この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
秘密のアルバイトがえっこにバレてしまったローレル。ローレルを二度と失いたくないという強い思いから暴走した彼は、ローレルに暴力を振るってでもその管理下に置こうとし、更にその凶刃をローレルと行動を共にしたカザネへと伸ばす……。
遂にえっこにローレルの秘密のアルバイトがバレてしまった。怒りの眼差しで睨みつけるえっこと、パニックで固まるローレルと、かける言葉すら見つからないルーチェ。
三匹の沈黙は、ルーチェが思い出したように口にした一言で破られることとなる。
「そ、そんなに怒ることないじゃないか!! そりゃ、アンタに黙ってこの子を働かせたのは本当に申し訳ないと思ってる……。アンタの大切な子だもんね。勝手に雇ってごめん……。」
「で? 他に言うことは?」
「その……ローレルちゃんはアンタのダイバー資格合格祝いの品を買うためにバイトしてたのさ……。ほら、サプライズプレゼントって奴だ。アンタにバレたら元も子もないだろ? だから黙ってたって訳。ね、ローレルちゃん?」
「えっ、ええ……。ごめんなさいえっこさん、僕、あなたをびっくりさせたくてつい……。」
ルーチェの取ってつけたような嘘にローレルも飛び付いて乗った。しかし、えっこは依然険しい目つきを続けたままだ。
やがて二度目の沈黙が10秒程続いた後、えっこが急にため息をついて口を開いた。
「……。そう、ですか……。とても残念だ、二人して隠すんですね。ローレル、俺との約束なんて、俺が君を想って交わした言葉なんて、君には何の価値もない訳だ。」
「ど、どういうこと……。」
「なあ、これ聞いてもまだシラを切れるってのかよ?」
えっこはComplusに録音したローレルとルーチェの会話を再生した。明らかにローレルがダイバーになるためにアルバイトをしてお金を溜めていること。そしてルーチェがそれを容認していたこと……。
全てが明るみになった。えっこには全てバレているのだと、ローレルもルーチェも理解した。もう、何も言い逃れはできないのだ。
えっこはローレルの手を無理矢理に引っ張るが、ローレルはその場から動こうとしない。しかし即座にえっこの平手打ちがローレルの頬を貫き、ローレルは床に倒れ込んだ。
「ちょっと……アンタ何やってんのさ!? 女の子に手を上げるなんて……!!!!」
「何です? 人に断りなく危険なことやる手助けして、その上シラまで切ろうとしておいて。アンタみたいな奴に、俺とローレルの何が分かるんです?」
えっこは見せたことのない恐ろしい目つきでルーチェを睨みつける。その突き刺す雪山の猛吹雪のような眼差しに、ルーチェですら思わず息を飲み込んだ。
「一緒に来い、ローレル。ダイバーごっこは終わりだ。帰るぞ。」
「痛いっ!! は、離してください……。やめてぇっ!!!!」
「さっきからゴチャゴチャうるせぇよ。それじゃ、ローレルがお世話になりました。バイト代は俺のとこに送ってくださいね。こっちで管理しますんで。」
えっこはローレルの長い耳を強引に掴むと、嫌がる彼女を無理矢理に連れて行ってしまった。ルーチェはしばし呆然としていたが、すぐにどこかへと走り出した。
「部屋で反省してろ。俺の許しが出るまで外に出るのは禁止な。」
「そんな……僕はあなたのために……。」
「俺のためにダイバーになるってのか? ふざけるなよ。俺は君にここで大人しくしてて欲しいんだ。ここにいれば何も危険なことはない。ここで俺の帰りを待っていればいい。それが君が俺にできる最高のことだ。」
「僕に……えっこさんの思い通りに動く所有物になれと? 嫌ですそんなの……。いくらえっこさんの頼みでも……!!!!」
ローレルがそう告げると、再びえっこの平手打ちが飛んだ。ローレルはえっこに想いが通じない辛さと、乱暴され続けた痛みとで遂に泣き始めてしまった。
「君は俺みたく戦える存在じゃないんだ。だから家で待ってるべきなんだ。自由にやらせてた俺がバカだった。これからはこうして徹底的に管理してやる。いいな?」
「うぁぁっ……ぐすっ……えっこさんのばかぁ…………!!!! 分からず屋ぁ……!! ひぐっ、ううっ……。」
えっこは部屋の真ん中で泣きじゃくるローレルには目もくれず、外から板に釘を打って扉を開けられないようにすると、一人どこかへと出掛けて行った。
「おや、あなたはえっこさんじゃ? どうしたんです、今日は依頼の仕事だって兄貴が……。」
「ちょっと用事ができてな。少し、聞きたいことがあるんだ。ちょっとだけ時間、いいかな?」
えっこは新市街の片隅でカザネに出会っていた。カザネはローレルの一件など全く知る由もなく、何の疑いも持たずにえっこの後をついていった。
一方のローレルは、疲れてその場に眠り込んでいた。もうどれくらい泣き続けただろうか?
思えばえっこと出会ってから、ここまで互いの想いがすれ違って決裂したのは初めてだ。今までいつだって、えっこは自分の味方でいてくれた。小さな喧嘩は時々したけど、いつもすぐ仲直りした。
えっことローレルは親友だった。いつまでも、いつでも一緒にいたかったし、心が通じ合っているように思えた。しかし今は違う……。ローレルは心の底からの絶望を抱え、身体に蓄えられた涙を、全て出し切ったような状態になっている。
そのとき、部屋の格子付きの窓がコンコンと何者かによって叩かれる。ローレルはその音に目を覚まして外を見る。
「ローレルちゃん……アタイだ、さっきは助けられなくてごめんね。」
「その声はルーチェさんですか!? まさか助けに……!?」
「しーっ、えっこ君が近くにいるとまずいから。ちょっと待ってて、この鉄格子と窓を何とかする!!」
微かに茜色になった窓の外から、ルーチェとメイの声が聞こえてきた。ルーチェはメイと共に、えっこに監禁されているローレルを救いに来てくれたのだ。
ルーチェは何やらカチャカチャと鉄格子を弄り始める。すると、1分もしない内に格子が外れて窓が露わになった。
「よし、ちょっと後ろ下がってて、ローレルちゃん。」
「ええ、大丈夫です。」
「『ストーンバレット』!!」
メイが魔法を使うと、砲弾型の小さな岩が窓を破壊して部屋に飛び込んできた。窓は絶妙な大きさの岩によって、音もなく綺麗に全面割られてしまい、ローレルは外にいるルーチェたちによって部屋から連れ出された。
「ああ……ヤバイよぉ……、どうしよう……。ローレルさんのことがえっこさんにバレたのって、僕のせいだよね……。」
「今更悔やんでも仕方ありませんよ。それに、隠れてやっていた以上は、遅かれ早かれいつかは明るみに出ることだったのです。責任があるとすれば、あなただけでなく、ローレルさんやカザネさんにもある……。もちろん、黙ってローレルさんにバイトを許した僕のチームのリーダーにも……。」
夕暮れの新市街で、ツォンといるかが深刻な面持ちのまま会話をしている。二匹はルーチェからの頼みで、カザネを探すように告げられてここへやって来たのだ。
「学校にもいなかった……。最近バイトしてるっていう楽器屋にも、家にもいないし、新市街もあちこち探してるけど……。やっぱりルーチェさんが心配してた通り、えっこさんに何かされたんじゃ……!!」
「今はただ信じましょう、まだ無事であると。」
青い顔をして怯え切っているいるかの背中を優しく撫でるツォン。自責の念と、もしカザネに何かあったなら、自分にも同じくえっこの刃が向くかも知れないという恐怖。いるかはその2つの感情に苛まされ、正気を保っているのさえ精一杯だった。
そんなとき、ツォンが路地裏に何かを発見した。いるかと共に確認しに行くと、それはボロボロの紐のようなものだった。
「これは一体……。ストライプ模様のリュックの肩紐か何かですかね?」
「ちょっ……!? こ、これ……!!!! カザネさんのネックストラップだ……!! サックスを首から下げる奴!!」
「何ですって……!!? まさかっ、カザネさん!!!! いるなら返事をしてください!!!!」
「そんな、カザネさんが……。うわぁぁぁっ!!!!!!」
完全に取り乱したいるかの横で、ツォンは必死に目を凝らしながら、近くに波紋の反応がないかを探る。すると路地裏の奥の、建物の地下室に続くような1段低くなっているところに微弱な波紋を感じた。
「そこかっ!? カザネさん!!!!」
「ううっ……。な、何てことを……。そんな、こんなことって……。」
いるかは思わずカザネの姿に目を背けた。ツォンが発見したカザネは、全身至るところに切り傷が深々と刻み込まれ、見るも無残な状態だった。
ツォンの呼びかけにわずかに応えることから意識はあると思われるが、一刻を争う事態だ。
ツォンは急いで応急処置を始め、いるかは救急車を呼ぶために、消防署へと緊急連絡をした。
「カザネ!! ちょっと、何でこんな……。」
「僕はこんなこと……望んでなんかいなかったのに……。僕が、僕がいけないんだ……。僕がダイバーになりたいって言い出したから……。僕のせいでこんな……。どうしよう……うぁぁっ……!!!!」
病院で治療を受けたことで、カザネは何とか一命を取り留めた。それでも、カザネは依然朦朧とした意識のままベッドに倒れている。
涙を浮かべながら、動かぬ実の弟の手を握るメイ。その横で、いるかはパニックによる過呼吸を起こしながら、独り小声で繰り返し呟いていた。
「やめて、やめてよそんなの……。君のせいじゃない、みんな夢を追う権利はあるでしょ? 自由に考え、自分のなりたい自分を目指す権利はあるでしょ?」
「そうです。えっこさんを暴走させたのは僕への行き過ぎた愛情、僕を一度死なせてしまったトラウマ……。そしてそこから生まれた歪んだ支配欲……。あなたの責任ではありません。カザネさんなら大丈夫。ご両親曰く、とても身体が強い方らしいですから。」
ローレルと、面接試験を担当したニアがいるかを囲んで懸命に慰め、落ち着かせる。いるかは最早何も考えられないくらいに憔悴し切っており、先程から何度もその場で嘔吐していた。
「親父、やるんだな……? カザネのことはあるが、多分直接ローレルたちのことをバラしちまったのは俺だ。だから俺は、えっこの野郎のことは責められない。逆にローレルの味方もできない。俺、バカだから分かんねぇよ……。何でこんなことになっちまったんだよ……!!!!」
「人もポケモンも、愛情という厄介な感情を持っちまったのが運の尽きなんだ。お前はまだそんな経験ないかもしれないが、命に代えてでも守りたい誰かがいるとき、時に人もポケモンも暴走する。」
「命に代えてでも、か……。えっこにとって、それはローレル……。」
「そうだ。だが彼はそれをコントロールできなかった。守りたいという気持ちは支配欲に、喜ばせたいという気持ちは押し付けがましさに姿を変えた。カザネのようにローレル君に近づく者は、無残に殺しても構わないとさえ思っただろう。」
「分かんねぇよ……。俺、そんなの……。狂ってる……それじゃあ意味ねぇじゃんか!!!!」
「ああ、本末転倒だ。愛する者を守り、幸せにしようとするあまり、支配して管理下に置き、不幸にしてしまうパラドックス……。怪物になっちまったあいつは、最早私が目を覚まさせに行かねばならないようだ。マーク、母さんと一緒にカザネやいるか君たちの警護を頼むぞ。」
マーキュリーが愛情に狂った者を理解できずに頭を抱える中、ハリマロンのえっこはいつもの黒いコートを羽織り、病院の外へと徐ろに歩き出した。
雲で月が隠れたアークの深い夜闇。病院の傍にある薄汚れた街灯が、ジリジリと小さな消え入る音を立てながら黄色い光を点滅させている。
ハリマロンのえっこはその灯りの元、一冊の魔導書を取り出し、表紙に書かれた文字をじっと眺める。
「『天使のラッパ』……。その導きのファンファーレの先で彼を待つのは、救いへの道か、或いは…………。」
ハリマロンのえっこはそう呟くとため息を深くゆっくりと吐き、何かを決意したように前を向き、新市街の彩り鮮やかな明かりの方へと歩みを進めるのだった。
(To be continued...)