15-2 恐れを高く飛び越えて

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください



 義賊団<シザークロス>のメンバーが運転するトラックの荷台で揺られながら、ルカリオと俺は体を休める。気を張っていたさっきよりは、体調が少し楽になっていた。
 その代わりに忘れていた疲労感がやってくる。ルカリオも俺と同じく疲れているのか、じっと目蓋を閉じていた。

「ボールに戻っていてもいいんだぞ。ルカリオ」

 首を静かに横に振り、そのまま隣にいてくれるルカリオ。
 気持ちは嬉しいが、どうしたものかと思っていると、同じくトラック内に居た彼、テリーに声をかけられる。

「今はそうしていたいんだと思うぜ。自由にできる時は好きにさせてやればいい」
「そういうものなのか……?」
「ああもう、あんたのルカリオが望んでいるんだからいいだろ」
「それも、そうか……」

 歯切れの悪い俺に、テリーはオノノクスのドラコの入ったボールを眺めながら少しイライラとしていた。案外短気なのかもしれないなコイツ……。
 何故ムカついたかを、テリーは堪えずに吐き出してくる。

「なんか今のあんたを見ていると腹が立つぜ。さっきとまるで別人だ」
「悪かったな……」
「まったくだ。みんなこれのどこがいいんだか……でも、解らなくはないぜ。今のその腑抜けた感じは」

 責められるのは分かるが共感されるとは思ってもいなかったので、割と心底びっくりしていた。
 お前、分かるのか。俺自身も正体を掴めていない、このやるせなさ、みたいな何かを、知っているのか……?
 思わずじっと見てしまうと、テリーは視線をそらして言った。

「恰好つけて背伸びしてこられたのも……あの背の高い人の前だったからなんだよな」
「……!」
「オレにも“闇隠し”から守れなかった背の高い幼馴染が居るから、その無力感は……分かる」

 いまさらだが、彼の履いているのがシークレットブーツだということに気づく。
 テリーが、俺と同じくらいの背だということを、その時になってようやく認識する。
 彼の発した背伸びや無力感、という言葉が自分の中の感情と重なる。
 それは図星、というやつなのかもしれなかった。

「たとえそいつと肩を並べられなくても、胸張って隣にいたいよな」
「テリー……」
「……実はテリーは愛称でオレの名前はテレンスだ」
「そうなのか」
「そうだ。じゃなくて、だからビドー……あんたは、あの人のこと見失わずに必ず助けろよ……そうじゃなきゃ今のあんたは、危なっかしいからな」

 ルカリオが俺の隣に居たがった理由も、その一言に集約されていた。
 何だかんだ、俺はヨアケの隣に居たからこそ、彼女の相棒だったからこそ頑張れていた部分もあったのか。
 ルカリオに心配されるってことは、それほど不安定になっているってことなのかもしれない。

 ……もっとしっかりしてえな。
 そう願ったら、もう少しだけ気張れそうな気がした。

「お前も諦めていないのなら、その幼馴染の人絶対に助けに行けよ、テリー」
「……当たり前だろ。余計な気遣いはいいから休め、ばーか」

 あえて愛称のままで呼ぶと、彼は顔を背けながらそう促した。言われた通りに俺も目を閉じ背中を壁に預ける。
 その振動に揺られながら、俺たちは静かに、少しだけの間休んだ。

 ……そのあと眠りに落ちかけて、テリーの手持ちの、正確には彼の幼馴染の手持ちだったヨマワルのヨルに『おどろかす』で叩き起こされたのは、かっこ悪いからヨアケには秘密にしておこう。


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 義賊団<シザークロス>のお陰で、遺跡の町【オウマガ】にはすぐにたどり着くことが出来た。
 【オウマガ】自体は遺跡を観光にしている町で、そこまで規模は広くない。
 が、小山の上の遺跡へと向かう道が、内部の洞窟を抜けていくしか道らしい道がなかった。
 せっかくの車両も、この先には通れない。ジュウモンジたちもこの奥に行くのは初めてだそうで、入り組んだ地形に頭を悩ませていた。

「これ、案内してくれる人とかいないと延々と迷うやつだよな……」
「秘伝技……秘伝技が、欲しい……」

 テリーとアプリコットが複雑な道に臆している。かといって外側は急な勾配でとても歩いて登れるとは思えない。
 時間も惜しい。ここまで連れてきてくれただけでも十分だ。ここからはオンバーンの力を借りよう。
 そう考えていたら、表にいたクサイハナとそのトレーナーの男(いい加減ちゃんと名前聞くべきだろうか?)が誰かを引き連れてきた。

「こっちだ! あいつを上の遺跡まで連れて行ってほしいんだ、頼む……!」
「わかった、わかったから押さないでくれ!」

 クサイハナたちの勢いにたじたじになっていたその濃い顔つきに金髪刈上げオールバックの男は、カウボーイハットを被りながら俺とルカリオの元に歩み寄ってくる。

「アンタが客かい? 金さえ貰えれば、お望みの場所に案内してやるぜ」
「! ぜひ頼みたい。いくらだ」
「ここから小山の台地の上の遺跡だと……こんなもんか?」

 提示された金額は、そこそこしたが、支払えないほどではなかった。
 迷わず了承して、名前を尋ねる。男はカウボーイハットに手をのせ、元気よく名乗る。

「俺はオカトラ・リシマキアだ。オカトラでいいぜ少年!」
「青年だ。俺はビドー・オリヴィエ。ビドーと呼んでくれ、オカトラ」
「! ……ハッハッハッ! オーケー商談成立だ! 任せときなビドー!」

 笑って誤魔化すオカトラにもう一言付け加えたかったが、そんな気力も体力も惜しかった。
 目安を立てたいと思い、所要時間を聞く。

「オカトラ。時間はどのくらいかかるのか?」
「お? 急ぎか? だったら……険しい悪路だが通ればわりとすぐにいけないこともない最短ルートがある。ただし連れていけるのは一名限り。それを選ぶかはアンタ次第さ。どうする?」

 どのみち、ジュウモンジたちから得られる協力は【オウマガ】まで運んでもらうことまでだ。
 初めから単独行動になると覚悟は決めていたが……何故だか、言い知れぬ不安がこみ上げてくる。
 迷うはずもないのに、躊躇してしまった。
 その意図せず作ってしまった一瞬の間で、俺自身より先に、その感情の正体をジュウモンジに指摘される。

「…………おいてめえ、ビビっているのか?」
「え……?」

 言葉が頭に入りきる前にジュウモンが俺の手首を掴み、持ち上げる。そこでようやく自分の手が震えていることに気づいた。

「そん、な……こんな、はずじゃ……!」

 周囲全体が、俺を心配する視線を向けているのが感じられる。
 そんな中ルカリオだけが、俺を叱咤するように吠えた。
 テリーとヨマワルのヨルがなだめようとするも、ルカリオは吠え続ける。
 ルカリオの伝えたいことは、言葉が分からなくても波導で分かっていた。

 「負けるな」 「彼女を助けに行くんだろ」 「恐れるな!」
 その熱い波導に奮い立てられれば良かったのだが、どうしても萎縮してしまう。

 あの得体のしれない影に立ち向かうことに、体が恐怖してビビってしまっていた。
 ジュウモンジが手首から手を離す。震える拳を無理やり握ろうとすると、アプリコットが両手で包み込むように俺の手を取った。
 その行動に動揺して反射的に彼女の顔を見る。
 アプリコットは、真剣な眼差しで俺を見つめ、慎重に言葉を紡いだ。

「あたしが代わりに行こうか……?」

 それは、心配して……とか、同情して……とかではなく、本気で代わりを務めようとしている目だった。
 その考えが伝わってくるだけに、受け入れるわけにはいかなかった。

「いや、他人任せには、したくない。そしてここまで送ってもらった。報酬としては十分だ。これ以上は巻き込めない」
「そう。わかった……オカトラさん!」
「なんだい嬢ちゃん」
「追加料金出すから、秘伝技持っているポケモンがいたら貸して」
「!? ハッハッハッ! 気に入った! いいぜ!」

 彼女の思い切りよすぎる発言に、思わず「正気か?」と言葉にこぼしてしまう。
 不服そうな俺に、オカトラは思い切り笑い飛ばした後、こう言った。

「お嬢ちゃんの粘り勝ちだな。ビドー」
「オカトラも……本当にいいのか? そんな安請け合いして」
「ビドー。俺はな、誰でも簡単に引き受けるわけじゃあないぜ。アンタが困難に陥っているから、助力したいと思ったんだ」
「俺たち出逢ったばかりだろ」
「だが、ここに集まった嬢ちゃんたちはアンタを助けたいと思っている。それはアンタが助けるに値する人物だと見込んだからだろ? なら俺もそう思っても不思議じゃないさ。ほら!」

 オカトラに背中を思い切り叩かれる。せき込む俺から慌てて離れるアプリコット。
 それから今までの数倍高笑いし、最終的にはむせたオカトラが親指を立てる。

「デカイことやるんだろ? なら手前の看板くらい堂々とはれなくちゃな!」

 呆気に取られたからなのか。びっくりした衝撃か。先ほどまでの震えは、収まっていた。
 ルカリオは俺を見て、「もう大丈夫だな?」と目配せをする。
 「ああ、大丈夫だ」と頷き、彼らに向き直る。
 こういう時、彼らに言う言葉を俺はもうすでに持ち合わせていた。

「ありがとな。この先はだいぶややこしくて、危険が伴う。それでもいいのなら改めてこちらから協力、頼みたい」
「時間はないんだろ。さっさと話しやがれ、その面倒な状況とやらを」
「! ……わかった」

 ジュウモンジの即答に面食らいつつも、俺はこの先の遺跡に居る“赤い鎖のレプリカ”を用いた計画を進めようとしているヤミナベ・ユウヅキを止めたいことや、ヨアケをさらった謎の影や、彼女が言い残した敵の存在の示唆について、出来るだけ端的に話した。
 突拍子もない話になってしまったがそれでも彼らは了承してくれる。
 そして、俺とオカトラの二人と、オカトラから秘伝技の使い手のビーダルとゴルダックを借り受けたジュウモンジたちの二方面からそれぞれ遺跡を目指した。


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 ハジメとの特訓にひと段落したソテツとフシギバナは、彼らを遺跡内部へと見送った後、大地に寝そべり休息を取っていた。
 雲一つない青空を望みつつ、彼は先ほど感じた彼女の気配が引っかかっていたのである。
 ソテツは買い換えたばかりの携帯端末に、<エレメンツ>で使っていた機能を入れていた。
 画面に表示されるのは、アサヒの持つ発信機の位置を示す丸いアイコン。
 それは間違いなく遺跡内部に居ることを示している。

(いつもの発信機の反応じゃ、アサヒちゃん今頃遺跡に潜入しているはずなんだけど……静かだな。まあビドー君が一緒なら、大丈夫だとは思うが)

 アサヒと顔を合わせにくかったソテツは、彼女を引き留めることはしなかった。
 黙って見逃すことが、怒らせて泣かせてしまった彼女へのせめて今自分にできる償いだと思い、目を瞑ることにしたのである。

(……正直、プロジェクトは成功してほしいけど、ハジメ君も言っていた通り、オイラも別にサクの、ユウヅキだけの力でなくてもいいからね)

 頓挫とはいかなくとも一度中断まで持ち込まれれば御の字ぐらいにソテツは考えていた。
 しかしいつまでもこうしていることに彼は一抹の不安を覚える。
 ソテツが次の行動を移そうとしたその時、彼とフシギバナの頭上を飛び越えるシルエットがあった。
 それは大きな足を持ち炎のたてがみを揺らすひのうまポケモン、ギャロップの姿。
 着地したギャロップの背に乗った二人の人物を見て、ソテツたちは呆気にとられていた。

「無茶するなあ。あの急な坂を飛び越えてくるとはね……しかし、キミがここに来るのか、ビドー君」
「俺だけの無茶じゃ、ここまでたどり着けていたか怪しいがな」
「ハッハッハッ! 結果オーライ!!!」

 冷や汗をかきながらも一仕事やり遂げてガッツポーズを決める初対面のオカトラの暑苦しさに、ソテツは若干引いていた。

 ビドーはすぐさまギャロップから降りてルカリオをボールから出し、警戒姿勢をみせる。
 ソテツの視線に入ったのは、ルカリオのつけているメガストーンと、ビドーの肩についたキーストーンのついたバッジ。
 それとふたりの顔色だった。

「やっぱり立ち塞がるのか、ソテツ」

 威嚇的に問いかけるビドー。彼の声で、ソテツはそれを虚勢だと見抜く。
 そもそもビドーがアサヒと別行動なのがおかしいと感じていたソテツは、背後に迫る蹄の音を聞きながら、返答をぼかした。

「…………どうしたものかね。立ち塞がるのは、オイラだけじゃあないんだけどね」

 遺跡の奥からパステルカラーのたてがみを翻したギャロップに乗って来たのは、大きな帽子を被った銀髪の女、メイ。

『邪魔者は、こいつらだけ片せばいいの?』

 ソテツの脳内に直接メイのテレパシーが届く。
 その言いぶりから彼女もまた、テレパシーを応用した思考の探知で、遺跡内部にアサヒが侵入していることに気づいていた一人だとソテツは推測した。

『こりゃあ、レインも出てくるのも時間の問題だな』
『……何を企んでいる』
『おお……、思考駄々洩れになるんだった。おっかない』

 メイに思考を読まれていることに対し、「だったら仕方ない」とソテツは思ったことをそのまま口にし始める。

「ビドー君、ルカリオ。それ、トウギリとあいつのルカリオの借りたんだろ?」
「……そうだ」
「だったらメガシンカ、まだ慣れてないんじゃない? ちょっとだけレクチャーしてあげるよ」
「!?」

 テレパシー内の舌打ちを耳にしながら、「裏切り癖が付くのはよくない傾向だな」とぼやくソテツ。
 返答に困っているビドーに、意図を把握したルカリオに、ソテツは淡々と続けた。

「キミたちなら、オイラの言葉が嘘じゃないって判るだろ?」
「判るが、それでも……どうしてだ?」
「はあー……幻滅させたお詫びだってこと。さあ、そのヘタレてる根性ごと鍛えてあげるよ」
「誰がヘタレだ。この粘着質野郎が」
「ほう? 玉砕する勇気もないのに?」
「俺はそういうのではないし、何より中途半端に自爆した上に、結局肝心なこと直接言えずに終わったアンタにだけは言われたくない」
「ははは、悪態はっきり言える元気があるなら、踏ん張れよ、青年!」

 ポケモンたちとオカトラが罵りあっていた二人をジトっと見つめていた辺りで、メイはソテツとのテレパシー交信をぶつりと切断する。
 そのままレインへの呼び出しをしてから、わなわなとこみ上げるイラつきと敵対相手の増えた面倒くささを凝縮して、がなった。

「ったく! どい、つも、こい、つも……大概にしろ!!」

 彼女は一度自分のギャロップを引っ込めると他の手持ちを繰り出した。
 そのポケモンが現れると同時に、ビドーたちを頭痛が襲う。
 薄水色の先端に爪のようなものが付いた長く幅広な帽子を被った魔女のようなポケモン、ブリムオンが目を細めながら、その甲高い声と共にサイコパワーを解き放っていた。
 周囲の空気が念動力で震える。

「全部まとめて粉砕してやる……ブリムオン!!」
「……痛っ!」

 荒々しくなるメイとブリムオンに対し、頭を押さえながらも構えるビドーとルカリオ。
 苦しむ彼らの前に、ソテツとフシギバナは勇み出た。

「よく見て聞いておきなよ、ふたりとも」

 眉間にしわを寄せ、彼らは目一杯カッコつけながら、ビドーとルカリオにレクチャーを始めた。


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ゲストキャラ
テリー君:キャラ親 仙桃朱鷺さん
オカトラさん:キャラ親 くちなしさん

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