせてしまう。
波導、一体どんなことが出来るのだろうか?
「じゃあ今日の授業は波導の話にしよう。食べ終わったらゆっくり話すから、落ち着いて食べるんだ」
「わかったよー……もうむせたりしないって」
そう言ってルーファスは串焼きにかぶりついた。
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二人と二匹は宿に戻り、テーブルに向かい合って座っていた。
早速授業を始めるようだ。
「波導と言うのは気、オーラとも呼ばれている。生き物の生命エネルギーとも言えるかな」
「みんな持ってるものなんだろう? みんながみんな扱えるものじゃないのか?」
「ああ。リオルやその進化系のルカリオ、そして俺のような波導使いにしか扱えない。まあ誰もが使えてしまったらそれが原因で死んでしまう人も多いだろうからなあ」
「えっ」
その言葉にルーファスは固まる。死んでしまうってどういうことだ、そんな危険なものなのか。
ルーファスは波導を使えるギリアを見て、思わず肩をつかんだ。
「ギリア! 死ぬな! 絶対死ぬな!」
「痛い痛い! ルーファス止まって!」
友達が死ぬかもしれないと思って、ルーファスは大慌てだ。
ギリアはというと、肩を揺らされて目が回っている。
「落ち着け。死ぬって言うのは波導を使いすぎたときの話だ。今すぐ死ぬわけじゃない」
「あ……そうなの?」
「そうだ。波導は人によって持ってる量がまちまちでな。多いのもいれば少ないのもいる。どんな奴でも使えたら、絶対量が少ない奴はすぐに死んでしまう、と言いたかったんだ」
「なーんだ……よかったー」
それを聞いてルーファスは落ち着いた。そして全く人騒がせだとも思った。
彼が落ち着いたのを見て、アズラクは話を続ける。
「波導使いは色々なものの波導を感じ取ったり、波導使い同士遠くにはなれていながら会話が出来たりするんだ」
「え? 俺、契約するまでギリアと話せなかったぞ?」
「それはルーファスが波導に目覚めてないのと、ギリアがまだ未熟だからだろうな」
「そっかー」
それでかと、ルーファスは納得する。
確かについさっきまで自分が波導を使えることも知らなかったのだ。それなのに出来るわけがない。
『未熟……』
しかし反対に、ギリアの顔が曇る。
さっきの特訓もあり、自分に自信を失っていたのだ。
「ギリア、そんなに落ち込むことはない。リオルのときは皆波導に関しては未熟なのだ。成長すれば、自分の波導ももっとよく扱えるようになるさ」
「そうだぜ! 一緒に頑張ろう!」
『うん、ありがとう。アズラクさん、ルーファス!』
元気が出たのを見て、アズラクはいたずらっ子のような笑みを浮かべて続けた。
「せっかくだから、二人に面白いものを見せよう。ここじゃなんだな、外に行こう」
そう言ってアズラクは、皆を連れて外へと出て行った。
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皆を外に連れ出したアズラクは、その辺にあった木の棒を地面に突き刺して、離れた場所に立った。
「何をするんだ?」
「まあ見てなさい」
そう言ってアズラクは何かを手に集中させる。
やがてそれは青い光となって手に現れた。
アズラクはそれを木の棒へと打ち出す。
「波動弾!」
それは真っ直ぐ木の棒へ向かい、それを粉々に砕いた。
それを見て、ルーファスは口をぽかんと開けてしまっている。
「波導を扱えるようになればこういうことも出来るようになるんだ」
「すっげー! ポケモンの技みたいだな!」
『実際にある技だよ……波導使いも使えるんだ……』
二人の驚き顔に満足したのか、二人に近寄り話しだす。
「二人とも成長すれば使えるようになるだろう。とりあえずこれは目標だと思えばいいさ」
その言葉に、ルーファスはワクワクしたような顔で、ギリアは決意を持った顔でうなづく。
その様子にアズラクはにっこりと笑うと、再び口を開く。
「と、いうことで。特訓再開!」
「おー! やってやるぜ!」
『僕も頑張ります!』
そうして再びルーファスたちは二組に分かれる。
剣の修行をするアズラクとルーファス組と、戦闘の錬度を上げるカメリアとギリア組である。
ギリア達は姿が見えないほど離れた場所に行き、ルーファスたちはその場で剣を抜き訓練を始めた。
「さて、まずは実力が見たいな」
「あの戦闘だけじゃだめなのか?」
「どこまで出来るか見たいからね。手合わせといこうか」
「おう!」
そして二人は剣を抜き、向かい合う。
ルーファスは剣を握りしめ、思う。
相手はアズラク、今の自分では敵わない。でも、俺だってポケモンを倒したし、なにより父さんの息子なんだ。やれるだけやってやる!
「いくぞ、アズラク!」
「来い!」
そしてルーファスはアズラクに向かって走り出した。
「まずは一太刀!」
「その程度では傷一つ付けられないぞ!」
「うわっ」
その攻撃は簡単に弾かれてしまう。しかし、まだ一撃。まだこれからだ。
ルーファスは声を上げアズラクに斬り掛かる。
「うおおおおお!」
「気合いは十分、だが甘いな」
斜めに振り下ろされた剣は、アズラクの剣に止められた。
それを見たルーファスはすぐに離れて次の攻撃をしようとした。
いい判断だ、アズラクは思う。もう少し離れるのが遅かったら地面に転がしてやるつもりだった。
「ええい! これでどうだ!」
「隙だらけだ」
アズラクが動いた。
剣を振り上げたルーファスに体当たりをぶつける。
大人がぶつかって子供がバランスを保っていられるわけがない。
ルーファスは尻餅をついてその場に倒れ込んだ。
「くっ!まだまだ!」
「いーや、ここまでだ」
まだ戦おうとするルーファスに対して、アズラクはそう静止する。
立ち上がろうとしたルーファスの首元に剣先を向けられていた。
「お前の負けだ。まあ最初からわかりきっていたが」
「くっそー、一撃も与えられなかった!」
悔しそうに、ルーファスは言う。
アズラクは手を差し出してルーファスを起こした。
「思ったよりはやるな。止められてすぐに退いたのはいい判断だったぞ」
「そう? へっへーん、やっぱり才能ある?」
「調子に乗るな。お前なんてまだまだ。大振りの攻撃ばかりだからさっきみたいに攻撃する前に止められてしまうんだぞ?」
「そっかー……」
そんな会話しながら、アズラクはルーファスの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
アズラクは手のかかる弟を見ているような、そんな優しい笑顔だった。
「そうねえ、まだまだよね」
不意に、女の声がした。
「でも、だからこそ今のうちに摘んでおかなくちゃ」
「あんたは……?」
その女は長い黒髪に赤いドレス姿で、どう見ても旅人には見えない。
彼女は妖艶な笑顔でルーファスとアズラクを見つめると、笛を鳴らしてポケモンを呼び出した。
「全ては我らの主のために……鮮血のベゴニアが貴方たちを冥途に導くわ」
そして女……ベゴニアはポケモンにルーファスたちを襲わせ始めた。