15-3 深紅が繋ぎ伴う心

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください



 サモンさんが監視に残したゾロアークの幻影の力もあり、たぶん誰にも気づかれずに私たちは遺跡の最上階に出る。
 辺りが展望できる吹き抜けた大広間。風に煽られないように意識を割かないとわりと危険な頂上。遺跡の床には折れた柱に囲まれた何か円を描いている文様があり、その手前には何か観測するためのような機材が設置されていた。
 そして広間の中央に居たユウヅキを、モニターの前で調整を終えたレインさんが呼び止める。
 レインさんは、彼が手に持つものの片割れを渡すように促した。

「サク。いえ、ユウヅキ。私に、2本ある“赤い鎖のレプリカ”の内の1本を渡していただきましょうか」
「……何のつもりだ。レイン」
「貴方に一人でプロジェクトを実行させる訳にはいきません。貴方の母親のスバル博士に叱られてしまいますからね……また諦めるのか、と」

 レインさんの視線をそらさずしっかりと受け止めたユウヅキは、その申し出を拒絶する。
 それが意地から来るものではないことを、私は知っていた。

「これは俺の責任だ。誰にも譲る訳にはいかない。誰にも、だ」

 もはや、責任という言葉の体裁すら整ってないけれど、譲る訳にはいかないもの、それが私たちの抱えている問題だった。
 そしてその問題を知るもう一人、彼女は狙い済ましたタイミングで階段を上って来て現れる。

「彼の言う通りだよ。レイン。これは彼の問題だ。キミが茶々入れるのは、野暮だと思うけど」
「サモン、さん……」

 レインさんは普段の彼のイメージからはかけ離れた、明らかに感情を込めた表情でサモンさんに睨みつける。
 しかしサモンさんはものともせずにレインさんに対して揺さぶりをかける。

「ヨアケ・アサヒと共に行動していた彼、ビドー・オリヴィエが遺跡の前に姿を現したよ。メイが食い止めようとしているけど、増援に向かわなくていいのかい、レイン?」
「……貴方が行けばいいでのでは」
「あいにく、ボクはメイには嫌われていてね。でもキミはすでにテレパシーで助けを求められているんじゃあないのかな……それとも見捨てるのかい? 彼女を」

 怒りをあらわにするレインさん。しかしすぐにぐっと飲みこんで、レインさんはカイリューをボールから出した。
 白衣の背中を見せ、ユウヅキからは見えない位置で悲痛な表情を浮かべながら、レインさんは願うように念を押す。

「いいですか、絶対に一人で先行しないでくださいね。絶対にですよ……!」

 カイリューはレインさんとユウヅキを交互に心配して見つめていた。
 何も答えられずにいるユウヅキを置いて、レインさんを乗せたカイリューは最上階から飛び立つ。
 レインさんの姿が見えなくなったのを確認して、彼女は「いい感じに人払いできたね」と呟き、私たちに向けて言葉を放つ。

「さて、舞台は整ったねユウヅキ。そして――――アサヒ」

 彼女から出た私の名前に、ユウヅキは驚き固まる。それから恐る恐るサモンさんの方を向き、私を見つけ目を見開く。
 いつの間にかゾロアークはサモンさんの背後に回って、私たちの様子を伺っていた。

 もう幻影は、私とドルくんを隠していない。


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 気まずい沈黙を先に破ったのは私だった。

「ユウヅキ。レインさんの言っていたもう一人は……私がなるよ」

 ユウヅキは、か細い声で「ダメだ」と首を横に振る。

「この危険な役割は、他の誰にもさせられない」
「頑固だなあ。一緒に生きて償おうって言ったでしょ。私が言える立場でもないけどさ、独りで身を危険にさらす無茶をしないでよ」
「するさ。他でもないお前を、アサヒを失わないためなら、俺は無茶するさ」

 その先の彼の言葉は、とても怯えたように震えていた。黒髪の合間から見える、青いサングラス越しの目を伏せたユウヅキは、8年前に別れたころの彼を彷彿させた。
 あの泣いていた彼の姿が、ダブって見えた。
 ユウヅキがずっと、ずっと無理をし続けてきたのが、その無理をひた隠しにしてきたのが……今、ようやく見せてくれた弱った姿でわかった。

「怖いんだ。本当にずっと怖かったんだ。今でも恐ろしくてしょうがないんだ。アサヒが、居なくなってしまうことが、俺は怖くて……怖くてたまらない」
「だからって……アイツの言うことずっと聞いていたって、私が大丈夫な保証は、ないよね」
「……先延ばしにはできたさ」
「でもね、もうこの先はないの」

 確かに、今ここに私が立っていられること自体、彼が繋いでくれた結果だ。
 でも私は非情になってその現実をつきつける。このままではダメだと。
 先延ばしにできる未来は私にはもうない。
 そのことは、私も彼も解っていた。

 解っていたからこそ、私は――――笑って彼を励まそうとした。

「大丈夫、私はどこにも居なくなったりしないから」

 本当はどこも大丈夫なんかじゃないけど、私はあえて言い切った。
 結局のところ、先があろうがなかろうがだからどうしたって話だ。
 まだ何も決まり切ってはいない未来に、悲観して嘆くのはもうおしまい。
 たとえ望みが少なくても、私は最後まで笑ってやろうって。私はそう望んで、彼を説得する。

「そもそも、私がユウヅキの旅に一緒に来たのは、貴方の無謀に付き合うためだからだし、危ないとか今更だよ」
「…………だが」
「それに、ギラティナを呼び出してからが本番、でしょ? その時に貴方が倒れていて私だけで何とかしようとするのは嫌だよ?」
「…………それは……」
「私を置いて行ったら、それこそ追いかけちゃうぞ……?」
「勘弁してくれ……」
「じゃあ、『ダークホール』でもなんでも使って止める?」

 私の挑発に、彼は「なるべくは、使いたくなかったがな」と答えてからモンスターボールを手に取り、私に見せた。
 ユウヅキは「最終通告だ」と宣言して、ボールからダークライを出現させる。
 ダークライは静かに私を見定めるように見据えた。

「今からダークライの『ダークホール』を使う。そしてお前を眠らせ置いて行く」
「もし……私が眠らずに立っていられたら、一緒に行ってもいい?」
「……できるならな」
「言質、取ったよ」

 彼に約束を取り付けると同時に、私の背後から、ドーブルのドルくんが飛び出して来てくれた。
 ドルくんはユウヅキとダークライをじっと見つめてから、私の手を握る。
 どうやら一緒にダークライの『ダークホール』を受けてくれるみたいだった。

「ありがと、ドルくん」

 感謝の念を伝えると、ドルくんは力強く握り返すことで返事をする。
 気を抜くなってことだよね、と思い、私も負けないように握り返した。

 ダークライはユウヅキを一瞥する。
 彼はダークライの名前を呼び、はっきりとした口調で技の指示を出した。
 頷いて了承したのち、ダークライは大きく両手を開き、構え、そして……。

 青空の背景の中、帳を下したような闇が生まれていく。
 それはすべてを黒に染めていく勢いで、浸食した。
 私たちはその闇から一瞬たりとも目を逸らさぬよう、見続ける。

 ふたりで手をつないだまま、私とドルくんは『ダークホール』の暗闇に呑み込まれていった……。


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 ――――『ダークホール』の暗闇の中は、真っ暗すぎて平衡感覚が鈍る。
 それでも私は手に取ったドルくんの温かさを胸に、足元に気を付けながら前進して闇の中心を目指す。
 闇に隠れた彼らを捜して、一歩一歩前に突き進む。
 風の音で分かりにくいけど、なんとなく感じた息遣いを頼りに、歩を進める。
 空いた右手の手探りで何かを掴む。それは布の端っこだった。
 懐かしい肌触りを、優しく握る。
 すると天井から闇が晴れ、光が差し込んだ。一瞬目が眩んだけど、私はその手にしたものの正体を見る。
 それは彼の大事な、深紅のスカーフだった。
 首から下げたスカーフを掴まれ、困ったような表情を浮かべるユウヅキに、思わず私はドルくんのエスコートから手を離し、胸元へ飛び込んだ。

「……捕まえた」
「……捕まったか……」

 ドルくんや、ダークライ。サモンさんとゾロアークの視線をお構いなしに、私は、彼の背中に手をまわし、思い切り抱きしめる。
 ユウヅキもしぶしぶと軽く抱きしめ返してくれる。その温かさにうとうとしたくなったけど、左手のそれが私の意識を繋ぎとめた。
 私の異変に気付いた彼は、いったん私を引きはがし、私の左腕を掴み確認をする。
 左の手のひらに埋め込まれた植物のタネを見て、彼は察する。

「これは……まさか」
「バレちゃったか……『なやみのタネ』だよ。流石に何も対策しないで踏ん張るのは難しいと思ったから、ね。でもズルしちゃダメって言わなかったよね」
「ドルの『スケッチ』した『ふみん』の特性を埋め込む技か……だからって、自分にうたせるとか……無茶して……痕残るだろこれは……」
「勲章だって。このくらい……それより、私も一緒に戦ってもいいよね……?」

 質問に大きなため息が返ってくる。ユウヅキは両手で私の左手を包み込み、祈るように目を伏せた。

「……守り切れなかったら、すまない」
「そうならないように私も頑張るよ」

 私たちのやり取りが延々と続かないように。サモンさんは咳払いをする。
 ゾロアークは相変わらず彼女の背後からこちらを伺っていた。
 サモンさんはゾロアークの頭を撫でながら、私たちに行動に移すよう言った。

「悪いけど、そろそろプロジェクトを始めてもらおうか――――ディアルガとパルキアを呼び留め、こちらとあちらを繋ぎ、境を壊すプロジェクトを」

 静かに頷く私たちに、サモンさんは仰々しく手を広げて、蒼天を仰ぎ見た。

「彼らの望み通り、“闇隠し”であちらに閉じ込められた者たちと、こちらに残された者たちを再会させてあげようじゃないか」

 そう。私たちがビー君たちやこの地方のみんなから引き離してしまった大切な者たちを取り戻せる可能性があるとしたら、プロジェクトを進めるしか道は残されていない。
 私たちの償いは、そこでは終わらのかもしれないけど、もとより逃げる気もなかった。

「ユウヅキ」
「アサヒ」

 遺跡の中心で、ユウヅキが私に2本の“赤い鎖のレプリカ”の端を掴むよう促す。
 私と彼は命綱のように右手と左手、それぞれで輪を描くように鎖を繋いだ。

 鎖に力を籠めると、場の空気が、変わる。
 レプリカの“赤い鎖”が、鈍く光り輝き始め熱を帯びていく。

 その儀式に反応するように、遺跡が音を立てて揺れ始めた。
 どんどん揺れが強くなっていく中、私たちは踏ん張りをきかせて、そのまま続行する。

「まあ、あとのことは……健闘を祈っているよ」

 その変化を見届けると、サモンさんはそれだけ言い残して、幻影の力でゾロアークと共に姿を消した。
 気づくと、辺り一面に広がっていた青空が、暗雲に包まれていた。
 身体の力が、意識が鎖に持っていかれそうになる。
 それでも私を彼が繋ぎとめる。
 同時に私も彼を繋ぎとめる。
 ドルくんとダークライがその場で見守る中。

 やがて、異変は起きた。


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