-10- 作戦開始

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 鼻へ抜ける潮の香り。打ち寄せる水音。真夜中のアルストロメリア港に、静謐な星明りが降りそそいでいる。コンテナヤードを一望できる波止場の端にて、ダウンジャケットを着込んだジョージ・ロングロードは、吸い殻を携帯灰皿に仕舞った。長年の激務が衰えを早めている皮膚を、春先の厳しい冷え込みが刺している。大柄の体格も屈強に鍛えた筋骨も、加齢には勝てない。
「急に呼び出して、わりぃな」

 『テレポート』で現れた隻腕のサーナイトは、優雅に一礼した。
 
「あの晩、俺が埠頭にいた理由……はっきりとは思い出せねえが、メギナの件で重要な報告があるとかじゃなかったか? 『ドルミール』が存在しない人間だったとはな。夢でみせられた記憶を信じこんでいた俺が、馬鹿だった。その架空野郎を信用して、うちの長女の捜索を委ねていたこともだ。芝居はここまでだ、パラディン。いや、コードネーム『ドルミール』」

 目上の国際警察官の殺気が射手のごとく満ちていく。
 しかし、パラディン――サーナイトは役を演じ続けた。

(おっしゃる意味が分かりません。我が主、『ドルミール』は――)
「とぼけるな」
(ゆゆしき誤解で私を消せば、上層部で物議を醸すのでは?)
「心配するな。揉み消しは、貴様と同じくらい得意だぞ」
 ロングはモンスターボールを二球、解放した。
「命も記憶も希望も、これ以上奪わせやしねえ!」
 頭部な二枚のヒレと橙色のエラが特徴の沼魚。
 首がすらりとし紅い珠を額と尾にもつ無毛の黄羊。
 それぞれに命じた。
「岩石封じ! 電磁波!」

 攻撃の口実を与えられたサーナイトの全身が、青いオーラを帯びた。
(では、こちらは正当防衛ということでよろしいですね)

 ラグラージ=ロータンがパンチを振り下ろし、コンクリートにエネルギーを送り込み、隆起させてサーナイトの周りを檻のように囲んだ。デンリュウ=ペールは麻痺作用のある微弱な電撃で、逃げ場のない的を狙撃した。
 やすやすと檻を粉砕したサーナイトの『マジカルシャイン』がそのまま、二体を襲った。追撃がくる。敏感なヒレで危険を察知し、両腕をクロスしたラグラージは『マジカルリーフ』に吹き飛ばされて真っ黒な海面に転落した。デンリュウは球状のシールドが張り、必中の葉嵐から我が身と主人を『守』った。
「十万ボルト!」
 デンリュウの稲妻がサーナイトを捉える。
 しかし軽い身のこなしで躱された。
 
 ロングは不審に思った。
 『電磁波』は防がれなかったはず。ならば、なぜ麻痺しない。

 『サイコキネシス』で持ち上げられた大型コンテナが、投石のごとく連続で飛んできた。トンの単位はくだらない金属箱を上から落とされ、ロングとデンリュウが生き埋めにされていく。『守る』のシールドに、計算したくもない重圧がのしかかっていく。このまま根負けすれば、命はない。
 点滅する額の宝玉。
 モースル信号を読み解いたロングが、黄色い背中におぶさった。
 腕の見せ所だ。
 『守る』を解除。指を差された方向へ瞬発的に、デンリュウは、遺伝子の奥底に秘められたドラゴンの瞬発力を見せつけた。超特急でコンテナ間の隙間をくぐった直後、いびつに積み上がっていた小高い塔が崩落した。 
 邪魔なオブジェとなり果てたコンテナは『サイコキネシス』で海へと一掃された。凍える波しぶきをかぶったロングは、隠し持っていた狩猟用ハンドガンを発砲した。重量級の強装弾。『サイコキネシス』が弾道をねじ曲げようとしたが、オルデン・レインウィングスが特殊加工を施した銃弾には利かなかった。
 サーナイトが回避行動に集中した一瞬。
 ロングの合図を受けたラグラージが海中から『投げつけ』た。
 地上へ出戻ったコンテナがふたたび回避の気を引き、デンリュウが構えた。
「フラッシュ!」
 宇宙にも届くという閃光を使った、目くらましだ。
「ハイドロカノン!!!」
 それは、対となる人間との絆なしには習得ならざる究極技。しずくを滴らせて上陸した手負いのラクラージは、特性『激流』を発動している。四脚を反動に耐える砲台として口から発射した高濃縮の水エネルギー弾が、物理法則に則り大気を弦のように振動させた。
 ところが、命中したと思われた対象は、もやとなって掻き消えた。

 『身代わり』だ。
 
 直接自分たちの手で落とし前をつけたかったが、時間切れだった。コンテナに押しつぶされそうになった絶対絶命のさなか、ペールがキャッチし、ロングにモールス信号で伝えたのは、時間稼ぎのための陽動任務を終えて良いという別班からの通信だったのだ。

「生き残れよ……全員」

 細月のとうに沈んだ星夜を、ロングは仰いだ。


◆◇


 ゴーストタイプの近縁である『不定形』の体質と、サイコパワーを上手く組み合わせれば、ステルス能力を発動できる。キルリア=クラウはミナトとハイスクールに潜入した際、そのテクニックを使った。したがって、パラディンの発見も困難が予想された。
 オルデン達人間と長老たちポケモンが知恵を出し合い、作戦が立てられた。
 作戦は今夜、決行した。ハイフェン・レストロイ卿の最強のしもべにして、反物質を司る神を模した人造冥龍が、微弱な『重力』でアルストロメリア市全土を包んだ。サーナイトは生態上、サイコパワーの影響で重力を感じない。捜査対象外とみなす市内在住の民間サーナイトの波長を除き、ネイティ=長老が『シンクロ』を用いて、微弱な『重力』の影響を受けていない生物の波長を絞り込んだ。
 ジョイン・ストリートの住民から主に成るボランティア達も協力的だった。パラディン捕捉までの時間稼ぎを担当するジョージ・ロングロード班に、パチリス探偵が作業の完了を電気信号で伝えた。ネイティ=長老は戦闘中のパラディンに悟られる前に、このバトルネーソスから『サイドチェンジ』で長老製『みがわり』とパラディンの位置座標を入れ替えた。

 照明設備が、無観客の屋内バトルコートを真昼のように照らしている。

「『サイドチェンジ』で強制召喚とは。大胆ですね」
 トレーナーエリアに立つサーナイトの右腕は、肘から先が欠けている。
 事故死に見せかけるためにみずから切り離したのだ。
 青いマフラーを着けた肘刃の剣士も、反対側のエリアに立った。
 格上の聖騎士を前に臆せず、騎士道精神を表す一礼をした。
「僕たち警察はチームです。周りを利用するだけのあなたとは、違う」

 悪評を受けようと、サーナイトの澄んだ微笑は崩れなかった。
「君を下さなければ、この『黒い眼差し』から逃れられないと?」
「あるいは、僕の味方になるかです。説得するチャンスを下さい」

 クラウは無限に息を止める心地で、まっすぐに瞳を投げかけた。

「教えてもらったんです。昔、ある研究団が幻のポケモン、ミュウの万能遺伝子を使ったロストテクノロジー……コピーポケモン製造方法の再現に成功したそうです。“プロジェクト・ミュウ2”の前臨床研究では、ミュウのタイプと特性が同じ、つまり特性『シンクロ』のエスパーポケモンが被検体に選ばれました。その中の一体、全能力向上の改造に成功した“試作品”(プロトタイプ)には、人間への慈愛と服従がインプットされていましたが……その高い知能と強い自我が研究団の支配を拒んだため、封印措置が取られたそうです。その後、“試作品”から抽出した変異遺伝子を改良した“完成品”が製作されるようになると、コピーの技術は人身売買用の人体複製技術に、応用されて……」

 国際警察の暗部は、犯罪組織などから押収した優良個体やタマゴを、何も知らされていない訓練生のもとに世代をずらして配り、コピーポケモン達の生き場所を作り出していた。ブリーダーの元から引き抜かれた優秀な血統が訓練生に与えられるのと同様に、特徴の似通った個体をコピーだと疑う者はいなかった。しかし育て屋の才能を持つ『ランド』は独自に観察を進め、違和感の正体を突き止めるに至ったのだ。

プロトタイプ(あなた)完成品(ぼく)の、オリジナルだったんですね」

 フィッシャー兄弟から明かされた真実に対して、クラウの葛藤がなかったとは言わない。しかし、今さら判明した己のルーツの衝撃より、アイラ達のような存在がいなかったであろう、生みの親ともいうべきサーナイトの孤独を憂う感情のほうが大きかった。

「あなたの全部が演技だったなんて、思えないんです。歴史改変が完成する前に、人類がポケモンに変身できたら滅亡を防げるとか、文明も法律もなくなれば、犯罪が定義ごとなくなるとか。そんな暴論、本当はあなたも虚しいんじゃないですか? 僕たちは、人間より美化されて良い種族じゃありません。無益な殺生を悦ぶ亜人だって、いるんです。だから、もう、やめませんか」

「ありがとう、クラウ。君が、私の諦めた良心を持ってくれていて」

 赤い双眸同士は阿吽の呼吸で、瞳孔の奥に上がる開戦の狼煙を見た。

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