反撃の狼煙

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 ホテル・ロンド・ロゼはその大きさから、多くの人が居住しており、生活に必要なものを内職などで手分けして製作していた。
 街の人々はこちらを見て、「ダンデさん!」と笑顔で一様に挨拶してくる。異世界から来て、好き勝手やっていた悪のダンデは、今こうして多方面から受け入れられ、求められている。ホップが「居場所が無いなら作れ」と糾弾したが、ダンデはそれをしっかりとやってのけたのだ。

「急ごう。ホップたちが準備してくれている」

 場所は、ホテル・ロンド・ロゼの一室。
 手を繋いだ少年少女とサーナイトの描かれた、ホップの祖父の絵画のある部屋だ。
 今はここが作戦本部として使われている。スペース的にもダンデのリザードンで照らすには丁度よく、客席もあるので使い勝手が良いという理由だ。

「遅いぞ兄貴!」

 ホップが握りこぶしを作り、その横でソニアがまあまあ、と宥める。後ろにはマグノリアも控えていた。
 通信機器を調整するのは、異様に優れた頭脳を持つシャケだった。人語を理解し発するだけではなく、怪盗カイトのサポーターであるだけあって、こういった通信機器方面にも明るかった。本猫が言うには、「Zoom会議をする時に社内に一人は居る、とりあえずセッティングに駆り出される社員」程度には使えるらしい。

『そこのスペースレンジャーのオモチャの指示するとおり準備したニャ。あとはゴーサインがあれば繋ぐニャ。映像は通信容量削減のため映せないのニャ』

 仕事猫シャケが言った瞬間、聞き覚えのある、音声ボタンを誤タップしたあの声が聞こえる。

「私はバズライトイヤー、敵ではない」

 その声を聞いてホップが興奮する。

「すごいぞ、バズライトイヤーと作戦会議だぞ! まるで映画の中みたいだ!」

 ホップは既に面識のあるバズライトイヤーを抱え、ひたすら胸のボタンを連打する。次々、セリフが発せられる。「宇宙の彼方で秘密の任務がある、さぁ行くぞ!」「バズ・ライトイヤー参上!!」「スリングショットで行くしかない、全速前進」「大気に毒性があるヘルメットをしめろ」「流星群だ、見ろ」「スターコマンドに戻れ」

 エキサイトしてきたホップは、「あんたは俺の相棒だぜ〜ヒーハー!」などと叫び、ソニアにゲンコツされて大人しくなる。ホップなりに再会を喜んでいるようで、何だか微笑ましかった。

「さて、バズライトイヤー。通信先を教えてくれてありがとう。ダイオーキドとオンライン通話を繋ごう。貴重な資源だ。あまり時間を無駄にはできない」

「否。私はバズライトイヤーに身をやつしてはいるが、未来からやって来たターミネーター“T-800”だ」

「よく分からない設定だな……ひとまず、通信を繋ごう」

 ダンデが言うと、シャケが接続ボタンを押し、会合に備えたソニアとマグノリアも頷いた。

「聴こえるか、ダイオーキド博士。シュートシティ代表、ダンデだ。それから、マグノリア博士、ソニア博士、見習いのホップも同席している。よろしく頼む」

【こちら、ダイオーキドじゃ。そちらのエリアならば、生存者……というのが正しいかは分からんが、動ける者がいるのではないかと思ってな。外で自由に行動できるT-800を偵察にやったのだ。誰かいれば通信を繋いでもらう手筈だったが、さすがは有能な男だ。彼は世界に異変が訪れたとき、私の研究を手伝ってくれていてな。そのまま一緒に暮らしておったんじゃ】

「この1ヶ月ほど、2人だったのか。それは寂しかったな」

 ダンデが言うと、ダイオーキドは否定した。

【今、通信の場には居ないが、あとひとり。孤児院ホームの子どものうち、メイという子とそのポケモンのサーナイトがここにおる。他の孤児たちは、ブイズの隠れ里に行ったきり連絡がつかず、T-800が向かってくれたものの、ルートが閉ざされていてたどり着けんかったようじゃ】

 孤児院ホームの子どもたちやサオリ。そして、ブイズの里にいるハルやモロ一族がどうしているかは結局のところ詳細は分からないようだった。ただ、メイちゃんの無事だけはわかった。
 また、多幸のサナと名付けられた、メイちゃんの手持ちも無事なようだった。
 ボールに入ったままのポケモンは動けないトレーナーの場合はボールが機能しないし、また、トレーナーから離れていると機能しなくなる。一度機能しなくなると、動かなくなった人々同様に時を止めてしまう……というのが、現在のこの世界の理だ。

「そうか、現状を教えてくれてありがとう」

 ダンデは現況の報告を受け、こちらの状況をまとめたレポートに目を閉じながら通信機に向かう。

「こちら、シュートシティにはバトルタワーを始め、施設や物資が豊富に揃っている。バトルタワーはマクロコスモス社の本部機能を有するからな。また、古来より時を刻む、巨大なロンドロゼ時計塔は、“時を止める何か”に対して滅法強い。最近その時計塔の構造を詳細に分析して、アナログの懐中時計を作ってみた。試験段階だが、なかなか良い具合だ。これがあれば個々の行動範囲がぐんと広がる。そうすれば、ダイオーキド。貴方の所にも行ける事だろう」

 このダンデは、「お前」や「貴様」でしか相手のことを呼べないと思っていたが実は違っていた。やはりベースはダンデという人間なのだなと改めて感じる。

【私は外を移動する術が無かったが、“今なすべきこと”として、T-800の未来の情報を元にずっと研究を進めてきた。結果、対ラピュタ迎撃機はソフトウェア――中身だけならば完成した。名を、ヱヴァンゲリヲンという。一部のコアな連中からは激しいバッシングを受けるやもしらんが、未来の世界のロボットと言ったほうが分かりやすいかもしれんの】

 ダイオーキドが話していると、「私はバズライトイヤー、敵ではない」などと誤タップがされる。

【ハハハ! 相変わらずじゃのう。しかし、無事にシュートシティまでたどり着けて良かった。外はおっかないからな】

「このコンパクトなスペースレンジャーのボディは良いぞ。麻酔針つきの腕時計も備えられている。それが今回の騒動で、よもや役に立つとは思わなかった。それに、私には未来の世界のサーチ機能が備わっている。ダイオーキド博士がそれら未来の装備もこのコンパクトなボディにあますことなく移植してくれたからこそ、今、迫り来るミクロな敵をことごとく退けることが出来ている。後は、飛んだり落ちたりしながら、北上すれば……無事に到着というわけだ」

 T-800は相変わらず玩具のロボットに移植されたままだったが、こうして無事に再会することができた。私の記憶だと、彼はガラル収容所の後、未来に繋ぐ旅に出るなどと言って何処かへ行ってしまっていたが、その旅とやらが、ドクの研究を助けることだったのだと今わかった。
 以前、未来を変えるために動いていたT-800であるが、今またその修正を行おうとしている。それこそが、今この世界を襲っている異変の解決なのだろう。
 ということは、やはり元凶は、あの空を飛ぶナックル城にあり、それは恐らくアローラのマスターなのだという予感があった。

「ダイオーキド博士、話を戻そう。そのヱヴァンゲリヲンがあれば、ナックル城を撃ち落とすことができるのか?」

【あの城は特殊なバリアに守られておる。それを貫く攻撃ができるとすれば、ヱヴァンゲリヲンくらいだというのがT-800の情報じゃ。じゃが、困ったことに、ハードウェア、つまり機体となるものが無かった。あとは優秀で、命知らずのパイロットも欲しかった。思春期くらいの、鬱屈したエネルギーを抱えた少年が理想だったんじゃがのう】

 こうして、未来のターミネーターからヒントを得たドクことダイオーキドは地下に閉じ込められても孤独に研究を進めてきた。その成果はほぼ完成しているが、ハードとヒューマンリソースの2点で頓挫していた。

「絶望的、というわけか……」

 音声のみの通信で相手の様子は見えないが、どうやら絶望しているようには思えなかった。
なぜなら、会話の中でダイオーキドは問題点について全て過去形で語っている。

【ハッハッハ、じゃが、喜べ! 新たな仲間が出来たのだ! さっき話したのはついこの前の過去の話じゃ!】

 ダイオーキドは急に、打って変わって軽快な笑い声をあげた。

【紹介しよう! さあ、諸君。挨拶したまえ!】

【こちら、エーテル財団を束ねる、フジ・コサリよ。カンムリ雪原に居た研究チームなど、各地に居たエーテル財団のメンバーの何名かが一緒にいるわ】

 ダイオーキドの紹介を受けたのは、あのコサリだった。そして、続けて聞き覚えのある声に切り替わる。

【やあ、怪盗カイトだ。喜んでくれて良い。ダイオーキドのパイロット審査に僕は合格した。エヴァに乗るのは僕だ】

 まだありもしない機体の話をカイトはしているが、パイロットの問題はひとまず解決しているらしい。

『カイト……?』

 通信騎手を務めていたカントーのニャース、シャケが呆然と虚空を見つめる。映像は無いが、その視界にはいつもの仮面を被ったカイトが見えているかのようだ。

【無事でよかった、シャケ】
『カイトォォォォ、良かったニャー!』

 感動の再会だった。カイトはガラル収容所の時に既に別行動していたので本当に久しい。

【シャケは以前の主人に会えたのかな?】
 カイトが尋ねると、シャケは首を左右に振った。
『サカキ様には会えなかったニャー。サカキ様は天空を飛んでいるナックル城に居るらしいのニャー。一体どうやったら、そこに行けるのやら……』
【やはり、僕がエヴァに乗るしか……】

 それを聞き、カイトは小声で呟いた。私だから聞き漏らさなかったものの、シャケには聞こえなかったようで、シャケは首を傾げていた。

【いや、なんでもない。しかし良かった、シャケも無事で】
『カイトォ……』
 そして、互いに姿は見えない距離にいながらも、一人と一匹はその存在を強く言葉で確かめ合う。これこそ、絆の形だと思う。

 シャケは前の主であるサカキに未練があるわけではない。ただ、整理しきれない気持ちに片をつけようとしているのだと思う。シャケの居場所はきっと、カイトの隣なのだ。シャケが前に進むためには過去と決別する他は無い。
 私も同じだ。私がこの先どこに向かおうとも、ガラルのマスターであるユウナともう一度会って、しっかりとその話を聞いてからなのだ。

「感動の再会だな、サナ。お前もああなるまで、自分の道を見失って絶望したら駄目だ」

 大切な人たちを全て失った経験のある異世界のダンデは口元を緩めてそう言った。その目線の先には一人と一匹がいる。

【良かったのう。ところで、こちらのリーダーを紹介したい。通信を変わる】
 
 音声がダイオーキドから切り替わる。

【まずは無事でよかった、ホップ、ソニア、そしてみんな。オレだ、ダンデだ。オレは有事の際、たまたまコサリと一緒にいて、このとおり無事だった。そちらも無事でよかった!】

 私たちの隣にいる異世界のダンデでは無い、もうひとりのダンデの音声だった。
 その声を聞き、ソニアもホップも喜びの声をあげる。

「無事だったなんて、さすがは兄貴だぞ!」
「ダンデくん! よかった!!」

 喜ぶ二人と対称的だったのは、もう一人の、ここに居るダンデだった。少し複雑な顔を見せたが、それは杞憂だったのか、通信を再開する。

「こちら、君と異なる世界のダンデだ。無事で良かった。自分の能力は自分が一番良く知っている。君が居れば百人力だ」

【ああ、そうだな! もうひとりのオレ! 改めてよろしく頼む! それから、もうひとつ朗報がある。オレたちは、バウタウンのコミュニティと連絡を取ることに成功した。ダイオーキド博士の求めている機体は、バウタウンのあの有名な灯台の下に埋もれているらしい】

「ルリナたちも無事だったの!?」
 親友の無事に身を乗り出したのはソニアだった。
「でもどうやって無事だったのかしら……」
 ルリナたちは無事で、向こうでも水力発電により、ひとまずのインフラを確保しているらしい。また、“時を止める者”の侵食からは逃れているという。
 ダンデの又聞きになるが、灯台そのものが時計の針のような役割を果たし、現在、日時計のような機能を担っているとのことだった。

「バウタウンの灯台がそんな機能も有していたなんて……」
「電気も無かった時代の知恵ね。電気エネルギーも超える、Wエネルギーが主流となったこの時代、忘れられていても仕方ないわ」
 ルリナ同様、話し合いを見守っていたマグノリアが口を開く。

「それより気になるのが、電撃の巨人の存在。私はキョダイマックスしたストリンダーだと仮説しましたが、それも誤りだったと?」

【博士、それはわからない。ただ、バウの町長……現代ではジムリーダーだが。その役職にのみ代々伝えられてきた話によると、電撃の巨人が人々のために闘い死した後に、あの地に埋葬し、その墓標として立てられたのが、バウの灯台とされているらしい】

「そうなの。そうね、そういうこともあるわ」

 マグノリアは自身の仮説が誤りかもしれないというのに、いとも簡単に納得してみせた。不安そうだったのはソニアのほうだ。

「おばあさま……?」
「ソニア。あなたも、今まで真実だとされていたことを、ひっくり返したでしょう。この世は、新しい発見により、全く別のことが真実にることもあるの。だから、きっと、そういうこともあるのよ」

 マグノリアはそう言って微笑んだ。

「とにかく、その灯台の下に眠るのが、ドク……いえ、ダイオーキドの求めるヱヴァンゲリヲン? なのですね?」

【そうさ、マグ!】

 その声に軽快に応えたのはダイオーキドである。無線越しにも、テンションの高い様子が伺える。

【灯台の地下へ降りる秘密の入口があり、元来、立ち入り禁止とされているため、誰もこの千年ほど見たことの無い空間があったらしい。“あった”と過去形で述べたのには理由がある。今回の騒動で藁にもすがる想いで扉を開けたそうなんだ。するとそこには、紫色のストリンダーを模した、この時代の技術でも作ることが出来るかわからない、精巧なロボットが安置されていたそうだよ】

 そう、とマグノリアが物静かに言うのを聞き逃さず、ダイオーキドは続けた。

【その傍には、何かの墓があったらしい。古代の弦楽器のようなものが備えられた……私はそれをストリンダーのものだと想うがどうだろう?】

「ふふ、面白い仮説ね……いつか検証してみたいものだわ。そのためにも、この世界を早く何とかしないとね」

 一人の研究者としての仮説に、一人の研究者として応じる。二人の信頼の読み取れる会話だった。
 通信が向こうのダンデに切り替わる。

【こちらのダイオーキド博士の施設のWエネルギーの蓄電装置はもう空っぽになる。電気も通っていない。また、コサリの所属するエーテル財団の移動式研究設備の車両もWエネルギーを使用しているが、もはや移動するだけで限界だ】

 基本的にはWエネルギーが主流であり、一部を自然の発電による電気エネルギーに頼っているこの時代のガラルは、Wエネルギーが枯渇すればインフラが一気に途絶える。現状を打破しようにも限界があるように思えた。

【もちろん、バウタウンもWエネルギーは最早なく、水力発電による電気エネルギーだけがインフラとなっている。が、Wエネルギーも電気エネルギーも無くなるこの場に居るよりは、まだ電力の扱えるバウタウンに向かって、我々は現在ガラル東海岸を北上する予定だ。そこでひとまずは、電力を頼りにヱヴァンゲリヲンとやらの研究を進めるつもりだ】

「承知した。一点、既に知っていることとは思うが念の為に伝えておく。そちらも無事ということは針のあるタイプの時計を保有している事だろうと思う。暗闇の中、小型のポケモンが時計の針を止めようと暗躍している。道中くれぐれも気をつけてくれ」

 そして、ダンデ同士の通信は終了した。
 マグノリアもホップもソニアも表情が明るく、口々にこれからのことを相談し始めた。この世界に希望の光が見えた気がする。異世界のダンデもホップに笑いながら応じていた。
 これから、私たちの反撃が始まるのだ。

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