No.2 恩人で変人で、舞人?

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 クロエが次に目を覚ました時にはそこはポケモンセンターの中だった。腕に繋がれた電子機器。ぐっと目を閉じ祈る、憔悴しきったクロエのママの姿。その隣には泣き腫らした目で眠るモンメンのフタバの姿。ママの足元には、ママのパートナーであるヘルガーが丸まって眠っている。クロエの低体温症は酷いものだったらしく、ずいぶんと家族たちを心配させてしまったらしかった。それが、クロエ眠っていてたベッドの左側。

 対してその右側はというと、ここポケモンセンターで働いているであろうハピナスが、心配そうな目で何かの電子機器を見つめている。おおかた、クロエの体調を見るためのものだろう。そしてその隣には、目を閉じ、謎のポーズで片足立ち、額には『気合い!』と達筆な字で書かれた鉢巻もどきを、バンダナらしきものをした長身の男。彼の頭の上にはこれまた目を閉じたソルロックがいる。ソルロックの身長は1メートル以上。ここはずいぶんと天井が高いんだな、とクロエは変な感想を抱いた。

「……ぴ? はぴ! はーぴっ!」
「ん? おや! おうや! 姫君がお目覚めときた! サンサ! 早く舞いをッ!! 姫君のために舞うのですッ!!」
「……そ。そ」

 クロエの覚醒に気付いた右側の3人中、まともな対応をしたのはハピナス唯一人……唯一匹だけであった。『サンサ』と呼ばれたソルロックは男の頭上でくるくる、くるくると回り出し、男は大声で「さあ舞いをッ!! 早くッ!!」と叫びながら、変なポーズを極めてゆっくりとした動作で決め始めた。ハピナスは近くに置いていたタブレット端末を拾い上げ、ジョーイを呼びに行ったらしく、少し慌てた様子で部屋を出た。決して男の叫び声が原因で出ていった訳ではない、はずだ。それにしても異様な空間である。


「……クロエ? クロエ!! わかる? 私よ、あなたのママよ!」
「がう! ぐう!!」
「……ま、ママ?」

 男の大声でクロエの様子に気が付いたママは、慌てて駆け寄り、彼女に声を掛けた。ママの足元にいたヘルガーも一緒にベッド際まで寄って来る。

 ママのパートナーであるヘルガーがポケモンセンターまで来るのは珍しいことだった。たいていの場合仕事で出かけるママに代わり、まだまだ幼いクロエを見守っていたり、家を守っているからである。信頼関係があってこそできる技だ。しかしそのヘルガーがいるということは、家よりも優先すべきだと判断したということ。果たしてその優先すべきこととはクロエなのか、憔悴し切ったママなのか。どちらにせよ大きな苦労をかけさせてしまったに違いない。それを悟ったクロエは泣きながら謝った。

「……っ、ママ……ママ、ごめんなさい……!」
「いいの、いいのよ。私こそごめんなさい。あなたが苦しんでいる時に助けに行けなかった、傍に居れなかった。本当にごめんなさい……でもあなたもフタバも無事で良かった……!」

 クロエも、クロエのママも泣いていた。しかしそれに構わずふたりは抱き合った。号泣するふたりを見、心配そうに辺りをうろうろと動き回るヘルガーを見てクロエもママも吹き出し、「あなたもおいで」とママが声を掛けるとヘルガーと3人でくっついてくすくす笑う。クロエが「来てくれてありがとう」とヘルガーに言えば、彼は嬉しそうに鳴き、クロエとママの頬の涙を交互に舐めた。


「……も……?」
「あ……フタバ、……」

 その声で目が覚めたのはモンメンのフタバ。まだ覚醒し切っていないのか、両目をぱちぱちと瞬きしている。ぼんやりとしたフタバの視界が、次第にクリアになっていく。目の前にはベッド上で身体を起こしてこちらを見る、クロエの姿。それをはっきりと確認し、思考が追い付いたかと思うと、「もも! もんもー!!」と大きな声で鳴きながら彼女に飛びついた。待ちわびた大好きなパートナーとの再開だった。

「フタバ……! ごめんねっ、怖かったよね、寒かったよね……!!」
「……もんも!! もん〜!!」

 クロエとフタバの視界は涙で再び歪む。あの時は、互いが互いになにもできない、もどかしい状況だった。弱っていく一方のパートナー、残して逝くかもしれないという恐怖。それを思い出したふたりは顔がくちゃくちゃになるまで泣いた。フタバの綿毛が濡れるのにも関わらず泣いた。フタバは双方の葉をぱたぱたと動かし、喜びをあらわにする。



 感動的再開。その感動をぶち壊す男がいた。例の大男である。彼の大声がポケモンセンターの病室内に響きわたる。



「いや。いや。感動の再開ですな。素晴らしい。これこそ|私《わたくし》とサンサの舞いがあってこそ!! ああ、素晴らしいッ!! なんと素晴らしいッ!!」
「……そ」

 合計して21ほどのポーズをゆっくりと決めた大男は、結ってあった額のバンダナを取り、汗を拭う仕草を取る。ちなみに男の身体には汗ひとつない。暖かい室内ではあるものの、ゆっくりとポーズ決める舞いもどきだ、汗ばむ要素などあるはずがなかった。サンサと呼ばれたソルロックはゆっくりと回転を終えると、何故かママのパートナーであるヘルガーの頭上へと落ち着いた。ソルロックの特性は『ふゆう』であり、重さは感じず、敵意も無いためヘルガーは今のところなにもしていないが、彼はかなり困惑しているようだ。

「……えっと、この人たち、誰?」
「……あなたたちを助けてくれたのよ」

 男の変人ぶりに一瞬で涙が引っ込んだクロエが頬を擦りながら聞くと、ママはぼそりと小声で「……一応」と付け加える。大男がいわゆる『変人』にカテゴライズされる人間であることに戸惑っているようで、真横のヘルガーの頭上で鎮座するソルロックをちらちらと横目で見ながら言った。ソルロックはそれに見向きもせず、大男も関係ないとばかりに声を張り上げた。

「姫君がお目覚めとあらばッ!! さらなるッ!! さらなる舞いをッ!! サンサッ!!」
「……そ」
「あの、舞いはもう結構です。それと姫君って私のことですか? それならやめてください」

 空気を全く読まない彼らに、パートナー同士は似てくるものなんだなあ、と少し関心しながらクロエは流れをぶった切った。こうでもしないとダメだと判断したのだ。実に正しい判断である。フタバは今だけ自分のパートナーを誇りに思った。


「えっと、助けてくれてありがとうございます。私はクロエ。それからモンメンのフタバです」
「んも、も……」

 ぶった切ったクロエに対し、戸惑うフタバ。もうちょっと頑張って欲しいなあと心の中で語りかけるもフタバの態度は変わらない。クロエは潔く諦めた。ダメな時はダメだとよく理解しているパートナーだった。大男は細い目を開きじろじろとふたりを見たかと思うと咳払いし、「姫君……クロエ嬢が名乗ったのであれば、私めも名乗らねば失礼と言うもの」と言うと念入りに咳払いを始める。喉の調子を整えているらしい。数十秒に及ぶ長い長い調整。
 そして。



「……ん、んん、では失礼して。私めの名はコノヨーナー=モノです」
「は?」



 クロエは聞き間違えたのかと思った。それか偽名なのかと思った。


「コノヨーナー=モノ、です。ああ、本名でございまするぞ? どうぞ、『モノ』とお呼びください。そしてこちらはソルロックのサンサです」
「そ」

 ずいぶんと、そう、ずいぶんとユニークな名だが、本名らしい。流石に気圧されたクロエが「……ええ……」と言い籠る。彼女の膝の上のフタバはとうに使い物になっていない。彼はその反応を期待していたらしく、にんまりとした胡散臭い笑みを浮かべた。

 大男改め、モノはそんなクロエたちを放置すると、手揉みしながらクロエのママに話しかける。絵面が完全に悪どい商人だが、気にしていなさそうだ。

「ああ、母君。私、端くれではございますが、ポケモンレンジャーをしておりまする」
「……まあ、ポケモンレンジャーさんでしたか。それで雪嵐にも慣れていらしたんですね?」
「ええ。ええ。さようにございます。フリーランスではございまするが、この私めとサンサの腕前は確かッ!」



「…………は? ちょっと待って……」



 クロエは聞き間違えたのかと思った。それか詐称しているのかと思った。



「…………ポケモンレンジャーはわかるけど、……フリーランス……?」



 目覚めてからずっと思っていたことが、ついにクロエの口から溢れる。この人大丈夫なの、と。

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