シンの言葉に答えるより先に、目の前にいる大きなポケモンに目が移った。
両腕と頭にとても大きな銀色の爪が生えている。
頭の方はもう少しで低い天井に届いてしまいそうだ。
彼は無表情でこちらをじっと見つめていた。
「まあいい、お前らこっちこい」
大きい爪がぶっきらぼうな手招きをする。
オレ達は、振り返って奥へ進んでいく彼に流されるようについていった。
「ヒロ、ドリュウズ……」
「ん?」
歩いている途中、シンが小さく耳打ちをした。
「ドリュウズってポケモン。僕バトルしたことある。すっごく強いんだよ」
薄暗くて狭い穴の通路を少し進むと、急につたっていた壁が無くなった。
「ここにいろ」
ドリュウズが爪を広げて指した方を見る。
部屋のような空間の中に、たくさんのポケモンが寄り集まっていた。
一匹は口から炎を出して、明かりのような役割を果たしていた。
「新入りっすか?」
後ろから声がして思わず振り返る。
ドリュウズのもののような大きい爪が目の前に現れる。頭にはない。
言ってみれば進化前の姿みたいだ。
「モグリューっす、よろしくっす!」
モグリューと名乗ったポケモンは、手にきのみをいっぱい抱えていた。
シンとオレの間を通り、ポケモンたちの前できのみを広げる。
「新入りもくるっす!昼飯っすよ~」
「って、まだみんな揃ってないっすけどいいっすかねカシラ」
「そろそろ来るだろ。二匹の分ちゃんと残しておけよ」
「了解っす!」
「エーフィ?」
新入りが来たからと言うことで、ドリュウズから話を聞きながらきのみを食べることになった。
「あいつはちょっと前からこの森にいてな。他のポケモンを襲う……」
無表情なドリュウズの顔が、無表情のまま暗くなる。
「前はそんなことなかったんすけどね」
「他のポケモンを襲う悪い奴だ」
あたりがしんと静まり返る。
(悪い奴……)
大きい爪がオレに向けられる。
「特定の、お前みたいな毛をもっているやつは襲われやすいんだ。なぜかは分からんが……お前らも襲われてここに来たんだろ」
自分の腕に目を向ける。
オレみたいな毛?なんだそれ。
「しかも強い。だから、森のやつらは誰も相手が出来ない」
「カシラもっすよね」
「お前さっきから割り込んできやがって……まあそうなんだがな」
はあ、とドリュウズはため息をついた。疲労しているように見える。
「じゃあ、ここは」
「隠れ場所だ。あいつから逃げるためのな」
「皆、ずっとここにいるのか?」
ほとんどのポケモンはもう食べ終わり、明かりを灯しているポケモンと遊んでいた。
「うん、だってまた襲われちゃうから」
まだゆっくりときのみを食べていたポケモンたちが答えた。
「しょうがない、しょうがない」
はは、と笑い合ってはいたが、≪悲しみ≫と≪諦め≫が見えた。
腕にある治りかけの傷は、あのポケモン……エーフィにつけられたのだろうか。
「……僕も、わかるな。強いポケモンがいたら外になんて出られないよ」
静かに聞いていたシンも口を開いた。
シン程ではないと思うが、オレにもその言葉が痛いぐらいのしかかった。
「ずっと、か」
「閉じ込められてるワケじゃないし、たまに外出てちょっとだけ散歩とかできるぞ」
「でも」
その時。
ドタドタと足音が聞こえた。
ただ事じゃない速さだ。
皆が部屋の入り口である穴に注目する。
小さなポケモンが息を切らしながら入ってきた。
明らかに焦っている。震えている。
体中にかすり傷のようなものがついていた。
今にも倒れそうになるのを、いち早くかけつけたモグリューが支えた。
続いてオレ達もその子に近づいていく。
オレよりも少し小さい、紫色の毛と耳をもつポケモンだ。
「もしかして、エーフィにやられたのか」
「……」
ドリュウズの問いに、首をわずかに縦に動かした。憔悴し、顔が青ざめている。
≪恐怖≫が見え、緑色の目にも涙が浮かんでいた。
「はやくこっちに来るっす!きのみ食べて、たくさん休むっす!」
「モグリュー、お前まで焦るんじゃない、ゆっくり動け」
部屋の雰囲気は一変した。
「チョロネコちゃん、大丈夫?!」
「エーフィひどい」
「散歩もやめる方がいいかもしれないぞ……」
皆がざわつきだす。
(まずい、皆が焦っている、このままじゃもっと安心していられないし、隠れ場所もバレるかもしれないし、それに、)
(大量の負の感情で、頭が割れそう)
どうにかして、なんとかしなきゃ、オレが、
しかし静寂は急に訪れた。
「あれ、彼氏くんはどうしたんすか……?」
モグリューの一声で、ざわつきが一気に消えた。
来たのはこのチョロネコ一匹だけだ。
「あの、今日一緒に行ってた……」
チョロネコの顔が歪み始めた。
「……てっ、」
チョロネコは下を向く。
大粒の涙が地面に立て続けに落ちていく。
「助けて」
妙にはっきりと聞こえた。
「うわあぁぁぁっ!!」
チョロネコはうなだれていた首を上に向け、声を上げて泣き出した。
「助けてっ、ダーリンを助けて!!襲われてるの!!」
泣き声がこだまする。
辺りにちらほらと≪絶望≫が転がり始めていた。
「一緒にいたら襲われ、て、そしたら、ダーリンが、私、かばって」
皆でなんとか彼女を落ち着かせる中、震える声で経緯をこう話した。
「ダーリンが逃げてって、でも、逃げるなって、言われてっ、」
ダメだ、軽くパニックになっている。
「……」
「オレがいってくる」
勝手に言葉が出た。
「え?」
「オレが、エーフィなんとかする」
口にまかせて喋った。
「待ってヒロ」
「何言ってるんだ、お前も襲われたんだろうが!」
「でもエーフィを止めないとずっとこのままだ」
「ここにいろ!危険だ!!」
ずっと無表情でぶっきらぼうだったドリュウズにも、焦りが見え始めている。
半分は今のオレのせいかもしれない。でも残りは違った。
「ダーリン君は今も襲われてる。ここがばれない保証だってない」
「でも、」
「オレは大丈夫、カシラさんはみんなを守ってください」
最後まで言い終わらないうちにオレは出口に向かって走り出していた。
「いや、お前子分じゃないのにカシラ……ってそんなん関係ねえ!待て!!」
「ヒロ!!僕も」
「お前は待ってろ!」
「でも……!!」