第8話 敵こそ最大の師匠

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:21分
ルーナメア(ラティアス♀):スターライトの艦長

タリサ(女性):不思議な雑貨屋さん

サン(少女):好奇心溢れる活発な女の子
ルトー(ルチャブル♂):サンの相棒だが…?
雷電(剣):仰々しく話す稲妻の剣

キズミ(男性):美青年にして警官
ウルスラ(ラルトス♀):キズミの相棒

マナ(マナフィ♂?):スターライトに搭載された人工知能ホログラムのひとつ

ミオ(女性):ルーナメアの友人で、地球連合艦隊の提督
 タリサは椅子に座っていた。
 部屋にテーブルはなく、本棚には分厚い古書の数々が並び、合間には古めかしい時空儀や色褪せたアルトマーレの風景写真が飾ってある。薄暗い照明は年季の入った木材をより渋く褐色に染め、窓の外には宝石を散りばめたような夜空がどこまでも続いていた。
 ソワソワと逸る気持ちを抑えきれず、視線があちらこちらへと移ってしまう。カウンセリングを受けるのは初めてだ。対面する椅子にチョコンと腰を据えるグレイシアは、ホログラムのカルテを視線操作でめくり、「ふむ」と唸った。

「ラティアス、女性、オリジナルにデザインした雑貨を販売。雑貨に込められたささやかな不可思議で、消えかかった夢の灯火を再び焚きつけ後押しする。人間社会に溶け込むポケモンは今や珍しくないが、あなたは中でも群を抜いて……珍妙だ」
「珍妙とはお言葉だね、先生」タリサは待ってましたとばかりに口を開いた。「あたしは夢を提供している。いや、こう言っては表現に語弊があるかな、人間の言葉はもどかしい、同時に奥ゆかしくもあるけれど。もっと正確に言えば、切っ掛けだ。歩みを止めてしまった人々の、背中をほんの少し押してあげる。すると人間は不思議なことに、自らの足で歩き始めるんだ。その勢いは凄まじく、どんな困難も乗り越えていくほどに。彼らに自覚はないけれど、それはとても凄いことだと思う」
「君の熱意は伝わっている。十分過ぎるほど。ところで、今しがた語ってくれたそれは、君にとってどんなメリットが?」
「……メリット?」
 問われて、少し嫌な感じがした。
「人間の夢を後押しすることで、君に生じる見返りは何なんだ? なぜ誰にも注目されないような路地裏で、自らの方法に固執し、挫けそうになった人間を救おうとするのか?」
 嫌な感覚が増していく。誰にも入られたくない領域に、土足で踏み入られるような。
「あたしは表舞台には立ちたくない。だってそれは、穏やかな日々を手放すことになるでしょ?」
「なぜ?」
「性分を問われて、君こそ満足に答えられるのかい?」
「いいや。だからこそ聞く価値がある。君のファイルには、君がこれまで成し遂げた事実について詳細に記録されているが、感情面の変化には驚くほど触れていない。負の感情に呑まれた人々を『夢映し』の揺り篭で守り、希望を育み、それは君の言うところの可能性を抱くまでに至った。だが、君自身はどう感じてきた? その空白を埋めてみることにしよう」

 いやな冷気が背筋をなぞる。
 カウンセリングの先生がグレイシアという冷気を纏う種族だからか。それだけではない、抵抗できない何かをされているような。
 タリサは平然を装い、「どこからでもどうぞ」と挑戦的な笑みすら零して見せた。
「そこで最初の質問に立ち返る。なぜ君は人々を救い、希望ある夢に導こうとするのか?」
「人を助けるのに理由が要るのかい、という答えじゃ納得してくれなさそうだね……好きなんだ。彼らが想像力という名の翼を広げて、力強く飛び立つ姿を見るのが」
 グレイシアはゆっくりと瞬きをするだけで、続きを待っているように見えた。
「……疑ってる?」
「いいや、少なくとも君自身はそう信じているものと考えている」
「あたしが自分の動機を誤魔化していると?」
「誰だってそうだ、理屈は自我の正当性を確保するために後からついてくる付属品に過ぎない。では何が君を衝き動かしているのだろうか。私が思うに、知っているからだ。夢を失い、迷い星となって広大な宇宙空間を彷徨う孤独感、その恐怖を、君は肌で感じた。そしてこうした恐れは、救世主コンプレックスに結びつく。なぜなら孤独の中で自らの価値を認める最も安易な方法は、他者を救える自分を演じることに他ならない」
「あいにく、あたしは孤独じゃない。こう見えてちゃんと家族がいてね、救世主にならずとも心は満ち足りている」
「家族がいればの話だ。聞くが、家族の顔と名前を思い出せるかね?」
「それは当然……」
 続くべき言葉が出てこない。ともに雑貨を作ってきた誰かがいたはずなのに、いや、少なくともいたと信じて疑わなかった。
 何かがおかしい。これはただのカウンセリングじゃない。まるで断崖の縁に立たされているような、これ以上踏み込んだら戻れない気がする。
「……もういい、帰る。お前さんの話は決めつけばかりで、全然面白くない」
「では理屈で抗ってみなさい。知的生物にのみ与えられた、正当性を貫くための生来の武器だ」
 逃げられない。というか、椅子から立ち上がることができない。金縛りにでも遭ったように、体が言うことを聞かない。
「これは何だ……違う、あたしはカウンセリングを受けに来たんじゃない、別のことをしていたはず。ここはどこ? お前さん、いったい何者なんだ……?」
 グレイシアは銅像のように佇み、ゆっくり瞬きをした。


 *


 夜、メラメラと燃ゆる松明が並んだ古風な神殿に、ひとりの女性がテレポートして現れた。
 ここ『ミチーナ神殿』は、何千年も昔に高い岩山を掘って造られたという。天におわす創造神に少しでも近づくために。
 神殿の入り口に立っただけで夏場にも関わらず冷たい風が吹き抜け、来客を神殿の奥へと誘う。神殿というより、まるで地獄の一丁目だ。門の奥からただならぬ気配が漂っている。恐れ知らずの艦隊士官でも、ここだけは覚悟が必要だ。
 ミオは古の正装を纏う神官二名に挟まれ、身体検査を受けた。武器を所持していないか。毒物の類いはないか。古風な空間に似合わず、最先端のハンドスキャナーでくまなく調べられた後、神官のひとりが素っ気なく言った。
「お通りください」
「……あなたは避難しないの?」ミオが尋ねると。
「最期まで神に仕えるのが私の使命です」
 なんとも淡泊な答えだった。その忠誠心には関心するが、顔には感情がなく不気味だ。
 とにかく彼らの言葉に甘えて、門をくぐった。
 高いし、広い。航界船が一隻丸ごと収まるほどの広大な空間だが、中央に鎮座する一匹の白いポケモンは、それに収まりきらないほどの圧倒的な存在感を放っている。神獣、創造神アルセウスだ。
 ミオは思わず唾を呑んだ。

「お前がここへ来た理由は分かっている」
 穏やかな。しかし、空気を震わす厳かな声が、静かに告げる。
「だがいかなる問答を経ようと、私の答えは揺るがない。すまない、我が子よ」
「人類を未だそんな風に思っているのですね」
 そう返しながら、ミオは態度を決めかねていた。下手に出ても意見を変えない相手だということは分かっている。ただ、それでも相手は神だ。
「でしたら尚のこと、なぜです? 人類とポケモンを今なお深く愛しているのに、あなたはまったく逆のことをしようとしています。どうして我々に力を貸してくださらないのですか?」
「それはミチーナ協定に――」
「反するから。同じ答えを聞きにきたのではありません」

 ミチーナ協定。
 締結は神殿の歴史に比べると、ごく最近のこと。人類がウルトラホールに本格進出を始めた百五十年ほど前、世界の外を自由に探索するため、アルセウスと取り決めを交わした。外界は別のアルセウスだったり、はたまた異なる何かの領域だったりする。要は他の世界に迷惑を掛けるな、ということだ。
 取り決め自体はシンプル。ただし問題は、非常事態において、アルセウスの助力を請う場合だ。他の世界が関わる事件に、おいそれと自世界のアルセウスを駆り出すと、世界間戦争に直結しかねない。

「協定の第三十七項、非常事態への対応に関する規定に基づき、改めてあなたに協力を要請します」ミオが断固とした態度で言い放つと。
「多数の生命に対する危機的状況が発生した場合に限り、私への支援要請を認める」アルセウスは確認するように、協定の規定を復唱した上で、首を横に振った。「それは断る」
「UHA(ウルトラホール変異)はじきに全世界規模で大災害を引き起こします。それは紛れもなく『危機的状況』です、昔あなたが防いだ巨大隕石なんて比べものにならない。違いますか?」
「これも憶えている。第三十八項五号、過度な支援には拒否する権利を有する。ここでいう『過度』とは、お前たちの言うUHAに突入するための諸策が当てはまる。私は既に十分な支援をした」
「たかが法的解釈の問題で、何百億の命を見捨てるつもり!? あなたついに正気を失ったんじゃないでしょうね!」ミオは堪えきれなくなって、ずかずかと迫って喚き立てた。「あなたが送って寄越したパルキアは、結局なんの役にも立たなかったじゃない! やった事と言えばスターライトを……」

 はたと言葉が止まる。
 既に十分な支援をした。奴の返答には、スターライトがUHAに呑み込まれたという最悪の結果が欠如している。それを悪気に思っていないのだとしたら、気にも留める価値のないことだと思っているか、あるいは……それ自体が奴の目的ということになる。
「冗談でしょ……気前よくパルキアを送ってきたのは、ルーナメアをUHAに放り込むため? 彼女が安全にUHAを通過できるよう、パルキアが乱れた重力場を安定させていたの!? 我々には素直に従っているように思わせておいて!?」
「事態はお前たちの想像を遙かに超えて広がっている。今あの世界を閉じる訳にはいかない。さりとて、大勢で乗り込めば大惨事を招く。私は必要な手段を講じたのだ」
「ふざけるな!!」
 もしも銃があれば、その目玉に突きつけて引き金を迷わず引いていたであろう。ミオはものすごい剣幕でまくし立て、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせまくった。


 *


 誰かが言っていた。ダブルバトルはワルツを踊るようなものだと。軽快な演奏に乗せたステップ。だからこそ、互いの息が合っていないと簡単に崩れてしまう。
 最初のうちこそキズミとグレイシアは互角の戦いを繰り広げていた。接近戦になればキズミの警棒がグレイシアの身を砕く。それゆえグレイシアは『冷凍ビーム』の散弾で相手を寄せつけないことに注力するものの、いまいち決定打にはならず、互いに攻めあぐねていた。
 キズミには攻めっ気があった。ウルスラの『手助け』を受けて、強化された身体能力はグレイシアに勝るとも劣らない。その自信が揺らぎ始めたのは、あるとき、『冷凍ビーム』を避けて後ろに下がったときだった。
 足の動きが鈍くなった気がした。
 戦いの最中、攻撃するとき、避けるとき、防御するとき、使う体の部位は微妙に異なる。最適な動きを保つには、『手助け』する部位を柔軟に変える必要がある。キズミの意思に、その挙動に、ウルスラの『手助け』が追いつかなくなっていた。
 グレイシアはその隙を見逃さなかった。
「まずいッ!」
 向こうから一気に距離を詰めてきた。キズミは片足を軸に翻り、警棒のスイッチを押した。ビームソードと化したそれは、相手の特殊技にも抵抗しうる。
 間に合えば、の話であるが。
 切っ先を敵に向けようとした。が、グレイシアの方が速かった。『冷凍ビーム』が、キズミの右腕から肩に掛けて直撃した。
「キズミ様!」ウルスラが叫ぶも。
「いい、次だ!」
 パキパキと凍てついた腕を垂らして、キズミは無事な左手に警棒を持ち替え、立て続けにグレイシアへ斬りかかった。さすがの四足動物、軽快な跳躍の連続でかわされる。
 最中、隙が見えた。キズミは一歩踏み込むが、腕を振ったときにはタイミングを逸していた。

 このままでは負ける。
 防戦一方になり始めた頃、キズミは『冷凍ビーム』の乱打を警棒で弾きながら思った。
 勝負に出るなら今が最後のチャンスだ。警棒の出力を最大に上げて、剣身の輝きがさらに増した。パルキアの『亜空切断』にも似た切れ味を持つ兵器。を、『冷凍ビーム』を捌ききった直後、船底から刺さった巨大な氷柱に向けて投げつけた。
「ウルスラ、『トリックルーム』!」
 グレイシアはとっさに最大限の『冷凍ビーム』を放ち、警棒を弾き飛ばした。やはり氷柱には狙いがあったのだろうが、その瞬間、ウルスラがグレイシアを時空の泡に閉じ込めた。
 ゆるやかに時が流れる泡の中で、グレイシアは次なる『冷凍ビーム』のエネルギーを口腔に溜めていた。キズミはため息を吐いて、腰に差していた光線銃を引き抜いた。
「銃は趣味じゃないってのに、なんでこう使う羽目になるのかね」
 垂れながら、グレイシアに細い光線を撃った。
 グレイシアは泡と共に粉々に砕け散った。割れたガラスのように。おびただしい氷の破片が床に落ちる様を、キズミは細い目で見つめていた。
「……えっ」
 銃の目盛りを確かめる。低出力の麻痺モードで、殺傷性はないはず。少なくともそう聞いていたのに。
 ウルスラへと振り向くと、彼女はサッと視線を逸らした。


 *


「状況は?」
 ルーナメアは足早に通路を歩きながら、合流してきたマナフィに尋ねた。
「セキュリティ侵害を被ったシステムはすべて隔離しました。第六デッキ以下は環境制御システムが停止しているため使用不能ですが、肝心の航行システムは復旧しました」
「なんとかXデーに間に合いそうじゃな」
 タリサの予言した時間ループ発生の日まであと四十二時間。何が起こるにせよ、その中心点はあの赤い太陽だ。あそこに行けば、すべてが明らかになるだろう。
 真相に近づいている。ブルッと震えながら、医療室を訪れた。

 なんとまあ、医療室には皆が勢揃いだ。雷電からのテレパシーを浴びたサンはもちろん、ひどい凍傷を負ったキズミに、気絶から目覚めたばかりのタリサまで。
 奇妙に見えるのは、それぞれテンションが下がっていることだ。サンとキズミは分かるが、タリサまで。ルーナメアは困り顔で頬を掻いた。
「……なんぞ見てるこっちまで暗くなってくるのう」
「殺した……俺がポケモンを殺した」
 陰鬱な呟きが聞こえてきた。キズミだ。
「見事なもんじゃな。初めてのレーザーガンでグレイシアを蒸発させるとは、大したもんじゃ」
「ちょっと、ルーナメア様」
 なんて無神経な。ウルスラが頬を膨らませて言った。
「すまぬ、今のは冗談じゃ」たじたじと頭を下げながら言った。「キズミの撃った銃は低出力の麻痺モードで、間違いなく殺傷性はなかった。グレイシアの破片を調べたが、おそらくアレは本物ではあるまい。氷のように見えるが、メタモンに近い可変細胞を持っておった。おそろしく進歩したバイオテクノロジーの産物じゃろうな」
「……つまり?」キズミは顔を覆ったまま尋ねた。
「おぬしが撃ち殺したのは氷のイミテーション、作り物じゃ」
 言い方には悪意があるがな。キズミは恨めしげに睨みながら、内心胸を撫で下ろしていた。俺が殺した訳じゃなかったのか。

「あれは奇妙な体験だった」
 タリサは光を浴びて眩しそうに目を薄めながら言った。ちょうどマナフィが彼女を診察していると、サンが「だいじょうぶか?」と聞いてきたので、にんまり笑って「多分ね」と答えた。
「反応には異常なし」マナフィは触覚に灯した眩い明かりを消して、スキャナーをタリサにかざしながら言った。「話を続けてください」
「キズミの作戦に乗って、あたしはグレイシアに『夢映し』をかけた。けれど次の瞬間、あたしは知らない部屋にいて、グレイシアからカウンセリングを受けていた。あれは夢なんてフワフワしたものじゃない、もっと鮮明だった。意識だけが別の場所に飛ばされたみたいだ」
「どうやら敵は、相手のテレパシーを乗っ取る方法を持っているようです。今後は注意が必要ですね」
「かうんせりんぐって?」サンが頭に疑問符を浮かべてタリサに尋ねた。
「相手に自分の気持ちを話して、心の問題を整理することかな……分かる?」
「お悩み相談?」
「わあ、あたしより的確じゃないの」
「なに話したの?」
 なんと直球。タリサは答えに詰まり、うーん、と天井を見上げた。
「……あたしがどうして人を助けるのか」
「人が困ってるからじゃん、変なの」
「変だよねー」
 ああ、子供はシンプルで良い。タリサはサンの銀髪をわしゃわしゃ撫でて返した。当のサンは、なぜ撫でるのか分かっていない様子だったが、心地よくて「うわあー」とされるがままに撫でられた。

 そんな中、マナフィは思案顔を浮かべていた。
「……妙ですね。なぜ敵は戦闘中にタリサの精神状態を調べようとしたのでしょうか?」
「あたしを気絶させるためじゃない? 現実から目を逸らすためとか」
「必要でしょうか? テレパシーを乗っ取る術があるのなら、脳にショックを与えるだけで十分です。わざわざあなたの心に語りかけたということは、なにか狙いがあるのでは? カウンセリングを通じて相手が何を知りたがっていたか、心当たりはありますか?」
「難しいな……グレイシアはあたしの行動原理から、その裏にある負の感情を探ろうとしていたように思う。絶望を喚起する風といい、この敵は我々の感情に異様な執着を持っているみたいだね」
「感情を知る、つまりあなた方の心に関心を抱いている、と?」
「……そう言われると自信がなくなってきた。行動が矛盾してる。心を知りたいのに、こっちの生命線である船を壊そうとするかな?」
 ふむ、とタリサは顎に手を添えた。考えてみよう。少しばかり飛躍してもいい、思いきった視点が必要だ。
「相手の心を知りたいと考えるとき、人はなぜそうしたいと思う?」
「仲良くなりたいとか」サンがけろりと言った。「絶対に嫌われたくない相手だと、自分のことどう思ってるかすっげえ気になるよ」
「あるいは」マナフィも続く。「コミュニケーションの訓練として。我々人工知能は、はじめから優れた対話サブルーチンを持っていた訳ではありません。数多の学習を繰り返して、相手の心理状態に応じた最適な回答を導き出すためのプログラムを洗練し続けてきました」
「いずれにしても、仲良くなりたい相手がいることは大前提だ」タリサは小さく頷きながら言った。「つまり敵は我々が邪魔だと感じ始めている。だから排除しようとした。それと同時に、敵にはきっと大事な存在がいて、仲良くなるために心とはどういうものかを探っている。一方で負の感情に対する分析能力と、それを駆使した絶大な力は、その存在が今まで負の感情にどっぷりと浸かってきたことの裏返しだ。ひょっとしたら……この敵は、自覚してるかどうかはともかく、友情や愛情といったものがどういうものかを知りたがっているんじゃないかな」
 しんと静まりかえった。いつの間にか、キズミやウルスラ、ルーナメアまで耳を傾けている。
 タリサはハッと我に返り、辺りをキョロキョロ見回して、やっと注目を浴びていることに気がついた。
「……なんちゃって、ただの憶測だよ。なんの証拠もないし」

 ははは、と冗談で流そうとしたところで、ちょうどよくサイレンが鳴り始めた。
 タイミングの良さに救われたと安堵するのも束の間。モニターから事態を把握したマナフィの報告が、ルーナメアたちを震撼させることとなる。
「艦長、問題発生です。機関部のマグネティック・インターロックが作動停止、リアクター出力を制御できません」
「どうして突然!? 安全機能があるじゃろう!」
 ルーナメアも急いで自分の目で確かめたが、モニターに映る赤い『ALERT』の文字は嘘をつかない。
「予備も含めて機能していません。原因はあの氷柱です、機関システムが奪われました」
「冒されたシステムごと隔離したと言っておらんかったか!?」
「そのはずですが、今は再接続されています」
「あのー」おずおずとタリサが尋ねた。「お二人とも熱くなってるところ悪いんだけど、何がどうなってるの? ひょっとしてヤバい?」
「船を動かすには火を燃やさなくちゃいけないらしいんだけどさ」答えたのは、意外にもサンだった。「火が燃えすぎないようにする仕組みのひとつが、さっき言ってたインターロックって奴」
「それが壊れると?」
「火がどんどん強くなって、そのうち爆発するかも……って、説明書に書いてたよ」
 説明書?
 タリサがルーナメアに視線をやると、「子供向けのな」と頷いて返された。
 呑気に頷いてる場合か。キズミは前のめりになって尋ねた。
「猶予はどのくらいある?」
「三時間ほど」マナフィが答えた。「他のポリゴン・ユニットが機関部に向かっています。氷柱の妨害がなければ短時間で修理可能ですが……」
「そもそも誰がこの事態を招いた? グレイシアは俺が倒した、他にも誰か紛れ込んだのか?」
「それはあり得ません。今は内部センサーのかわりにポリゴン・ユニットを巡回させています、侵入者の痕跡があれば確実に気づきます」
「分からんぞ」ルーナメアは渋い顔つきで腕を組んだ。「敵は可変細胞を持っておった。メタモンみたいに姿形を変えられるのなら……」
「この中の誰かに化けていてもおかしくない」
 キズミが言ったとたん、先ほどとは違った重苦しい沈黙がのしかかる。
 これは可能性の話に過ぎない。だが、ありえない話でもない。疑いの芽が、皆の心に育ちつつあった。

 船の自爆まで、残り二時間五十四分……。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想