第15話 “リベンジャーの攻防”

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 カントー地方、1番道路。
 昼下がりの森で、賑やかな追いかけっこが繰り広げられていた。旅に出た少年少女なら必ず一度は経験するであろう、悪の組織との対決である。
 赤い帽子をかぶった短パンの少年は、怒りに燃えながらピジョンと共に黒ずくめのロケット団員を追いかける。

「待て、ロケット団!」

 ポニータに乗っている男性団員の背中が小さくなっていく。届くかどうか分からないが、少年は煮えたぎる腹の底から叫んだ。

「待たないね!」

 団員にも聞こえたのだろう。振り返り、にやりと勝利の笑みを見せ付けた。
 ここまで差が開いたのだ。もはや少年にポケモンを取り戻す術はないだろう、盗んだMBを握り締めて、走るポニータに「もっと速く」と促す。

「俺のラッタを返せ!」
「やなこった――ぐへっ!」

 男性団員を衝撃が襲った。ピジョンだ。
 俊足の突進攻撃たる電光石火で一気に距離を詰めたピジョンが、白い粉塵の軌跡を描きながら団員とポニータを弾き飛ばした。
 思わぬ攻撃に驚き、地面を転がった痛みと混乱ですぐには起き上がれなかった。しかし少年はすぐそこまで迫っている。懸命に身体を起こし、同じ頃に起き上がったポニータに命令を下そうとした。

 その時。

「……何だ?」

 まるで夜が訪れたのかと思ったほど、森が一気に真っ暗になった。空からは機械のような重低音が響き、身体が震える。
 見上げると、空は黒く巨大な物体に覆われていた。物体のところどころがチカチカと星のように瞬いている。2人とも戦うことも逃げることも忘れ、ただその重苦しい空を見上げて、ぽかんと口を開けていた。

「うわお」




 状況は逼迫している。誰の目にも明らかな事だ。
 特に最前線に立つ鳥ポケモン達は、狂ったように暴れ続ける獣によって散ったポケモン達を見てから、攻撃よりも回避を優先するようになった。生物がコントロールできる範疇を越えた風の力は、もはや自然災害そのものだ。自分のトレーナーたるロケット団員からの命令は理解していたが、本能からトルネロスを避けるようになってしまった。
 それでもやらなければ皆が命尽きる事になることを、この任務に参加する前、訓練生の時代からよく言い聞かされていた。その植えつけられた責任感から、ポケモン達はなんとか身を翻し、吹きすさぶ嵐の中でも懸命にトルネロスと戦っている。
 トレーナー達もそれはよく分かっていた。もはや安全とは言い難いリベンジャーから、外に出ているポケモン達のワイヤレス・イヤホンに命令と励ましの言葉を送る。

 攻撃チームは苦戦を強いられていた。トルネロスから漏れた大きな力が渦状の突風を呼び、一切の敵と攻撃を受け付けない。なのにトルネロスは動きまわり、その渦も同じようについて回るので、鳥ポケモン達は『自在に動く嵐』の中で姿勢を保つことから始めなければならなかった。
 何匹か、危険を覚悟で“電光石火”の特攻を試みたポケモンもいた。最初にピジョットが勇敢に嘶き、威嚇し、方向をくるりと変えて突風の中を突っ切った。すぐに他の鳥ポケモン達も何匹か後に続く。
 しかし相手が悪かった。
 確かにピジョットの“電光石火”体当たりはトルネロスに直撃したが、その身体はビクともせず、苦痛に苦しむよりも更に怒りの火に油を注がれたようにトルネロスは叫んだ。勇んで特攻するピジョットを正面から踏みつけるようにして、その身体を捕らえる。刹那、ピジョットは無数に吹き荒れる風の刃に八つ裂きにされ、大量の羽を撒き散らしながら風に流され、海へと落ちていった。
 勇気の旗印であったピジョットが真っ先に落ちた事で、続いたポケモン達は混乱し、あとは凶暴化したトルネロスの餌食になるだけだった。

 エドウィン艦長は機関部の光インターフェースに映るモニターから、その光景を目にしていた。静かに唇を噛み、散っていった命に祈りを捧げる間もなく、必死に打つ手を探す。
 しかしどんな手も、もはや付け焼刃に過ぎない。メロエッタという最終手段が通じなかった時点で、手は尽きたのだ。
 ここまでか――そんな諦めが頭を過ぎった瞬間、待ちに待った念願の朗報が入った。

「艦長、ロケット団・ポケモンGメン合同艦隊から通信が。デコロラ諸島一帯の封鎖が完了したとの事です」

 唯一の良いニュースに、抱えていた頭を思わずあげて、その内容に笑顔を輝かせている通信士を見やった。

「成功した……!」
「予定とは大分違う形になったがな、とにかくプラズマ団は袋のネズミだ」

 ルシウスは未だ喜びに浮かれる気分にはなれなかったが、とにかく一息つけると安堵した。
 自分の受け持ったインターフェースに触れて、戦略図を表示する。碁盤状の黒いマップに、ロケット団側のポケモンを示す赤い無数の点と、敵対ポケモンを示す青い点がひとつ。自艦は赤い円、敵艦は青い円だ。それらの戦場を中心に、戦略図の端をいくつもの赤い円がぐるりと取り囲んでいた。

 ロケット団本部を囮に、襲い掛かってきたプラズマ・フリゲートをロケット団・ポケモンGメンの艦隊で包囲する。リベンジャーもその作戦の一部として、カントー地方に向かう最中だった。
 まさか航行中、カントー地方へ向かうデコロラ諸島上空で襲われるとは思ってもみなかった。スパイがバレた事、そして予想外に早くプラズマ・フリゲートが報復行動に出た事。数々の誤算が現状を招いたのだ。
 しかしこれでようやく軌道に乗った。幸いにも他の艦はカントー地方に集結しており、デコロラ諸島までの移動はそれほど時間がかからない。あとは到着までに撃墜されないかどうかの勝負だった。

「プラズマ団に降伏するようメッセージを送ろう」
「それなんですが、ルシウスさん……」

 通信士の笑顔が曇る。

「プラズマ団本部から声明が公式に発表されたそうです。プラズマ・フリゲートの件には一切関与していない、と」
「なに!?」

 そんなバカな。思わず表情が歪んだ。
 ルシウスの若い動揺を見て取ってか、エドウィンは彼に平常心を促す。

「政治の話は後だ、メッセージを送れ。エドウィンより攻撃チーム、メロエッタの回収は!」

 きっと説得力は無かっただろう。しかし先ほどから攻撃命令に必死なあまり、メロエッタの事から意識を外さざるを得なかったのだ。罪悪感がチクリと心に刺さっていた。
 返ってきた返事は、そのトレーナーからだった。

『かなり衰弱しているようですが、大丈夫です。収容しました。医療室へ搬送します』
「ポケモンに聞いてみてくれないか、ミュウツーを見たかどうか」

 通信機を通じて、トレーナーと外のポケモンは会話ができる。しかもトレーナー達はインカムを通してポケモンの言葉が理解できた。
 ルシウスはそっと自分の耳にはめている小型イヤホンを撫でた。

『……見ていないそうです。捜索を?』
「いやいい」

 エドウィン艦長は渋い顔を浮かべて通信を切った。

「ルシウス、ミュウツーは死んだと思うか?」
「どうだろうな。だが私なら、人間は信用しない。博士を誘拐して、後は野となれ山となれだ」

 やはりそうか、とため息をついて、先ほどの戦略図を見上げた。
 虫のいい話だとは思っていた。サカキが現役としてロケット団のボスに就いていた頃でも、遺伝子操作によってポケモンを強化し、創り上げるプロジェクトには違和感があった。
 その副産物とも言える“彼”も、やはりミュウツーと同じように人間には愛想を尽かしている事だろう。憎しみのあまり、殺されなかっただけまだマシだろうか。

 物思いに耽っていると、なかなか大事なことを見落とすものである。
 ふと、目の前の戦略図の様子が未だ賑やかに動いている事に気がついた。

「ミュウツーに頼るのは、よそう……何故まだ戦闘が続いてる。プラズマ・フリゲートにメッセージを送ったのか?」
「送りましたが、応答が無いんです」

 緊張が走った。
 包囲はしている、プラズマ・フリゲートに逃げ場はない。なのに戦闘はまだ終わらない。
 エドウィン艦長は戦慄した。

「追い込まれた獣の最後の足掻きか……!」
「どちらかと言えば、足掻いたのは我々の筈だがな。道連れは御免だぞ」

 冗談でなんとか焦りをごまかしながら、ルシウスは状況を再確認すべくインターフェースに指をすべらせる。

「プラズマ・フリゲートにエネルギーの乱れが生じている。何かあったのか……」
「第2部隊の被害甚大、隊列が崩壊しています!」

 ルシウスの疑問を心に留めながら、エドウィン艦長は目下集中すべき事に意識を向ける。
 再出撃する第5部隊を除いて、第1から第4部隊はトルネロスを取り囲んでいた。しかしどっちが獲物なのだろうか。中心のトルネロスが動けば、周りの赤い点は散らばり、あるいは落とされて点が消える。
 今はプラズマ・フリゲートの異変より、トルネロスの排除が先決だ。

「負傷したポケモンはただちに撤退させろ。第3部隊、トルネロスをおびき寄せろ。奴の高度を下げるんだ」

 唐突な命令に、ルシウスが全員を代表して訊ねた。

「高度を?」
「私に考えがある。リベンジャーを使ってトルネロスを捕獲したいが、奴の位地が高すぎる。パワー不足でリベンジャーはそこまで浮上できない」

 捕獲、それはこの艦が作られた理由そのものでもあった。
 その手があったかと、ルシウスはハッとした。

「生体スキャナーか、確かに捕獲できれば奴を弱らせられる。スキャンを70%までに設定しておけば、トルネロスも安全だ」

 設計に立ち会った専門家たるルシウスの裏づけもあり、エドウィン艦長は成功を確信した。
 すぐにその意識はその場の全員に広がる。向かうべき目標が、再び活力を彼らに与えた。

「エンジニアの諸君、ありったけのパワーをスキャナーに回してくれ。スキャナーの捕捉圏内にトルネロスが入ったら、ただちに起動する」

 命令に返ってきた返事は一層の団結力を表し、生気に満ち溢れていた。




 リベンジャーが希望で溢れ始めた分だけ、プラズマ・フリゲートには絶望が蔓延っていた。
 突然現れた招かれざる客は、一瞬でポケモン達やトレーナー達を吹っ飛ばして壁に叩きつけた。大半が気絶する中、勇敢にも立ち上がり、向かってきた人間が1人。

「うわあああああ!!」
「叫び声だけは野生顔負けだな」

 それもあっという間に“彼”に全身を支配されてしまった。目視しただけで発動するサイコキネシスは、手を動かすよりも遥かに弱いが、成人男性を1人浮かせるぐらいどうという事はない。
 賑やかに叫ぶ男を早々に床に叩きつけて、“彼”は片足でその背を踏んだ。

「お前は勇敢というより、愚かだったな。……しかし困った、探知能力の妨害フィールドか。博士の場所を探知できん」

 もはや“彼”のこういう行為は止めるだけ無意味と、ビクティニも慣れてきた。踏まれた男が苦しそうにむせても、死に向かわない限り気にする事はないだろう。
 それで良いのかな、と一瞬だけ自分を振り返る。しかしそれよりも、“彼”がキョロキョロ見回していることの方が気になった。

「クティク?」

 どうするの?
 そう訊ねると、“彼”はのん気に歩き出した。

「片っ端から探すか」
「ティニ」

 案外無計画なのね……。
 肩でため息をつくビクティニを横目に、“彼”は暫し黙って扉をくぐり、通路へ出た。

「返す言葉もないな」

 正直、我ながら鏡の一件から計画と呼べるものは無かった。とにかく自分を強化する方法があれば、たとえ博士の件でなくとも飛びついただろう。
 もちろん大筋の流れは考えている。そう心の中で言い訳しながら、ビクティニの指摘にもっともだと納得してしまう自分もあった。
 そんなことを考えながら、“彼”は通路を曲がり、時々やってくるプラズマ団員を軽く蹴散らして、別の扉をくぐった。

「む?」

 そこは人のいない、広々としたラウンジのような場所だった。リベンジャーのそれよりは少し狭いが、色調はこっちの方が好感が持てる。なんと一面真っ白なのだ。
 好印象だったが、いざ入ると少し眩しい気がした。だがそれよりも、“彼”とビクティニは目の前の窓に目を奪われた。窓ではない、その奥に広がる空からやってくる存在……。

「ドォルネロォォズ!!」

 喉が張り裂けんばかりの叫び声をあげて、暴風をまとったトルネロスがプラズマ・フリゲートの一角に突っ込んだ。帆船が大きく揺れ、傾き、船底から噴射させて高度を保つ。リベンジャーの機関士が忙殺される羽目になった原因が、今度はプラズマ・フリゲートの機関士に降りかかった。
 当のトルネロスはプラズマ・フリゲートの船体を抉り、ラウンジで宿敵と対峙していた。さすがに“彼”も本気で迎え撃たなければならず、両手を構えて全身全霊のサイコキネシスでようやく拮抗状態に持ち込んだ。

「ドォォー!! ……ゼェ、ゼェ」

 拮抗、とはいえ息切れしていてもトルネロスの方が徐々に押している。
 抉られた壁から入り込んでくる突風がラウンジの皿やテーブルを吹き飛ばし、トルネロスを後押しする。加えてトルネロスの暴風攻撃が、“彼”のサイコキネシスを破ろうと暴れまわっていた。

「ティニー!」
「あぁ分かってる」

 ビクティニの応援と更なるパワー供給を受けて、“彼”の輪郭が金色に輝き始める。
 ふと、使う度にこの違和感に慣れていく自分に気付いた。技を使っても、目に見えて“彼”に変化は無いし、暴走するといった事もない。しかし何か、水面下でとんでもない事が進行しているような……。
 そんな不安をよそに、“彼”を覆う光は深い闇を呼び覚ました。

「これでお前は3度目の邪魔だ、覚悟しろ。サイコブレイク――!」

 光が黒い炎に変わる。
 サイコキネシスから技を切り替えたことで、トルネロスの暴風攻撃を遮るものは無くなった。しかし噴出す黒炎は強烈な風に吹かれても決して消えることなく、白いラウンジをあっという間に黒く塗り潰した。
 トルネロスに逃げる暇は無かった。部屋を呑み込んだ炎はそのまま勢いを止める事なく広がり、やがて外から見ても分かるほどに船体まで覆い始めた。まるで黒いブラックホールのような球状に広がり、プラズマ・フリゲートの一角を覆っていく。

 刹那、すべては光に包まれた。
 黒い球体は激しく発光しながら急激に収縮し、その膨大なエネルギーを中心点に集中させていく。誰もが未知の技に触れて、何が起こっているのか理解できずに対処もままならぬまま、その時を待っていた。
 爆発は既に起こっている。光はその第一段階だった。
 光が消えた瞬間、それはとてつもない破壊力を持った爆発となり、プラズマ・フリゲートの一角を破壊し尽くす衝撃波が広がった。エネルギーの中心点、“彼”を中心にプラズマ・フリゲートは悲惨な船体内部を露わにし、トルネロスはたとえ風の力をもってしてもどうしようもない破壊的エネルギーに押され、空へと吹っ飛ばされた。

 爆発の瞬間、“彼”は技をサイコキネシスにシフトし、自分とビクティニの周りに膜を張っていた。とはいえあまりにも凄まじい爆発で、自分の使った技に対し全力で防御しなければならなかった。床が消し飛んでいたので、ゼェゼェと息を切らしながら、一番近くの床――破壊されてむき出しになった通路へと飛んだ。

「これで、暫くは邪魔できまい……」

 “彼”の口調がひどく弱っている。ビクティニはキュッと唇を噛みながら、“彼”の肩からパワーを与えた。




 突然起きたプラズマ・フリゲートでの大爆発による衝撃は、途中ポケモン達の隊列を大きく乱し、リベンジャーに届いた。とはいえかなり距離があったおかげで、僅かに揺れる程度で済んだ。

「プラズマ・フリゲートで大規模な爆発! 甚大な被害が出ているようです」
「トルネロスが爆発のダメージを受け、体勢を失って落下中」

 機関部の仮設ブリッジに慌しく報告が飛び交う。
 謎の大爆発の原因も気になるが、それよりもエドウィン艦長にとって最大の関心事は、それより少し遡る。
 トルネロスが、プラズマ・フリゲートに攻撃した。

「……暴走している、もはや敵と味方の区別もできていないのか」

 外の映像と戦略図を見比べ、エドウィン艦長は次の指示を考える。しかし間髪入れず、次なる危機が先に訪れた

「トルネロスが体勢を戻しました、こちらに向かっています!」
「攻撃チーム、トルネロスを誘導しろ。まだ位地が高すぎる!」

 映像モニターに照準の円が映っている。しかしトルネロスはまだ上部にいた。戦略図ではまだ攻撃チームが散り散りになっている。
 間に合わない――エドウィン艦長は直感した。

 既に瀕死の怪我を負っているトルネロスは、自らの負傷にも気付かず、ただ我武者羅にリベンジャーへ飛んでいく。一瞬意識が飛んで、目が覚めて、最初に目に入ったのがソレだったからという理由で。
 攻撃の準備はすぐに終わった。両手を合わせ、その間に風のエネルギーが集まる。超巨大なエアスラッシュを放てば、リベンジャーなどバターのように切れるだろう。
 あとはそれを正面に向けて放つだけだった。

 眩しくサンサンと照りつける太陽の光に紛れ、トルネロスを雷と大岩が襲いかかった。一瞬で雷に貫かれ、風の力が霧散し、岩は確実にトルネロスを打ち落とした。
 モニターに映った不意打ち攻撃に、エドウィン艦長は唖然とした。
 今のは何だ、攻撃チームか? そんな筈は無い。彼らは衝撃にやられて、まだ攻撃の姿勢に入れない筈だ。
 ルシウスが戦略図を見た途端、正体はすぐに分かった。

「ボルトロスとランドロスだ、トルネロスを攻撃。今の一撃でトルネロスが捕捉圏内に入った!」

 思わぬ救世主だった。
 奇跡なんて言葉は好きではないが、そろそろ神に感謝しても良い頃かもしれない。そう思いながら、エドウィン艦長の口から笑みがこぼれた。

「彼らに感謝しないとな。ただちに生体スキャナーを起動、拘束ビームを発射しろ!」

 リベンジャーに備わる本来の機能。ポケモンを捕獲し、能力をコピーする機能。
 欠点は2つある。ひとつはそのコピーしたポケモンが死亡してしまうこと。そしてもうひとつは、1匹ずつしか捕獲・コピーできないことだ。
 だからリベンジャーはロケット団の戦力に数えられていなかった。しかし個別のポケモンに対して、リベンジャーは絶対の兵器にもなり得る。
 エドウィン艦長は、無事戻れたらリベンジャーを正式に戦力のひとつとして数えてもらえるよう進言しよう、と思った。それが自分が艦長として艦に送れる最高の名誉勲章になる筈だ。

 リベンジャーはそんな期待に応えるかのように、ふっくらとした円盤部の真下に装着された刺々しい装置を、赤い電流を流しながら動かす。
 重々しい鉄の擦れる音や、ロックがガチャンと外れる音が空に響く。檻のような部分の先端にあるいくつもの黒い棘から、落下するトルネロスへ一斉に赤い光線を発射した。

 通常ならば、この光線は対象を拘束する赤い結界を張り、檻のような装置に引きずり込む。そうなれば最後、スキャンが終わるまで二度と外には出られない。
 捕まりさえしたならば。

 エドウィン艦長も、皆も、成功の確信を持って外部映像を眺める。落下するトルネロスに迫る光線を祈るように見ていた。
 ところが、トルネロスは落下中に空を蹴り、空を駆け出した。光線を頬に霞めながら、お返しとも言わんばかりに頬を膨らませ、空気砲をリベンジャー目掛けて吐き出した。

「そんな!」

 攻撃の接近警報が鳴り響く中、ルシウスは慌しく表示されるデータに目を通していく。
 時間が無い――エドウィン艦長は即座に命令を下した。

「もう一度だ、発射しろ!」
「できません! エネルギー充填に時間がかかります」

 打つ手は、無い。
 エドウィン艦長はリベンジャーの機体が空気砲に貫かれ、内部に激しい衝撃と揺れが起きても、ただ呆然とする事しかできなかった。




 同じ頃、プラズマ・フリゲートも一切の選択肢を失ってしまっていた。
 先の大爆発でブリッジの端も吹き飛び、もはや何もできない。幸いブリッジの人員は、吹き飛んだ壁側の人間以外、ほとんどが無事だった。衝撃に転んだり、落下してきた機材の下敷きになって大小の怪我はあるものの。
 それよりも博士が憂慮していたのは、自分の身であった。

「お……おしまいだ」

 床に這いつくばりながら、博士はミュウツーの接近を感じていた。鳴り響く侵入者警報、先の謎の大爆発、すべてがミュウツーの存在を指し示す。
 一体どんな風に殺されるのだろうか。フジ博士のように見るも無惨な遺体で自分も発見されるのだろうか。
 ふと、自分の視界を影が覆った。
 テスラだ。目の前に立ち、哀れに怯える老博士に笑みを見せ付ける。

「いいえ、博士。予定とは少々違う形になってしまいましたが、ここから始まるのです」

 他のプラズマ団員たちが互いに支えあい、怪我に呻く団員を救おうと必死の救助活動が続く中、この男だけはさも自分は無関係であるかのように振舞っている。
 唖然を通り越して、怒りさえこみ上げてきた。

「何を言って……さ、さては気でも振れたか。Gメンに包囲され、船内をミュウツーに荒らされ、もはや唯一の武器であるトルネロスも我々の言うことなど聞かん。君の負けだよ」
「博士……貴方には大局が見えていない。今回の命令違反で、N様は貴方を見限った」

 彼は、勝者の位地に立っていた。

「分かりませんか、この場での敗者はただ一人、貴方だ。プラズマ団は先ほど政府との取引を完了させ、この事態を離反者が引き起こしたものとして処理しました」

 モチヅキ博士はすぐに意図を掴んだ。しかしそれは決して嬉しい知らせではなく、絶望的な事実だった。

「見捨てたというのか……我々を!」
「貴方を、です。おかげでプラズマ団は、ゲーチスのせいで入れなかった“国の仕組み”にようやく入る事ができる。感謝します」

 テスラは笑っている。
 他の団員達が怪我に苦しんでいるというのに。特に自分を守ると言いながら利用し、挙句に捨て駒として使っておきながら。
 彼はこの私を首謀者に仕立て上げる気だったのだ――!

「……すべて暴露してやる」

 憎悪の限り、モチヅキ博士はテスラを睨みつけた。
 それが無意味な事は知っている。彼の話だと、この件は政府も絡んでいる。国家ぐるみのこの大犯罪を、濡れ衣を着せられて誰が覆せよう。
 テスラは親切にも、同じ土俵でモチヅキ博士を嘲笑った。

「気が振れた科学者の言う事を、誰が信じると?」




「俺だな、そいつは」




 冷たい声。
 一瞬、ブリッジがシンとした。誰もが恐れを抱く目でソレを見つめる。それまで笑みを浮かべていたテスラでさえ、驚愕のあまり目を見開いていた。

 抉れた壁の外に、“彼”は居た。
 テスラは思い出した。先の爆発でブリッジの吹き飛んだ部分が、艦内の探知能力妨害フィールドを制御している装置だったのだ。
 相対するつもりなど毛頭なかった彼は、自分の身の危険を察知し一目散に駆け出した。“彼”のサイコキネシスに捕まるよりも早く。袖をめくり、腕時計のような装置に触れて、テスラはヒビの入った強化ガラス製スクリーンに飛び込んだ。

 突然の自殺行為に驚く間もなく、テスラはスクリーンの中へ消えた。不可思議な現象にモチヅキ博士は目を白黒させるが、“彼”は嫌悪感を示しながらスクリーンを見つめた。

「……厄介な奴だな。さて」

 既にプラズマ団員たちは動き出していた。侵入者を排除すべし。己の持つモンスターボールに手を伸ばし、あるいは放り投げる。
 途端にその動きが全て止まった。モンスターボールに到っては、空中で静止している。“彼”が一瞥しただけで、あらゆる動きをサイコキネシスで支配した。

 本来ならば不完全ゆえに死んだ存在。しかし今や、肩のビクティニの手を借り、最強の存在としてそこに君臨する。
 王を前にして、モチヅキ博士は迫りくる死に発狂寸前だった。

「ゆ、ゆゆゆる許してくれ……私は、は、反対したんだ、フジッフジ博士は……お、お前の破棄を命じたのは彼で、私じゃない!!」

 頭を床にめり込みそうな程に擦りつけ、モチヅキ博士はあらゆる恥と外聞をかなぐり捨てて命を乞うた。
 全身から滝のように冷や汗が流れる。顔が熱い。死ぬ。死ぬのは嫌だ――。
 もはや“彼”の顔を見る事さえ憚られた。知るのが怖かったのだ。嘲笑か、殺意か、いずれにせよ自分を殺す相手の顔なんて見たくなかった。

 肩に何かが触れる。
 モチヅキ博士はビクリと震え、恐怖のあまり泣き叫んだ。

「殺さないでくれー!!」

 ものすごい必死な命乞いに、気持ちは分かるがビクティニは思わずにやけそうになった。自分にこんなサド心があったのかと、同時に驚きもしたが。
 “彼”はモチヅキ博士の肩に左手を置いたまま、困ったような顔をして語りかけた。

「……立ってください」

 息が止まるかと思った。
 実際、いくらか止まっていただろう。息をする事を忘れるぐらい、モチヅキ博士は呆気にとられた。
 おそるおそる顔を上げる。そこに見えたのは、やはり困った顔をしているミュウツーだった。

「モチヅキ博士、たとえ貴方が姑息で臆病でも……殺すなんて、とんでもない事です」
「ティニッ」

 思わず吹いてしまったビクティニを横目でジロリと睨みつけるも、“彼”は似つかわしくない優しい視線をモチヅキ博士に投げた。
 モチヅキ博士は未だ呆然としながら、身体を起こした。未だ震える声で、今抱えている最大の疑問を投げかける。

「お前、一体……じゃあ、何故ここへ……」

 “彼”は一瞬、返事に困るように視線を泳がせた。
 それは決してどんな嘘デタラメを吹き込むかではなく、こんな当たり前の事を何故聞くのだろうかという疑問からだった。

「俺は、そうですね……貴方を救いに来ました」
「……嘘だろう?」

 思わず本音が飛び出した。
(2013/9/22)
体調不良で投稿が遅れました、すみません。
おそらく来週でシーズン1の最終回ですが、ペン入れの段階でもしかしたら若干伸ばすかもしれません。
長くてもあと2話で終わります。

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