【第059話】合法的な急襲 / マツリ、イロハ、シグレ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

鬼ごっこデッドレースぅーー!?」
マツリの口から突然提唱された謎の単語に、一同は騒然とする。
「驚くのも無理はない。が……何、別に難しい話じゃない。君たちにはこれから、我々と戦ってもらう。ただそれだけだ。」
そう言うとマツリは、手元のスマホから立体映像を取り出す。
そこに映し出されたのは、GAIAの敷地を示した地図である。

「今から我々、聖戦企業連合ジハードカーテルの4人と戴冠者クラウナーズの5人がGAIAのどこかに逃げる。10時30分になったら、君たちはこの部屋を出てGAIA中を探したまえ。」
つまるところ、行われるのは鬼ごっこ……ないしはかくれんぼだ。
それもGAIAの超広大な敷地を使った、盛大な鬼ごっこである。

「見事我々を見つけた者は、ポケモンバトルを挑む権利を得る。そしてバトルに見事勝利できた者には……」
マツリは自身のシャツの胸ポケットに入れていた何かを取り出し、高々と掲げる。
それは金色に淵取られた、白地のカードであった。
そこには何も書かれていない。
「ここに我々の署名を記し、君たちに贈呈しよう。このカードを1枚以上手に入れた上で日の入りを迎えることができれば、見事鬼ごっこデッドレースクリアだ。」
ココで提示されたルールは、思った以上に単純なものであった。
つまり要約すれば、戦って勝てば良い……ただそれだけのことだ。
……そう、ここまでなら。

「だがここで注意事項が3つある。1つは、このカードは聖戦企業連合ジハードカーテルが2枚ずつ。戴冠者クラウナーズが1つずつ。つまり、全部合計しても13枚しか無い。」
「ッ……!!」
そう、このカード自体がクラスメイトの数よりも少ない枚数しか存在していない。
即ち……今日の出席人数14人のうち、最低でも1名は取りっぱぐれる事が確定しているのだ。

「そしてもう1つ。一度戦った者との再戦は禁止、だ。一度見つけた相手を、勝つまで拘束し続ける……なんてことが起こると、他の人が挑戦の機会を失っちゃうからね。」
「……。」
要するに、挑戦権は最大でも人数分……即ち、9戦分しかない。
無論1日に挑戦できる回数には限りがあるしそれほど戦うことは現実的ではないが……一応のルールの1つとして定められている。

「で……最後だ。コレが一番重要。カードを持っている他の学生を襲撃可能とする。」
「ッ……!?」
「その勝負について断る権利はない。そして負けたら、無論所持しているカードを差し出してもらう。」
なんと……このゲームでは、一度手に入れたカードの強奪、もといプレイヤーキルが認められている。
即ち、カードを1枚手に入れたからと言ってそれで勝ち逃げできるわけではなく、また逆に1勝も出来なかったとしても逆転の目がある……というわけだ。
「また、戴冠者クラウナーズ聖戦企業連合ジハードカーテルの面々も、カードを奪い返しに襲ってくることがある。同一人物からの再戦はあり得ないが……くれぐれも、注意したまえ。」
やはり日没までは、全くもって安心ができないようだ。

「カードの所有者については、各自のスマホから状況を確認できるようになっている。つまり、それを参考にすれば……君たちの挑むべき相手は自ずと決まってくる。と言う訳だね。では、ルール説明は以上だ。何か質問は?」
マツリは一通りの説明を終え、学生らの方へと目をやる。
大半の学生たちは、周囲の学生たちへとこっそりと目配せをしている。
今から全員が敵同士となるのだから、当たり前といえば当たり前だ。
しかし、何名かは目の色が違う。
特に、マツリの説明が終了して真っ先に手を上げたイロハは……

「お、イロハ・クレナイ君。何か質問があるのかね?」
「……さっきの言葉に、間違いはねぇな?」
「と、言うと?」
「さっき『ルール説明は以上』っつっただろ?本当に良い・・・・・んだな?」
念を押して、イロハは問い詰める。
するとマツリはその言葉の意図を察したのか、ニヤリと口角を上げる。
「……あぁ、構わない・・・・よ。」
「おう、そうかよ。」

 そのやり取りに、不穏な気配を察知する一部の学生。
特に反応が早かったのは、シグレであった。
「ッ……!顔を伏せて!!」
「え……わっ!」
彼女がそう言って、チハヤのフードを強制的に被せた……その直後。
イロハのスタジャンのポケットから、2つのモンスターボールが投げられる。

 現れたのはたきとうポケモンのブロロローム、そしてバッタポケモンのエクスレッグだ。
しかしそれを学生らが視認する間は殆どなく……
「ブロロロームッ、『くろいきり』だッ!!!」
「ぶrrrrrrーーーーーーんッ!!」
あっという間に、教室の中には、真っ黒な靄が立ち込める。
酷い異臭に、多くの者が目を覆い咳をする。
「げほっ……げほっ……な、何だ急に!?」
「お、おいイロハーーーッ、何しやがる!!」
教室は、一気に地獄と化した。

 特に気管支系の弱いケシキにとっては、死活問題レベルの事件だ。
「ンガ二ィーーーーーーッ!!」
事態の悪さを察したのか、彼のボール内に居たガケガ二がおもむろに飛び出す。
そしてケシキに覆いかぶさるようにして、彼を煙から守ったのである。
「ッ……す、すまないガケガ二ッ……!!」
「ンガ二ッ!!」
喋るな、と言わんばかりに返事をするガケガ二。
教室の状況は、段々と混沌を極めていく。

 更に真っ暗になった教室の中には、ブロロロームがエンジンを蒸して爆走する轟音が鳴り響く。
より酷いスチームが彼女の身体から吐き出され、教室内を覆い続けていた。
「ぶrrrrrrrーーーーーッ!!」
「いだーーーーッ!!」
どうやらブロロロームの背上を乗りこなすようにして、エクスレッグが操縦をしているようだ。

「(あのデブオヤジは確かに言った。『ルール説明は以上』……つまり、説明に無かったコトは、何をしても反則には当たらねぇ!)」
イロハは態々そのことを確認し、周囲に霧をばら撒いたのである。
無論、それは全く意味のない行動などではない。
「(エクスレッグはこの霧の中でも問題なく視覚がはたらく。今のうちに、壇上の連中に発信機を付けさせてもらうぜ。)」
このゲームの重要なポイント……『索敵』の部分を簡略化するために、イロハが先んじて打った一手だったのである。

 そしてイロハの策略には、いち早く伏せていたシグレも遅れて気づいていた。
「そうですか……それが合法だっていうのなら……」
続くように彼女もまた、腰元のボールを取り出して空中に放り投げる。
「ぶふーーーッ!!」
「(パフュートン、頼みましたよ……!!)」
飛び出してきたのはぶたポケモンのパフュートン。
彼女のグルトンが進化した姿だ。
パフュートンは思いっきり教室前方へと駆け抜けていくと、手当たり次第に壇上の面々へ向かって突撃を仕掛ける。

「わっ、痛ッ!なんか踏んだ!!」
「こっちににも来ましたわ……きゃっ!」
「くっ……離れろッ、このッ!!」
乱闘騒ぎになる壇上にて、次々とタックルをかますパフュートンとエクスレッグ。
教室内は阿鼻叫喚の嵐であった。
「(な、何やってんだよシグレ……どうしてパフュートンなんかを……)」
「(それは後で説明します……!)」
普段おとなしい彼女までもがイロハと同じく奇行に走り出した理由は……チハヤには、残念ながら分からなかった。

「コイツは酷いな……頼むよドンカラスッ、『ぼうふう』だ!」
「がぁーーーーーッ!!」
遂にこの霧に耐えかねたのか、動き出したのは戴冠者クラウナーズのリッカであった。
ボールからドンカラスを呼び出し、立ち込める霧を羽ばたきで薙ぎ払わせる。

 その攻撃を察知したパフュートンとエクスレッグらは霧が晴れる前に……と言わんばかりに、そそくさとトレーナーのボールへ戻っていったのであった。
間もなく霧が晴れ、咳き込んでいた学生らが目を開ける。
戴冠者クラウナーズ聖戦企業連合ジハードカーテルの面々が滅入っている中で……ただ悠然と、最前列のマツリは佇んでいたのであった。

「ハッハッハ、元気が良くて何よりだ。」
「ッ……ウソだろ、あの状況でピンピンしてやがる……だと!?」
この状況を察してか否かは分からないが、既に防護メガネとマスクを完備した状態であった。
このマツリという男……あまりにも肝が座りすぎている。

「では……他に質問が無いようであれば、我々はGAIAの敷地内に散らばるとしよう。それでは、また会えることを願って!!」
そう言い残すと、壇上の9名は教室を後にした。
こうして30分の待機時間を、学生らは過ごすことになったのである。





 ーーーーーそして定刻。
パーカートリオの3人は、教室を後にしてグラウンドの方へと出ていた。
「それでシグレ……さっきパフュートンを出した理由は何なんだよ。」
「あぁ、それですね。」
シグレはチハヤに先の経緯を説明するため、ボールからパフュートンを出す。
「ぶふっ!」
「鍵になるのは、この子の尻尾です。」
彼女が指さしたのは、尻尾の先端の丸い部分。
チハヤが言われるがままにそれを嗅いでみると……

「ッ……うわ何これ甘ッ!?」
「そうです。この子の尻尾からは、強烈に甘い香りが放たれています。そしてその香りは、服につくとなかなか取れません。」
「……なるほどね。つまり、この香りを目印にして、ターゲットを追跡しようってことだね。」
「あー、先に言わないでくださいよー!」
つまるところ、彼女の意図していたこともイロハとほぼ同じだ。
咄嗟に思いついたのが、手持ちのパフュートンを用いる方法だったわけだが……存外、悪くない戦法である。

「そしてその香りを……この子に追跡させます。」
更にシグレは、腰のホルダーからポケモンを呼び出す。
「ばうばうっ!」
「おお、コイツはオラチフか!」
中から出てきたのは、わかぞうポケモンのオラチフ。
顔つきに反して、ファミリーのペットとしても人気なほど従順なポケモンだ。
無論、イヌ系のポケモンなため、鼻は強烈に効く。

「こうすれば、ターゲットと戦うが出来るはずです。それではチハヤくん……私とオラチフが案内しますので、一緒にいきましょう。」
「え、でも協力ってアリなのか……?」
「規定には、集団行動の禁止はありませんでした。だから問題はないと思います。」
実際、殆どの学生は敵対関係にある……が、協力そのものは禁止されていない。
であればシグレのいう通り、こうして仲間のサポートを受けるのは……ある種賢明な作戦と言える。

「あ、僕も行く行くー!ボチだって鼻は効くもんねー!」
そう言ってシラヌイも、ボールからボチを呼び出す。
「がうッ!!」
現れたボチは元気にシラヌイの周囲を走り回る。
が、しかし。
その顔色は、視界の先にオラチフを捕らえた瞬間……

「がるるーーーーーーーーッ……!」
「ばうーーーーーーーーッ!!」
なんとボチとオラチフの両名は、互いに睨み合い、体毛を逆立てながら唸りだしたのである。
「え、ちょ、ちょっとオラチフ!?」
「こ、こらボチ!待て、待てだぞ!」
両者のトレーナーが仲裁するも虚しく、2匹は激しく吠えあって距離を取る。
「「う゛ーーーーー……」」
今にも大喧嘩が勃発しそうな、まさに一触即発の空気感であった。
どう見ても、両者の和解は成立しそうにない。

「お、おいお前ら……どっちか引っ込めろ……」
「でもオラチフが居ないと追跡ができません!ここはボチを引っ込めてください!」
「オラチフの方を引っ込めればいいじゃないか。ボチの方が付き合いは長いし、チハヤもこの子の方が良いよね?ね?」
両者のポケモンの仲裁をするはずだった……が、なんと今度は……
「……。」
「……。」
トレーナー同士の間でも火花が散り始めてしまった。
些細な争いは遂に、『どちらがチハヤのサポートをするか』というものに発展してしまったのである。
「あの……お前ら……」
「チハヤくんはちょっと黙っててください。」
残念ながら、彼に介入する余地も権利も存在しない。

「(あぁもう、面倒くせぇーーーーーーーーーー!!)」



 ーーーーーそして10分後。
南の森の中を歩いていたのは、シグレとチハヤの2名であった。
「(コイツら一緒にいると揉めるからな……ジャンケンで決着付けさせて、負けた方は一旦離れてもらうことにしたぜ……悪いなシラヌイ。)」
というわけで、今はシグレとオラチフの案内に従い、獣道を進むことにしたのであった。
「というわけで、ターゲットを見つけたら、協力して倒しましょう。私が全力でサポートします。」
「お、おう……ソイツは心強いや……。」
実際、シグレが味方になればかなり有力なことは確かだ。
相手の実力……特に聖戦企業連合ジハードカーテルの面々については完全に未知数だが、戴冠者クラウナーズの方が相手であれば、まず間違いなく勝ち目はない。
「(特に……ノヴァ先輩とかは何となく会いたくねぇしな。シグレが居れば……まぁ、最悪カチ合っても変なことはしねぇだろ……)」
そんなことを考えながら、オラチフの後をつけていく二人。
間もなく森を抜けてストーンサークルの周辺に辿り着こう……としていたまさにその時。

 彼らの視界の先には……メイド服を来た、ショートヘアの女性が佇んでいた。
聖戦企業連合ジハードカーテルの一角……DRAGON-FLY社の社長秘書、リベル・バゼットだ。
まるでシグレたちが来訪するのを待っていたかのように、近くの岩に腰掛けていたのである。
「……来たか、学生共。足音で何となく分かっていたが……くっ、この服についた臭い、どうしてくれるんだ。」
「その節は申し訳ありません。しかし私たち・・にも授業の成績がかかってます。ご容赦を。」
シグレはリベルの放つ圧に怯むことなく、前へと躍り出て睨み返す。

「ほう……後ろに居るのはチハヤ・カミシロか。」
「なっ……なんで俺の名前を!?」
「我々は常に貴殿らの動向を確認しているからな。しかし……『たち』とはどういう事だ。まさかとは思うが、2人がかりでカードを奪おうということか?」
「えぇ、そのつもりです。さて……行きますよ、チハヤくん!」
そう言うとシグレは、眼の前のオラチフに攻撃態勢へ入るよう指示を出す。
「ばうーーーーー……!」
「(っ……シグレがここまでお膳立てしてくれたんだ!やるしかねぇな!)」
チハヤもまた、ボールを構えて準備をする。

「はぁ……やれやれ、ではダブルバトルだ。このルールは不得手なのだがな……仕方あるまい!」
[ポケモンファイル]
☆ブロロローム(♀)
☆親:イロハ
☆詳細:常にヒャッハーしており、世紀末な性格。エクスレッグとは非常に仲がよく、彼の運転は全面的に信頼している。

[ポケモンファイル]
☆エクスレッグ(♂)
☆親:イロハ
☆詳細:真面目な性格。頼まれた仕事は、例え手足がもげようともやり遂げるほど忠義深い。必殺技の前にポーズを決める。


[ポケモンファイル]
☆オラチフ(♂)
☆親:シグレ
☆詳細:本来ならばとても温厚な性格。しかしシラヌイのボチとは致命的に相容れない。舌がしまえない。

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