ロンドロゼの時計塔

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 前回の闘いから一ヶ月。
 ガラル収容所を制圧した時の私たちには想像もできないほど、短期間のうちにこの世界を取り巻く状況は大きく変化していた。この未来は想像さえしていなかった。
 アローラのマスターに奪われたムゲンダイナが何らかの影響を及ぼしていることは明白だった。

 ガラルを代表する建築物、シュートシティはロンドロゼの時計塔。
 時計塔は街の少ない明かりに照らされ、空の暗闇に天高くそびえ立つ。
 明けることのない夜だ。漆黒の支配する地となってしまったのは、ここガラル地方だけなのか、他の地方もそうなのかはわからない。

 夜が長くなったと誰かが言い出し、すぐにそれは明けない夜だということがわかった。
 シュートシティにたまたま滞在していた者たちは、外界と連絡がつかなくなったことをすぐに知った。それからシュートシティを出て近隣の村に調査に向かった者は多かったが、誰も帰って来ず、街の外で何かが起こっている――という漠然とした事実を人々は受け入れざるをえなかった。

「おい、サナ。元気か?」
 思考しながら歩いていると、マッシュに声を掛けられた。暗闇のシュートシティを自警団として率先して警邏していた。その後ろには陸に上がらざるを得なかった海賊ルヒィと、マッシュの反乱軍時代の仲間クレーンも居る。
 マッシュや私たちは、世界がこうなった時からシュートシティに居たマッシュが、簡易に自警団を作り上げた。本人は反乱軍を名乗っていたが、今は街を守ることに全力が注がれており、彼の粗暴な振る舞いに、人々は不思議と秩序を見出し、今日に至る。

「物資はまだ問題ねえな。ある程度、自給自足できる環境も街の外、時計台の見える範囲にはある。バトルタワーの充電設備を用いれば、ワットエネルギーが無くても当面はしのげる」

 マッシュは呟く。
 極限下では暴動が起き、血を見る事態も起こりうる。しかし、ここシュートシティでは、マッシュが自警団の役を担い、街のリーダーをひとりの男が務めている――あの、異世界のダンデだ。

「サナ。まあ、お前さんが浮かない顔するのも無理ねえ。止まったまま動かなくなっちまった奴もいるし、連絡が取れなくなった奴もいる。世界がこうなってから、ここから探索に出たまま帰って来ねえ奴らも居る。ガラル収容所の囚人どもは、みんな連絡が取れなくなっちまったしな」

「ヨンジ、ソロ、ナミ……!」
 マッシュが言うと、ルヒィは海賊仲間たちの名を叫んだ。涙を流し、仲間たちの無事を祈る海賊王の姿がそこにはあった。生き別れたものは多い。
「ルヒィ。泣くな!」
「だっでよ゛兄貴゛!」
「何も死んだわけじゃないんだ。世界はまた元に戻る。日はまた昇るんだ、必ずな」
 咽び泣くルヒィにマッシュは静かに言う。その横でクレーンは腕組みをしながら頷く。

「俺たちアバランチは、その為に今こうして日夜の分からない中、戦っている。それに……これだけのメンツが無事だったんだ。まだ探索の距離を延ばせないでいるが、まだ無事なヤツが街の外に居るはずだ、必ずな」

 マッシュは強く言いきった。私には、マッシュが己自身に訴えかけているように見えた。
 私の知る面々は当初からシュートシティには割と集まっていたが、これはガラル収容所の騒動の後、そのまま滞在したのが主だった理由だ。
 マッシュ、ルヒィ。シャケ。ホップ、ソニア、マグノリア。見知った顔ぶれはある程度いたが、ハルやモロ、孤児院ホームの子どもたちはこの場には居ない。子どもたちは孤児院ホームがガラル政府に取り壊されてから、イーブイの里におり、ハルとモロ一族もそこに向かったという所までは情報にあるが、その後は連絡が途絶えたままだった。
 ペルは自身のハイパーボールに入ったまま、出られなくなった。この世界になってから、ボールから出られなくなるという現象が起きていた。
 人間に至っては、動きを静止させたまま、ピクリとも反応しなくなるという現象が起きており、私たちはこの事象を『時が止まる』と表現していたが、到底、常識の及ぶ範囲を超えている。

「それによ、マッシュの兄貴。俺はやっぱり空を飛んでる城に原因があると思うんだ。あのなかで、バドレックスが何か悪さしてんだろ? 理屈は分かんねぇんだけどさ」

 ルヒィの言葉に、クレーンが激昂する。

「くそ、あのナックル城は、やはり早いうちにぶっ壊しておくべきだったぜ……悔やまれる!」

 クレーンはその名の通り、過去、“ブラックナイト”騒動の際に、ナックル城のシンボルを“クレーン”で破壊しようとし失敗している。その後もしつこく破壊しようと特攻を試みたがことごとく失敗に終わり、めでたくお縄につき、長らくガラル収容所に収監されていた。

「だが、どっかの空を飛んでる。俺のクレーンも今は無い……打つ手無しだぜ……」

「――ならば、天空の城を撃ち落とすしかないな」

「よう、リーダー・ダンデ」

 マッシュが軽く挨拶する。
 会話に割って入ったのは、悪の道から逸れ、毒気の完全に抜けた異世界のダンデだった。
 今はその姿形から自然と人々に受け入れられ、このシュートシティを束ねるリーダーとなっている。
 本物のこの世界のダンデについては依然として行方が分からないでいた。この世界がこうなった時から消息がわからなくなっている。

「俺はこの世界のダンデじゃない。悪事にも手を染めてきた」

「誰だって、人の道を外れることくらいあるさ。そんなアウトローだって、人に求められることがあれば、誰かのために身をなげうつことくらいできるだろ?」

 ブラックナイト騒動の際に、反乱軍アバランチは、マクロコスモス社の研究施設を結果的に爆破することになってしまい、意図せず数多くの死者を出したと聞いている。
 死んだ研究所の職員のなかには帰るべき家で子供の待つ親もいた。彼ら彼女らは孤児になり、マスターが運営する孤児院で暮らしていたが、これを金銭的にバックアップしていたのはマッシュだった。
 その孤児院の子供たちやサオリは今も依然として行方は知れず、世界のどこかで時を止めてしまっている可能性が高かった。

「だからこそ、外の奴らを何とかしてやるのが、ここに居る俺たちの役割なんじゃねえか。役割論理的にはよォ」

 マッシュは罪は消えないことを理解しながら、それでも、自らの役割をそう決めていたのだ。

「……そうだな」

 何を考えているのか。陽の光を失った、この暗い世界ではダンデの表情は読み取れなかった。そして話題を変える。

「空を飛ぶナックル。天空の城などと呼ばれ、今いる場所もわからない、見つけたとしても、ポケモン、例えば俺のリザードンの力程度では破壊することも出来ないし、侵入者を防ぐ防衛システムも稼働しているはずだ。ガラル収容所ほ難攻不落の要塞アルカトラズなどと揶揄されてるが、そんなものは比べものにならないくらい、強固な守りだ」

 ダンデはそう語る。彼は異様に詳しかったが、レインボーロケット団として今あの城に居る、アローラのマスターと行動を共にもしていたのだから、知っていてもおかしくはない。

「そこでバウタウンの電撃の巨人だ」

 その言葉を聞き、ルヒィがぴくりと反応する。

「俺のいた町だから知ってるぞ! 昔からある伝説だな! 電撃の巨人なんて言われてるけど、あれ、キョダイマックスしたストリンダーなんだろ?」

 ルヒィが尋ねるとダンデは頷く。

「ああ、そうだな。この世界では、マグノリアの解釈で、あれはキョダイマックスしたストリンダーだと結論づけられている。……が、俺の居た世界では違った。電撃の巨人の正体は、超古代文明の技術を用いて、ストリンダーを模して創られた機体だ。天空の城などという不可解なものがこの世界にもあるんだ。何処かにその機体は必ずあるはずだ」

 過去の世界でマグノリアが「敵地の支配に抗った、自由の尖兵。自由を求めて戦ったその巨人の名は……電撃の巨人」などとポーズを決めて語っていたことを思い出す。
 あれは単なる伝承では無かったのだ。

「もっとも、そう都合よく出てくるかはわからんがな……だが、これが既に創られた筋書きであるなら、恐らくそれはこれから俺たちの目の前に現れることだろう」

 まるで予言のように、異世界のダンデは言った。

「そうだ、サナ。少し話がある。二人で会話をしたい」

 私に声を掛けるとは珍しい。いつもは聞き手に徹する私であるが、ダンデは何か用事があるようだった。

 ※

 シュートシティを歩く。
 辺りは闇に包まれていたが、ダンデの黒いリザードンの尾の炎が道筋を照らしていた。また、要所に電気を通した街灯があるため、完全な暗闇というわけではなかった。

「この街の奴らは、Wエネルギーが使えなくなる日が来るなんて思っても居なかっただろうな」

 歩きながらダンデは私に話しかける。

「この世界の細部はわからんが、俺の居た世界でローズさんが言っていた。Wエネルギーはいつか枯渇すると。ガラルの滅びの未来を守るため、自分には色々と計画があるのだと……。結果は、多分この世界と同じだな。ただ、俺のいた世界の弟はそれで死んだらしい。その場に居合わせなかった。それが俺の罪だ」

 足を止め、街灯を見上げる。

「Wエネルギーがあれば、電気なんて要らない。しかし、ここシュートシティには発電設備があり、こうして電気が通っていて、お陰で、Wエネルギーの供給が絶たれてた今も、俺たちは電気の力でこうして何とか生活できている。ローズさんの言ったことは、ある意味じゃ正しかったんだ。やり方は悪かったがな」

 俺もな、とダンデはボソリと付け足した。そして、空を仰ぎ見る。星は見えず、月も見えない。曇ったまま、この世界は存在している。

「サナ」

 唐突に呼びかけ、ダンデは、私の胸元のネックレスに相変わらずぶら下げたままだったスカウターを指さした。

「スカウターを貸してくれ」

 ダンデに言われるがままに、相手のデータを確認できる未来の機器スカウターをダンデに渡す。
 それを受け取ったダンデはポケットからひとつのボールを取り出した。

『それは……』

「お前のマスターの保有物だろうな。偶然ガラル収容所で拾った。中身はザマゼンタだが、フォルムが違う気がするんでな。ちょっと調べさせて欲しい」

 ダンデはそう言うとデータを確認する。

「ザマゼンタ、千年の盾フォルム……? 俺の世界の決闘者のカードに似たデザインの盾があったからもしやと思ったが、千年の盾と融合しているのか?」

 そういえば、カイトが異世界から戻って来た時に、ガラルのマスターとワイルドエリアでふざけ合っていたときに、千年の盾を投げつけ、それを手に入れたマスターが悪ノリし、「千年の盾を生贄にザマゼンタを召喚!」などと言っていたような気がする。
 その事を説明すると、

「そんなことがありうるのか? いや、ありうるか。俺の世界のレギュレーションなら、それはよくある普通のことだ」

 あっさり肯定した。
 俺ルールのまかり通る世界を生きてきたダンデにとっては不思議なことでは無かった。

「姿形は変わっているが、所有者は“ユウナ”となっている。お前のマスターの名だな? ともかく、今ここでこのザマゼンタはお前に返しておく」

 ユウナ。妙にしっくり来る、私のガラルのマスターの名前。間違いない。あの少女の名は、ユウナだ。
 ざわつく私の胸のうちとは対照的に、手渡された球体の中で静かに眠るガラル神話の盾の王は、一体どのような想いを秘めているのだろうか。

「あと、お前……やはり創られた存在か? 前にワイルドエリアで見た時に少し違和感があって、あれから遠く離れた土地の出身の種族について調べたんだ」

 スカウターをつけたまま、ダンデは私を見つめる。

【はい。以前、バトルタワーに参戦する際のレギュレーションチェックはクリアしたのですが、実際は違っていました。データのどこでわかったのですか?】

「あんなデボンの開発した不正判定チェッカーごとき、ザルだろ。表面上の整合性しか確認してない。お前の場合はそうだな……」

 ダンデはデータの項目に一通り目を通す。

「個体値は6Vでもないし、性格値などもおかしなところはない。親名がまあ、ポケモンであるお前と同じってところが引っかかるが、まあありふれた普通の名前だな」

『私と、同じ……?』

「初めてお前と会った時にはお前の名前なんか興味なかったから気づかなかったが、親名とポケモン名、両方が同じだぜ。まあ創るときに面倒だったからとりあえず同じ名前を入れた可能性もあるがな」

 ダンデは不可解なことを言う。だが、私はこの事実をもって、以前から考えていた推測を真実であると断定した。
 コードネームが重視されるこの世界、隠されていた名前。

「――あとそうだな。問題の出身だ。オーレ地方だな? “遠く離れた土地から、時間と空間をこえて、はるばるとやってきたようだ”と表記されている。リボンの数は多いが、すべて取得可能なものだ」

 おかしな箇所は無いような気はするが、薄々理解していた。

「ただ一点。オーレ地方のサーナイト種族には、環境のせいか色違いが発生しない。専門用語では“ブロックルーティン”などというらしいが、色違いサーナイトでナショナルリボン付き、つまり、遠く離れた地が出身の場合、意図的に創り出された、不自然なポケモンということになる。まあ、元は普通の色だったのを、意図的に変えられたのだろう」

 ダンデの予測と私の考えは完全に一致していた。

「まあ、手口が雑なレインボーロケット団だが、その気になればこれくらいできる。それに、あのボスなら気紛れでゼンリョクを出すことくらいやりかねない」

『ボス……』

「もう気づいているだろうが、レインボーロケット団のサカキはボスではない。俺も当初は知らなかったが、影武者みたいなものだった。レインボーロケット団のボスは……ひとりの少女だ。名前は秘匿されていて、コードネームしかわからん。コードネームは“レインボー”、組織の頂点を意味する」

 ここに来て、コードネームという用語が出るとは思っていなかったが、その“レインボー”の符号がアローラのマスターであることは間違い無さそうだった。

「すまん、長い立ち話だったな」
『いえ、私にとってかなり有意義な時間でした』

 ガラルのマスターの名も知ることが出来たのだ。私が創られた存在であることも確固たる証拠を得ることが出来たし、改めて覚悟を決めることが出来たとも言える。

「サナ。お前は知能指数が高く、人語を理解し、まるで人のように振る舞う。それだけのポテンシャルがあれば、その生い立ちを知った後は、さぞ苦悩したのだろう。だが、お前には必死さも感じられなければ、焦る様子もない。何故だ?」

『私は……うん、そう。自分の色違いが意図的に創り出されたものだと知った時点で焦りはありましたが、心のどこかで、やっぱり、という想いもありました。失った記憶のなかで、どこか奥深くにその事実は受け止めていたんだと思います』

 ダンデは静かに聞いていた。街灯の明かりに照らされたその表情は、不思議と穏やかに感じさせ、私の気持ちを落ち着かせる。

『マスターを救い出すことについては、何となく漠然とですが、きっと何とかなるだろうという、根拠の無い、けれども、確かな安心感が心の中にあるのです』

「それは、エスパー故の第六感か?」

『少し違うような気はします。マスターと、私の関係のなかで生まれた信頼……とでも言うべきなのでしょうか。なんとなく、大丈夫だ、何とかなるっていう気がするのです』

「そういうものか。俺とはちょっと考え方が違うが、それなら良かった。もし、お前がこの世から消えて無くなろうとしているのならば、それは、お前のマスター……ユウナと言ったか。ユウナと会ってからにしてやれ。そうしないと後悔するぞ。俺のようにな」

 ダンデはそう言って足を進めた。
 向かっているのは時計塔の方角だった。

「話というのは、そのザマゼンタの事だった。この街に来てから忙しくてな、なかなか切り出せなかった」

 時計塔は、立派なホテルと一体化している。ここシュートシティを代表する歴史ある建物だった。

「長いようで短い期間で、この世界の現状を把握し、時を止めないために必要なものが何か得られたのは大きかった。やはり、博士クラスが三人も居たことが大きかった」

 世界は時を止めており、すべての生き物が固まったように動かなくなっていた。動いていた者が一度停止すると、どのような処理を施しても止まったまま、というのが現状の認識だ。
 街の外で止まってしまった者を、ここシュートシティに運んでもそのままであることがその根拠であった。

「アナログの、針のある時計。それが刻み続けている限り、それを目にできる周囲の生き物の時間は流れ続けている。だが、時計は何らかの拍子に見えない何かの攻撃を受けて止まることがある……だったな?」

 私は頷く。
 これについては、シュートシティの外の探索の際に、私が発見している。
 小型のコインのようなものを背負った妙な生物が、アナログの時計を止めて回っているのだ。時折り、『コレくれ』と、妙な言葉を発しているのを耳にする。仮に、彼らを私たちは、『コレクレー』と名付けていた。

「見た事のない生き物だ。恐らくポケモンだらうが、俺たちの知るデータに無い。生け捕りは難しく、すべて殺してしまったから正体はわからんが、敵の命より、時を止めないことが最優先だから仕方ないな」

 そう言ってダンデは時計塔を見上げた。
 そこには、異国風の着物を身にまとった眉毛の太い男が仁王立ちしている。
 男はダンデを見つけると一礼した。元レインボーロケット団のゴルゴである。

「迷宮兄弟の存在は頼もしいな」

 異世界のダンデと同じ、元レインボーロケット団の迷宮兄弟のゴルゴとゴノレゴも行動を共にしている。
 敵だったはずの迷宮兄弟は、このシュートシティの「時間」を守るべく、24時間、兄弟で交代制で時計塔の番人の役割を担っている。適材適所というべきか、二人は今までにないほど生き生きしていた。まるで、ニート生活を送っていた引きこもりが、社会に適合したような、そんな清々しい表情さえ見せている。

「罪は許されないだろうが……何かをすることはできる。その何かを探すことが大切なんだな」

 ダンデはそう言うと、口元を弛めた。

「さて、サナ。今日は特別な日だ。長らく外部の者と連絡が取れないでいたが、使いのロボットが送られてきた。ダイオーキドという博士の使いらしい。オンライン通話を望んでいる。映像までは厳しいので音声だけだが……。ちょうど今からだ。ついでに同席してもらいないだろうか」

 私は頷き、ダンデの後に続き、ホテル・ロンド・ロゼの中へと入った。

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