亡き黄金姫のためのパヴァーヌ

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:9分


 鉱石化の装置がある建物の中は、非常に単純なつくりをしていた。入口の扉を開け、一直線に階段を上がればすぐに本体の装置へとたどり着いた。ポケモンリーグ四天王が待ち構える建物の構造に近いかもしれない。
 その装置は、パイプオルガンのような形状をしていた。グランドピアノよりも多数の鍵盤が並び、部屋の中心である装置の本体からは天井まで長い筒が幾多にも伸びている。
 楽器と違うのは、鍵盤の左右にはディスプレイが取り付けられていること。
装置は今は完全に沈黙していて、鉱石化の光を放った後機能を停止していることが伺えた。

「……パパとわたしにしか操作できないようにした特別製だ。どうやら、本当にわたしが来るのを待っていたらしい。だが……」

 その部屋には鉱石化の装置のほかに、黄金で作られた趣味の悪い玉座があった。そこには一人の男『だったもの』が座っている。
 フランの衣装と意匠の似た豪奢な服を着た、ミイラのように乾ききった屍があった。

「……パパ」

 フランは映画の中の海賊船長のような華美な三角帽子で、己の表情を隠す。ガマグチはそんな彼女を見ないように周囲を警戒した。
 周りにもう人の気配はない。さっきのエドワードだけがこの島に残っていたことがわかる。

「これは、さっきの砂男がやったのでしょうか……大丈夫ですか、船長フラン」

 さっきまで邪魔をしてきた砂人形使いのエドワードなら、男一人をミイラに変えることなど造作もない。ガマグチの気遣いを兼ねた質問に、フランは父の躯に一度頭を垂れた後。
 帽子を被りなおし、鉱石化事件の首謀者と鉱石化の装置を見つめて笑う姿は。
宝物が詰まった箱を見つけた映画の中の海賊船長のように堂々としていた。

「あの男にパパを殺す度胸などない。おそらく死ぬまえにパパがあいつに頼んだんだろう。自分の姿をここに遺せとな」
「何のために、ですか?」
「死してなお世界を支配する兵器を使うのは自分だ、と示したかったのだろうな。男というのは自分の強さや支配性を顕示したがるものだ。……と昔パパが言っていた」
「僕は、そんなことはしませんよ」
「あくまでパパの言い分だ。さて、もう邪魔者がいないならあとはこれを動かすだけだ。思った以上にあっさり方がついたな」

 平然とパイプオルガンのような鍵盤を叩くフラン。発生するのは荘厳な楽器の音ではなく電気によって動く無機質な機械の駆動音。
 そして、鍵盤の横にある複数のディスプレイにも光がともった。

『フラン・S・ドレイク。並びにレジエレキの存在を感知。【パヴァーヌ】を再起動スる』
「パパ……の記録音声。いや合成音声か? 死んでなお自己顕示欲が強いことだ」

 流れる音声は、重々しい男性のものだった。だが人間が直接吹き込んだものとは違う、音声読み上げソフトのような少し棒読みなところがあった。

『この世界石化装置【パヴァーヌ】はドレイクの血族による操作しか受け付けない。この装置はお前タちのものだ。一射目は多少の例外を設ケたが今度は本当に世界中を鉱石化することもできる』
「わたしがそんなことを望むとでも?」
『お前タちは、ドレイクの血族を継ぐもの。パルデアから略奪しガラルに栄光を齎した大海賊ドレイクの遺志は、お前タちの中に残っている』
「対話ができるのか? なら質問だ。レジエレキなしでエネルギー源はどうした?」
『──この装置の動力源は、レジドラゴの全エネルギーを用イた。だがレジエレキならば通常の充電で良い。適当な町一つの電力を吸い上げれば一発分にはなるだロう』

 その返答のあと、天井まで伸びる筒のうちひと際太いものから一つの球体のようなものが転がり出た。燃え尽きた灰のようなそれを見た、フランの目が不快と怒りに歪む。
 レジエレキと対をなす伝説のポケモン、レジドラゴから全てのエネルギーを吸いつくした残骸だった。ポケモンの命を犠牲に世界中のポケモン達を鉱石化させたのだ。
 ガマグチはフランに駆け寄って背中を撫でるように手を当てた。

「いや。大丈夫。大丈夫だ。ここにいるのは愚かな男の屍と所詮AI未満の応答プログラム。そんなものに怒っても船長として時間の無駄」
「流石です、船長フラン……」
『──AI、とは違う。私は大海賊ドレイクの記録からその人格データを──に移植した』
「もういい。もう何も喋るな。お前はパパじゃない。──レジエレキ、頼めるか?」

 フランの後ろに控えていたレジエレキはいつも通りぴょんぴょん飛び跳ねてアピールする。深呼吸した後、笑って撫でてやるフラン。
 レジエレキがレジドラコの入っていた機械の中に入って、装置にエネルギーを充填していく。
 フランはしばらく真剣な、雑念を振り払おうとするように機械的な手つきで鉱石化装置を操作した。

「レジエレキの電力を装置に充填、世界に発射するまでには……二時間くらいはかかるか。まあ、今夜中に片がつくことには変わりないな」

 もはやフランの目の前に障害はない。ただ時を待てば鉱石化解除の光が世界中に放たれ、ポケモン達は元に戻るはずだ。

「……なんだか思ったよりあっさり片がつきましたね」
「はっ、少年漫画数十巻分にも渡るような大冒険でも期待していたか?」
「そんなことはないですけど……パルデアに旅立つといった時のフラン船長、何か隠してるなと思ってましたから」
「そりゃ野郎どもの前で犯人はわたしのパパでわたしもこの計画に多分一枚かんでましたとは言えないからな。事件が終わった後もその辺は伏せておく」
「じゃあ、僕と船長の秘密ですね」
「そうだな。……その、ありがとう」
「いえ、これが僕の仕事であり正義ですから。……そうだ、仕事の報酬。いただいてもいいですか?」

 ガマグチにとっての今回の仕事の報酬。フランから下の名前のレモンと呼んでもらうこと。
 船長フランは少しためらった後、観念したように息をついて。いったんディスプレイから目を離してガマグチ・レモンという自分の専属護衛を見た。

「…………ルリナ?」
「えっ」

 ガラル地方、バウタウンのジムリーダー。人前ではモデル歩きを滅多に崩さない彼女がアスリートのように全力疾走で走ってくるのが見えた。
 意外な人物に驚くフランの前に、すっとガマグチが護衛として前に出る。

「……まだ装置は起動してない。間に合ったみたいね」
「なぜここに? そんなにわたしに任せるのが不安だったか? だが安心しろ。もうすぐ世界は元に戻る」
「フラン。その装置を操作するのを今すぐ止めなさい」
「意味が分からないな。こうしている間にも世界中でポケモン達が動かなくなったことによる世界の損失は加速している。話したいことがあるなら耳くらいは傾けてやる」

 フランは装置を動かす手を止めない。鍵盤が彼女の手袋をつけた指で叩かれるごとに、天井まで伸びる管の一本一本に電気が通り、世界中にポケモンの鉱石化を元に戻すための準備が進んでいく。

「……ならフラン、一つ確認させて」
「なんだ? 言ってみろ」

 ルリナは真剣な、それこそ世界崩壊をたくらむラスボスでも見るような目をフランと鉱石化装置に向けた。

「貴女は今、これから世界のポケモン達を鉱石化から戻す反転の光を放つといっているけど……それを実行した場合、ポケモンは戻るけど今度は世界中の人間たちが鉱石に包まれて人間社会が滅びる、なんてことはないわよね?」
「ルリナさん、何言ってるんですか」

 ガマグチの目が剣呑なものになり、鉱石化装置を操作するフランは……大好きな御伽噺を聞いた子供の様に、表情をほころばせた。

「さすがわたしのお目付け役、そんな可能性を考えてこんなところまでわざわざ来るなんて。そう思った根拠、聞かせてもらうじゃないか?」
「見たのよ、貴女の過去を。貴女がドレイク商会の地下で何を研究して何を計画していたか」
「懐かしいことだわ。だけどあの時からもう10年は経っている……どのみち世界を光で包むまで時間はある。それまでにざっと振り返ってみましょう。本当にわたしがそんなことを今でも企んでいるのかどうか」

 世界を鉱石化から救い、輝かしい功績を手に入れるのを目前に。現れた友からの嫌疑を受けて、フランはここにいる3人との思い出を語り始める。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想