この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
プサイの呼び出したレギオンの襲撃を受けるフェリー。巨大な蛇のような身体がとぐろを巻き、船の動きを封じる中でハリマロンえっこたちは、事態の打開に奔走する。
「んごぉぁぁぁぁっ!!!! んっ……ぐご……もぎゃぁぁぁっ!!!! な、何だ一体!?」
突然地響きのような衝撃が辺りを襲い、寝相の悪さで半分ベッドから足を投げ出していたマーキュリーは、弾みで床に転がり落ちてしまった。
上段のベッドから仰向けに大の字に墜落したのに、全くもってピンピンしているのはさすがマーキュリーといったところか。
「……ひゃぁっ!?」
「シャワー室の方かっ!? ……おい大丈夫か、怪我はねぇか……!!」
衝撃で叫び声が上がった方に、マーキュリーは急いで走った。カーテンの降りているシャワーブースのドアを蹴破ると、そこにはローレルがバスタオル片手に立っていた。
「き、きゃぁぁぁっ!!!!」
「あわわぁっ!? ロ、ローレルか!! 済まねえ、あっち向いてるから!!!!」
半ば停電した薄暗い船内ではあるが、マーキュリーは咄嗟に顔を覆って横に逸らす。元人間な上、いつも服を着ているローレルにとっては、やはり裸を見られるのはあまりに恥ずかしいのだろう。
「ローレルちゃん、大丈夫……!? ってマーク、アンタ何やってるのよ!?」
「その声はメイか? いや誤解だから、何も見てねぇよ、俺は何も!!」
「もー、アンタは単細胞なんだから!! 非常時でも女子シャワー室なんだからノックくらいしなさいよ!!」
メイも衝撃に目を覚ましてローレルの声のした方へやって来たようだ。全裸で身体を手で覆い隠すローレルのすぐ隣に立っているマーキュリーを見て、メイは呆れ顔を見せる。
しかし今は、あまり贅沢など言ってはいられない。ローレルは身体がまだ完全に乾かぬまま、服を着て外に飛び出した。
「何だってんだよー!! 座礁でもしたの!?」
「いや、奴らめ……こんなに早く我々の動向を察知してくるとはな。マークはコイツを運んでくれ。みんな、甲板に出るぞ!!」
慌てた様子のカザネを尻目に、ハリマロンえっこは引きずって連れてきたえっこをマーキュリーに放り渡すと、一同を連れて甲板に出た。
「これじゃあ八方塞がりだね……。こんなに巨大で、攻撃を加えても傷がすぐに回復しちゃうなんて……。」
「カイネさんやニアさんでもダメージが与えられない……一体どうすればいいんだ!?」
甲板に出ると、既にいるかとローゼンに加え、先に彼らに加勢していたらしいカイネとニアの姿も見えた。
先程までの穏やかな月夜とは一変して空は黒く染まり、周囲は明かりを照らさねば、寸分先すらまともに見えない程になっていた。
「どういうこったよ!? 今日はこんなに真っ暗な空模様じゃなかったはずだぜ!?」
「天候が荒れているのではない……カザネ、光源を生み出せるか?」
「分かった。任せてくれ、父さん!!」
カザネはそう答えると、ヘラルジックの楽器を取り出して演奏し始めた。どんよりとした夜の海に似つかわしくない軽やかなジャズ調の曲が流れ始めると、極小の太陽のような火球が宙に浮かび上がり、辺りを照らした。
「『恵みの陽光』の曲だ。これでしばらくは明かりが確保できる。」
「何よっ、あれ……!!!? とてつもなく巨大な蛇みたいな身体が、船を覆うように巻き付いてる……!!!!」
メイが指差す先には、幅6m程度の蛇の身体のようなものが見え、それがモータの鉄芯を覆うコイルのように、何重にもぐるぐると巻き付くことで、この船を完全に隙間なく塞いでいるのだと誰もが容易に判断できた。
「えっこ!! みんな無事そう!?」
「ああ。そこで気絶してる船酔い野郎以外はバッチリ叩き起こされた。迷惑なモーニングサービスを寄越してくれやがるぜ。」
「あのプサイっていうレギオン使いです!! 奴がこのレギオンを呼び出しました!! 顔はこの胴体と同じくらいの太さだけど、身体が永遠に続きそうなくらい長くて……。あっという間に船がこうして固められたんです!!」
えっこたちに対し、甲板の上のいるかがそのように叫んで説明した。えっこたち一行も甲板へと駆け上がり、いるかたちに加勢する。
「バカでかい身体しやがって……。だがいくら細長くても、途中でぶった斬ればいいだけだよな!! カザネ、俺を打ち上げろ!!!!」
「命令すんなクソ兄貴っ!!!! しゃーないからやってやるよ!!!!」
カザネは先程と違い、激しく音が移り変わる荒々しい曲を吹き鳴らす。すると、マーキュリーを吹っ飛ばすように強いつむじ風が巻き起こり、マーキュリーはその勢いで上空のレギオンの身体に向かっていく。
「『旋風の舞踊曲』だ、感謝しろよな!!」
「可愛くねぇ弟だな、だがお陰で直接コイツをぶっ叩けるぜ!!!! くたばりやがれクソっ!!!!」
マーキュリーは予め甲板で、コンテナなどを引っ掛け上げるための大きなフックを拾っていた。
本来はクレーンの先端に付けるようなその金属製の巨大なフックで、マーキュリーは力任せにレギオンを刺し貫く。
「へっ、このまま重みでその胴体を掻っ捌いてやるぜ!!!!」
「ダメだ、そのフックから手を離すんだ!!」
ローゼンがそう叫ぶと同時に、フックがズルズルと鈍い音を立てながら持ち上がっていく感触が、マーキュリーの手元を伝う。
怪訝に思って顔を上げたマーキュリーは、フックの上部がレギオンの身体にどんどんと取り込まれていくのに気が付いた。
「うげぇっ!? 何だよこれ、フックが身体に入っていくぞ!!!! 傷も治って行きやがる、きめぇっ!!!!」
「そのままだと体内に取り込まれてしまいます、早く手を離してっ!!!!」
「いっ、言われなくてもそうしてやるぜっ!!!!」
ローレルが慌てた様子で叫ぶ。マーキュリーはフックから両手を離し、高さ12〜3mはあろうかという眼下の甲板めがけて落下していった。
「マーキュリーさんっ、これを引っ掛けてっ!!!!!!」
「ああ、使わせてもらうぜ!!!!」
いるかが投げ渡したウィップを受け取ったマーキュリーは、ウィップを伸ばして荷揚げ用のクレーンの腕に引っ掛けた。
地面に激突する前に自分の身体を宙に固定できたマーキュリーは、そのままゆっくりと降下して甲板に降り立つ。
「ふー、危ねぇ危ねぇ……。サンキューな、いるか!!」
「いえいえ。それより、奴は見ての通りとんでもない回復能力を持つみたいなんです……。僕やローゼンさんに加え、カイネさんやニアさんでもその回復速度に追いつけない……。マーキュリーさんでも歯が立たないとなると、一体どうすれば……。」
2匹がそう言葉を交わす間にもレギオンの傷は塞がり、やがて完全に元の状態に治癒してしまった。
「しかし妙ですね……最初の攻撃以来、全くこちらへ攻撃を加えるような素振りは見せてきません。この追い詰められた状態、相手からすれば一方的にこちらを倒すチャンスなのに。」
「恐らくだけど、コイツは私たちを倒すために呼び出された相手じゃないと思うのー。完全にこちらを行動不能にして、時間を稼ぐための個体……。だから能力やエネルギーを回復と防御だけに回してある。」
「時間を稼ぐ……一体何でそんなことを……? 私たちが向かうワイワイタウンや聖地に、何か危機が訪れようとしてるっていうの……!?」
八方塞がりなこの状況。ニアの言う通り、このレギオンはこちらを長時間拘束するにはもってこいの性質を持っている。
メイの危惧するように、プサイがえっこたち一行を足止めしている間に、他のメンバーがワイワイタウンや聖地に手を出そうという作戦なのだろうか?
「とんでもない速度の回復能力持ちか……。そいつは利用させてもらうしかあるまいな。」
「おい親父、あの回復能力を利用するって、何意味不明なこと言い出してんだよ!?」
「いえ、ハリマロンのえっこさんの言う通りかも知れません。あの傷の治り方……恐らくはかなり高速で細胞が増殖して傷を塞いでいるのでしょう。」
「さすがローレル君、気付いたようだな。あのレギオンも物質ではなく生物タイプの個体である以上、身体を構成するものは細胞であるはず……。」
すると、メイが一歩前に踏み出してハリマロンえっこに目配せをした。
「なるほどね、父さんの考えてることは大体分かった。こうすればいいんでしょ? 『ファイアブレス』!!!!」
「何か分かんねぇけど炎の技か? なら俺にも任せときな!!!!」
メイの火属性魔法と、マーキュリーのかえんほうしゃが敵の胴体にぶつかり、激しい熱と光を辺りに散らした。
当然、敵の身体には大きな火傷の跡が痛々しく出来上がっているが、端の方から既に傷の修復が始まっていた。
「ああっ、あれだけの火力でも致命傷にはならないなんて……!!」
「致命傷? そんなものは最初から狙っていない。私はコイツを使わせてもらうのだよ、『グリーディ・バイツ』!!!!」
えっこが魔法を発動すると、赤いガスのようなものが空に向かって吹き出し、レギオンの火傷跡へとかかっていった。それを見て、メイが図ったかのように瞬時に魔法を展開する。
「みんな、早くこっちへ!!!! 『スノウフォール』!!!!」
「ちょっ、そんな魔法で雪が降り注いでるところになんて!!」
「黙ってこっちに来い!! 手足の1,2本失いたいのか!?」
「だってさ。そういう訳でレッツゴーだ。」
メイの水属性魔法により、ハリマロンえっこたちがいる場所に極寒の雪が降り注ぎ始めた。いるかはそんな様子を見て二の足を踏む素振りを見せるが、ローゼンに無理矢理抱えられて豪雪の最中へと飛び込む形となった。
「寒いーっ!! いつまでこうしてれば……くしょんっ!!!!」
「さっきのえっこの魔法、何だと思う? こうして気温の低いとこにいないと、全身が大変なことになるよ。」
「何って、そんなの知る訳……ってうわぁっ!?」
ニアの問いに答える間もなく、いるかの言葉を遮るように何かの破裂音が聞こえた。それに続いてレギオンの断末魔のようなものが耳をつんざき、その数分後にやっとメイが魔法を解除した。
垂れた鼻水をすすることも忘れる程に引いた表情を見せるいるか。その目の前には、ズタズタになってちぎれたレギオンの肉片のようなものが、大量の赤い液体に混じって散乱していた。
「コイツが答えだ。さっきの魔法は、古代種の殺戮ウィルスを呼び出す魔法でな。そのウィルスに感染すると、局所的に細胞がガン化してしまう。とはいえ繁殖スピードが遅いから、通常は身体の一部分が壊死する程度の被害しか与えられないのだが。」
「けど奴の体質は普通じゃない。細胞の繁殖スピードがとてつもなく速くて、大きな傷だってあっという間に塞がっちゃう。そうね、私たちの何千倍という速さで細胞が増えるんじゃない?」
「そしてそのスピードに乗ってガンが一気に進行、全身が腐り落ちた上に肥大し、ああして頭から尻尾の先まで一気に破裂して死に至るって寸法だ。特にメイとマークの攻撃で負った火傷は、広い範囲の皮膚と肉を損傷させるからな。ウィルスが付着して増殖する面積もその分大きくなると考えた。」
「そ、そんな恐ろしい魔法を……。」
ハリマロンえっことメイの解説を聞いて、青褪めた表情を見せるいるか。一方のローゼンは、目の前に広がる惨劇に大満足の様子だ。
「最高だよー、君たち!! こりゃあたまんないや、実に愛おしくて愉快な光景だ、はははは!!!! ……まあ、それはそうと雪を降らせたのはあれかな? ウィルスの繁殖予防だね?」
「ったく、アンタの趣味の悪さは筋金入りね……。そうよ、あのウィルスは低温多湿環境に極めて弱いの。雪が降る中なら、一気に死滅して殺菌されてしまうわ。じゃないと父さんの魔法の巻き添えで、私たちも指の2,3本失うとこだったわよ。」
満面の笑みでご満悦のローゼンに対し、ため息をつきながらそう答えるメイ。そのまま雪の魔法によりレギオンの残骸の消毒をした上で、大量の体液を壺に回収して一件落着となった。
「あー……このレギオンの死体掃除すんのに忙しくて眠る暇ねぇじゃんかー!!」
「あの……僕はどのみち眠れなかったと思うんですけどね、ははは……。」
「ま、いいじゃないの。その恨み節を敵に叩きつけるだけだよー。」
少しげんなりするマーキュリーに対し、ローゼンは嬉々としてレギオンの残骸を拾い集めていく。他のメンバーも、まだ夜も明け切らぬ薄闇の中、船のあちこちに飛び散った残骸や体液の掃除に追われていた。
そんな中、唯一気絶していて掃除に参加していないえっこが、人知れずぴくりと身体を動かす。
「んぅ…………。あれ、ここは一体……? 何だ、この床は……? 周りに海があって……ここって船……? 船っ、船ぇーっ!!!?」
「あっ、ヤバいよ父さん!! えっこさんが目を覚ましてるー!!!!」
「何だと!? こんなに早く目を覚ます体質の持ち主などそうそういないぞ!? まずい、早まるなえっこ!!!!」
カザネが気付いたものの、既にえっこはパニックになり、真っ青な顔で目を回している。慌ててハリマロンえっこが魔導書を片手に駆け寄るが、ローレルがえっこの背中に手を当てた。
「ローレル、やば……もう俺……だ……うげっ……。」
「やれやれ、強硬手段ですね。」
「うぁぎゃぁばぁぁっ!!!!!?」
ローレルはえっこに触れたまま全力を込めて電撃を流した。ローレルは技の威力こそ高くはないが、電気タイプの一撃は水タイプのえっこには効果抜群だ。
えっこは足先をピクピクと小刻みに震えさせながらその場にどさりと倒れ、暗闇の中でも分かるような白い煙を上げながら気絶していた。
「えっこさんなら丈夫ですし問題ないでしょう、多分……。」
「ロ、ローレルちゃんって意外とえげつないわね……。」
「うーん……僕の間近で吐瀉物を甲板に撒かれても、処理に困りますので……。」
「うむ……ローレル君を怒らせると命はなさそうだ……。案外危険人物かもな。」
ローレルに聞こえぬよう、呆然とするいるかに耳打ちするハリマロンえっこ。ローレルは焦げたえっこを手でつついて様子を見ているが、既に完全に気絶してしまっているようだ。
戦いの熱気も冷めやらぬ一行を乗せた船は、夜明けの太陽に向かって勇ましく汽笛を吹き上げると、ワイワイタウンに向けてその大きな船体をゆっくり押し進めていくのだった。
(To be continued...)