ポケモンどまんなか!

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:23分
「時間がないんだよ、サナ。創り上げてきた世界が終わっちまう。あんたが誰で、何処から来たのか。思い出せたかい?」
「……私は色違いのサーナイト。オーレ地方で生まれて……」
 そこからの経緯を語る。
「でも実は、改造ポケモンだった。この世の理を逸れた、不自然な存在。本来であれば、存在してはいけない。この旅が終わったら、消えなきゃいけない運命……」
 静かに聞いていたポプラだったが、縁側から庭に向かって歩き、花を撫でてため息をこぼす。
「それは、あんたの与えられた役割だね。ただそれをロールプレイしているだけだ。あたしの、このポプラの役割のようにね」
 そう言うと、花を愛でていたポプラ――否、ポプラの役割を担っていた少女は少しずつ歳をとり始め、その度に服装も色々と変わっていく。最後に、ポプラと似て異なる老婆になる。老婆は白衣を着ていた。名札をつけている。
 ――榊 芳江。サカキ、ヨシエ。
 どうやら、それが彼女の本名のようだ。
「この世界は、あたしが創ったんだ」
「あなたが……?」
「そう。他でもない、あんたの為にね」
 私のために、創られた世界。
「世界を統括する仕組みを、システム・アルセウスと言う。だがそれもお終いさ。たったひとつの小さなバグが広がり、大きくなり過ぎちまった」
 バグが何を指すのかは、理解できた。アローラのマスターのサナのことだ。
「間もなく、あんたは、この空間を出る。そこで待っているのは、止まったガラルの世界だよ。だが、ガラルは、あんたには本当は関係ない世界だ。あんたはただ、あの子を……ユウナを救ってやるだけでいい。ガラルのことは放っておいて良いんだ」
 ガラルのマスターを、ユウナを、救う。
 しかし、ヨシエはアローラのマスターのサナを救うようには言わなかった。
「ここは、あんたの心の中。あんたは外では、アラベスクタウンに居る。だけど、アラベスクももう駄目さ。時間が止まっちまった」
 私がこうして寝ている間に、状況は変わってしまった。ご都合よくダイジェスト形式で説明されていくストーリー。

 マッシュとホップは私たちと別れた後、ワイルドエリアが不思議のダンジョン化する前に、カイトとシャケを無事にアラベスクまで送り届けた。そして、カイトとシャケは必要な治療を受けることができたという。
 ポプラ――いや、ヨシエである。ヨシエの手により、ワイルドエリアの外れにある孤児院から、アラベスクに彼女の不思議な力を使ってワープしてきた。私はその時から今に至るまで、いや今も現在進行形で眠り続けているが、ゼニガタもメイちゃんも無事にアラベスクに辿り着くことができたのだ。
 その後だ。
 状況が一変した。
 コライドンとミライドンと呼ばれる存在が表れ、大量のコレクレーが発生した。コレクレーはアラベスクを舞う幻光虫を食べ始め、同時にアラベスクタウンの至るところで時が止まり始めた。
 アラベスクを包む、ライフストリームの化身である幻光虫は、不思議な存在で、それが町全体の時間を正常なものとして流してくれていた。それが失われると、辺りは途端に時間を失ってしまうのだという。

「パルデア地方のポケモンが出てきた時点で対処すべきだった。浮かれてヨーダやらジョニーやらニックネームなんかつけてる場合じゃなかったんだ……」

 そもそも、世界が時を止めはじめてから、残った人間たちの手持ちポケモンは限りなく少なかった。
 アラベスクにいる数少ないポケモンたちに牙を向いたのは、アラベスクタウンにいつの間にか住み着いていた新種のポケモンたちだった。
 ヨーダと名付けられたデカヌチャンというピンクのポケモンは、おもむろにマッシュのアーマーガアにそのハンマーを振りかざして、叩き潰した。次に動いたのは、ザマゼンタのナオミだ。ナオミに向かって飛びかかったマスカーニャのモナーに対し、ナオミはインファイトを叩き込み、即死させる。その勢いを殺すことなく、地を這っていたラウドボーンのクロコダインに強烈な一撃を叩き込むと同時に反撃の炎を受け、ナオミは地に伏した。これに怒ったのはパートナーのベーコンだった。ベーコンはラウドボーンに向け、口にした刃をかざし、一撃の元に倒す。しかし、その後、ウェーニバルのジョニーのキモい動きながら無駄のない攻撃で地に落ちつつも反撃しようとしたところ、はがねタイプを叩き潰すことに味をしめたヨーダによって、脳天を叩き潰された。ナオミもベーコンも健闘したがマッシュによって、ボールに戻された。

「ジョニーはとにかくキモかったよ。脚とか、お尻の振り方とか妙なステップでね……」

 思い出したのか、ヨシエは身震いした。
 その後、駆けつけたホップのザシアンと、ヨシエが今は預かり受けたザマゼンタにより、ジョニーもヨーダは倒され、彼らこの地方に居ないはずのパラドックス・ポケモンは、アラベスクの大気中に輝きながら消えていったという。
 ジョニーたちのようなポケモンは、ここガラルでも、他の地方でも私は見たことがなかった。私の行ったことのない地方、パルデアに住まうのだという。そんな地方は聞いたことがなく、本当にあるのかさえ怪しいと思っていた。

「パルデア地方とは何処にあるのですか?」
「ガラルはイギリスだからね。このガラルの海の向こうじゃないかと思うがね。たぶん、スペインがモデルだ。カロスがフランスならその隣だろうさ」
 よく分からないことを言う。
 しかし、ヨシエの話はまだ決着が着いていない。同時に動き出しているコレクレーを何とかするため、ホップも健闘していたが、小さくて数も多い。おまけにたくさんの人の居る街中だ。迂闊な攻撃は同士討ちに終わりかねない。
 反撃もそうそう上手くは行かなかった。そこにしつこく、まだ残っていたパラドックスたちが襲い来る。2体のシガロコとウミディグダである。金色の球体と、黄金の棒。かつて、ポプラの役割を演じていたヨシエに、「きん〇ま、ち〇こ」とシモネタのようなニックネームをつけられた彼らは、そのふざけたネーミングとは裏腹に次々と残ったアラベスクのポケモン達を襲い始めた。ポケモンが減ると自由に動きやすくなったコレクレーは町を舞う幻光虫を次々と喰らった。その度、町の人たちは徐々にしかし確実に、時を止められていく。

 やがて残ったのはホップとヨシエだけだった。そこに突然表れたのは、グリとグラ。きんのたまおじさんの二人は、2体ずつタマタマを繰り出し、こう言ったのだという。

 ――さがしたかい、まちかねたかい。きんのたまおじさんだよ。

「きんのたまの奴ら、熱い闘いだった。彼らの力無しでは、あんたをあの場から引き離せなかったと思うよ」

 これ以上、耐えることは不可能と判断した双子の弟のグラは、兄のグリに目配せをする。そして、ふたりはホップとヨシエに合図を送り、自ら幻光虫のいない場所に走っていき、自ら時間を止めた。
 次の瞬間、4体のタマタマはその身を犠牲にし、空間を震わせるほどの巨大な大爆発を巻き起こした。
 まるで、『トルネコの大冒険』のモンスターハウスで複数の“ばくだんいわ”がメガンテを唱えたかのようだったと、ヨシエは語った。

「幸い、というか。グリとグラの計算どおりというか。街の人やポケモンたちは、時を止めていたお陰で傷一つ負っていない。あたしも咄嗟に、ザマゼンタに千年の盾を展開するように指示して、あんたも含め無事だったんだよ」
「……疑問なのですが、なぜ、親トレーナーではないあなたがザマゼンタに指示を出せるのですか?」
 私は疑問に思っていたことを尋ねてみる。孤児院の跡地でもそうだが、何故か、ヨシエはザマゼンタにそのトレーナーであるかのように指示を出していた。
「あたしにはシステム権限があるのさ。本当ならコレクレーだって、抑えることが出来た。だが、管理者権限は今や奪われ、あたしにはかろうじてデバッガーのための限定権限だけが残った。それで出来ることしか出来ないんだよ……」
 限定権限では、スカーレットバイオレット世代以降はコントロール出来ないらしい。またよく分からないことを言う。
 しかし、私が寝ている間に外の状況は大きく変化していることは分かった。この話だと、無事なのは、私とヨシエ、ホップしか居ない。このメンバーで手を打つしか……時を戻し、世界を元ある形に戻す術は無いのだ。
「とにかく何とかしないと。そうしないと世界が……」
「この世界はもういいんだよ。あんたは、ここで生きていく存在じゃない。どうか思い出しておくれ。ユウナにしてもそうだ。あの子もまた、長くこの世界の役割をこなし過ぎた。今ではすっかり、ガラルチャンピオンになりきっちまってる」
 マスター・ユウナのことを言う。
「あんたはね、サーナイトのサナじゃない。人間のサナだよ。くっ付いて、サーナイトの身体の方にその精神が入っちまってるんだ。いいかい、あんたの本当の名前は、榊佐奈。改造ポケモンでも、そもそもポケモンでもない。他でもない、佑奈と同じ、あたしの孫だ」

 真実を知り、時が止まった気がした。
 そんな馬鹿な話があるものかと、脳が否定する。
「そんな馬鹿げたことが……」
 言いかけた瞬間だった。ヨシエの身体がまるでホログラムか何かのように透け、時折、斜線が入ったように点滅する。
「……だめだ、もう少し語りたかったが、どうやら時間がないようだ。外がもう限界みたいだよ。あたしの身体ももう消えちまって、からうじて、あんたの精神に入り込んでる状況だ」
 ヨシエはそう言うと、私のサーナイトである青い右手を取り、両手でにぎりしめる。
「佐奈。あんたに、あたしのシステム権限を与えるよ。終わったら、あたしは完全に消え失せる。だけど、それでいいんだ。この世界は、現実世界のあたしが死んだ時から、消えゆく運命だ。だけど、あんたと佑奈が消えるなんてことはあっちゃいけない。さあ、あたしのシステム権限を行使して、何とか佑奈と合流しておくれ」

 そして、ふと、思いついたように、笑みをこぼし、もののけ姫の名台詞を言う。
「あの子を解き放て!」
 そして、老婆としてのヨシエはしわくちゃの笑顔を見せたまま、「生きろ」とドヤ顔で消えていった。

 そして、私とヨシエのいた縁側の風景は、空間に次々と亀裂が走り、私はその割れ目から外へと投げ出されていった。

 ※

 飛び起きた場所は、何処かの建物の中だった。私は胸に手を当て、そこに赤い輝石とネックレスにぶらさがっているリングがあるのを確認した。
 いつもの、私の身体だ。青い、色違いサーナイトの。
 どこか安心すると同時に周囲を慌てて警戒する。身を起こすと、守ってくれていたのは、千年の盾を展開させたザマゼンタと、ロトの剣を構えたザシアンだ。私の意識が戻ったことに気づき、警戒態勢を解く。
『ザマゼンタ、ザシアン……?』
 ザシアンの少し先には、ホップが時間を止めて、私を庇うように仁王立ちしていた。
『ホップ……?』
 近づくが、身動きひとつ取らなかった。
 私はホップの脇をそっと抜けて扉を開く。どうやら裏方であり、ここはアラベスクのスタジア厶であるらしい。スタジアムの方には避難した人たちが全員、その時を止めていた。
『メイちゃん、ハル……?』
 姉妹は互いを抱きしめ、目をぎゅっと瞑ったまま、時を止めていた。付近には、レオンやニット、ナギサも居る。みんな、固まったまま、動かない。
 私は彼女たちの横を抜け、スタジアム内の人たちを観察しながら歩く。
 カイトとシャケが布団に敷かれたまま固まっていた。怪我の治療は受けられているらしい。その隣にはゼニガタが座り、眠るようにして時を止めている。
 いよいよ出口に差し掛かると、扉を抑えるように止まっているのは、エースバーンの格好をしたマッシュだった。
『マッシュ……』
 たくさんの人がひしめき合っている空間なのに、気持ち悪いほどの静寂が支配していた。私はそっとマッシュを倒さないように、扉の横に移動させる。誰かが慌てて走り込んできたら、マッシュにぶつかって怪我をしてしまう。マッシュは生きているから。

 人混みなのにたちこめる静寂が怖くて。私は外に出た。
 アラベスクタウン中を舞っていた光、幻虫光は1匹たりとも居なかった。今は何時くらいなのか、薄暗い森の中では分からなかったけれども、月明かりが街の惨状を映し出す。
 至るところの家屋が倒壊していた。そして、その中心には、グリとグラが何故か恍惚とした表情で横たわっている。傷はひとつたりともついておらず、金のタマタマの大爆発作戦は、時を止めることを逆手に利用し見事に勝利を納めたようだった。

『無事なのは私だけ……』
 独りごちる。
 しかし、そこに女性の声がかけられた。
「――待たせたな」
 暗がりから人の影が表れる。それは全身迷彩色の服わ着込み、見える肌にも迷彩を施し、極限まで森に溶け込むことに特化した伝説の傭兵、霊長類最強の女――サオリだった。
「サナ、随分と寝坊した様子だな。この世界の置かれている状況は聞いたな? 今から作戦を開始する。最後の作戦ラストミッションだ」
 最後の作戦ラストミッション、とサオリはそう述べた。
「現在この世界のシステム権限を保有するのは二人。アローラのマスターの役割を担うサナと、私の目の前にいる色違いサーナイトのサナ……つまり、お前だ。奇しくもサナとサナが世界を自在に操る事が出来るわけだな。もっともお前の保有するのは限定権限、向こうは管理者権限だ。次元が全く違う」
 サオリは何故か、ヨシエの言っていたことを知っていた。この世界の仕組みも、理解している様子だった。
「目標は、ユウナと管理者権限を奪還すること。システム・アルセウスに入り込んだウイルスを排除する事まではしなくて良い。管理者権限を奪還した後、外の世界に帰還し、外からこの世界を破壊してくれ」
 世界を破壊する――そう、サオリは述べた。
「管理者ヨシエが役割をプログラムした人物が私の他にもう一人居る。コウタローだ。コウタローは今、移動ライブに参加しながらワイルドエリアを西へと進んでいる。ちょうど、ナックル城の落下地点に向かってな」
 サオリとコウタローは、特殊な役割を与えられているのだという。何とも急で唐突な、とんでも展開である。ここに来て物語を一気に進めようという見えざる神の意志がひしひしと伝わってきたが、私は不思議とこの状況を受け入れていた。それは先程、精神世界で対面したヨシエにひどく懐かしい感情を抱いた事も要因だったかもしれない。
「今はあのメロンパン――否、キリンもワンオクのライブの音につられて移動し、ライブに参加している。移動式とは、なんともロックなライブだな。君はそのキリンを座標軸に、空間を超えるだけで良い。そこはもうナックル城の近くだ。あの不思議のダンジョンと化したワイルドエリアは抜けなくていいなんて、ロックな幸運だな」
 サオリはそう言うと、私に視線を送る。やれ、と言うことなのだろう。
『しかし、どうやって?』
「考えるな、感じろ」
 サオリが何故かドヤ顔で言う。その台詞を言える場面をようやく見つけたと言わんばかりの、清々しさがそこにはあった。
 精神世界のヨシエも、もののけ姫の台詞を言えたとき、同じような、何とも言えない、やりきった表情をしていた。思えば、このガラル地方を旅してきたあらゆる場面で、あの表情を見てきた。端々に散らばる、製作者ヨシエの意図がそこにはあったのだろう。そう考えると何とも清々しかった。

 サオリに言われたとおり、私は頭の中で強い念を込める。どうということはない。エスパーの能力テレポートを行使する時と同じ容量で私はサオリ、ザマゼンタ、ザシアンを連れてその場を転移した。テレポートと異なるのは確実に、座標のある場所に転移できること。複数名でも可能であり、失敗することは絶対に無い。
 予想どおり、私たちはその場に佇んでいた。

 周囲はライブの余韻なのか、人々が固まったまま時を止めて居た。巨大イーブイのモロが見える。たしか、子供たちを逃がすために自らダイウォールを使用したまま時を止めたと聞いている。モロが居るということはここは、ブイズの里のようである。
 その両隣には、キョダイマックスしたストリンダーたちが叫ぶようなポーズで止まっていた。ワンオクのメンバーだろう。

「ここももう遅かったか……。ん、キリンか?」
 サオリはそう言いかけ、ストリンダーの足元に駆け寄る。そこにはキリンが佇んでおり、キリンの足元に背を預けるようにして、コウタローが座り込んでいた。全身は傷だらけで、サングラスも割れてレンズが無くなり、フレームだけになっていた。両目を怪我したのか血があふれている。
「大丈夫か、コウタロー!」
 サオリがその身を起こし、自身のムゲンバンダナをコウタローの両目に巻き、応急処置を施す。声をかけると、コウタローは力なく声を発する。
「大丈夫……僕最強だから」
 普段は「僕」なんて一人称を使わないコウタローはドヤ顔をしていた。これは、有名アニメ“呪術廻戦”の五条悟のモノマネだ。
「だが、さすがに限界だな……」
 ゴジョー・コウタローは両目を覆ったまま、力なくそう言った。
「よくキリンを守り抜いた。何があった?」
「妙な生き物が2体だ。紫のヤツと、赤のヤツ、言うなれば、赤はコードネーム“ウルド”、紫はコードネーム“スクルド”ってところだな……。ああ、もう、コードネームは言わなくて良いのか。榊佐奈。ショック療法は禁止されていた。然るべき時でないと、君に真実を知らせてはいけない、記憶を強引にこじ開けようとする要素を排除すること。それが俺の使命だった」
 そして力なく言う。
「ああ、お前は使命を全うした」
ウルドスクルドは、俺とワンオクの奴らで、ロックに追い払ってやったぜ。この世界から排除するところまで出来なかったのは残念だが、かなりのところまでダメージを与えて追い込んでる。ふう、残念なのは、それに加えて、“ベルダンディー”と戦えなかったことだ。ライブの終点、聖地のガラル踏切跡地まで行けなかった事も悔しいが……でも、ここでいいか」
 そして私の顔を見ると安堵したように微笑む。その目は相変わらず見えないが、きっと泣いているのだと思った。
「俺のぶんまで――」
 私の目を向け、苦しそうに唇を動かし言葉を紡ぐ。
『貴方の分……』
「そうだ、お前が生きる……お前が俺の生きた証」
 苦しみながらいつもの警官の制服のポケットからMと書かれたダサい紫のボールを取り出し、私に押し付ける。そして、コウタローはモロを挟み込むようにして雄々しく立つストリンダーの姿を見て笑みをこぼした。
「……ああ。どうしようもなく、ロックだぜ……俺もロックに逝く。いいか。俺は止まんねぇからよ、お前らが止まんねぇかぎり、その先に俺はいるぞ……だからよ、止まるんじゃねぇぞ……」
 そう告げると、コウタローは力なく倒れ、輝きながら消えていった。また、私の知る人がひとり消えていく。
『どうしてこんな』
「悲しむな、私たちはそういう運命で、この世界もそういうものだ。目の覚めない、人たちの為に作られた仮初の居場所。お前たちのために生まれ、役割を果たせば消えていく。だからこそ、無駄にしないでほしい。榊佐奈、お前の役目はこの世界からの脱出と、この世界の根幹のシステムの破壊。バグに侵されたシステムを放置する事は極めて危険だ」
 サオリはそう述べると、静止した巨大イーブイのモロのそびえ立つ向こうを睨みつける。その先には、一度立ち入ったことのあるマクロコスモスの研究所跡がある。魔晄炉のある廃墟だ。それに隣接して、落下したナックル城が融合していた。
「先程、コウタローがコードネームでウルドとスクルドと述べたが……正式名称は、コライドンとミライドンだ。いずれも、スカーレットバイオレットのパッケージを飾った伝説に等しい存在だ」
 コライドンとミライドン。コウタローが時の神の過去と未来に例えていた事も踏まえると、古来と未来を冠する存在なのだろう。そして、ふと、もうひとつ、コウタローがコードネームを口にしていたのを思い出す。ベルダンディー、時の三女神の最後のひとつ。すなわち、それは“現代”だ。ムゲンダイナの名が思い当たる。
『サオリ。この世界を侵食するバグとは、もしかして、ムゲンダイナですか?』
「そのとおりだ。もっとも、異世界のダンデが生命と引き換えに一度は消滅するところまで追い込んでいる。これを再生させたものの、現時点のヤツは単独では行動できず、力を蓄えているところだ。本作戦には直接は関わらないと見て良い。お喋りはこのあたりにして、行くぞ」
 サオリは背を向けて歩き始めた。私は慌ててその後を追いかけ、ザシアンとザマゼンタは私に続いた。
 サオリは半ば瓦礫と化したナックル城の中に向かい、先陣を切って進んでいく。道が瓦礫で塞がっている時はそれを蹴りで粉砕し、天井が落下してきた時にはその背で私を守ってくれた。
 やがて、かつては最上階に位置していただろう場所に到達する。そこには、巨大な鉄の扉が立ちはだかっていた。
 この先には、アローラのマスターのサナがいる。ガラルのマスターのユウナもそこに囚われているはずだ。
 この先に。ヨシエの持つ管理者権限の全てを奪取し、世界の創造主として振る舞う諸悪の根源が居る。そして、私の妹であるらしい榊佑奈もそこに居る。
『今すぐ助けに行くから。待ってて、マスター』
 しかし、口を割って出たのは最近聴いた彼女の名前ではなくて、なぜか、その与えられた役割だった。手のひらのマスターボールがひどく重かった。
 ヨシエは言った。
 ポケットモンスター、縮めてポケモン。それは、種族でも、生き物でもない。言うなれば、ひとつの世界。
 脳裏に“ポケどま!”というひとつの物語のタイトルが浮かぶ。縮めなければ、“ポケモンどまんなか!”。ポケモンとはすなわち世界。
 世界の中心は、今ここにある。
 そして私は、未来へと続く扉を開けた。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想