エドワード先生の復讐授業

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「……ここが鉱石化現象の原因、謎の光の発生源だな」

 パルデア本土から離れた場所にあるカイデン諸島は、複数の小島によって成り立っている。周りにいくつもの島が見える中、小型の漁船に乗り換えて到着したフラン船長が指差したのはその中心でぽっかりと空いた海だった。
 フラン船長の専属護衛であるガマグチは、相棒のエルレイドと共にただの海にしか見えない場所を警戒しつつ船長に問う。

「海の中に沈んでいる、とかですか……?」
「いいや、島はそこにある。レジエレキ、範囲は500m、高さは3m、1000V……放電<<ディスチャージ>>!」

 フランの相棒であるレジエレキが、指示されるがままに周囲に『電磁波』を放った。すると、何もなかったはずの海景色が……蜃気楼のように歪んでいく。
 10秒もしないうちに、フランとガマグチの前に比較的大きな島が現れた。その島には一つの建造物……明らかに、その頂点から何かを発射することを目的に作られたものが見える。
 あれがポケモンの鉱石化を齎す謎の光の発生源であることは、誰にでも明らかだった。
 そして、幻で島の存在を誤魔化していたポケモンも、おのずと電磁波によって明らかになった。ガマグチとエルレイドが直ちに行動に移る。

「ドラパルトのステルス能力……! エルレイド、『シャドークロー』!」

 ドラパルトも『ドラゴンアロー』による応戦を試みたが、先んじて『電磁波』で麻痺されていてはその優れた素早さも形無しだった。影の刃が一瞬でドラメシヤもろとも本体を真っ二つにし、その機体を沈黙させる。
 フランはその間、険しい顔で島を見つめていた。

「瞬時に見破るとは……流石です、船長フラン」
「当然だ。ドラパルトの能力を利用した建造物の隠蔽。……パパとドレイク商会の得意技だから」

 親に約束を破られた子供のような苦渋と、それでいて信じていた己を嘲るような諦観。

「……あの謎の光を見た時、どんな商機を口にしてでも野郎どもをパルデアに進ませなければいけないと決意した。なんとしてでも、正気を保ったままこの事態を解決しなければならないと胸に誓った」
「もしかして……この事件は、フランのお父様がやったと?」
「ああ、もう間違いない」

 島に船が接舷し、フランとレジエレキ、ガマグチとエルレイドが島に降り立つ。船の守りを担うダダリンは空気を読んで、そっと船底に沈んでいった。

「これはこれは、お久しゅうございますな、フランお嬢様」

 島の表面積の大半を占める建造物の前には、一人の男が待っていた。黒い燕尾服に身を包み、壮年ながらしっかり背筋を伸ばしたガラル紳士然とした佇まい。
 フランたちの姿を認めると、客人を迎えるように年季の入ったゆったりと動きで腕を広げた。

「10年ぶりになりますが、そのご活躍、この教育係エドワードしかと耳にしておりました」
「教育係? お前がわたしに何を教えられたと言うんだ、無恥にもほどがある」
「これは手厳しい。しかしお嬢様は昔から人間の域を超えて頭が良かったですから。無知と仰いましたがこのエドワード、今でもパルデアのアカデミーで教師を務めているのですな」
「……だから無恥だというんだ。大方いじめを黙認したり学校側の隠蔽に手を貸してたりするんじゃないか?」

 フランは、このエドワードという男が自分の立場の為なら何でもする男だということを知っている。フランの父親に取り入り、フランにレジエレキの研究に没頭させるためそれとなく他者や外の世界を嫌うよう誘導するような姑息で卑劣な人物なのだ。
 この事件から約半年後、事実アカデミーでのいじめを巡る問題が起こり。当時の校長によって教師として解雇されることになるのだが、それはまた別の話。 

「船長フラン、この男をどうしますか?」

 当然、フランのこの態度を見ればガマグチもエドワードを敵と認識する。エルレイドの刃が躊躇いなく閃く。

「そちらの坊ちゃんについても聞いておりますな、しかしまさか、あの──」
「レジエレキ! 狙いは一点、砂砂うるさいあの男を黙らせろ! 10万V、放電<<ディスチャージ>>!」

 エドワードが何かを言いかけたのと同時、レジエレキの電撃が容赦なくその体を貫いた。そして。
 男の体が、砂袋を破裂させたように無数の粉末となって飛び散った。ガマグチとエルレイドが異常な光景に目を見張る。

「ヤハハハハハッ! なんだ? 思わせぶりな登場をしたかと思えば、相変わらず人と正面向かって会話することもできないのか? それでよくわたしを狂った人付き合いの出来ない女などと言えたものだ!」

 フランが侮蔑の籠った嘲笑が島に響く。破裂した砂の塊がぞろぞろと一か所に集まっていき、再び燕尾服の男の姿を取った。
 
「……ええ、ええ。何せ電気ポケモンを愛するあまり父親をも感電させた『金色の狂姫』と、トレーナーとして将来を期待されながら出くわした悪の組織を一人で斬殺した『人殺し檸檬丸』を出迎えるとあっては。怖くてとてもとてもできかねますな」
「エルレイド、『サイコカッター』!!」

 十字に放たれた念力の刃が、エドワードの体を四つに切り裂いた。断面からさらさらと砂が零れ、しかしすぐさまくっついて再び人の形に戻る。

「無駄、無駄でございます。このエドワード、ゴーストタイプを専門にしておりまして。デスカーン、デスバーンの力で作るこの砂の体にどんな攻撃も通用しません」
「本体は大方、今もアカデミーにでもいるんだろう? 相変わらず臆病なことだ」
「さすがフランお嬢様。そしてもちろん! ただ無力なだけの人形ではありませんぞ」

 人型を保っていた男の姿から人間ではありえないほど腕が細く伸び、ガマグチの方へ飛んでいく。

「ガマグチ! そいつの砂に触れるな!」
「エルレイド、『リフレクター』!」

 一瞬の連携で出された指示に、フランとガマグチの前に巨大な念力の壁ができて砂の腕を阻む。

「おや、おやおや残念。 そちらの邪魔な少年を老体の如く皺だらけにしてやろうと思いましたのに」
「デスカーンとデスバーンの触れたものをミイラにする呪い。ポケモンの特性に飽き足らず人間の生気や水分まで吸い取るか。年寄りの僻みはみっともないぞ」
「このエドワード、あなたとレジエレキ以外は通すなと仰せつかっておりますな」
「それがわたしの護衛でもか? よほどわたしとパパを一対一で会わせたいと見える」
「流石理解が早い。何も知らないあなたの姉とは頭の出来が違います」

 フランの目つきが変わった。家族を馬鹿にされたから、というのとは少し違う。
 フランの方が頭がいいのは事実で、そこに関して見下す気持ちがないとはいえない自分を抑えるように言葉を絞る。

「……お姉様を侮辱するな、ドレイク商会の社長としてわたしよりずっと立派に努めている。……それにお前じゃ話にならん。用がある人間はパパだけだ。」
「悲しいことを仰いますな。フランお嬢様、伝説のレジエレキを操る貴女こそお父上の遺志を継ぎこの世界を支配するにふさわしい、大海賊ドレイクの末裔なのです」
「レジエレキ、さっきと同じだ。10万V、放電<<ディスチャージ>>!」

 男の目玉を電撃が貫いて穴を開ける。それが砂人形でなければ確実に致命傷なのだろう。だがもはやそれを気に留めるものはおらず、またしても元通りに戻っていく。
 フランはそこで、ガマグチに目配せした。ガマグチは優しい少女のようにフランに微笑む。
 ドレイク商会の娘、フラン・S・ドレイクは目を閉じ、ゆっくりと言葉を選んで。語り始める。

「わたしのパパは、野心に溢れた男だった。とっくの昔に海賊だの私掠船だのなんか許される世の中ではなくドレイク商会はまっとうな海運貿易会社になっていたのに。大昔のように、海賊魂で他の場所から簒奪することを夢見ていた」
「そう、ゆえに──」
「エルレイド、『サイコカッター』!」

 エドワードが挟もうとした口を真っ二つに切り裂く念力の刃。さらに連続切りが飛び交い、全身を八つ裂きにするエルレイド。

「……幼くして無数の知識を修め、しかし世の中を何も知らないわたしを使ってパパはレジエレキを使った兵器を考案していた。……この世の人間を自在に鉱石化し、生かしたまま動けなくする恐ろしいものだった。それを知って、わたしは……初めて、パパに反抗した。レジエレキを使って」
「しか──ちょっ、おやめくださ──何度──無駄で……すなぁ……」
「船長のお話し中です。邪魔をするのなら何度でもその口切り裂いて言葉を使えなくしますよ」

 エドワードの砂人形が、もはや人の形を成している時間が無くなるほど何度も何度も、執拗に切り刻まれる。

「恐ろしかった。幼いころわたしが考えていた計画はパパにそう望むよう教育……いや、洗脳されていたことが。あのジムチャレンジでルリナやキバナ、ダンデに出会って。外の人間と少しでも会話していなければ人間なんてどうなってもいいと思っていたわたし自身が」

 昔のフランは、父親を敬っていた。ポケモンを使役することには快く思わなかったが、逆に言えば自分と父親以外の人間など視界にも入れていなかった。五歳年上の姉のことなど、たまに地下室に踏み込んでくるうるさい馬鹿な女としか思っていなかった。

「パパを勢いのまま電撃で半殺しにしてしまって、錯乱して。町で大暴れしたわたしを、お姉様は細かい事情を何も知らないのに庇ってくれた。お姉様はわたしに船長を命じて、船員を特に信頼できる部下たちで固めて……頭がいいだけで人付き合いの苦手なわたしが。太陽の光が嫌いで昼間はほとんど甲板にも外にも出られないわたしが。ちゃんと船長の仕事を出来るようにサポートしてくれた。……だからガマグチ、わたしはお前が思っているような立派な船長じゃない。そう見えるように、船員が気を遣ってくれてるだけ。この事件を迅速に解決しに動けたのは、パパが犯人でそのやり口も知ってたから。それだけ」

 懺悔のように、フランはここまでの全てを口にした。海賊のように陽気で豪快で、現在の商船らしく公正な船長フランは、父親の教育と姉の便宜によるまがい物でしかないのだと。

「……だけど、だからこそ。わたしはこの手で、この鉱石化事件を解決しなければならない。パパが愚かなわたしをまんまと利用して企て、そこの男がぬけぬけと嘯いた下らん野心は、わたしがこの手で粉砕する。
それがせめてもの。パパとお姉様、わたしが迷惑をかけたバウタウンの人たちやルリナへの償いと贖い」

 フランは自身の海賊衣装らしさの象徴である三角帽子を、エルレイドに細切れにされたエドワードに向かって放り投げた。風に吹かれ、砂塵となったエドワードの体に巻き込まれるように帽子が食い込む。異物の混じった砂人形は人間の形を保てなくなり、見る見るうちにもはや人型とも呼べないぐずぐずの砂袋と化した。

「す、砂……このエドワードの砂人形が、こんなにあっさり……」
「いくらゴーストタイプだろうと体力にも精神にも限界はある。短時間に何度も精巧な人型を作らせていればそのうちちょっとしたことで混乱もするわ。ゲシュタルト崩壊のようにな」
「かくなる上は……デスバーン、デスカーン! そこの生意気な護衛から水分を奪ってミイラにしてしまいなさい! 向こうも切り刻み続けて疲弊しているはずです!」

 ぐずぐずの砂人形から、無数の黒い腕が伸びる。砂を操り、ミイラの特性を持つだけあって、ほんの少しでも触れたものを一気に乾燥させて干からびさせてしまう能力があった。
 ……が、そんな単調な攻撃が。無数の念力の刃を操るガマグチとエルレイドに届こうはずもない。
 もはや指示の必要もなく、エルレイドの『シャドークロー』が本体の棺ごと黒い腕を一閃した。 

「……フラン船長は、僕の大好きな公正で正義の船長です。こんな奴が何を言おうが、フラン船長の本音がどうだろうが関係ありません」
「……ガマグチ」
「僕もエルレイドと共にずっと過ごしてきたんです。心が読めるわけじゃありませんが、フラン船長がこの航海の間どんな気持ちで過ごしてたかくらいおおよそわかってました。僕に何か隠してることはあるって」
「そうだろうな。だからこそわたしが護衛を頼む価値がある」
「これからもずっとずっと……フラン船長をお守りしたいです。正気で商機を掴み続ける船長である限り」
「……そうでなくなったら。もしわたしがパパのような狂気に堕ち果てたら?」
「僕がこの手で殺します。そういう契約ですから」
「ああ、安心した。……行くぞ、恐らく中にはわたしのパパがいる。それを黙らせれば、あとはわたしとレジエレキが全てを元通りにするだけだ」
「はい、船長フラン!」

 二人は手を取って建造物の中に入っていく。自分の父親と決着をつけ、正気を保ったまま船長であるために。そして商機を掴み、例え本心ではなくとも船員達と勝喜を分かち合うために。
 一方、砂人形を操っていた男・元フランの教育係のエドワードはパルデアアカデミーの中で笑っていた。

「ふふ、確信しました。やはり──にはまだ父君の……いえ、ドレイクの狂気が残っています。必ず、必ずやあのお方の悲願を達成してくれることでしょう!」

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