Episode 27 -Anxiety-

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読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ある初夏の暑い一日。現場仕事で一汗流すマーキュリーは、ガテン系の現場に馴染めずにくよくよする一匹の新入りポケモンを見つける。彼がマーキュリーにたいして語ったある計画が、巡り巡って最悪の事態を引き起こすこととなる……。
 ある土曜日。今日は気温が25度を超え、太陽により近い位置にある天空の島・アークでは太陽光が容赦ない程に、白く明るく照りつけていた。

初夏の気配を匂わせるそんな一日ではあるが、今日もマーキュリーは工業区のプラント建設現場で汗水流している。


「ふへぇー……今日はあちぃなー……。でもま、雨が降ってない分こうして仕事できるしいいけどよ。」
「おいこらぁっ!!!! ぶつかるとこだっただろ、ボケーっとするなぁっ!!!!!!!!」

マーキュリーが大量の鉄パイプを現場に下ろしたと同時くらいに、遠くから誰かの怒号が聞こえてきた。マーキュリーは首を傾げて様子を見に行く。


「ううっ……。ご、ごめんなさぁい……。」
「全く、後方だけじゃなくて上も確認しろと言っただろ!!!! というか、後ろだけでいいならお前は要らねぇだろうが!!!!!!」

マーキュリーが駆けつけると、建設用クレーン車の運転席に座ったホルードが、地上にいるヘルメットを被ったポッチャマに怒鳴りつけているところだった。

ポッチャマは手に誘導用のバトンを持っており、バックする車両の誘導を任されていたようだ。


「何もあんなに怒鳴ることないじゃねぇっすか、ミスなんか誰でもやるでしょ?」
「今日3回目なんだよ……。そこのチビ、ちゃんと荷台のクレーンが上にある鉄骨とかに触れないように注意しとけと散々言ったのに、危うく接触するとこだったんだ。もしクレーンがお陀仏になったらどうしてくれんだよ!!!?」

ホルードは明らかに不機嫌な様子でマーキュリーに答える。マーキュリーはそんな様子を見かねて、ポッチャマの近くに屈み込んだ。


「お前もメソメソしてんな、こんなんここじゃよくあることだぜ? いちいち気にしてたら身がもたねぇよ。」
「ひぐっ……す、すみません……。」

「丁度手も空いたし、後ろは俺が誘導するから、お前はクレーンがぶつからないか見てな。」
マーキュリーはそう告げると、ポッチャマから誘導用のバトンを受け取り、車両後方へと回った。








 「さっきはありがとうございました。せっかく稼げそうだからこのバイトにしたのに……。ダメだなぁ、僕は……。」
「んなことねぇよ、俺より賢そうだし、すぐ慣れるって!! でも何でまたこんなきついバイトしてるんだ? 高校生なら普通こんなとこ来ねぇぞ。」

「ダイバーになりたいんです。学校で一緒にダイバーになってくれるっていう仲間が2匹もできて……。ずっと夢だったんです、だから手っ取り早くその資金を貯められる仕事が欲しくて。」
「なるほどねぇ、立派なもんだわ……。」

休憩時間、マーキュリーは大量のコンビニ弁当を頬張りながらポッチャマの話を聞いていた。ポッチャマは少し照れながら、マーキュリーにダイバーになる計画について、続きを話す。


「まあ、その仲間の一匹の出した条件で平日は彼の部活に出なきゃいけないから、こうして土日で何とか稼ぐしかないんですけどね……。」
「部活かー、そういやうちのガリ勉弟も部活熱心だぜー。ファックスだっけ? リラックスだっけ? 何かキラキラしたよく分からん楽器吹いてるわ。」

マーキュリーがそう告げた瞬間、ポッチャマは唖然とした表情でマーキュリーの顔を見つめた。マーキュリーは突然の出来事に、ただただ首を傾げている。


「えっ!? それってまさかサックスのことじゃ……。」
「あー、それそれ!!!! うちのカザネの奴、吹奏楽部にお熱でよ、その、あーっと……。マックスだっけ? それ吹いてる。」

「カザネさんのお兄さんだったのか……。凄い偶然……。」

そう、このポッチャマはいるかだったのだ。いるかは何とも神妙な面持ちで、カザネとは似ても似つかぬ彼の兄の顔をまじまじと見つめていた。


「ん? じゃああれか? もしかして一緒にダイバーになろうっての、うちの弟なんじゃ……。」
「んぐぇっ!? いやっ、あのそのっ……。ち、違いますよ、別のポケモンです、あはは……。」

いるかは突然驚いた様子で、口に入れた食べ物を吹き出しそうになりながら慌てふためいた。恐らくは、他のポケモンにローレルがダイバーになる計画を話さないよう、彼女自身に口止めされているのだろう。

カザネが自分と共にダイバーになろうとしていることがバレれば、カザネと仲のいいローレルにもその疑惑の目が向くことは考えられる。
そう判断したいるかは咄嗟にお茶を濁そうとするが、誰がどう見ても嘘をついていることは明らかだった。


「そーいや、あいつ最近土日にどっか行ってるな……。今朝も現場仕事やってる俺より早く出掛けて行ったし。」
「んわっ、そ、それはあれですって、朝練があるんですよ!! カザネさんはアンサンブルコンテストを控えてるから忙しいみたいで。」

「そうなのか、まあどっちでもいいけどなー。さてと、昼食ったし少し昼寝しとくか。おやすみー。」

マーキュリーはそう呟くと、近くに置いてあった雑誌を顔に被せて昼寝を始めた。自他共に認めるおバカなマーキュリーだけに、上手くごまかせただろうか? 今のいるかには、そのことを確かめる術などなかった。









 「さて、みんな今回もご苦労だったな!! 目的地まで依頼主を護衛する任務は久々だったが、よくやってくれたぜ。」
「ま、依頼主の目論見は外れてたけどね。ダウジングマシンを使うと洞穴の奥地に鉄鉱石の反応があるとか言ってたけど、単なる不法投棄のガラクタの山だったし……。」

「よし、報酬の分配だが……。えっこ、お前はまた3000ポケなー。」
「えー!? な、何で!?」
「冗談冗談、んなことやる訳ねぇだろ。俺は優しい上司だからな。」

数日後、チーム・テンペストのオフィスにて、えっこたち4匹は依頼を終えて一息ついていた。
今回はこの間と違い、マーキュリーも手が空いていたため依頼に協力していた。


「ふふ、以前のトレに戻ってくれて僕も嬉しいよ。えっこが加入してから何か殺伐としてたしね。えっこもあれ以来、ちゃんとチームに馴染めてるようだし。」
「しっかしこの間のポッチャマに、えっこのこと教えてやりてぇな。ダイバー目指してるらしくてよ、工業区でバイトして資金稼いでたんだ。」

「へぇ……ダイバーは人手不足と聞いていたのに、それは期待が持てますね!!」
「けど、俺の弟と同じ部活やってる高校生らしくてな……。どうもカザネの野郎に唆されて、入部と引き換えにダイバーのチーム組む約束したみたいだぜ。やり方が狡いわアイツ……。」

えっこはマーキュリーの話を聞いて、少し訝しげな顔つきをしてみせた。本人も気付かぬ内に右手は顎にあてがわれており、何かを考えている様子が見て取れる。


「どうしたんだえっこ? 何かマークの話で気になることでもあんのかよ?」
「カザネ君の部活……吹奏楽部か……。あそこ、確かローレルも入ってたはず……。」

えっこの脳内ではパズルのピースが組み合わさるようにして、ある一つの疑念が完成したらしい。えっこは他の三匹をよそに、ただ一人あれこれと思考を巡らせていた。


「トレさん、今度の土曜日の依頼、有給頂いてよろしいですか?」
「んあー? 別に構わねぇけど、何か急用でもできたん?」

「ええ、確かめねばならないことがありまして……。皆さん、俺が有給取ってることは他のポケモンには内緒にしてください。」

やはりえっこは一人で何かを画策しているらしく、トレたちはただただぽかんと口を開けているだけだった。










 「えっこさん、今日も依頼に行かれるのですね? くれぐれも、この間のように無茶はしないでください。もしもえっこさんに何かあったら、僕、どうしたらいいか……。」
「分かってるよローレル。でもローレルも、絶対に危険なことするんじゃないぞ。俺だって同じだからな。君が危ない目を見るのを考えただけで寒気がする。だから、約束してくれるよな? 危ないことはしないって。」

「……ええ。えっこさんとずっと一緒にいたいですもの。お互い、無茶は避けましょうね?」
「ああ、約束だからな。それじゃ、行ってくる。」

えっこはローレルを抱き締めると、ドアを開けてアパートの外へ出ていった。ローレルは窓越しにえっこがいなくなるのを確認すると、上着を着込んでため息をついた。


「約束、ですか……。ごめんなさいえっこさん、僕は本当に悪い人間です……。約束、守れないかも知れません。」
ローレルはそう呟くと、こっそりとアパートを後にして旧市街の中心地方面へと向かって行った。

「おかしい……。ローレルが楽器や魔法の練習をしに行くなら、あっちとは逆の雲海海岸の方だ……。旧市街の中心地に行って、何をしてるんだ?」
えっこは物陰に息を殺して潜み、ローレルが歩いていくその後を、気付かれないよう慎重に付けていった。

やがて、ローレルはルーチェのピッツェリアの裏口に辿り着くと、一度周りをきょろきょろ見渡して確認した後、入り口の鍵を解錠して入っていった。


「この扉、暗証番号を入力して開けるタイプだ……。ローレルが何故……?」
えっこが音もなく扉に近づいて呟いた。バレないよう、壁際で身を屈めて息を押し殺して待つと、建物の中から話し声が聞こえてきた。えっこは慌ててComplusの録音装置を作動させる。


「今日は給料日…………」
「……お陰で……ダイバー試験を受ける……ました!! これでカザネさんやいるかさんと…………ダイバーを目指せます!!」

「はっはー、いいってことよ!! …………には内緒にして…………。…………ローレルちゃんを……閉じ込めるかもだしねぇ。」
「ええ…………。えっこさんには悪いですが…………………。強硬手段…………やむを得ずです。」

全神経を集中させて聞き耳を立てていたえっこは、ローレルとルーチェの会話を聞き終わると拳を握り締め、怒りの表情を滲ませながら歯をギリギリと強く噛み締めた。


「やっぱりローレルは、ダイバーになるためにバイトを……。それもカザネもルーチェさんもグルか……。たったさっき、約束するって言ってたのに……。俺と約束したことなんて、俺の想いなんて、ローレルにとっては踏み躙って当然のものなのかよ……。クソッ……畜生……!!」

えっこは低く小さな声でそう言い終わると、目頭に少し溜まった悔し涙の粒を乱暴に腕で拭った。
数秒の後立ち上がると、えっこはゆらりと裏路地を抜けて歩き、ピッツェリアの表玄関に立った。そのまま深呼吸をすると、まるで何事もなかったかのように取り繕って店の扉を開けた。


「わっ!? 青蛙君じゃないか、いらっしゃい!!」
「ちょっと腹が減っちゃいまして……。マリナーラとコーラ一つ。」

えっこはぼそりとルーチェに告げると、近くの席ににするりと腰を下ろした。まだ時刻は午前10時半。お昼時にはあまりに早過ぎるこの時間帯の誰もいない店内で、えっこは窓際に座って外を眺めていた。


「はいよ、ご注文の品だよー。」
「ありがとうございます。」

何とも素っ気ない態度は、ルーチェもどこか引っかかっていた。しかし、よもやえっこがローレルのことを嗅ぎつけていることなど知る由もない彼女は、不審に思いながらも厨房の方へと戻っていった。


やがて吸い込むようにマリナーラを平らげたえっこは、テーブルに備え付けてあった紙ナプキンを数枚取り出すと、くしゃくしゃと丸めて皿の上に置いた。

「ルーチェさん、もう帰るのでお会計お願いします!!」
「んー? もうちょっとゆっくりしてけばいいのにー!!」

「ちょっと急用を思い出して。もう帰らなきゃなんです!!」

えっこがルーチェを呼ぶと、ルーチェはえっこが食べ終わった皿を持って洗い場へと向かう。先にレジの前に立っていたえっこは、突然わざとらしい慌てぶりを見せながら叫んだ。


「うわっ!? 財布とダイバー免許!! そうだ、さっきの紙ナプキンの中だ!!」
「うおう、危ない危ない、そんな大事なもの紙くずの中に入れんじゃないよ、待ってな、すぐ持ってくからー!!」

しかしルーチェがそう叫ぶ間もなく、えっこは素早く厨房の中に足を踏み入れていた。


「財布ー!!!! ありました!?」
「ちょっ、勝手に入んないでよ!! 衛生面で色々うるさく言われんだから、アタイたち飲食業は!!」

ところが、えっこはそのまま皿の上の紙ナプキンには目もくれず、騒ぎを聞きつけて洗い場からこちらへと振り向いたローレルの元へ、早歩きで迫っていく。


「ひぇっ!? えっ、えっこさん……!!!? どうしてこんなところに……!?」
「それはこっちのセリフだ……。一体どういうことなんだよ、ローレル!!!! それにルーチェさんも!!!!」

「うわぁっ……こ、こいつはヤバイことに……。」

完全に怒り心頭の形相を見せるえっこ。対してローレルとルーチェは放心状態になっており、えっこの怒鳴り声の後は、洗い場のシンクに注ぎ込む水道の音が、ただザーザーと辺りにこだまするだけだった。


(To be continued...)

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