46話:⑤~敵襲~

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:7分
 はらりと音をたて、髪が背に帰った。感傷を振り切ったシェーリは、部屋の中に向けて声をかける。

「クイン」

 笛を取ってくれ。「なーに?」とばかりに顔を上げたクインにそう言いかけて、いつぞやの夜のことが(よみがえ)った。

「…………いや、なんでもない」

 なんとなくためらい、シェーリは結局自分で立ち上がった。小さな机の上に置かれた笛に手を伸ばす。と、横からさっと奪われた。伸ばした手が中途半端に止まり、シェーリの目が半眼になる。ウィルゼはぐっと喉に息をつまらせながらも必死で痛みと爆笑を我慢した。

「……クイン」

 こちらに背を向け、「ん?」と振り向いた彼の腕には今かっさらったばかりの横笛が抱えられていた。頼りにされなかったのがご不満だったようで、ちょこんと座って反抗の態勢だ。それにしてもやはり抱えるのはなぜ。

「……よこせ」

 一瞬で(なご)んだ空気に、いっそめまいを覚えながら低く呟くが、「つーん」とそっぽを向いた彼に応じる気配はない。どうするかと悩んだとき、ぱっとイヴが飛び出した。
 はしっと笛をくわえ、そのまま奪おうとする。イヴはいつだってシェーリの味方だ。不意を衝かれてころがったクインとケンカになる。二匹を前に、シェーリは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。

「……二人とも、即刻やめろ」

 ひんやりとした声であった。

 おもしろいほどぴたりと動作を止めたクインとイヴは、さっと姿勢を正した。シェーリを怒らせると怖い。イヴが神妙に笛を差し出すと、シェーリは二匹の頭を等分にはたいて、窓に向き直った。

 目を伏せる。太陽の残光を頬に受け、感覚を耳に集中させると、はっきりと感じる森のうねり。
 我を見失ったポケモンたちが、苦しんでいる声。

(……これが、奏人の力、か)

 その代償は命だけではない。
 感情一つさえ、己の心のままにすることは、許されないのだ――。



 *   *   *



「……あれ」

 暗闇もものともせず秘密基地に向かっていたティアルは、ふいに立ち止まり、首をかしげた。

「これ……白の笛? ……でも、弱い。うまいけど……違うなあ」



 *   *   *



 笛の音がいきなりやんだ。

 ウィルゼは目を開いた。曲を途中で放り出したシェーリを見ると、彼女は苛立たしげに、また訝しげに手の中の笛を見ていた。

「どうした?」
「……足りない」
「何が?」

 重ねて問うと、シェーリはちらりとこちらを見て、頬杖をついた。

「力……音量? 森中に響かせるには……足りない。笛では荷が勝ちすぎている」

 吹いても吹いても音に意識が集まるあの手応えがない。足りないのが技量なのか、品なのかははっきりしないが、とにかくだめなのだ。

 窓枠に一度背を預け、すぐに起こす。笛をゆるく握ったままの手をぶらりと投げ出す。そのままの格好で、腹に息をためた。







 一匹、また一匹と、血走った目をしていたポケモンたちが宵闇の中、空を見上げる。

 折しもあれ、二日月のささやかな光が降り注ぐ夜。細い細い光の糸に混じり、触れたら弾けてしまいそうなほど繊細な歌声が森にしみこむ。優しく、温かく、どこまでも透き通った声。内に、相手を包む強さを秘めた声。

 歌うところは見たことも、聴いたこともなかったウィルゼは総毛だった。初めて笛を聴いたとき以上の驚愕。

(これ、が……シェーリの、声)







 初代奏人はその歌声で虹のポケモンを癒し、ポケモンたちに祝福を与えた。
 その血を引く奏人に与えられた力は「音」。DNAに刻まれた音の組み合わせと配列に、脈々と受け継がれた才能が息を吹き込む。

 白の笛は、その声を封じ込めるためのもの。
 感情のぶれ一つで、破壊、創造、どちらにも傾くその力を、抑制するために。







 直接魂に満ちる心地よさに、生き物は身をゆだねた。

 けれど。







 ……ミツケタ。







 ひそやかな悪意が染みのように森に落ちる。

 それはじわじわと広がり、そしてついにワークスに牙をむいた。



 *   *   *



「よ、……い、しょっと」

 縄を伝い、体を引き上げたティアルは、秘密基地の中に目を閉じて横たわっているシェーリとウィルゼを見つけた。

「あれ? 眠っちゃってる……?」

 答えるようにシェーリはうっすらと目を開き、ウィルゼはひらひらと手を振った。二人とも目を閉じていただけだ。

「あの、お二人に質問なんですけど、アスクルって人知ってます? “銀のアッシュ”でもいいんですけど」
「なんだ、アスクルがどうかしたのか?」
「いえ、シヴァさんといっしょに村に来たんです。知り合いだっていうから一応確認を。じゃあここに呼んでも大丈夫ですね」
「うわ、どじ踏んだってからかわれそ……」

 ぶつぶつと呟くウィルゼの横、シェーリはリーフをボールに戻した。ティアルがちょっと悲しそうな顔をする。しかし彼女はすぐに再びボールを放った。
 走ったのは青い光。二人は目を丸くした。そんなティアルに、ボールが投げられる。

「え……!?」
「私はリーフが迷っていたから、緊急手段として捕獲しただけだ」

 おろおろするティアルにシェーリは告げる。

「友達だというのなら捕獲ぐらいしておけ。そのボールはやる」

 きょとんとしているリーフとボールを見比べて、ティアルは困った。困ってうなって尋ねた。

「僕でいい?」

 答える代わりに、リーフは自分からボールに飛び込んだ。

「……やー、初々しいねー」

 こんな関係とは無縁だったウィルゼは皮肉気味に呟き、腹をかばって起きあがった。あくびをしようとする。が、その動作は途中で止まる。
 同時にシェーリの肩がぴくり、と震える。

「……今、何か聞こえなかったか?」
「…………西」
「西? 西って――まさか」

 その時三人の全身を衝撃が駆け抜けた。
 ティアルの表情が変わる。あえぐように、言う。

「導人が……ワークスが、襲われている……!」



 *   *   *



「村人は一カ所に集まって動くな! アスクルッ!」
「分かってる! ウツリツ、シント、守りを頼む! スイ、バブル光線! ユキ、サイコウェーブッ!」

 ウツリツことラグラージ、シントことイワークに村人を任せ、カメックスのスイ、ネイティのユキと打って出る。その横にシヴァが並んだ。

「オオスバメ、ユキの援護だ!」

 混戦になった。一対一では間違いなくアスクルたちの勝ちだ。しかしとにかく数が多く、しかも自分たちは村人という荷物を負っている。ワークスにマグマ団に相対できるトレーナーと言ったら“果ての森の王”しかおらず、状況は圧倒的に不利だった。

 とうとうマグマ団が森に火をかけた。
 それに気付きながら、守りだけで手一杯の二人には何も出来ない。悔しさに任せてわめきちらした。

「くそっ! 早く来い、シェーリ、ウィルゼ!!」



*予告*
 襲撃されたワークス、森にかけられた火。灰になるファウンスに、ティアルの怒りが爆発する! シェーリたちを見る影は果たして敵か、それとも味方か!? 「ファウンスの愛人」ついに終幕、第6部「護るためにこそ」。どうぞ!

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想