Episode 64 -Secret intentions-

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 耳を優しげに包み込む声に目を覚ますローレルとローゼン。その場にはえっことシグレもおり、何故か全員身体が人間に戻っていた。突然の事態に困惑する一同の前に、見覚えのある人物が姿を現す。
 「目覚めるのです、そして耳を傾けてください……えっこ、ローレル、ローゼン、シグレ…………。」

黒一色の視界の中、耳を撫でる優しい声。草原でつい眠りに落ち、そよ風に起こされたかのような心地よい意識の目覚めと共に、誰もが自らの身体をおもむろに起こす。


「んあ……何だってんだ、夜中なのに……っておい!?」
「君、ローレルちゃんかな? 間違いない、その黒いリボンにグレーの瞳……よく似ている……!!」

「あなたの方こそ、ローゼンさんなのですね? どうして僕らが人間の姿に……さっきまで、ワイワイタウンにいたはずでは……!?」

そう、ローレルたちは見たこともない謎の空間の中で、人間の姿へと戻っていた。真紅の瞳に軍服姿のローゼンと、透き通った金髪にグレーの瞳と腕に巻いた黒のリボンが目を引くローレル。
彼らは互いに顔を見合わせ、驚きの色をその表情に滲ませている。一方のシグレは、残る1人を揺り動かして目覚めさせていた。


「いつまで寝てやがる小僧、とっとと起きろ。何だか分からねぇが、人間の姿に戻っちまってんだよ、俺たち!!」
「うへっ!? 本当だ、でもどうしてこんな……!? まだ見つけていないはず、この旅の終着点……俺たちが失ったものを探すこと、それはまだ成し遂げていない……!!」

「その通り。あなた方は完全に復活した訳ではありません。意識だけが私の元に呼び寄せられ、こうして一時的にこの空間に存在しているのです。ポケモンの身体の器を離れたから、あなた方の本来の姿が投影されている、ただそれだけのこと。」

青い髪と瞳を持つ人間・えっこは自分の身体を見て、目をぎょっと見開いていた。それは丁度、彼が人間からケロマツに姿を変えたあのときと同じような目つきだった。

そんな彼ら4人の前に現れた白く透明にも見える服に、氷のような肌を持つ美しい女性。その姿は、ローレルを除く3人には見覚えがある姿だった。


「何のつもりなんです? 俺たちをポケモンに変えておきながら、またこうして意識だけを呼び出すなんて、中々ナメたマネをしてくれるじゃあないですか。」
「突然のことで驚かせてしまい、申し訳ない限り。しかしこの星で起きている危機に際し、あなた方に伝えることがあるために、こうして招集をかけさせてもらったのです。」

「なるほど、だからアークでお留守番してるシグレもここにいる訳か。便利だねー、君の力って。」
「お伝えしたいのは他でもない、レギオンを使うポケモンたちです。彼らについてお話しするべきことがいくつかありまして。」

そう、4人の前に現れたのは、かつてえっことローゼンとシグレ、その3人の前に現れた創造主と名乗る存在だった。
創造主の口からレギオン使いの言葉が飛び出すが、えっこたちの表情は意外にも冷ややかだ。










 「おや、意外と驚かないのですね? レギオン使いの情報とあらば、もう少し強いリアクションがあるかと思っていましたが。」
「どうせそんなこったろうと思ってたからな。下らん前置きはいい、レギオン使いの奴らについて、とっとと話してもらおうか?」

「原状あなた方に与えられる情報は2つ。まず第一に、彼らとの戦いにより、あなた方の道が開けるということ。既に何度も激突を繰り返していてお分かりかと思いますが、彼らの持つ力はこの世界においてイレギュラー極まりないもの。通常では考えられないヘラルジックに、レギオンを従える能力……。それは他のポケモンには見られぬ特異な点といえます。」
「約束してくれるんでしょうね? 俺は創造主なら何でもお見通しと見た。それなら、俺たちが奴らと戦うことで、本当に元の世界に帰る手がかりを引き寄せられるのかどうかも知っているんでしょう?」

えっこが不機嫌そうに創造主を睨みつけてそう告げると、創造主は微かに無言で頷き、えっこの目を見つめ返した。


「約束しますとも。彼らと戦うこの道が、今のあなた方にとっての一番の近道であると。詳しい内容は私の口からは伝えられないのですが、それだけは揺るぎない事実です。もっとも、彼らとの激突の中で生き残ることができればのお話ではありますが。」
「ま、どうせ僕らが活動を続ける中で邪魔な存在だからね。どのみち叩き潰すことにはなると思ってたけど。それが元の世界に変える近道なら好都合だ。……で、もう1つの情報って?」

「レギオン使いのポケモンたち……彼らは全て、あなた方と同じ元人間のポケモンです。」
「な、何ですって……!? 今何て……!?」

2つ目の真実。レギオン使いのポケモンたちの正体を告げられたローレルたちは、さすがに衝撃を隠せない様子で創造主の透き通る顔を見つめる。
創造主は、そんな驚きの表情には目もくれずに説明を続けた。


「彼らもあなた方と同じく、異世界からやって来た存在なのです。その目的や出身地など、詳しいことは今は説明することはできません。しかし、敢えていうならばあなた方とは相反する存在といえるでしょう。」
「ハリマロンのえっこさんなんかとは違うんです? 彼は、滅びた人類の最後の生き残りの魂を持っている存在だと聞きました。俺たちみたいな類の人間でないならば、後はハリマロンのえっこさんと同じ、ポケモンへの転生プロジェクトの生き残りという可能性しか……。」

「答えはNOとだけ。彼は確かに、ESABと呼ばれるプロジェクトの生き残り。ですが、レギオン使いたちはそのような過去を持つものではありません。」

唐突にハリマロンえっこの正体に関する話題が出たため、シグレは訳も分からず首を傾げている。
えっことローゼンとローレルは、見かねてまず先にそのことについて説明をした。


「あの野郎がそんな計画に携わっていたとは……。そしてこの世界の人間が自滅の道を辿った……。」
「そうです。人間は己の悪しき業と、その因果により滅亡してしまった。その中で唯一あった一筋の光が繋がり、今のポケモンたちとして生まれ変わった。ハリマロンのえっことは、その最後の人間の魂の持ち主です。」

「そして、レギオン使いは僕やえっこさんとも、ハリマロンのえっこさんとも違う、何らかのパターンの人間の魂の持ち主……。」
「その通り。残念ながら、これ以上の情報を現時点で提供することはできません。そこに関しては本当にすみません。」

「フン、端からお前のことは、協力してくれる重要人物などとは思っていない。これだけの情報が手に入れられただけでもよしとするぜ。」
「では、今回はこれにて失礼させてもらいます。あなた方に幸運のあらんことを。」

創造主がそのように告げると、辺りは眩い白の光一色に包まれていき、えっこたちの身体の感覚が融解していくような、その存在が空間と一体化して消えていくような感覚があった。










 一方、ここは先程とは違う謎の空間。聞いているだけで自然と腹が立ってくるような、そんな無邪気で無神経な子供の笑い声が聞こえてくる。


「きゃははははっ、だせーのっ!!!! 1時間もかからずにアイツら逃しちゃってさー、だから詰めが甘いんだって、お・ば・さ・ん?」
「次言ってみなさいな、アンタのその口、二度と聞けないように縦に切り裂いてやるわ……!!」

「やめろ見苦しい。お前が奴らの足止めに失敗したのは事実だ。そもそもイプシロンの言う通り、足止めなどと甘いことを言わず叩き潰していればよかったものを。」
「アンタに指図される筋合いはないわ、どうせアンタらの個体じゃ、そもそも海上での足止めすらまともにできやしない癖して。」

えっこたち一行の足止めに失敗した件で、どうやらイプシロンがプサイのことを嘲笑っているらしい。ファイは溜め息をつきながら椅子にもたれかかり、翼で器用にチェスを打ちながら2匹の口論に割って入る。


「まあ、今回ばかりは何が何でも例の手筈を成功させなきゃならない。ここは僕からもこの件を水に流して、早く次の一手に転じることをお願いしたいよ。」
「その通りだよ……喧嘩してちゃダメ……。ほら、イプシロンもごめんなさいして……。」

「ちぇーっ、仕方ねーの。ユプシロンの頼みだから、特別に謝ってやる。感謝しなよプサイ。」
「フン、もうどうでもいいわ。ただし、今度はアンタたちが何とかして来なさいよ? そこまで言うんなら、確実に奴らを始末できる算段でもあるんでしょうね?」

謎の男とユプシロンに促され、渋々束の間の和解に応じるイプシロンとプサイ。不穏な雰囲気を打ち崩すように、謎の男がゆっくりと腰を上げた。


「さぁね? でもまあ、いよいよ僕にもお株が回ってきた訳だ。イプシロンとユプシロン、そっちは結晶の神殿を頼むよ。僕はテンケイ山の方を攻め落とす。」
「命令しないでくれる? ま、アタシもたまたま結晶の神殿に行くつもりだったし、お前の言う事聞いてやるよーだ。特別大サービスだからねーっ。」

「そりゃどうも。それじゃ、出発といこうか? 多分例のえっことかいう人間も来るんだろうけど、まとめて潰すだけさ。君たちも幸運を祈るよ。」

大きな鉄の扉がゴリゴリという摩擦音を発してゆっくりと開く。やがてギィという鈍い音を立てて外の光が中に差し込むと、イプシロンとユプシロン、そして謎の男の3人はその中へと姿をくらました。












 「うむ……レギオン使いが人間だとは……。」
「信じられないかも知れませんが、俺とローレルとローゼンさん、3人共同じ内容の夢を見ました。そして、そこで創造主から語られたのが、奴らが人間だという情報でした。」

「あの子は死んでしまった僕らをこんな姿に変えた張本人、何らかの超常的な力を持つ存在だ。創造主かどうかはさておいて、多分言うことに間違いはないと思うな。」
「確証は持てませんが、わざわざこうしてえっこ君たちに情報をもたらした辺り、フェイクだとは考えにくいですねぇ。星に危機が訪れていると言及したのですから、恐らくはそれを何とかして欲しいと彼らに頼む意味も込め、自ら情報を提供した。であれば、事実である可能性は十分にあるとワタシは推測します。」

朝食の席でえっこたちが難しい表情を見せる。突拍子もない夢での出来事を語ったところで、他の面々にすんなりと受け入れられるはずもない。

創造主とは何者か、その発言に信憑性はあるのか、その目的は何なのか、本当にえっこたちをサポートする気なのか、現時点ではあまりに謎が多すぎる。

しかしデンリュウはバターを塗りつけたクロワッサンを無理矢理口に押し込めると、ろくに噛まずに飲み込んでからローゼンの意見に同調する旨を述べた。


「私も特別顧問殿に同意だ。はっきり言って創造主とやらのことは信用ならない。さりとて、奴がわざわざ自分の手で転生させ、以後もずっと見守っている君たちの不利益になることをするとも考えられない。」
「まー難しいことは考えなくていいんじゃないっすか? 俺、昔から色々考え込むと頭痛くなっからさー。」

「お前はもう少しよく考えて行動すべきだと思うがな。いつもダンジョンの罠に引っかかるのは誰だと思っている?」
「言えてますねー。僕のことをバカにする前に自分の大雑把なとこを何とかした方が……痛ぁっ、何するんですか酷いですーっ!!」

結局その場にいる者たちは、創造主の発言を信じることにしたようだ。
そんな行き詰まった空気などどこ吹く風といわんばかりに、ネロが両手で次から次にパンを口に放り込みながら笑う中、イヴァンは溜め息をつきながらタブレット端末で新聞を読んでいる。

一方でシャルルはまた余計な口出しをしてしまったために、ネロに殴られてしまったようだ。


「もー、ネロ君にシャルル君、朝っぱらから喧嘩なんかしないでよ。」
「僕は喧嘩なんてしてないですー、ネロ先輩が勝手に殴ってきたんですって!!」

「んあっ? ねぇ君たち、あんまり騒がしいと2匹まとめて黙らせるよ?」
「(おいっ、お袋怒らせると殺されるぞ!! お前ら悪いこと言わねぇから今はやめとけ!!)」

メイが2匹をたしなめようとすると、シャルルはドタドタと机を揺らしながら言い訳を叫び始めた。
そんな様子を見たカイネは、持っていた殻付きのゆで卵を一瞬でバラバラに破裂させつつ気に食わなさそうな目つきを見せる。シャルルたちの向かいに座っていたマーキュリーは、思わず顔を真っ青にして2匹に目配せをしていた。


大騒ぎの調査団の朝の光景が過ぎ去り、いよいよ一同は出発の時を迎える。時刻は午前8時過ぎ、初夏の空にはふわふわとした巨大な積雲が点在しており、地上にいながらにして空がとても低く感じられる。

幸い直ちに天候が荒れることはなさそうだが、高山帯を通過するハリマロンえっこチーム側は常に油断できない状況にはなるだろう。それだけ山の天気は変わりやすい。


「ではえっこ、お互い無事で帰れるよう、そして実りある調査をできるように祈りましょう。」
「祈るというより、必ずそうしてみせるとでも。それではお気を付けて。」

えっこや調査団のチームは北側の道へ、ハリマロンえっこ一家たちは西側の道へとそれぞれ歩みを進める。
果たして聖地にて彼らを待ち受ける運命はどのようなものだろうか? そしてレギオン使いたちとの衝突の中で浮かび上がる結末とは?

その答えは、今はきっと分厚い雲に半ば遮られている、夏のまばゆい太陽のみが知っているのだろう。

(To be continued...)

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