旗集め

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作者:絢音
読了時間目安:16分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 僕が旗を集め始めたのはいつからだったか。

 きっかけはなんだっけ。

 そもそもそんなもの、あったっけ。

 理由を忘れてしまうくらいには、ずっとずっと長い間探し求めている気がする。

 それでも約束したから。

 僕は今日も旗集めをしている。



|>一本目



『ゲームをしよう』

 そんな言葉から始まったような。誰が言ったか忘れたけど。

 そうして差し出された一本目の旗を、僕は怖々と手に取った。

 それは清廉までに、恐ろしいまでに、無機質なまでに、純白な旗。

 なんでこんな事しないといけないんだろう。

 その理由なんて分からないままだけど、それはそういうゲームなんだと割り切った。



|>|>二本目



 深い深い水の中で。

 二本目の旗を見つけた。

 ヒンバス達が見守る中で。

 僕はその目が眩むほどに艶かしいまでに青い旗を手に取った。

 取ってしまえば割と簡単な事に気づいた。

 ヒンバス達はとても驚いていたけれど。

 僕は少しこのゲームに慣れてきた。



|>|>|>三本目



 こういうゲーム、なんて言うんだっけな。

 そうだ、宝探しだったかな。

 だって三本目の旗は黄金の宝物に囲まれていたから。

 それを反射したかのように、痺れるほどに目に痛いまでに黄色い旗。

 コレクレーが群がる周りのお宝には目もくれず。

 僕はその黄色の旗を手に取った。

 僕にとっては、それが目的の宝物だったから。

 これを集めないとゲームクリアにならないから。

 僕はこのゲームにのめり込んできた。



|>|>|>|>四本目



 そこはもう焼け野原で。

 いつの間にか誰一人いなくなった。

 僕だけを置いて。

 その方が僕もやりやすいと思った。

 ぽつんと一本立ち尽くす、燃えるほどにむせるまでに真っ赤な旗を手に取った。

 四本目ともなると手馴れたもので。

 僕は次の一本を見つけるのが待ち遠しかった。



|>|>|>|>|>五本目



 こいつは少し、骨が折れた。

 森の中に上手く潜んでいた。

 鬱々とした緑色も相まって上手に隠れていた。

 群がるナゾノクサをかき分けて。

 見つけた時はとても興奮した。

 僕は嬉々として青臭く煩わしいまでに葉緑色をした五本目の旗を手に取った。

 僕はこのゲームにすっかりハマっていた。



|>|>|>|>|>|>六本目



 たくさんのポケモンに囲まれていた。

 カイリキー、ハリテヤマ、タイレーツといった力自慢が旗を守っていた。

 彼らをかいくぐった先で辿り着いた紫色の旗は、目を背けたくなるほどに強くはためいていた。

 吐きそうなほどに毒々しいまでに紫の旗を、僕は目一杯引き抜いた。

 六本目という達成感で踊りだしそうになるのをぐっと堪えた。

 それでもにやける顔は止められない。

 それを見て誰もが怯えていたのはなんでだろうな。

 でもそんな事もどうでもよくなるくらい、僕は早くゲームをクリアしたかった。



|>|>|>|>|>|>|>七本目



 七本目を見つけるのはとても苦労した。

 いろんな所を探し回った。

 そうしたら始まりの場所に戻ってきていた。

 今まで集めてきた旗を一本、一本と並べてみる。

 白、青、黄、赤、緑、紫。

 そこで僕は漸くさいごの一本に気づいたんだ。

「なんだ、ずっとそこにあったんだ」

 頭上ではためく、醜いまでに、悲しいまでに、どす黒い旗。

 思えばここまで長い道のりだった。

 それもこれで終わり。

 僕はとうとう七本目の旗に手をかけた。

 そして僕はこのゲームをクリアした。







 |> |> |> |> |> |> _◢







 遠い遠い山々の間、誰も近寄ろうともしない谷底に辿り着いたニンフィアは変わり果てた家族の姿に言葉を失った。
 噂は耳に届いていた。一刻も早く片割れを止めなければと急いで来た。しかしそれは間に合わなかったようだ。

 綺麗に並べられた六本の旗。
 白い旗、
 青い旗、
 黄色い旗、
 赤い旗、
 緑の旗、
 紫の旗、
 そして無造作に転がる黒い旗。

 ──────────否。

 グレイシア、
 シャワーズ、
 サンダース、
 ブースター、
 リーフィア、
 エーフィ、
 そしてブラッキー。

 ────七本の『首』が恨めしげにニンフィアを見ていた。

 ニンフィアはこの惨状に顔を歪ませ蹲った。それでも耐えきれず中身のない嘔吐を繰り返す。その綺麗な体毛が汚れるのすら構っていられない状態だった。
 涙と鼻水と涎と吐物が可愛らしい顔にまとわりつく。それすら拭う事もできず、ニンフィアはこの苦痛をどう受け入れれば良いのか考えるしかなかった。

 ニンフィアはぼんやりした思考のまま、ふらつく足で一本目の旗──首に歩み寄る。蒼白なまでに色も表情も失ったグレイシアの顔にそっと手を添えた。
「あぁ、母様。どうしてこんな事をさせたのですか。そんなにも私達が憎かったのですか。本当に、本当に……助けられなくて、こんな形で産まれてしまって、ごめんなさい」
 白旗──ニンフィアと片割れを産んだ母親のグレイシア。
 全ては彼女から始まった。
 彼女は双子を産んでしまったがために、忌み子の母親として片割れと共に、残虐非道な行為の末に、監獄と称したこの谷底に幽閉されていた。
 そんな酷い仕打ちをした家族を許せなかったのだろう。だが自分で復讐する力はなかった。
 だから実の子であり忌み子と畏れられた片割れを洗脳して、虐待とも変わらぬ訓練を課して、『旗集め』というゲームと称して復讐相手達の首を集めさせたのだ。その手始めとして自らの首を切り取らせた。
 そこからこの悲劇は始まってしまった。

 次にニンフィアは隣の二本目の旗──恐怖に青ざめたシャワーズの首に手を合わせる。
「姉様……貴方が一番あの子を恐れていましたね。だからあの子が入れないであろう水の中に隠れていたのに……こんな事になってしまって、本当にごめんなさい」
 青旗──ニンフィアと片割れの姉であったシャワーズ。
 どんな男も虜にする魅了の持ち主だった。彼女もそれを理解していたから、家族の事など省みず堅苦しい一族のしきたりから逃げ出して、男達を掌握し何でも自分の思うままだった。しかしその凄まじいまでの魅惑もニンフィアの片割れには効果がなかった。
 なぜなら片割れは既に男ではなかったからだ。忌み子の血を残してはならないと、産まれた瞬間に去勢されてしまった。
 それ故に彼女は片割れを止める事ができなかった。盾にしようと侍らせていた男達も片割れには到底及ばなかった。

 次にニンフィアは三本目の旗──電気を溜めたまま絶命してしまったサンダースの首に向き合う。
「叔父様、私は貴方を許せません。貴方が母様とあの子にした仕打ちは到底許されるものではありません。貴方があんな事さえしなければ……ここまで酷い事にはならなかったかもしれないのに」
 黄旗──ニンフィアと片割れの叔父であったサンダース。
 彼はとてつもなく強欲だった。価値のあるもの、面白いもの、珍しいもの、なんでも手に入れた。
 忌み子とその母親など格好の獲物だったのだ。
 ひいてはその二人を物のように扱い、犯し、痛めつけ、好奇の目に晒した。最後は目に余った父親の制止に対し、大金を要求してからどこぞに捨て置いた。
 衰弱しきった母子は道端に倒れていたのを保護され、この監獄に幽閉される事になった。
 散々尊厳を冒された挙句、一生閉じ込められ死ぬ事も許されない彼らは、精神を狂わせ復讐に走るしかなかった。

 次にニンフィアは四本目の旗──興奮の上気冷めやらぬまま亡くなったブースターの首に頭を垂れた。
「兄様……おいたわしや。強者を求め鍛錬を重ねた兄様ですらあの子には叶わなかったのですね。願わくば最期のバトルは兄様の満足いくものでありますように……」
 赤旗──ニンフィアと片割れの兄であったブースター。
 飢えた獣のように戦闘を求めていた彼はいつも忌み子を倒してやると豪語していた。その真の目的は母子をあの地獄から救い出す事だった。
 その為に日々鍛錬を続けていた。彼は強い者を求めては、立ちはだかる敵を貪り食い尽くす勢いで蹂躙した。
 いつか相見える忌み子とのバトルをこれでもかと待ち望んでいた。そしてその暁には、忌み子と言えど兄弟として分かり合えるのではないかと期待していた。
 しかしそれは叶わなかった。既に片割れは『旗集め』という名のゲームに心酔していた。

 次にニンフィアは五本目の旗──草が絡まったまま置かれたリーフィアの首の前に立った。
「叔母様、貴方を憐れむつもりはありませんが……同情はします。あんな強欲な男と番になったばかりに、貴方には必要もなかった罪を背負わせる事になってしまいました」
 緑旗──ニンフィアと片割れの叔母であったリーフィア。
 彼女は元来明るく爽やかな新緑のような女性であった。しかしニンフィアと忌み子の誕生が彼女を狂わせた。
 厳密に言うと、興味本位で忌み子とその母親を匿った叔父のサンダースが、その二人を構う事に入れこみ過ぎたせいで、彼女は嫉妬に狂ってしまった。
 特にサンダースが母親のグレイシアと体の関係を持った事が許せず、顔が分からなくなるくらいぶったり、排泄を我慢させ粗相したのを近隣の者に知らせ辱めた。
 極めつけには母親の目の前でまだ幼かった忌み子を無理矢理襲った事もあった。
 全ては夫であるサンダースへの当てつけであったが、どれも彼に響くどころか、より強い加虐心をくすぐるに終わった。

 次にニンフィアは六本目の旗──怒りと恐れと後悔が入り交じったエーフィの首に掴みかかる勢いで縋りついた。
「あぁ、父様、父様……! どうして、どうしてこんな事になる前に、助けてくれなかったのですか……!」
 紫旗──ニンフィアと片割れの父親であったエーフィ。
 彼は厳格なポケモンだった。特に一族のしきたりには人一倍厳しかった。
 双子の赤子が産まれた時、誰よりも絶望したのは彼だった。その時代、彼の一族の中では、双子は吉凶の象徴だった。
 エーフィはエスパータイプだったが為に、予知してしまったのだ────将来、双子の一人、普通ではない色の子供が一族を皆殺しにしてしまうのを。
 双子のうち片方は普通の茶色いイーブイ、その片割れは珍しい白いイーブイだった。だから彼は双子のうち、色違いのイーブイを忌み子とし、その存在を母親ごと無かった事にした。
 忌み子とその母親を谷底の牢に匿うまでは紆余曲折あったが、遠い地に押し込め幾日が過ぎ、漸く安心していたところだった。
 忌み子が実の母親を殺して逃げ出した知らせが入ったのは。
 その時には既に家出したシャワーズの訃報も届いており、エーフィはすぐさま一族散り散りに逃げるよう指示を出した。そうすれば、片割れが彼の元に来るまで時間稼ぎができると踏んだのだ。
 一人また一人と一族が殺されていく間に、エーフィはかくとうタイプのポケモンをかき集めた。忌み子と言えど弱点さえつけば勝てると思い込んでいた。
 しかしその考えは浅はかだったと思い知る事になる。片割れの憎しみによる洗脳はその程度で消し得るものではなかった。

 とうとう最後の旗──憎悪と狂気と血と、この世を呪う憤怒の涙で真っ黒に染まりきったブラッキーの首を前にニンフィアはとうとう泣き崩れた。血に濡れるのも構わずその首をかき抱いて慟哭する。
「ああああああああああああああああ!!!!」
 黒旗──ニンフィアの双子の片割れであったブラッキー。
 彼は色違いのイーブイとして生まれた。ニンフィアとの違いはただそれだけだった。
 たったそれだけだったのに──父親の予知のせいで、一族のしきたりのせいで、彼は想像を絶する苦痛に満ちた人生を歩む事となった。
 ニンフィアとブラッキー、この双子の間には不思議なテレパシーのようなものがあった。精密な会話をする事はできなかったが、感覚や感情を共有する事ができた。
 だから物心ついてから一度も会った事の無いはずの片割れの事がすぐに分かったのだ。彼とは生まれてからずっと心はすぐ傍にあったのだから。
 ブラッキーの苦しみも悲しみも憎しみも怒りも、ニンフィアはずっと感じていた。それを少しでも和らげようとニンフィアは楽しい事、嬉しい事、面白い事、幸せな事がある事を伝え続けた。
 それは少なからずブラッキーの心に安寧を与えていた。だが母親の洗脳を退ける事はできなかった。洗脳が始まってからはニンフィアの共感覚も届きにくくなっていた。
 母親の洗脳は『旗集め』────つまり一族への復讐として、自分達をこんな目に合わせた奴らの首を集めろというものだった。その復讐相手の中には『忌み子自身』も入っていたのだ。
 だからこそブラッキーは最期に自分の首すらも手にかけた。

 ニンフィアは赤黒い首を抱えたまま、声にならない謝罪の言葉を泣き叫び続けた。
 ────助けられなくてごめんなさい、止められなくてごめんなさい、何もしてあげられなくてごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい────
 ニンフィアにはブラッキーの助けを求める声が聞こえていた。この悲痛な惨劇が起こるずっとずっと前から聞こえていた。
 しかし次期跡取りとして、隠し部屋に閉じ込められ、大切に育てられ、守られていたニンフィアが助けに行けるはずがなかった。
 家族は誰一人いなくなった。片割れもいなくなった。ニンフィアは一人になってしまった。
「…………ねぇ、ブラッキー。私は一体どうしたらいいのでしょうか? 貴方も一族も助けられず、こんなにも罪深い私はこのまま恥を晒して生きていかねばならないのでしょうか……私も共に死ぬべきなのではないでしょうか」
 腕の中のブラッキーの首に問いかけるも答えはない。今までで一番近くにいるはずなのに、もうその心が通じる事はなかった。
「ブラッキー……ねぇ、どうして。どうして私だけ残したのですか。どうして一緒に連れて行ってくれなかったのですか。貴方にとって一番殺したかった相手は私ではなかったのですか。
 ねぇどうして! どうして私だけ生きてしまっているのですか!!! どうして!!
 こんな事になるなら、いっそ私を七人目にしてくれれば良かったのに!!!!!」
 ニンフィアの嘆きの叫声は静かな谷底を虚しく通り抜けていく。喚き疲れた彼は肩を大きく上下に揺らしながら項垂れた。
 虚ろに向けた視線の先には、丁度抱き締めたままのブラッキーの顔があった。その表情は何故か先程とは違って、とても穏やかに見えた。
 その片割れの面様を目の当たりにしてニンフィアは悟った────全ての責任を背負って、死ぬ事も許されず生き続ける、それが自分への復讐なのだと。
 だからブラッキーは敢えてニンフィアを殺さずに残したのだと。
「なんて……なんて惨い事をなさるのでしょうか。いえ、この罰すらも貴方の今までの苦しみとは比べられはしないでしょう……ならば私は」

 復讐を肩代わりさせた母の怠惰。

 家族を見捨て快楽に溺れた姉の色欲。

 全てを意のままにしようとした叔父の強欲。

 目的も忘れ強さを求め過ぎた兄の暴食。

 愛する者の戯れに耐えられなかった叔母の嫉妬。

 吉凶の運命をも変えられると思い込んだ父の傲慢。

 六人もの親族を殺め、最期は自身すらも許せなかった双子の片割れの憤怒。

 ニンフィアはそれら全ての大罪を背負って生きる覚悟を決めた。

「だって私達、家族ですものね……さぁ、皆で帰りましょう、我が一族の在るべき場所へ」

 ニンフィアは白、青、黄、赤、緑、紫、黒の旗のように揺れる七本の首を大事に大事に背負って、罪滅ぼしの一歩を踏み出したのだった。

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