其ノ伍

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

(首を突っ込むのか?)

 イヤリングに[へんしん]したメタモンが、耳元で囁く。

「入学初日にクラスメイトが焼け死ぬとか嫌だからね」

(お前は本当に気まぐれだな。さっきの写真の時も今回も。そうやって偽善ばかり行うから、余計な面倒事が寄ってくるんだぞ)

「はいはーい」

 アイビーはクスクスと笑い、悠然とした足取りで男子生徒の前に立ちポカブと相見えた。

「やぁ、こんにちは」

 ポカブは自分の前に現れたアイビーにも敵意を剥き出しにする。 特徴的な豚鼻からは熱気が溢れ、赤い玉のような尻尾は赤く爛々と光り始めている。尻尾が赤く光るのは、炎エネルギーを貯めている証拠だと聞きかじったことがあった。つまり現在進行形で、攻撃準備中ということだ。

「アイちゃん……」

 コスモが心配そうにアイビーの名を呼ぶ。そんな彼女に心配するなと手を振って、アイビーはポカブの前に膝を着き屈んだ。

 瞬間、ポカブが豚鼻から小さな火の玉を吹き出した。[ひのこ]だ。アイビーはそれに驚くことも無く、避けることも無く、左手で[ひのこ]の玉をギュッと握り締め消す。担任教師がギョッとしてアイビーを見た。アイビーは気にすることなく、その掌をヒラヒラとポカブに振って見せる。

 木の実の種のようなポカブの瞳が、敵意を孕みアイビーを見る。いきなり知らない人間に譲渡され、しかも人間の沢山居る所に引っ張り出されたポカブは防衛本能から未だ尾を赤く光らせている。

「ボクが怖いかい?」

 その瞳を見下ろせば、ポカブはたじろいだ。ポカブの目に、アイビーの瞳は何色に写っているだろうか。分からないが、畏怖の対象として見られたのは確実だった。

 アイビーは瞳を細め、ニコリと微笑む。恐ろしい表情から一点、優しい表情になったアイビーの顔面を、ポカブがポカンとした顔で凝視した。

「大丈夫さ、怖がらなくて。人間はキミの敵じゃないよ。ほら、怖くないさ」

 ポカブの頬を撫で、頭を撫でる。ポカブはまだ呆然としていたが、やがてアイビーの優しい手つきに尾を垂らし、その尾からは光が消えていく。敵意が無くなった証拠だった。

「ほら、キミも怯えてないで撫でておやりよ。可愛い子じゃないか」

 アイビーはポカブを抱き上げ——「意外と重いな……」と若干感想を零しつつ——未だ腰を抜かしたまま動けていない男子生徒にポカブを差し出した。男子生徒はアイビーを不安そうに見ている。

「撫でてごらん。愛しさが生まれるから」

 ズイッと差し出せば、彼は恐る恐るポカブに手を伸ばし、ソッと撫でる。ポカブは逃げることなくその手を受け入れた。

 アイビーは少年に抱っこさせるようにポカブを渡し、彼にも優しく笑いかけた。

「怯えないで。ヤマキ、だっけ? キミ。

 誰でも“はじめまして”は緊張するものさ。それでも怯えることはないんだよ。ほら、この子の目を見て? 段々愛おしくなって、緊張なんて忘れちゃうんだから」

 アイビーはそう言い残し、またスタスタと自分の席に戻った。教室は水を打ったように静まり返っていたが、担任教師がハッとしてから生徒達にそれぞれ着席するように促し、騒ぎが起きる前と同じ雰囲気まで引き戻す。そしてまた、ポケモンの配布が始まった。

「アイちゃん、手は……手は大丈夫ですか……?」

 コスモが心配そうに、アイビーの手を覗き込む。アイビーはヒラヒラと手を振り問題が無いとアピールして、自分に配られたモンスターボールを改めて見た。

 コスモの学習机の上にはツタージャが立っていた。どうやら彼女に配られたのはくさタイプのツタージャだったらしい。ツタージャはツンと澄ましたような態度を取っているが、キチンとした身なりのコスモに悪い印象を抱いているわけではないようで、暴れたり騒いだりすることは無かった。

「アイちゃんは、ポケモンさんを出されないんですか?」

 不思議そうに、コスモは尋ねる。アイビーはモンスターボールの中から配られたポケモンを出そうとはしなかった。

「ああ、うん。“はじめまして”は、もう少し静かな場所の方が理想的だから、さ。まぁくだらないこだわりだね。気にしないでおくれ」

「そんな、くだらないなんてことないですわ! 初対面って大切ですものね。それを大事にしてくださるのだから、中のポケモンさんだって悪い気はしないと思いますわよ!」

「ありがとうコスモ。キミは優しい子だね」

 そんな会話をしている間にも、クラスメイトへのポケモン配布は続いていた。やがて全員分のポケモンが配り終われば、帰りのホームルームを行い帰宅となる。明日からの学校生活のことを軽く説明し、ホームルームは終了した。

 アイビーはモンスターボールを小さくしてから、ベルトに取り付けて帰るためにリュックサックを背負う。

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