Episode 105 -Crimson spirit-

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読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 遺跡でナルコス王と哲学者シュメオンに関する記録を調査するカザネたち。一方のアントノフの前に強大な悪の手が迫り、セレーネを守り抜くべく、彼は再び闘志を燃やすこととなる。
 同じ頃、ワイワイタウンにはデンリュウとフローゼルが帰還し、ハリマロンのえっこ・カイネ・ニアの3匹が出迎えていた。


「お二人ともお疲れ様でした。これでレギオン使いたちの過去を5つ紐解いたこととなる……。そしてカザネたちが調査している遺跡で6つ目。となれば、我々が向かう場所は恐らく……。」
「ええ、7つ目にして最も危険で険しいダンジョン……。それ故に、まだ過去が明るみになっていない創世主アルファの記憶の遺跡である可能性が高い。そうなると必然的に、カザネ君たちの調査対象は未知のレギオン使いということになりますがね。」

「確か『深淵のエデン』と呼ばれる場所だったよな? 『白銀の氷河』……つまりは結晶の神殿が元々あった氷河の奥深くにあるダンジョン。魂の終着点だった世界の裏側……。何か、たまたまとは思えねぇんだよな。」

フローゼルやデンリュウがえっこたちにそう語った。どうやらえっこたち3匹が向かう場所は、これまでの6つのダンジョンと比べても極めて危険で厳しい条件の場所のようだ。最上位であるマイスターランクのダイバーである彼らにとっても、一歩間違えるだけですぐに死が見えてくる極限の環境。それは果たしてどのような場所なのだろうか?


「確か中は穏やかな平原みたくなってるんだよね? それじゃあ、どうして周りの氷河より危険度が跳ね上がると噂されてるの?」
「これから向かう場所のことを、ろくすっぽ調べてすらいないとは……。深淵のエデンは特殊結界の中に位置するダンジョンだ。その結界こそが外界とその場所を遮断し、1万年以上もの間ダンジョンを未踏に近い形に残してきた。しかし、その結界の強さ故に探索は困難を極め、未だに表層の調査がされているに留まっている。」

「そこにいる間、あらゆる能力がリセットされてしまうらしいのー。この身に染み付いた経験値、力、知能、魔力……。あらゆる能力はニュートラルに戻され、身ぐるみも全て剥がされた状態になる。端的に言えば、タマゴから生まれたての子供と変わりないくらいの能力で、何もまとわず何も持ち込めず、強さも道具も現地調達しながら進むことになる。」
「そうなると、ニアが一番の頼みの綱になるかぁ……。私みたいなフォッコや、えっこみたいなハリマロンは得手不得手がはっきり出るはず。まあ、私は生まれつき身体が強いしえっこは頭がいいけど。でもどちらにせよ、あらゆる才能がずば抜けて高い君が一番のエースって訳だよね。よろしくね、ニア。」

タマゴから生まれたてのレベルまで引き戻されるということは、各種族の持つ特性とそれぞれのポケモンの個性とがストレートに能力に反映されることとなる。ニアはミュウであり、あらゆる能力において非の打ち所がない程の才能を持つ。

現に彼女は生まれて数年で調査団の任務に従事していたし、学校での勉強やスポーツも常にトップで、アーク魔法アカデミーの数学科と物理学科と教員課程を飛び級で同時卒業したのだとか。その万能ぶり故に、基礎能力値が低いえっこたちをリードするのが彼女の重要な役割となりそうだ。


「眠ってもなお涙は零さず……か。その安らかな顔で、一体今はどんな夢を見てるんだかな……。」

ナルコス駅の待合室で、アントノフはセレーネの横に座ってそう呟く。セレーネは1時間前くらいから疲れて眠りこけてしまい、穏やかな寝顔をこちらに向けている。


「お前さんはこんなに小さいのに立派なもんさ……。家族や友を目の前で失い、小さな身体で必死にレギオンの襲撃から生き延びた。そのトラウマは脳裏に焼き付いているはずなのに、自ら望んでこの場所に残る忌々しい過去と向き合い、前を向いて進んでいくのだと誓った。俺なんざ、過去からも未来からも現在からも目を背け、酒の向こうに見えるくすんだ幻だけに視線を向けて逃げ続けたんだ。だからこそお前さんやカザネたちみたいな存在は、俺の濁った瞳には眩しすぎる。」

アントノフはふと空を見上げる。夏も終わりに差し掛かろうというこの季節、抜けるような高い青空には綿のような巨大な雲がいくつも流れている。上空から容赦なく照りつける太陽に、アントノフは眉をひそめて視線を落とす。その直後、彼の目付きが途端に強張った。


「なっ……!! コイツは!!」










 日も高く登りかけたこの時間、アゴラ周辺の建築物を調べていたローレルたちは、例の哲学者と王に関する新たな記録を見つけ出した。


「また赤い文字だね……。あの哲学者関連のことって、もしかして赤文字で記されてあちこちに資料として残されてるのかな?」
「それなら、赤い文字の文献だけを辿っていけば、哲学者と王に関する歴史が紐解けるのかも知れませんね。ローレルさん、解読お願いします!!」

「『シュメオンの活躍は目覚ましい。新たな神殿の柱は以前とは比べられないくらい繊細で美しくなり、いくつもの新たな数式が生み出され、兵士たちの筋肉をより強くする鍛錬法と食事が考案され、民を統治する新たな法も提案された。特に私は、鉄球を打ち上げた際の軌道法則の公式を気に入っている。鉄球の重さと直径とカタパルトの力とが分かれば、簡単に飛距離が計算できるようになった。何日もかけてカタパルトの動作試験を行わなくともよくなったのだ。』ということです。」

やはりカザネといるかの考えた通り、この赤文字は当時の王が哲学者シュメオンについて記した文章のようだ。当時の哲学とはあらゆる学問の基礎内容を包容しており、現在の文化学や論理学から法学・経済学・自然科学・数学・建築学など、多くの内容が盛んに研究されていたようだ。

シュメオンは1人の哲学者としてはあまりに多岐に渡る分野で才能を発揮させたらしく、王お抱えの研究者となってからすぐに、市民や王の生活を変えていくほどのテクノロジーと文化を次々生み出したようだ。その活躍ぶりに王も大満足の様子であり、非常に興奮して文章を記したことが内容からも見て取れる。


「でもカタパルトとか兵士ってあったよね。シュメオンが開発した科学技術って、まさか軍事転用されたんじゃ……。」
「可能性は高そうですね。当時はいくつもの都市国家が乱立していて、しばしば都市国家同士が戦争になることもあったんだそうです。だからそれぞれの国は男性市民や傭兵の奴隷を募り、兵隊を結成して武力で侵略や防衛を図っていたと聞きます。」

「そんな世の中なら仕方ないのかもな……。でも、理系やってて理科や数学が好きな身としては、せっかく研究を重ねて解明したこの世界の法則や仕組みが、人やポケモンの命を奪う手段に利用されるなんて少し悲しいな……。」

現代では大学などの研究機関の成果が安易に軍事転用されないような制度が敷かれているが、当時は自然科学や医学や法学など、兵力強化に使えそうなものは積極的に軍事分野へ利用されたようだ。

それから10分程探索すると、今度は神殿内部に王の残した記録が見つかった。その文字はやはりくすんだ赤色をしており、さながら血で書き記したかのようにも見えていた。


「あった……やっぱり王の書き残した文章なんでしょうか?」
「読んでみますね……。『シュメオンは少し休息が必要だ。昨日彼の家を尋ねると、どうにも憔悴した様子が見られた。自分が好奇心で見つけ出した自然的な法則や技術が使われ、新たな兵器となって他の国の侵略へ用いられたことが堪えたのだと打ち明けてくれた。とはいえ、諸国を統一して平安の世を実現するには仕方あるまい。最近手に入れたアドメニアの離島に、温泉の湧き出る火山島があったはずだ。シュメオンに休暇を与え、そこでゆっくり療養してもらおう。』とのことです。」

シュメオンはカザネと同じような意見を持っていたらしく、自分の研究成果が軍事転用され、人々を傷付けることに罪悪感を覚えていたようだ。しかしナルコスの王も他の都市国家の長たちと同じく、自分の国を守り、領土と勢力を広げるために戦いは避けられなかったのだろう。


「古代の軍事国家と学者の間には、どうしても埋まらぬ溝があったのですね……。これまでの内容を見るに王とシュメオンの関係は良好であるように思えたのですが、科学技術の活用法に関してははっきりとポリシーの違いが浮き出た。やはり、このどちらかが意見の対立から非業の死を遂げてレギオン使いに……。」
「あり得ますね……。特に僕はシュメオンの方が怪しいと思うんです。シュメオンは確か、他の都市国家からやってきた外国人研究者でしたよね? あくまでお金で雇われているだけの外国人で、ナルコスの正式な市民ではない……。そうなると色々な社会的な権利や保障がなくて、王の一声で危険な目に遭わされる可能性も……。」

ローレルやいるかはそのように推測した。確かにシュメオンの能力には王も満足していたようではあるが、科学技術の平和的利用を望むシュメオンと軍事転用をやむなしと考える王の間には、埋められぬ溝ができていった。

その溝が、やがて悲劇的な結末へと繋がったのではないかというのが彼らの考えだ。











 「てめぇは……まさかとは思うが、ファイとかいうレギオン使いじゃあねぇだろうな……!!」
「いかにも、私こそがファイだ。ただしまだ名も知らぬ男よ、私はお前に対してみじんも興味はないがね。」

「だよな、俺もてめぇみたいなクソ野郎と関わり合いになる程落ちぶれちゃいねぇ。何の用事だ……!?」

セレーネを守るように立ち塞がるアントノフの目の前には、レギオン使いのファイが落ち着き払った様子で佇んでいた。アントノフは初めて目の当たりにするレギオン使いの異様さと威圧感に、心を逆撫でされるような不快感を覚えていた。


「ハズレを引き当てた、とでも。」
「ローレルか……!! 確かローレルはお前らの探し求めている存在……。その気配が地上に現れたために回収しにやって来た、そんなところか?」

「ご名答。しかしそれだけではないのだよ、もう1人身柄が欲しい者がいてね。着々とアークのダイバーたちの勢力がこちらを追い詰め始めている今、少しでも戦力増強を行いたいのだ。」

すると、アントノフは、吹き出し笑いと共にしたり顔でファイに返してみせた。


「俺は元ヒールなんだがよ、お前らみたいな腹の底まで腐ったイカれ野郎とは訳が違う。悪は悪でも、俺とお前らとは互いに対立する関係とだけ言っておくぜ。」
「ククッ……そう来たか。なるほど、それは面白い意見だ。どちらにしても目的のため、お前はここで撃破せねばならないがな。」

ファイが赤いヘラルジックを展開すると、突風と共にエネルギーがほとばしる。アントノフはセレーネが吹き飛ばないようにその大きな身体で彼を覆った。


「ここに現れろ、『コリアンダー』!!!!」

ファイによって呼び出されたレギオンは、細い脚に不釣り合いな大きな頭とクチバシを持つ個体であり、翼を広げれば軽く7~8mはありそうなサイズの特大レギオンだった。

敵の無機質で大きな目がぎょろりとアントノフを睨む中、アントノフは目を合わせたまま後退し、セレーネを抱きかかえた。


「こんな場所で交戦すれば一般の市民や建築物にも被害が出かねねぇ……!! かと言って奴の語り口……恐らくはローレルたちの方に向かわせた別勢力も存在するはずだ。でなけりゃ、ああ悠長にお喋りを決め込んだりしなかったはずだ……。」

アントノフは廃墟群と化したナルコス村中心部の方へと走り出した。その腕の中のセレーネはまだ目覚めない。


「おい、起きろおチビちゃん!! 大変なことになってんぞ、敵に捕まらねぇように逃げるんだ!!」

しかし、揺さぶってもまるで目を覚ます気配を見せないセレーネ。アントノフは観念し、村の方へとひた走ることとした。


「幸いにもあの鳥野郎……空は飛ばねぇみたいだな。あれだけ細い脚とデカい頭じゃ、機動力そのものは大したことはない。だが危険なのは恐らくそのパワーとタフネス……!! 今コイツを守れるのは俺だけ……やらねばならねぇみたいだな!!」

アントノフは村中心部に辿り着くと、教会跡地の中にセレーネを隠した。外の広場へと出て行くと、レギオンがバタバタと羽ばたきながらジャンプを繰り返しつつ走ってくるのが見えた。


「俺はもう準備万端だぜ……こうしてガキ共のためにこの身体をリングに投げ出すのはいつぶりだったかな……。ともかく、あの鳥野郎を叩き潰すだけの闘志が、まだ俺の中に残っていることを願う。あのバカ正直でバカみてぇに前向きな3匹と、このおチビちゃんが見せた心の強さ……。それが俺の心を再び燃やす種火になってくれるだろうからな!!」

かつて赤く激しく燃え、リングに数々の強者たちを沈めてきたアントノフの闘志。今ここに堕落したアントノフは消え去り、クラスナヤ・スタイ(赤き鋼)の鋭い目付きが戻り、目の前の巨大な敵を打ち砕かんとしていた。


(To be continued...)

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