ヨーギラスのもぐもぐ山くずし

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作者:みぞれ雪
読了時間目安:5分
「はい、次はヨウくんの番だよ」
「えーっ。ギラちゃん、大胆だなあ」

 とある岩山で2匹のヨーギラスが遊びに興じていた。人間の登山者を見て覚えた「山くずし」だ。小さな砂山を作って、頂点に旗を立てる。2匹で順番に砂山を崩していき、旗を倒した方が負けだ。ちなみにこの旗は、登山者が記念として山頂に立てていったもの。人間の遊びや道具を柔軟に盗み、彼らは岩山暮らしを満喫していた。

「怖いから、僕は少しだけ、少しだけ……」
「もう、ヨウくんは慎重すぎ。この調子じゃ、いつまでもおやつを食べられないよ!」

 ヨウくんと呼ばれているヨーギラスは、恐る恐る小さく砂山を削り取る。それを見て、ギラちゃんと呼ばれたヨーギラスは焦ったそうに頬を膨らませた。

「だって、こんなにツルッとしていて美味しそうな石、見たことないじゃん。絶対に僕のものにしてやる」
「うぅ。早くおやつを食べたいけど、負けたくない……」

 2匹はおやつの石をかけて勝負をしているようだ。そもそも彼らヨーギラスの主食は砂なのだが、ある程度成長すると石を噛み砕くことができる。さまざまな石が砕けて味が混じった砂よりも、一塊の石の方が、味がまとまっていて美味しい。成長して進化を間近に控えた2匹は「大人の味」を覚え、美味しい石を探しては石をかけて勝負をするようになっていた。

「はい、ギラちゃんの番だよ」
「立派なバンギラスになるには、思い切りがいちばん大事。一気にいくよ!」

 ギラちゃんは砂山を大きく崩し、削り取った砂を口に運んだ。もぐもぐじゃりじゃりと主食を咀嚼しながら、その場しのぎで空腹を満たす。旗が大きく傾いたが、それに一切動じずに食事を楽しんでいる。ヨウくんは砂山とギラちゃんを交互に見てぎょっとする。

「うわっ、もう倒れそうじゃん!」
「もぐもぐ。ヨウくん頑張ってねー」
「うぐぐ……。こっちから山を削り取れば……」

 右に傾く旗を庇うように、ヨウくんは左から砂山を削った。その時。旗のポール、いわゆる棒の先端に、ヨウくんの手先がちょんと触れた。

「あっ!」

 ぐらりと傾いた旗を、ヨウくんは思わずキャッチ。旗を手で支えるのはルール違反だ。

「はーい、ヨウくんの負けー! この石はわたしのもの!」
「うぅ。負けたー。これで3回連続だよ……」

 ヨウくんの負けが決定した瞬間に、ギラちゃんはおやつの石をその手に掴んだ。灰色で、丸みを帯びていて、極めて地味な見た目をしている。しかし、2匹には分かるのだ。このシンプルさこそ、雑味がなくて素朴な味わいの、良質なおやつなのだ。

「いただきまーす」

 ギラちゃんはかぷりと石にかじり付き、ぼりぼりと噛み砕いた。

「わあ、甘くて美味しい! ヨウくん、ひと口食べる?」
「うぐぐ……やめておく。この悔しさをバネに、次はギラちゃんに勝ってやる」
「ヨウくんって、負けず嫌いを拗らせて小細工を使おうとするから、いつもわたしに負けるんだよ。言ったでしょ? 立派なバンギラスになるには、思い切りが大事って」
「僕はそうは思わないよ。嫌な音とか挑発とか、器用な技も武器にしてこそ立派なバンギラスさ。まあ、ギラちゃんには無理だろうけどね」
「何だよ! ……って、ヨウくん、もう既に挑発を使いこなしているんだね。わたしも最近勝ち続きだけど、油断はできないね」

 ギラちゃんが勝者のおやつを食べ終えても、彼らはのどかに雑談を交わす。

「こうしてギラちゃんと遊んでいると、一緒に地上に出てきた日を思い出すね」
「そうだね、ヨウくん。土の中で生まれて、いっぱい砂を食べてやっと地上に出てきて、一緒にパパやママたちに出会って。その日から、立派なバンギラスになることが、わたしたちの夢だったものね」
「夢、きっと叶うよ。そもそも、地中で生まれて地上に出てこられた時点で、大多数のヨーギラスよりもすごいんだから。僕たち」
「ふふ、そうだね」

 おやつをかけて争ったり、理想のバンギラス像に相違があったりするけれど、同じ夢を目指す者同士。今日も彼らは無邪気に夢を語り、明るい未来を夢見て笑い合っていた。


 この日ギラちゃんが食べた石が、かわらずの石であったことにも気づかずに。

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