45話:④~刻まれた記憶~

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:10分
 ワークスは、秘密基地とツリーハウスを組み合わせたような村だった。
 シヴァの後ろを付いていく中で、視界の隅に映る子供たちにためしに手を振ってみると、大喜びで振り返されて拍子抜けする。意外に人なつこい。それとも、外の人間が珍しいだけか。

「シヴァ! “夢幻の森の王”!」

 突然上から声がふってきた。見上げると、木のうろから壮年の男性が顔をのぞかせこちらを見ている。シヴァは立ち止まった。

「久しいな、アベル!」

 パラパラと縄ばしごがふってきた。なるほど、こうやって出入りしているのか。大変だ。

 見ていると、男性は困惑と憤慨、やや憤慨よりの表情で地面に降りてきた。その視線に射抜かれて、アスクルはため息を堪える。

(あーららー……)

 大人は閉鎖的なのか。

(やだねー、見るからに頭堅そうだし)

 アスクルには自覚があった。自分はこういうタイプには受けが悪い。ちなみに彼が大いにおちょくりたくなるのもこのタイプで、それがますます相手との溝を深めることになる。……おちょくるのが先か、嫌われるのが先なのかは、言わぬが花であろう。

「歓迎したいのは山々だが……まずは問う! 一体どういう了見で里に部外者を引き入れた!」

 アスクルはその言葉を意外そうな面持ちで聞いていた。どうやらシヴァは、自分が思っている以上にこの村で信頼を勝ち得ていたらしい。

(腹黒でも外見真っ白だもんな。でも、へー、意外……)

 そういうアスクルも人のことは言えない。

「アベル、二度手間はごめんだ。ティアルはどこだ?」

 その名前を出したとき、わずかに動揺したアベルは、横目でアスクルを見、慎重に言った。

「若長は……森だ。ポケモンたちの様子がおかしいのを、見に行っている」
「俺達の調査対象の一つがそれだ。さすがに、聡いな」
「……麗石(リーシィ)だ、それぐらいして当然だ」

 苦々しげな声音と表情だった。
 どこか憎々しげな様子にアスクルが眉をひそめるのと同時に、元気のいい少年の声が弾けた。

「――シヴァさんっ!!」

 表情あふれる声の主は、視界の端から全速で駆けてきて、シヴァにぶつかる前に急ブレーキをかけることに成功した。息を弾ませたまま跳び上がる。

「お久しぶりですっ、シヴァさん! よくいらっしゃいました! 案件についてはもうまとめてありますけど、この人誰です?」

 勢いに押され、無意識に横に逃げていたアスクルは、いつの間にか少年の目が自分に向けられていることに気付いた。海のように深い青を、明るい金が彩る目。子供の純真さに覆い隠されるようにちらちらと見える光は、間違いなく自分たちと同じ気配。
 条件反射で警戒しつつも半信半疑で、アスクルは名乗った。

「チーム・ノワール、通り名は“銀”、あだ名はアッシュ。アスクルと呼んでくれてかまわない」
「ティアルと呼んでください、奏人の末裔(まつえい)

 ザックリと刺されて、思わず反応できなかった。呼び方としてそれが来るか……というか、どうして気付いた?

「ティアル、いじめてやるな。合同調査を頼まれたエージェントで、自分のことは極力隠したいらしい。アスクル、お前も素直に名乗った方がいいぞ」

 吹き出したシヴァのありがたい助言を横目で睨み、アスクルはため息をついた。なんだか今日はやられっぱなしだ。

「――アスクル・アレン・セラフィールド。奏人の直系だけど、導人だ」

 にこりと笑ったティアルは、優雅に腰を折った。

「通り名は“果ての森の王”、あだ名は麗石。正式名はティアル・ロンディ・ワークス。森の里ワークスを預かっています。セラフィールドは本名かあだな、どちらか必ず色をもじった名前なので、隠したいなら言わないのが賢明ですよ」

 久しぶりに足下をすくわれて、しかもそれがこんな子供。忠告までされた日には嘆息するより他ない。
 というかこいつ、ウィルゼに似ている。いや、無邪気そうに人を不意打ちするあたりが。

 さくっと刺されたユーリーは、なるほどこういう気持ちだったんだなーと遠くを見ると、何かがぴょんぴょんと跳んできた。

 アスクルは、一拍おいて目を剥いた。
 ティアルになついた、その緑色のポケモンは――!

「え!? リーフ……!?」







 突然上がった声に驚いたのは、ティアルが一番だった。

「リーフを……知っているんですか?」
「やっぱりリーフか!? じゃあお姫はこの近くにいるのか? ティアル、リーフをどこで見つけた……て、え? リーフの名前を知っているって事は……」
「アベル、村のみんなにこいつは心配いらないと伝えてくれ。それと人払いを」

 なんの話かピンと来たシヴァはすかさず、自分抜きで進む話に憮然としていたアベルに命じる。彼はどこか納得いかなげに去っていった。それを待ったアスクルとティアルが同時に口を開く。

「ティアル、シェーリに会ったのか?」
「あなたはリーフのトレーナーを……知っているんですね」

 訊く前に聞いたティアルは、軽く脱力した。いや、しかし。

「どういう知り合いなんです?」
「顔見知り以上、仲間未満。複雑な事情と行き違いで完全には信用されていないけど、ウィルゼとは仲間だ」

 アスクルの即答にティアルは実に珍妙な顔の沈黙を返し、思考がドツボにはまる前に賢明にも無理矢理話題を変えた。

「ここに来た目的は、この間の異常気象ですよね」
「くわえてポケモンたちの異常行動の実地調査。シェーリたちが関わっているのか?」

 関わっているどころか。今もはっきりと心に語りかけてくるポケモンたちの「声」に、ティアルは苦々しい思いを飲み下した。

「原因そのものが、シェーリさんにあります」



 *   *   *



 心の奥底に刻まれた痛み。
 記憶を失ってなお魂に打ち込まれていた恐怖が、似た状況にさらされたことで前面に押し出された。

 理性が支離滅裂となり、感情は爆発。それに引きずられて奏人の力が暴走し、ただ一つの思考に従った。

「奪うな」

 圧倒的な威力を持ったその命令に、ポケモンたちは逆らえなかった。

 その結果がポケモンの天気に干渉する技が引き起こした異常気象であり、奏人に脅威をもたらした者たちに反応した異常行動であったのだ。







「どうにかして落ち着かせようとはしましたが、全然だめです。そもそも僕の力は多数向けじゃありませんし。奏人みたいに、指向性を持たせる道具を持っていれば話は別だったんでしょうけど……」
「ということは、解決にもシェーリの力がいる?」
「はい。でないとみんなが納得しません。
 あ、それと、アスクルさん。僕はこれからもう一度シェーリさんたちのところに戻りますけど、連れて行くのは、聞いて了解を得てからにします。いいですか?」
「かまわない。ウィルゼとお姫がいるのは遠くなのか?」
「いえ、せいぜい十分です。シヴァさん、資料はいつもの場所です。それじゃ失礼しますっ!」

 ぱっと駆け出したティアルの後ろをリーフが追う。その後ろ姿を見ながら、アスクルはひそかに唇をかんだ。

 その力は、使わずとも命を削る。
 いつも幾度も感じる焦燥と行き場のない怒りが、その歯に力を籠もらせた。



 *   *   *



 そのころ、シェーリは、先に起きティアルから事情を説明されていたウィルゼからあらかたの話を聴き終わったところだった。

 ティアル曰く、「ばーっと森の中を震えが駆け抜けて、驚いて飛び出したら木の下で倒れていた二人を見つけた」のだそうだ。しかしシェーリは窓から下を見下ろし、眉をひそめる。彼女はこの近くの風景に覚えがなかった。

 記憶をたどると最後の景色はもっと若い森と、そして……。

「……。気を失う前に、影を見た」
「影?」

 シェーリがそっと髪をさわり、うなずく。そのまま一人言のように続けた。

「大きな……とても、大きな、影だった。ステイよりもまだ。それがじっと私を見ていた……」

 すとんと窓枠に腰を下ろす。

「懐かしいと、思った。でも私には分からない」

 ただじっと見つめる。自分の、長い銀の髪を。
 何も覚えていない。だから、あれが何だったのかも分からない。
 記憶が。――記憶さえ、あれば――。

「……どうにも、ならないだろう……」

 自分の中にないものを、思っても。







 沈んだ目で手に取った長髪を見るシェーリに、ウィルゼはそれ以上声をかけようとしなかった。
 彼女の長すぎる髪は彼女が忘れた過去を知っている。本人は未練がましいと思っているようで決して口にはしないが、だからこそ彼女は、伸びるがままに放っている。

 けれど、シェーリは気付くことさえ避けているのかもしれないのだけど。
 シェーリの過去を探す方法は、あるのだ。奏人の力が、本当に遺伝するのだとしたら。

(……でも、怖いんだよな)

 自分自身のことが好きではないから、余計に。それに長すぎる時間がたってしまった。それでも思い切れなくて――。

(基本、自分のことは鈍感で臆病だよなー……。おまけに考えすぎだ。会いたけりゃ、会えばいいのに)

 それを望むなら喜んで力を貸そう。この身の罪を償うためには、それでもきっと足りない。
 その心に氷の(くびき)を打ち込んだのは、他ならぬ自分なのだから……。



*予告*
 夜の森に流れるのは、ポケモンたちを癒す妙なる調べ。ところがそれは、さまよっていたマグマ団をワークスへと導くしるべとなってしまった! クインとイヴの戯れも必見、「ファウンスの愛人」佳境「敵襲」。ご堪能あれ!

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想