Episode 104 -Abandoned city-

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:16分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 アンサンブルコンクールの結果を待つカザネたち。彼らの演奏に対して下された評価を受け止めながらも、一同は翌日にセレーネの故郷・ナルコス村跡地へと赴くのだった。
 レインストン市立文化ホールの団体座席で落ち着かない様子を見せるいるかの姿。その両側に座るローレルとカザネは、呆れ果てた表情で彼の挙動を眺めていた。


「あのなぁ……そんなにそわそわすることないだろ……。ちゃんと出せる力を出し尽くしたんだから、今更何を言っても変わらないじゃないか。」
「そ、それはそうですけど……。中盤で2回くらいリズムを外しちゃいましたし……。ああー、あのミスのせいでダメだったらどうしよう!!」

「落ち着いてください、いるかさん……。完璧に演奏し切ることなど、誰にとっても不可能なことですよ。僕やカザネさんだってミスはあったはずです。それでも練習してきたことを活かしてベストを尽くしたのですから、カザネさんの言う通り、今はただ信じましょう。」

どうやらいるかは緊張のあまりミスを犯してしまったらしく、そのことを酷く後悔しているらしい。もっともローレルやカザネの言う通り、過ぎたことに騒ぎ立ててもまるでナンセンスというものだが……。


「静かにしな、『覆水盆に返らず』って言葉くらい知ってんだろ……。」
「何ですかそれー、そんなことよりもっと練習しとけばよかったって後悔とかしか……。」

「終わったことをくよくよと悔やんでもどうしようもないって意味なのです。時が巻き戻せる訳でもないのに、あれこれ後悔しても何の解決にもならないのです……。」
「ほれ、こんなおチビちゃんでも分かってんぞ。お前も15にもなるんだから少しは落ち着いた振る舞いをしろ……見てるこっちまで恥ずかしくなるだろうが。」

アントノフも応援兼保護者として来てくれたらしく、横にいるセレーネ共々冷めた表情でいるかを見つめていた。いよいよ審議も終わったらしく、コンクールの結果が伝えられる。

どの団体も、自分たちの結果が発表される瞬間は天に祈る思いだ。より上位の大会への切符を手にして湧き上がる者、不本意な結果に終わって悔し涙に咽ぶ者……。たった一言の結果発表が、吹奏楽に打ち込んできたポケモンたちを爆発する感情の渦へと引き込んでいく。この熱狂は、実際に日々練習に励んで晴れ舞台に立った当事者にしか味わえないものだろう。


「では、エントリー番号32番・アーク特別自治区立アーク高等学校吹奏楽部の『Steam Cored Heart』………………。」

いよいよ3匹の結果が明らかになる。司会者も審査員たちから渡された紙を開封するまでは、その内容を知ることができない。折り畳まれた紙を至って普通に開くその動作さえも、今のいるかたちにはあまりにモタモタした手付きに思えた。結果を知りたいという焦燥感と、どうか不本意な結果だけはやめてくれという一種の拒絶反応とが頭の中で交錯する。










 「さーてと、もう夕方だし俺は街のバーで一杯引っ掛けてくる。お前らはとっととホテルに戻んな、明日は早くに出発するぜ。」
「いるかお兄ちゃん……元気出すのです。ボクにはとっても楽しげで、わくわくする演奏に思えたのです。とってもよかったのです!!」

「セレーネもそう言ってるだろ……。それに君が誰よりも早く部室に来て、真面目に取り組んでたことはこの僕が知ってる。初心者であそこまでやれる奴、正直君くらいしかいないぞ。僕が同じ立場なら、もっと目も当てられない出来になってた。」
「ありがとです……。でも、せっかくの機会だったのに僕がミスしたから……ああ……。」

いるかたちに与えられた宣告は、銀賞だった。銀と聞くと、スポーツをやっている人間からすればかなりの健闘だと思えるかも知れない。しかしこの界隈における銀賞とは、途中敗退のような意味合いを持つ。金賞の一部だけが次のステージへ進めるシステムのため、ダメ金と呼ばれる金賞下位層や銀賞・銅賞などは、選考からの脱落を余儀なくされる。


「まあこれはこれだ、明日はいよいよ白灰の遺跡に乗り込むんだから。今しがたデンリュウさんから連絡があったらしくてね、無事に魂の羅針盤を手に入れたのと、ダンジョンで得た過去の記憶が、イプシロンとユプシロンとかいうプラスルとマイナンの2匹組だってことが判明した。」
「イプシロンとユプシロン……確か、結晶の神殿で僕とえっこさんが対峙した……。」

ローレルが浮かない表情を見せる。彼女がえっこと共にイプシロン・ユプシロンと戦った際、ローレルはダークマターの片鱗を見せ、敵を黒魔法で惨殺した。そのときの記憶が脳裏を駆け巡っているのだろうか?


「ローレルさん……。大丈夫です、僕もカザネさんもいます。セレーネ君だってあなたの味方です。またレギオンと対峙することになるかも知れない……。でも、絶対にあなたに手出しなんかさせない。僕とカザネさんが、あなたを守る剣と盾です。」
「ありがとう、いるかさん……。でも、僕だって負けられません……!! お二人に任せきりになんてしない。あなたたちが剣と盾ならば、僕は翼としてその身体を空高く導き、勝利を掴み取る力となりたい。」

「だね、僕らは3匹で1つ。それがSteam Cored Heartsだ。気持ちを切り替えて、明日からまた頑張ろう!!」

落ち込みムードだったいるかが、急に凛とした目付きでそのように告げた。ローレルもカザネも、その思いに強く同調する。ダンジョンでの探索を成功させて未来を紡ぐため、彼らの結束力がより一層強く固まる。


「それにしても気がかりなことがあるんだよな……。今までの5枚の羅針盤とレギオン使いの記憶だよ。1枚目はシグレさんたちのチームが回収、関連するのはカムイさんの記憶だった。2枚目はイヴァンさんたち調査団が回収し、その内容はデルタとかいう奴の過去……。」
「ローゼンさんたちが得た3枚目はファイと名乗るレギオン使い、そしてえっこさんのチームが調査したのは、プサイというレギオン使いの過去の記憶。」

「さっきデンリュウさんたちが暴いたのは、イプシロンとユプシロンの記憶……。そうか、今までに僕らの前に出てきたレギオン使いって、この5つの記憶のダンジョンの中に全て登場してるんじゃ……!!」
「そうさ、僕らが回収する6枚目と父さんや母さんが回収する7枚目は、恐らく未知のレギオン使いのものだろうね。カムイさん曰くその片割れは、創世主を騙るアルファという存在である可能性が高い……。でも少なくとも後1人、人間から転生したレギオン使いがいるのか……? まだ奴らに隠し玉がある? それともカムイさんみたく、自分がレギオン使いであることを忘れている……? 何とも想像がつかないな、調べてみないことには明らかにはなりそうもない。」

カザネが考察する通り、今まで姿を見せたレギオン使いはカムイを含め、全て記憶のダンジョンにて過去を暴かれたこととなる。カムイ、デルタ、ファイ、プサイ、そしてイプシロン・ユプシロン姉弟……その誰もが今までの5つのダンジョンに記憶を宿していた者ばかりだ。

創世主アルファの記憶のダンジョンは、恐らく残された2つの内のどちらかなのだろう。そうなると、もう片方は今までに登場していない新たな人物に関連したダンジョンといえるのだろうか?

ともあれ、過去を悔やんでも仕方ないのと同じく、未来を考えすぎるのもやはり無意味なことだ。一行はホテルへと戻り、明日のために英気を養うこととした。










 翌日、朝10時のナルコス村跡地に一行の姿があった。元々2時間に1本しか列車が通らない僻地ではあったが、村が壊滅してからは利用者も激減し、1日に行きと帰りの2本の列車だけが申し訳程度に、村中心部と遺跡の中間付近にあるナルコス駅へと停まるようになっていた。


「ああ……ボクの故郷が…………。」
「シグレさんたちからは聞いていたけど、こりゃ酷いね……。村中ズタボロじゃないか。こんな中、よく生き残れたね……。」

セレーネ曰く、ここは村の中心部に置かれた目抜き通りであり、かつては広場に住民たちが集まり、毎晩夜遅くまで駄弁りながらのんびりと食事や酒を楽しんでいたのだという。そんな広場に面した地元食堂を経営していた母親の影響で、セレーネは賑やかながらゆったりと流れる村の時間を眺めるのが大好きだった。


「この青い丸い屋根のお家……ボクが住んでた家なのです。その隣の白一色の四角い建物がお母さんのお店、その隣は時々お使いにも行っていた小さな商店、それからあっちの大きな建物は教会。日曜日にはいつもお祈りをしてたのです……。」
「ここが滅びて数カ月かぁ……。その間誰も住んでいないと、ここまで寂れてボロボロになっちゃうんだね……。」

かつて住んでいた故郷の姿を辿っていくように、廃墟と化した村をとぼとぼと歩き回るセレーネ。いるかも寂しげな様子で、かつて教会だったという建物の前に立ち尽くす。すると、セレーネは突然その場にしゃがみ込んだ。


「セレーネ君っ!! ちょっと、大丈夫? 顔色がよくないよ……やっぱりあのときのことを無理に思い出したりしない方が……。」
「セレーネ……一旦駅の方に戻りましょう? 大丈夫、僕もついているから心配しないでください。」

「いや…………大丈夫…………なのです。ボクはもう……目を背けたり……なんか……しません……!! 前に進まなきゃ……受け入れなきゃ…………!! お父さんもお母さんも……ボクがここで…………そんなこと望んでないのです…………!! だから泣かない……絶対に、絶対に泣いたりしません……!!」

セレーネは胸の奥から湧き上がる涙を必死にこらえて立ち上がる。その背中は後ろで見守るローレルやいるかたちに対し、小さいながらも決して折れることのない頑丈さを感じさせた。

やがて一段落した一行は駅へと戻った。そのままローレル・カザネ・いるかは遺跡の方へ足を進め、アントノフはセレーネと共に、駅で彼女たちの帰りを待つこととなった。


「それじゃ行ってきますね、アントンさん。セレーネのこと、任せましたよ。」
「まあこんなクソ寂れた駅なら何も起こらねぇよ、ちゃんとこのおチビちゃんのことは見守っておくがな。さっき村を訪れたときに心因的なショックが大きかったらしい……疲れてあそこの待合室でうとうとしてやがる。」

「セレーネ君、少し心配ですね……。でもああしてもう挫けないって心に誓ってたんです。きっと、またすぐに前を向いて歩き始めてくれるはず。だから僕たちも負けないように頑張らないと。今回の任務は確かに危険だしとても重要な任務だけれど……でも楽しまなきゃ。」

いるかはバッグに入れた遺跡のかけらを取り出し、片手で握り締めてそう自分に言い聞かせた。アントノフはそんな彼にかすかな笑みを漏らした。


「楽しむ、か……。フッ、お前さんらしい考え方だ。そう、レギオン使いの野郎共の過去を暴き、謎に包まれた記憶の遺跡を踏破できる美味しいミッションなんだ、その考えは強ち間違いなんかじゃねぇかもな。」
「そうだね、決して真面目にやらないって訳じゃない。でも、心に常に余裕を持って進まなきゃ、カリカリしすぎても気疲れしちゃうだけだ。僕らなりのやり方で、楽しみ、そして頑張ろう!!」

カザネの一言にローレルやいるかも同調する。こうして進み始めた3匹の足取りは軽く、その奥には結束の心が見え隠れする。他のチームとは違い、このような前向きなバイタリティこそがある点が彼らのチームの一番の強みといえるのかも知れない。








 「着いた、ここが白灰の遺跡か……。さっきの村の中とは比べ物にならないくらいに古めかしい感じだね……。」
「かつて、人間がこの地に住んでいた時代から残っている遺跡らしいんです。確か3000年以上も前にこの街が作られたとか……。」

「先程のナルコス村とは違い、人間が居住していた遺跡……。それにハリマロンのえっこさんたちの文明が滅亡したのは1000年程度前のはず。3000年というと、人間から見てもかなり深い歴史を持つのですね……。」
「ええ……。そしてこの遺跡は大半が石灰岩に埋もれていた。一説には、近くにある火山が噴火して火山灰や溶岩で街が埋まってしまったとか……。何千年も石灰岩によって外気から遮断されていたため、遺跡や人間の死体の保存状態もよく、歴史的に重要な場所だとも聞きました。今回はダイバー連盟のマックスウェル会長が、事情を学者たちに説明して特別に開放してもらってるんです。じゃなければ、こんなところ一生掛かっても来られなかった……。」

いるかは普段よりも真剣ながらも興奮した様子でそう説明した。人間の歴史や文明を紐解く上でも貴重な歴史遺産であるらしく、普段は研究者などを除き、足を踏み入れることは許されていない場所だという。

いるかが説明した通り、3000年前に建てられた像や柱や壁は、今もほとんど風化することなくしっかりと残っている。この地が天候的に恵まれていることもさることながら、近くにある火山に風を遮られた地形的条件と、石灰岩に街全体が埋もれて隠されていたという状態とが奇跡的に組み合わさり、この保存状態のよさを実現したようだ。


「この神殿……恐らくは王宮を兼ね備えた場所でしょう。周りより少し小高い場所を街の中心に作り、そこに神殿や王宮を立てるのは、この地域の古代の人間の文化ではよくあったことなんだそうです。」
「それで一際立派な見た目になってるのか……。それにこの神殿の周りにも大きな建物が集まってるみたいだね。」

「それは『アゴラ』と呼ばれる広場です。神殿を中心にして多くの施設が立てられ、市民の憩いの場としてはもちろん、学術研究の中心地や軍事的な拠点、裁判所や大きな市場などが設けられることもあったと聞きます。」

歴史や文化に詳しいいるかがメンバーにいたことで、この遺跡に暮らしていた人間がどのような生活を営んでいたかが目に浮かぶようだ。このアゴラと呼ばれる広場に人々が集い、街の中心地として賑わいを見せていたことは間違いないらしい。そんな中、ローレルがある建物の床に記された赤い文字を見つけた。


「この文字……!! 間違いない、僕たち人間の残したものです。レギオン使いに関係するものなのでしょうか?」
「何だって!? ローレル、内容は解読できそうかい?」

「はい、『ナルコスの哲学がより一層深まることを願い、王の勅命の元外国人の研究者を迎え入れることをここに許可する。既に隣国のラルダより、若き天才を招き入れることに成功した。無礼と不自由なきよう、シュメオン氏には特別な待遇を与えることを命ず。』とのことです。」
「つまり、この遺跡があった街に他の国の天才学者をスカウトしてきたってことかな? よくあるよね、アーク魔法アカデミーでも優秀な研究者をよそから招き入れてたりするし。うちの父さんもそうみたい。」

地上からアークの大学に雇われたハリマロンえっこのように、『シュメオン』という名の若き天才哲学者がこの地に呼び寄せられたようだ。王が直接そのような措置を取ったことを考えるに、このナルコスは国際的で開放的な文化を持つ都市国家だったのだろうか?


「どうやらこのアゴラ周辺に、色んな情報が集まっていそうですね……。その哲学者や王がレギオン使いと関係あるのかは見えてこないけど……片っ端から調べていけば、何か分かるかも知れません。どんどん人間の記録を探りましょう!!」

いるかが促したように、このアゴラが文化の中心地となっていた以上は、歴史的記述がここに集積されている可能性が高い。一行は辺りの建物を調査し始めるのだった。


(To be continued...)

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想