-11- 原点

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:11分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 エルレイド=クラウが忍ばせていたモンスターボールを二球、放った。
 バトルフィールドに出現した二体は、高貴な外見の一部が損傷していた。
 エンペルトの王冠状の三本角は半分に折れ、ミロカロスの尾ビレは二枚しか無い。
「クラウが同情しようと、我々は貴様を許さん! 成敗してくれる!」
「言い分が平行線なら、戦いで決着をつけるしかないわよね」
 
 嘴から撃ち出された鋼の光線、『ラスターカノン』。最小限の動きでサーナイトによけられる。不揃いな尾ビレが起こした威力不足の『渦潮』は、たやすく躱された。
 こちらの番、と言いたげな『マジカルリーフ』。エンペルト=雄黄(ゆうおう)は『鋼の翼』を振るって細切れにし、ミロカロス=長春(ちょうしゅん)はあえて攻撃を受け、『ミラーコート』でダメージをはね返す。
 しかし『マジカルリーフ』を操り作り出した臨時の盾で防がれた。『テレポート』による急接近からの、攻撃態勢。エンペルトが『アクアジェット』で駆り、狙われたミロカロスを庇って追いついた瞬間、サーナイトの手から攻撃技に見せかけた『催眠術』が放たれた。
 深い眠りに同時に落ちる二体。
 戦闘不能。

「先鋒と次鋒はダウン……中堅は君ですか?」

 事もなげに語りかけてくるサーナイトの姿は、隻腕である。
 ハンディありで、この強さ。
 英雄視しそうになる本能を鎮めて、クラウは決戦の舞台に踏み出した。

「あなたに無いものが、僕にはある」

 深く、深く、深呼吸した。
 資金不足を相談すると、長春は美しい尾ビレを提供してくれた。美意識過剰な雄黄も、文句を言いながら角を折ってくれた。再生するとはいえ、チャーレムのツテで怪しい売買ルートから高額の臨時収入を得たクラウは、素直に喜べなかった。アイラから一緒に戦うと粘られて、安全な場所から武運を祈ってほしい、自分を信じて欲しいと必死で説得した。これまでのプロセスが猛スピードで、まるで車窓からの眺めのようにひと繋ぎとなって脳裏を過ぎ去り、ここが終着駅だと鼓動が知らせた。

「絆が、僕に力をくれる!」

 バディと色違いの、手編みの青いマフラーを握りしめた。大好きな人達を守りたいと、強く想うかぎり、理性は暴走に飲み込まれない。マフラーの裏側に忍ばせていた物を取り出す。進化を超える進化の力を秘めた、“覚醒のタネ”だ。
 カラフルな螺旋模様をしたその劇薬を齧った。
 全身をくるんだ煌びやかな光の繭が割れ、螺旋の紋章が頭上に現れた。
 体の前面に被ったマント状の背中の膜を、後部へとひるがえす。
 装飾的な兜型の頭部。両の前腕に成形されたプレートのような赤い刃。
 純白を基調とする退魔の剣士へと、クラウが“シンカ”した。

「勝負だ、パラディン!」
 お守りのマフラーを、首から脱ぎ払った。

 吹き荒れる『マジカルリーフ』。対する『リーフブレード』。
 雄黄直伝の二刀流で、緑の嵐を斬り伏せた。サーナイトの顔つきがかすかに締まり、淡紅色の強い光で大弓を形成すると、長矢の型をした『ムーンフォース』で狙いの中心を射た。
 矢は防御されて砕け、蒸発した。
 クラウが盾に使ったマント状の膜はほぼ無傷だった。『ムーンフォース』を変形させた光の鞭が、間合いに踏み込ませまいとする。竜蛇のようなホーミングを俊敏なフットワークでかわしたが、回避ミスで空中へ追い詰められた。体勢を丸め、背中の膜をサーフボードに見立てて乗りこなす。
 猛追する鞭の上を、レールトリックの要領で滑った。野生知らずの成育歴はクラウとパラディンの共通項。どちらも人間流の武術を会得している。純粋な運動能力では、格闘タイプのエルレイドがサーナイトを上回る。
 落下速度を利用した、空飛ぶヒーローさながらの『炎のパンチ』。

 隻腕が突き出す、『ムーンフォース』のレイピア。
 灼熱の拳の決め時を、強烈な刺突で食い止められた。

 クラウは弾き飛ばされ、受け身で姿勢を立て直す。
 細身で優美な薄紅色の切っ先が絶え間なく、繰り出された。拳の激痛を抱えたまま、『リーフブレード』で打ち返す。サーナイトは『テレポート』による出現と失踪を繰り返した。激しくぶつかる腕の二刃と光の片手剣。隻腕のハンディを抱えながらもパラディンの技量は経験の差でクラウを上回る。
 じわじわとクラウが押され始めた。形勢の不利に体の芯が燃え、負けじ心の特性『精神力』が研ぎ澄まされていく。息が上がるにつれ、クラウは相手の気配が詳細に読めるようになってきた。

 呼吸。肉体の発する声の奥にある、心の声。そこに宿る、潔白な魂。
 
 ブレードとレイピアが糊付けされたかのように膠着し、小刻みに振動しながら力を競う。そうだったのか、と合点がいったクラウは、歯ぎしりの隙間から声を振りしぼった。

「やっぱりあなたは、人間を……救える命を諦めたくないんだ。でも、この時代でハイリンクの森の神の『時渡り』を阻止できても、人間が存在するかぎり、滅亡の危機は繰り返される。だから、あなたは、未来を、信じていない!」

 クラウの足が、スカート状のひだに隠れていた美脚の下段回し蹴りで払われた。膝蹴りも、顎に叩き込まれた。衝撃が脳をぐわんと揺らし、四つん這いになった背中からマント状の膜の裾が地に広がった。立ち上がれない。手のそばに毛糸の感触があった。防寒具以上の意味をもつ青いそれを、ぐっと掴む。まだ、やれる。やらなくてはいけない。
 降参を勧めるかのように、頬にレイピアの切っ先があてがわれた。
 次の瞬間、絶対的有位であったサーナイトが華麗な後ろ飛びで距離を取る。
 
「やっとるのう、小僧ら」

 クラウの真横から、声がした。
「長老……いつ、ここに戻って」
「地道にのう、クラウ。『サイドチェンジ』はさっきの一回でくたびれたわい」
 見た目は若鳥、精神は老鳥。答える口ぶりは飄々としている。
 サーナイトは新手の登場にレイピアの柄をくるりと持ち直した。
「大将はあなたでしたか」
「いかにも」
 肯定するネイティの両眼は、笑っていなかった。

「おおパラディン。わが一番弟子よ……と言いたいが、歴史改変でわしとの関係も消えておろう。違法のコピー技術がわしらの希望をつないだ皮肉なんぞ、綺麗さっぱり忘れたほうがいいかもしれんがの」

「私の師?」
 サーナイトが、瞳をわずかに硬くする。
「森の護り神の“魂”と“心”を分断できた理由を、まだ伺っていませんでしたね」

「『大洋(オセアン)』は年月を職のみに費やしたのではない。わしの最後の大仕事を果たすには、わしの自我へ肉体の主導権を戻さねばならんかった。世界中を探し回り、ひそかに『触角(タンタキュル)』に託しておったのだよ。生物の心を入れ替える異を力もつ、蒼海の王子をな」

 大洋はジョージ・ロング、触角はポワロ・フィッシャーのコードネームである。金城湊に護り神の魂を移し替える儀式の際、儀式の妨げとなる護り神の自我を“心”として抜き出し、交換先として引き受ける器の役目は暫定で、ロングと決まっていた。

「国際警察の保管庫ならば、おぬしもおいそれと手出しできん。結晶化したルカリオとは、“夢”を通じて和解した。森の護り神の心をルカリオの体に預けることで、わしの自我は回復した。自動で交換が切れてからは、肉体に残る魂へと帰ってきたあやつの自我を、寝る間もなく抑え込んでおる。おぬしが各地で『夢の煙』を調達し、オルデンの留守中に息子を攫う作業に追われるあいだ、わしらも遊んでおった訳ではない」
「あの……ぺらぺら喋るのは、敗北前の悪役がよくやる奴では?」
 耳打ちしたクラウに、ネイティはほっほと気楽に笑う。
「心配はいらん。ほれ、戦うのはわしじゃあなく、副将だしの」
 青いマフラーに隠された、最後のモンスターボールのボタンを嘴でつついた。

 球の開口部から飛び出した光が『神速』で駆けた。
 サーナイトの警戒から臨戦態勢への移行が、間に合わなかった。動体視力を越えた疾風の通過後、左肩口から先が、レイピアごと空っぽにされていた。強奪物がぼとんと捨てられる音を、緑髪のうなじで聞いた。
 噛み千切られた腕を『サイコキネシス』で引き寄せ、断面を接着させる。すかさず『炎の渦』が巻き起こり、閉じ込められた。灼熱のダメージに肌を炙られながらも冷静に、眠っているエンペルト達から『夢喰い』で体力を奪い、鮮血の溢れだしていた重傷を癒した。 
 踊るように回る炎越しに、“副将”との対峙を仕切り直す。

 威風堂々と逞しくも美しい、東洋の伝説に名を刻む火焔獣。  
 ウインディ――ファースト。

「まさか」
 唯一の腕をかろうじて繋ぎとめた聖騎士の声色が、ほのかに上ずる。
 ネイティがひょいと右目を瞑った。
「その、まさかよ」
 右目は未来を、左目は過去を。
 それは、若いネイティではなく老い先短いネイティオの肉体に精神が宿っていた往時、歴史改変前の世界において、国際警察が試験的に設立した、『未来予知』捜査を主体とする犯罪予防チームの最高顧問として、長老が掲げていたスローガンであった。
「オルデンが大胆な仮説を立ててのう。もし未来で人類が滅びておらねばファーストを救う手だてが発明されておるはずと、一か八か賭けに出た。我らはロングとともに『時の波紋』と『時空ホール』を調査し、『タイムカプセル』を開発した。未来への時間旅行から帰還したファーストは、この通り、完治しておった。つまりおぬしの計略は無意味……さらばだ、『ドルミール』」
「待って、長老! ファーストさんも!」

 跳びかかろうとしたウインディの正面に、クラウが立ちはだかった。
 唸る牙が、ひと噛みで首をもがれそうな恐ろしい想像を与える。
 傑物の風格を持つ獣の眼に射抜かれ、数瞬、気迫負けをしかけた。

「ファ、ファーストさんの気持ちに比べたら、僕は……でもこんな敵討ち、誰も喜ばないよ!」
「クラウよ、そこをどけ」
 睨みつけるネイティに、無我夢中で言い返した。
「僕の大切な人達なら、簡単に肉親を見捨てない。それに、僕はまだ負けてません!」
 マント状の背膜を翻し、問いただした。 
「答えろパラディン、なぜ“彼”の脱走を見逃した! なぜ連れ戻さなかった!」
 『炎の渦』の風鳴りのみが、ごうごうと独り言を吐き続けた。
 返答するくらいなら囚われのまま燃え尽きる気か。行き先に気を揉んだ。

「……さあ。私にも、わかりません」
 
 陽炎にゆらめく、戦意を放棄した儚げなサーナイトの微笑。

 ウインディの耳が言外を聞き取り、ゆっくりと牙が納められる。
 燃え盛る炎がほどけていった。
 クラウの緊張がゆるんだ途端、疲労が押し寄せて元のエルレイドに戻った。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想