【第060話】灯台下暗し / チハヤ、シグレ(鬼ごっこ、vsリベル)

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「ダブルバトルは苦手なのだがな……学生の頼みとあらば、仕方あるまい。」
相変わらずの不機嫌そうな様子で、リベルはエプロンの下に閉まっていたボールを取り出す。
そしてチハヤたちの投擲を待たずして、ボールを投げた。

「行くぞ……イキリンコッ!ウミトリオッ!」
「くぇーーーっ!」
「「「だだだっ!」」」
現れたのは青い羽根の鳥ポケモンと、赤いミツ首のポケモン。
イキリンコ(ブルーフェザー)と、ウミトリオだ。

「なっ……あのメイド、先にボールをッ!?」
チハヤが驚くのも無理はない。
普通であれば、ボールの投擲は互いのトレーナーが同時に行うものだ。
そうでなければ、後出し側が有利なポケモンを選べてしまうからである。
しかし……リベルは敢えて、自身が不利になるように立ち回っているのだ。
「貴殿らにハンデをやる。使用するポケモンは、私のポケモンを見てからで良い。さて……どうするシグレ・シワスノ。貴殿もそのオラチフを戻しても良いのだぞ。」
「必要ありません。私は最初からこの子で行くつもりですので。」
「ばうばうッ!」
「……そうか。ではチハヤ・カミシロ。貴殿もポケモンを選ぶが良い。」
「ッ……。」
リベルに斡旋され、チハヤはポケットの中のボールへ手を伸ばす。
そして数段階思考し……己の結論を模索する。
「(……相性的にはパモットの方が有利。だが、空中のイキリンコへの対応をするなら……『ソーラービーム』を持つシキジカの方が決定打になり得る。それに、恐らく一番上手く扱えるのもコイツだ……だったら……)」
そうしてチハヤは、ボールを決めて手を触れた。
だがその時、シグレがチハヤに語りかける。

「チハヤくん、パモットをお願いします。」
「え……」
「相手はひこうタイプとみずタイプ……そして空中型と地上型。タイプ相性で有利、且つ対応レンジも広いパモットが最適解です。」
「お……おう、そうだな。」
チハヤは取り出そうとしていたシキジカのボールを引っ込め、パモットのボールに持ち替えた。

「じゃあ……頼むぜ、パモット!!」
「がじゃじゃーーーー!」
こうして両名のフィールドには、計4体のポケモンが揃った。
ダブルバトルが、リベルの合図と共に開幕する。
「では行くぞッ……イキリンコ、『ブレイブバード』ッ、ウミトリオは『トリプルダイブ』ッ!!」
「くぇーーーーッ!」
「「「だだだーーーー!」」」
イキリンコは大きく高度を上げてから急降下、ウミトリオはその全身を地中に沈めて猛スピードで接近していく。
それぞれ、オラチフたちの視界を一旦外れてから、レンジ外の高速タックルを仕掛けるつもりのようだ。

「チハヤくん、『ほうでん』をッ!!」
「え……あぁ!パモット、『ほうでん』ッ!」
「がじゃじゃーーーーーー!!」
周囲に火花を放つパモット。
その火花はドーム状に滞空し、電磁力の防壁を形成していた。

 更にそれを確認したシグレが、続けてオラチフに指示を出す。
「オラチフッ、『バークアウト』ッ!!」
「ばうーーーーーーーーッ!!」
周囲に留まっていた火花は、オラチフの放った咆哮と共に周囲に拡散する。
それは迫りくるイキリンコとウミトリオを、同時に飲み込んだのであった。
「くぇッ!」
「「「だだだ……!」」」
攻撃はクリティカルヒット……まさしくシグレの計算通りだ。
彼女の指示によって、パモットとオラチフのコンボは綺麗に決まったのである。
特にイキリンコの方には強烈に攻撃が決まったようで、『まひ』状態までをも罹患していた。

 が、リベルの表情は一切崩れない。
「ふっ……その程度は想定済みだ!やれイキリンコ、『からげんき』ッ!!」
「く……くぇーーーーーーーーッ!!」
なんとイキリンコは更に速度を上げて、地上を駆ける勢いで突進してきたのである。
とても全身が痺れているとは思えない勢いであった。
イキリンコの特性は『こんじょう』……状態異常を罹患するとデバフを受けるどころか、逆にステータスが強化される特性だ。
身体能力の強化されたイキリンコの攻撃が、パモットとオラチフへと迫る。
「ッ、パモット!オラチフを守……」
「パモットは『こうそくいどう』で避けてください!」
「……だそうだ!避けろ!」
「がじゃ………!」
シグレの指示を聞き届けたパモットは急激に加速し、イキリンコの間合いを離脱する。
そして迫り来るイキリンコはそのまま、オラチフのみに着弾したのである。

「ばうっ………!」
「(イキリンコの攻撃力は一級品……正面から超火力の『からげんき』を受ければ、タダでは済むまい……)」
「そこですオラチフッ、『くらいつく』攻撃ッ!!」
「何ッ!?」
なんとオラチフは、ダメージを受けた直後に……イキリンコの翼へと喰らい付いたのである。
その強靭なアゴは鋭いキバを食い込ませ、決して離そうとはしない。
「くえッ!?」
「更に追撃ですッ、『きしかいせい』ッ!!」
「ばうーーーーーーーーーーーッ!!」
そしてそのままオラチフは、イキリンコに噛みついたまま引きずるようにして地上をダッシュする。
猛烈なエネルギーがイキリンコの身体から地表へと伝わっていき、距離に比例した大ダメージを与えていった。

「『きしかいせい』は体力が低下するほど威力の上がる技……先の攻撃は、敢えて喰らっておいたんです!」
「……なるほど、見事!」
しかしこの戦法を取るには、自身のポケモンの耐久力と相手の火力……加えて、引き際と踏ん張り際を完全に把握していないといけない。
中途半端な被弾では大した火力は出せず、かといって致命傷を喰らえば勝負そのものに敗北してしまう。
その塩梅を、シグレは理解していたのである。

「だがこのままイキリンコをやらせはせんッ……ウミトリオッ、『じごくづき』でオラチフを引っ剥がせ!」
「「「だだだーーーーー!」」」
地面を引きずられるイキリンコを助けようと、今度はウミトリオがサポートに入る。
喉を直撃する『じごくづき』の攻撃で、オラチフの噛みつき攻撃を無力化する算段のようだ。

「チハヤくん、ウミトリオの足止めを!」
「あぁ分かってる!パモット、『マッハパンチ』ッ!!」
「がじゃーーーー!」
イキリンコのレンジ外に避難していたパモットが、ココに来て迫りくるウミトリオの頬を殴りつける。
決してオラチフの邪魔はさせまいと……攻撃を仕掛けてきたのだ。
「構うなッ、『アクアジェット』で加速して突破しろ!」
「「「だだだーーーーッ!」」」
ウミトリオは加速し、ダッシュの勢いを上げてパモットの横道を縫おうとする。
しかしチハヤは決して、それを許そうとはしない。

「させるかッ、こっちも『こうそくいどう』で加速だ!ウミトリオを通すな!」
「がじゃじゃ!」
加速する攻防によって、両者の間には膠着状態が生じる。
実力は完全に拮抗状態……先にこれを崩したほうが負ける、という状態にまで陥っていた。

 しかしこの状態は、味方のオラチフに取っては好都合。
イキリンコのことを一方的に攻撃できる、ボーナスタイムなのだ。
「(ウミトリオの邪魔さえ入らなければ、イキリンコは倒せます……もう少し堪えてください、チハヤくん!あとで駆けつけますので……!)」
オラチフによって、イキリンコには多大なダメージが入り続ける。
先程まで翼をバタつかせて抵抗していたイキリンコだったが、次第に大人しくなっていった。
どうやら体力の限界が、もうすぐそこまで来ているようだ。
オラチフの勝利は最早目前……



 ……そう思われた、その瞬間だった。
シグレは徐々に、この状況に違和感を覚え始める。
「(……おかしい。イキリンコは確かに攻撃力は高いけど、耐久力は並以下。流石にそろそろ倒れる頃合いでは……?)」
そう、なんとイキリンコはまだ倒れていない。
確かにぐったりとしているようには見える……が、その目はしっかりと見開かれており、意識があるのは明白だ。
まだ戦闘不能にはなっていないのである。
そして……リベルがニヤリと微笑んだ、その直後。

「……やれイキリンコッ、『こらえる』解除ッ!!」
「くぇッ!」
「……は!?」
なんとイキリンコは、『こらえる』を自発的に使用し……オラチフの猛攻をずっと耐えていたのだ。
そしてオラチフ側の勢いが衰えだしたタイミングでそれを解除した……というわけである。
「反撃だ、『ものまね』ッ!!」
「くぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
なんとイキリンコは唐突に起き上がり、足でブレーキを掛けて無理やりオラチフのダッシュを止める。
そして今度は、オラチフの胴を逆に両足でホールドし……地面のスレスレを飛行して移動し出したのである。
つまり、オラチフを引きずり回し出したのだ。
その技はまさしく、先程まで彼が受けていた『きしかいせい』攻撃と同じ物であった。

 地面を爆発的な速度で引きずられたオラチフは、いよいよ体力の限界を迎えてしまう。
近くの岩場に叩きつけられると、そのまま気絶して戦闘不能へと陥った。
「きゃうん………」
「お……オラチフッ……!?」
こうしてシグレは、自身のポケモンを失ってしまった。
自身の策が、計算外の一手によって完全に覆されてしまったのである。
「『こらえる』を使っていたということは……まさかウミトリオを助けに行かせる気は……」
「あぁ、ご明察。最初から無い。奴の仕事は、パモットの足止め!奴の邪魔さえなければ、オラチフは確実に殺れたからな!」
「ッ……!」
シグレはリベルの手のひらの上で、踊らされてしまっていたのだ。

 さて、こうなってしまうと戦局は最悪だ。
この後チハヤとパモットは、ウミトリオとイキリンコの2体を1体で相手取らなくてはいけない。
「次は貴様の番だ、チハヤ・カミシロ!2匹がかりでパモットを仕留めてやるッ!」
「ま……マズいッ!!」
「ウミトリオは『トリプルダイブ』ッ!イキリンコは『きしかいせい』ッ!!」
「「「だだだーーーーーッ!!」」」
「くぇーーーーーーッ!」
最早邪魔する者は居まい……と、両者はパモットを目掛けて突撃する。

「パモットッ、『ほうでん』だッ!!」
「が、がじゃーーーーッ………!」
パモットは周囲に無差別の火花を放ち、少しでも迫りくる相手の勢いを軽減させようとする。
しかし……相手の加速は全く止まらない。
凶暴化したイキリンコがパモットへ攻撃を加え、更にそれで放電が止まったパモットを目掛けてウミトリオのタックルが炸裂する。
まさしく隙の無い、華麗なる連続攻撃であった。

「が……がじゃ……」
「ぱ、パモットーーーーー!」
「(わ……私が先にやられたから……!)」
徐々に押されていく状況に、顔色を悪くしていくシグレとチハヤ。
戦局は一気に、こちら側の不利へと傾いていたのだった。

「(クソッ……何か良い手は……『マッハパンチ』で先にイキリンコを落とすか……?いや、ウミトリオを放置すれば、背後から急所を突かれてドボンだ……!じゃあ『ほうでん』……も駄目だ、これは単発の威力が足りねぇ!)」
チハヤは思考を巡らせる……が、答えは出ない。
一方的にやられ続けるパモットを尻目にしながら策を講じるが、どうにも手間取っているようだ。

「(駄目だ……リンチなんか始めてだ……どうすりゃ良いんだよ……!)」
「チハヤくん、ここは『こうそくいどう』でレンジ外に………」
「さっきからうるせぇッ!今考えてんだ、ちょっと黙ってろッ!」

「え………?」
シグレは、唖然とした。
当然だ。
チハヤに声をかけようとした瞬間、それを彼は突っぱねた。
普段の彼であれば、そんなことはしない。
彼女のアドバイスであれば、何でも受け入れていた。
彼女の助けを、何度も借りていた。
が……チハヤは初めて。
彼女の助け舟を、拒否したのである。
「チハヤ……くん……?」
当惑したまま……シグレはその場に立ち尽くしていたのだった。
「(もしかして……私、必要ない……?)」

 そんな彼女の事など構う暇もなく、ヤケを起こしたチハヤはパモットに告げた。
「こうなったらコイツしかねぇッ………おい行くぞパモット、準備しやがれッ!!」
「が……がじゃッ!」
そう合図すると、チハヤは腰元から解崩器ブレイカーを取り出す。

「ほう……解崩器ブレイカーか、だが貴様は境界解崩ボーダーブレイク使えないはずだが・・・・・・・・?」
「俺が使うのは境界解崩ボーダーブレイクじゃねぇッ!行くぞ……」
押されたのは、『Z』と記載されたボタン。
チハヤは腰を落とし、前方に拳を突き出すポーズを取る。

「行くぞ、ゼンリョクの必殺技……『全力無双激烈拳ぜんりょくむそうげきれつけん』ッ!!」
「がーーーじゃじゃじゃじゃっじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃーーーーーーーーッ!!」
Zワザを起動した瞬間、パモットの身体には凄まじいパワーが流れ出す。
間もなく彼は、四方八方に向かって無数のパンチ攻撃を放ったのであった。
その軌道が一切見えない拳は、まるでグレネード弾が弾けたかのようであった。
圧倒的な物量の拳が、迫り来るイキリンコとウミトリオを同時に隙なく吹っ飛ばしたのであった。

「くぇっ……!」
「「「だだッ……!」」」
「なるほど……物量と出力のいずれかが不足する問題を、特殊介入Zワザで補ったか……!」
苦肉の策ではあるものの……結果的にはそれが正解であった。
圧倒的超火力・超物量のZワザであれば、一瞬ではあるが隙を作ることが出来る。
状況を急速に打開する一手としては、特殊介入4種の中でも最良ですらある。

「相手の体力は残り僅か……これで決めるぞパモット、『ほうでん』攻撃ーーーーーーーッ!!」
「がじゃーーーーーーーーーーーッ!!」
Zワザのダメージで蹌踉めく相手に、容赦なく叩き込まれる局所的な放電。
その攻撃は効果抜群……ものの見事に、イキリンコとウミトリオの両名を粉砕するに至った。


「っしゃあ!でかしたパモット、よくやった!」
「……なるほど。確かに私の負けだ。仕方あるまい、コイツを受け取れ。」
そう言うと、リベルはペンで2枚のカードに自身の名を記す。
そしてそのカードを投げ渡すようにして、チハヤとシグレへと寄越したのであった。

「チハヤ・カミシロ。まぐれとは言え、中々に悪くない判断だった。2匹のポケモンを相手にしての勝利は、評価に値する。」
「は……はは……。」
高圧的な勢いのリベルに、苦笑いで返答するチハヤ。
そして彼女は、次にシグレの方を向く。
「……シグレ・シワスノ。貴殿は聡明なトレーナーだ。イキリンコが『こらえる』を使っていたことくらい、本来の貴殿であれば容易く気づけたはずだ。違うか?」
「い、いえ、そんなコトは……」
「ある。貴殿が相手の行動見落とした理由……それは味方に掛かり切りだったからだ。チハヤの動向を気にかけるあまり、気が散っていたのだろう。」
「ッ……!」
この短時間で、リベルはシグレの問題点を一気に見抜いて指摘する。
本人ですら気づいていなかった問題点を。
「コレが私とシグレのシングルバトルだったら、貴殿は難なく対処できていただろう。他人を気遣うのはいいが、程々にしておけ。貴殿は少しばかり危険な匂いがするぞ。」
そう言い残し、リベルはポケモンたちをボールに戻すと……スタスタと歩いてその場を去っていった。

「(……私は……一体………。)」
シグレの中には、残念ながらリベルの言葉はあまり響いていなかった。
それ以上に、先のチハヤの態度が……彼女には気がかりだったのだ。





 ーーーーー「ふむ、まさか開始1時間もせずにカードを失うとはな。」
リベルはそんな独り言をつぶやきながら、森の獣道を歩んで行く。
先の勝負について振り返りながら、傷ついたポケモンたちを回復させるべく、近くの駅舎へと向かっていたのだ。
「あそこの駅前で待ち伏せていれば、誰か学生にハチ合うかもしれん。ひとまずはそこまで戻って、カードを持ってる学生と勝負でもするか……。」
そんなこんなで、ひとり歩みを進める彼女。


 ……しかしその目と鼻の先。
彼女のつま先スレスレの地面に、上空から何かが突き刺さる。
……矢だ。
鳥ポケモンの羽根が先端についている、鋭い矢である。

 その矢を引き抜き、ゆっくりと背後を振り返るリベル。
彼女は、その視線の先にいる人物へと語りかける。
「………これは何のつもりだ?私への挑戦状か?」
「そうだね……まぁ、そんな所かな。」
そう言って視線の先の人物は、マントを靡かせて樹上から飛び降りる。
相棒の射手……ジュナイパーと共に。

 その人物の名は静カナル嵐サイレント・ストーム……黒衣のメンバーの1人だ。
「話を聞かせてくれよリベルさん。アンタ知ってんだろ……北アゼンド海の洋上で起きた大事件。「DF-013号爆破事件」の事。」
「……何を言っている。挑戦なら生憎、私は今カードを持っていない。他を当たれ。」
そう言って流そうとするリベル。
しかし……ストームは退かずに問い詰める。






「とぼけるなよ……この人殺しが。」
[ポケモンファイル]
☆イキリンコ(♂)
☆親:リベル
☆詳細:ブルーフェザー個体。性格は非常に傲慢で高圧的。ただし習性上、主の命令は絶対なのでリベルには忠実。普段は荷物の運搬で役立っている。

[ポケモンファイル]
☆ウミトリオ(♂)
☆親:リベル
☆詳細:会社のプライベートビーチに紛れ込んできたウミディグダを捕獲して育成したポケモン。給餌の度に、3つの頭が喧嘩を始める。

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