第27話 ~再生教団という存在。~

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読了時間目安:23分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

主な登場人物

(救助隊キセキ)
 [シズ:元人間・ミズゴロウ♂]
 [ユカ:イーブイ♀]

(その他)
 [スズキ:コリンク♂]
 [チーク:チラーミィ♂]
 [フラッペ:デリバード♂]

前回のあらすじ

バトル大会『インフォメーションカップXXX』終了後、翌日の早朝。

シズはどういうわけか自らの精神世界へと迷い込んでいた。訳も分からず周囲を探索する内に、シズは自身の過去を追う手がかりとされたイーブイ・『プレーン』の魂と出会う。

彼は「君の過去は苦しみに満ちている。記憶の欠片を見せてやるから、それから取り戻したいかどうかを決めろ」と主張。

プレーンに見せられたもの。それは、非人道的な実験を繰り返すとある研究所の実験体として囚われたシズと、その相棒であるプレーンによる、研究所への反逆の記憶だった。
結果は、惨敗。助け出そうとした数多の実験体は殺され、プレーンも残虐な方法で殺された。生き残ったのは、とある研究プロジェクトにおいて重要な存在とされるシズ本人だけであった。

――そして、シズは目を覚ます。現実世界へと戻ってきたのだ。
今日はもう休もう……シズの心は、疲弊しきっていた。
ポケモンニュース XXXX号    XXX年 X月 X日 8時00分

 ピースワールドを揺るがせた大事件! 異常続きのバトル大会の裏には何が

 きのう14時頃、バトル大会『インフォメーションカップXXX』の会場となったアリーナが爆破される事件が起こった。1名の犠牲者が出ており、武器の一種である『爆弾』によるものと考えられる。また、主催者である『伝説の情報屋』が大会の続行を強行したこと、救助隊協会が事実上の許可を行ったことも大きな話題をよんでいる。


 とある救助隊が犯人たちと交戦? 銃火器が使用された経緯とは

 きのう17時頃、救助隊『Rescue』のスズキが逮捕された。罪状は武器の使用および大量殺害の容疑であり、本人は「正当防衛だ」と主張している。
 救助隊協会の取り調べによると、ことの始まりは、爆破事件の犯人たちによって3匹の子供が誘拐されたことだという。3匹の失踪を不審に思ったスズキは独自に調査を開始。犯人たちの元にたどり着き、最終的に銃撃戦に発展したとのこと。本人の主張によると、スズキの使用した銃は犯人たちから奪ったものだそうだ。
 なお、誘拐された子供たちは別の救助隊によって保護された。


 伝説の情報屋、暗殺される

 きのう20時頃、救助隊協会は『伝説の情報屋』が遺体で見つかったと発表した。伝説の情報屋は『大陸』において最も有名な情報屋であり、様々な情報を収拾・売りさばいていた。救助隊協会のような公的な組織や、自警団、再生教団のような勢力もその情報網を利用していたのだという。詳細は明かされていないが、救助隊協会は爆破事件との繋がりがあるとみて調査を進めている。











 ここは、人間の司法で言う留置場に当たる場所。無機質に過ぎる強化コンクリートに囲まれたここは、実際の広さと比べても狭苦しさが残る。
 ……そんな場所で、先ほどの新聞で言及されていた人物――スズキは、取り調べを受けていた。

「なるほど、正当防衛という主張は理解した。だが、コジョフーとメタモンの件はどう説明するんだ! ええ!?」

 1匹の男が、口うるさくスズキにわめき立てる。
 確かに、スズキは沢山のポケモンを殺した。殺して殺して……だが、相手は銃を持っていたのだ。やらなければ、やられる。元気3匹衆も殺される。だから、すべて仕方が無かったのだ。
 ……スズキの主張は概ねこうである。

「何度も言っているだろう。被害の拡大を防止するために情報が必要で……」
「なぜ殺したかと聞いている! 尋問を罪に問うているのではない、殺害を問うているのだ!」

 しかしながら、その理論が通じない部分もいくつか存在してしまっていた。
 1匹は、『犯人』たちの隊長であったコジョフー。スズキは彼を動けなくした上に、拷問を食らわせて情報を引っこ抜いてから殺している。……連中が『元気3匹衆』を殺そうとしていたとは言っても、正当防衛というにはやり過ぎだ。
 1匹は、『伝説の情報屋』を暗殺したメタモン。コイツに関しては……一切の言い訳が効かない。なにせ、スズキの側から襲撃したのだから。

「……いい加減しつこいぞ。しばらく同じ会話を繰り返してるが」
「はぐらかすからだろうに! まったく……武器を使うようなポケモンは話が通じないな!」

 ……そういったことを馬鹿正直に言うわけにも行かなかった。
 相手が襲ってきたから返り討ちにしたという話で通さなければ……

 ――突然、扉が開く。

「ナムルさん! その容疑者に面会したいという者が……」

 この状況に割って入った来た職員。そいつは、確かに……面会と言った。誰だろうか。スズキに会いたいという者は限られるが。
 同じ救助隊として活動しているフラッペ、この島での付き合いは長いチーク。……もしくは、何も言わずに姿を消す形になってしまった救助隊キセキの2匹か。

「なんだと! ……チッ、了解した。連れて行け」

 いずれにせよ、この――ナムルとか言う奴の堂々巡りな取り調べから脱することは出来た。
 スズキは誰とも知らない面会者に感謝した。













 同建造物内部、面会室。外部の者が来る場所と言うこともあってか先ほどまでよりはいくらかマシだが、やはり飾り気のないコンクリートの壁がこの場所を支配している。
 改めて周囲を見渡す。人類技術による強化ガラスを隔てて、面会者たちはそこにいた。救助隊キセキの2匹……すなわち、シズとユカであった。

「あっ……あの……」

 おどおどとした様子で、シズが口を開いた。いつにも増して緊張しているようだ。

「ねえ。新聞に書いてあったこと、本当なの? あれ読んで飛んできたんだよ、ワタシたち」

 それに続くのはユカの言葉。
 新聞に書かれていた事件が起こった当時、スズキと救助隊キセキは一種の協力関係を結んでいた。……新聞に登場した3匹の子供――通称『元気3匹衆』を一緒に助けようと。

「悪かったな。勝手に消えて」

 しかし、スズキは……『元気3匹衆』捜索のために二手に分かれた後、その件の報告なんかを済ませる前に逮捕されて……状況から退場してしまった。

「いいよ、別に。あの3匹が無事だってのは、もう分かってたことだし。……で?」
「……ああ。ニュースにあったことは、概ね事実だ」

 しかも、大きなニュースになるほどの厄介ごとを抱えて。この島、『ピースワールド』は平和な島だ。少なくとも、事件が起こる前はそうだった。……そんな場所で、相手がすべて爆破事件の犯人たちだったとは言えど、沢山のポケモンを殺したのだ。

「ス、スズキさん……」
「お前はああ言っていたな。『悪人だって死んで良いはずはない』と……」

 シズは『自分のせいで誰かが死ぬ』という状況に強い苦痛を感じてしまう。水晶洞窟の一例――実際に誰かが死にそうになった件において、スズキはそういう理屈を感じていた。……さすがにこの件にまで自責の念を抱くとは考えづらいが。

「悪いな。お前に、『友達』とまで呼んでもらったのにな。……だというのに、俺はお前の意思を汲んでやれなかった。いや、違うな。わざと汲まなかったんだ」

 『わざと汲まなかった』。その言葉に、スズキと対面する2匹は顔を見合わせた。

「俺の考えはこうだ。『悪人はさっさと殺せ。さもなくば、数多の善人に災いが降りかかる』」
「そ……それって、わざと殺したってことじゃ――」
「この世にはさまざまな胸糞の悪いことが存在する。いじめや虐待。殺害から暴行まで……分かるな?」

 ――確かに、そんな悪いことを許すわけにはいかない。でも、何も殺さなくたって……
 シズはそう思った。だが。

「お前もあるんじゃないか? そういう悪者に、憎しみのひとつやふたつ抱いたことぐらいは」
「……」

 ……結論から言えば、シズには『ある』。シズの人間時代の記憶……その欠片で知った、非人道的実験への反抗とその結末。
 あれは、そういう憎悪によるものだったのかもしれない。

「ワタシは分かるな、そういう気持ち。だってワタシ、シズに危害を加えるヤツなんかがいたら冷静でいられる気がしないし」

 横から差し込まれるユカの言葉。それは、スズキに対する共感だった。
 ……ユカには大切な両親を殺されてしまった過去がある。これは、これ以上失いたくないという意思なのだろうか。

「そうか。良い仲間を持ったな、シズ」
「そう、ですね……」

 良い仲間。確かに、シズ自身にとっては、守ってくれる誰かがいるというのはとてもありがたい話だ。
 だが……それで、誰かが傷つく結果になってしまったなら? そう思うとシズは歯切れの悪い返事を返すことしか出来なかった。

「ところでさ、話戻すんだけど……あの事件で何があったの? ワタシたち、何にも知らないままじゃいられないよ」

 そして会話は、原点に立ち返る。
 ……そもそも、シズたちの目的は自分たちの知らない内に起こった出来事を知ることにあったのだ。スズキの逮捕という事態の理由は、そこにあるはずだ。

「わかった。まず、お前たちと別れた直後からだが……」













 それからスズキは、例の事件で起こった、シズたちの知らない出来事をできる限り詳細に話した。

 裏路地で突然銃撃を受け、返り討ちにしたこと。
 『元気3匹衆』を救うために『元気3匹衆』の目の前で銃撃戦を繰り広げたこと。
 犯人たちの正体が『再生教団』と呼ばれる危険な団体であったこと。
 一連の事件はすべて『再生教団』が『伝説の情報屋』を暗殺するために仕組んだことだということ。



「暗殺のためだけにあんな大きなことをやったの!? 『伝説の情報屋』があぶない奴らに情報を売りさばいてたーって話は知ってるけど……」
「ああ。『再生教団』の秘密を知ってしまったからだと奴らは言っていたが」
「秘密ね……なんなんだろ?」

 情報を提供するスズキと反応するユカの間で、会話は盛り上がりを見せていた。話の前提を理解している者からすれば、退屈なことはないだろう。
 それに、敵の正体や目的を知るというのは、自分自身を守るためにも必要なことである。

「あの……再生教団って、なんですか……?」
「あっ、そっか。知らないよねそりゃ……」

 ……話の前提を知らないシズにとっては、全く別であるが。名前だけ出されても敵の正体なんて分からない。

「記憶喪失か……分かった、説明する」














 『再生教団』……それは、この『ピースワールド』の外にある、『大陸』と呼ばれる土地に本拠地を置く巨大な宗教団体だ。
 その巨大さと言えば、『救助隊協会』に匹敵する組織力を持っているほどで、その思想と行動もあって、俺やお前たちのようなポケモンにとってかなり危険な存在とされている。

 ……そして、宗教団体と言うだけあって連中には教義が存在する。



 1つ。自然を愛し、自然を愛する者も愛せよ。

 2つ。自然を愛さず、あるいは穢す者は敵だ。手段を選ばず撃滅せよ。

 3つ。自然を愛せずに滅びた人類は悪魔だ。その遺産技術に頼るべきではなく、それに依存せし者は敵だ。

 4つ。神々に数えられる存在は、我々を見捨てている。自らの力で道を切り開け。

 5つ。『不思議のダンジョン』は、自然の摂理に反する異常な存在である。それに依存する社会を構築した『救助隊協会』とそのネットワークに属する文明は敵だ。



 特徴的なものを抜き出せばこのくらいだろうか。……3つ目と5つ目を聞いて分かるとおり、奴らは俺たちの暮らしに真っ向から対立している。
 そして、連中は過激な手段に出ることをいとわない。それこそ今回の事件のように。

 さらに厄介なことに、連中は武装しているんだ。そう……銃火器でな。銃火器の危険性はもう知ってるよな? 『ポケモン自身の手でポケモンを殺すことは難しい。だが、ポケモンに依らない武器を使えば一瞬で』――この世界のルールだな。

 ……だが、何かがおかしいだろう? 人類の技術を嫌っているのに、人類の技術である銃火器を使っているという現実……矛盾だな。

 その答えは、連中の最終目標にある。












「『世界を破壊し、一から作り直す』。物理的にな。……『再生教団』が声高らかに掲げるスローガンだ」
「……えっ?」

 世界を潰して、一から? それも革命みたいなことの比喩でもなく、『物理的』に……
 一体何がどうしてそういうことを言い出すに至ったのかは皆目見当もつかないが、少なくともかなり危ない考え方だというのは察しがつく。しかも巨大な組織がそんなことを言っているとなれば……とにかく恐ろしい。

「どうせ全部壊すのだから、どんな手段や過程を使おうが構わない。それが『再生教団』の考え方だ」
「それって……今を生きてる人たちのこと、無視してるじゃないですか……」
「憎むべき敵やどうでも良い存在がどんなひどい目にあっていたとして、気にとめるようなヤツはそうはいない。極端な思想があるならなおさらな」

 スズキはうんざりしたように首を振りながら話す。……実際、彼も銃撃を受けた――殺されかけたという話だ。

「ワタシもあいつらのことはキライだよ。『A.D.R研究所』が潰された事件の――ワタシの父さんと母さんが死んだって話は覚えてるよね、シズ。その事件の犯人をかばってるんだよ、あいつら。『A.D.R.研究所は人類の技術を節操なく発掘していた。だからこれは正当なる裁きだ』ってさ。……バカみたい」

 誰かが死んだのを喜ぶなんて……シズはそう思った。

 とにかく、『再生教団』が危険な存在である事は間違いないだろう。実際に彼らの手で事件が起こっているわけだし、警戒しないと……



 いきなり、シズたち側の扉が開いた。

「面会終了です」

 扉から顔を出したのは、1匹の職員だった。
 そして彼女が告げたのは時間切れという知らせ。

「あの……スズキさん」
「……?」

 最後にと、シズが声を上げる。

「スズキさんを責めたり、理解できないって言ったりしたいわけじゃないけど……あんまり、殺さないで欲しいです。誰かが死ぬって思っただけで、ボク、胸が締め付けられるような……」
「甘ったれているだけでは何も解決しない。俺は『元気3匹衆』を守るために最適解を選んだつもりだ。この『ピースワールド』のことも含めてな」
「でも」
「そのうち、その甘さで誰かを滅ぼす羽目になる。お前自身じゃなく、お前以外の誰かをだ。お前のやさしさは好きだが、現実との折り合いはつけられるようにならなければならない」

 甘さで、誰かを滅ぼす。……その言葉にシズが思い起こしたのは、自らの過去――その記憶の片鱗だった。
 『誰かが死ぬのは悪いこと』。そんな固定概念を持つシズにとっても……いいやだからこそ、自分のせいで誰かが死んだという前例を飲み込まざるをえなかった。
 最も、スズキはシズの過去なんて知らないし、もちろんそんな効果を狙ってもいなかったが。

「……ごめんなさい」
「お……おい、そんな顔をするな。そんなつもりで言ったわけでは……」

 だが、それは効きすぎた。表情の急変にスズキが少し慌て出す。

「あー、えっと……もう行こう? シズ。あの職員、すごくイラついてるよ」

 隣のユカが声に詰まりながらも声を発した。この状況を変えるには……場所そのものを変えないと。
 それに、職員がイラついているという言葉も全くの真実だ。面会終了を告げてから話が盛り上がり出すとは、一体どういうことなのだ? ……と。

「そういうわけだから。えっと、じゃあね。……ワタシはキミの判断、悪いとは思ってないよ」
「す、スズキさん……また、こんど……」

「……ああ。またな」











「……ダメだ」

 面会終了後、数十分の後。自らに割り当てられた檻の中で、スズキは独り言つ。

「結局聞けなかった。あのことを……」

 あのこと――すなわち、『再生教団』の真の目的。『シズをバトル大会に優勝させること』。
 それについて、スズキは質問を投げかけることが出来なかった。

 『再生教団』がその先に何を見据えていたのか。それは全く分からないが……シズ本人ならば何かを知っているのかもしれなかったのだ。少なくともスズキはそう考える。
 ……実際には、シズは何も知らないのだが。

「一体何者なんだ、シズは。悪人だとは……思いたくないが」

 しかし、『再生教団』にとってシズは重要な存在であると言う一点において、これは事実であると考えて差し支えないだろう。
 スズキは考える。……考えたが、重要なタイミングを逃したという主観的事実が彼自身にのしかかるだけだった。












 同時刻、別の場所。ここは『ハピナスレストラン』という飲食店だ。モダンな雰囲気、丁度良い暗さの照明。人気の場所である。
 そこで、シズたちの家の持ち主である救助隊・チークと、スズキと同じチームの救助隊・フラッペが話し込んでいた。

「……そうか。あの大会で、そんなことがあったんだな……ふざけてんのかよ」

 フラッペの話を聞いていたチークが、頭を抱えながらそう言った。
 ――会話の内容は、情報共有。

「今まで、『再生教団』がこの『ピースワールド』に手を出したことは一度だってありません。平和的な布教でさえもですよ。それがここにきて、突然武力を振るいにやってきたんです。……私だって混乱してますよ」

 フラッペが付け加えて話す。
 フラッペは、スズキと同じ『救助隊Rescue』の仲間ということで、新聞が出るよりもずっと早くスズキ逮捕の情報を耳に入れ、面会を行うことが出来た。
 そして、スズキと、彼と同行していたとある救助隊、今回の件の被害者である『元気3匹衆』しか知らない出来事をいち早く知ったのだ。

 そして、その話を今チークに教えている……と言うわけである。

「ああ……オレがユカを連れてこの島に移り住んだのは、『再生教団』が手を出してこない場所だったからだ! それが今回の銃撃事件で、ここも安全じゃあないって事になっちまった。クソッタレ……」

 チークが頭を抱えている理由はこれである。
 チークには……端的に言えば、元住んでいた街を焼き払われた過去がある。ユカの語っていた『A.D.R.研究所』の一件もこれと同一の事件だ。
 そこからなんとか逃げだし、やっとのことで平和なことで有名な島・『ピースワールド』にたどり着いたというのに。

「……しかしな。この事件の裏で暗躍していたあいつは何で逮捕されねぇんだよ。どっちかってーと事件の解決に動いていたスズキはとっ捕まったのに?」

 それとは別に、事件に関する謎もチークの関心事の1つだ。
 謎が残っている以上は事件が完全に収束したとは言えないのだ。不安要素は排除したいものである。……手遅れのような気がしないでもないが。

「あいつ……というと、『ヴァーサ』のことですね」

 ヴァーサ――オンバーンの救助隊である。強烈で周囲に迷惑を振りまくような性格をしており、今回の事件にも決して小さくない形で絡んでいる存在である。
 今回の事件に絡んでいる――なのに、野放しにされているのが現状だ。

「まあ……端的に言いますと、賄賂の可能性が一番高いと考えています」
「……賄賂? マジかよ!?」

 賄賂。腐敗的なあくどいことの典型例とでも言うべき行為。
 個人的なお金のやりとりを通じて、裏で何かを融通してもらったり、悪事を見逃してもらったり……

「い、いや……ありえねぇだろ! さすがに事件が大きすぎる……金ひとつで解決できるような――」

 だが、今回の一件はそれで解決できるとは思えなかった。この『ピースワールド』において前例のない大事件をだ。

「――それが、そうでもないかもしれないんです」
「はぁ!?」

 フラッペの考えは、そうでもないようだが。

「……賄賂の件は、今に始まったことではないとしたら?」
「?」

「疑問に思ったことがあるでしょう。彼の傍若無人さと、彼の持つ権力の高さが釣り合わないことについて」
「あ、ああ。そりゃな。でも、それに値する功績を上げれば不可能なことではないだろ? 救助隊のシステムがそうなってる」

 救助隊協会には、『ランクシステム』と呼ばれる制度が存在する。
 これは救助隊チームに対して『ランク』と呼ばれる格付けを行うもので、高難易度の救助依頼をこなせば評価ポイントがたまり、評価ポイントが一定以上になれば『自動的に』上のランクに昇格する……と言った仕組みである。
 救助隊ランクが高くなれば、周囲からベテランと認められるようになり、ランクによっては救助隊協会内で特別な権限を振るうことも可能になる。

 ……長くなったが、チークの主張においては、『自動的に』という文面こそがミソだ。つまり『高難度の依頼を複数こなしてさえいればどんなクソみたいな性格をしていても一定の権限を持つことは可能である』ということである。

 それに、特別な功績を挙げれば、直接の救助隊ランクの昇格が行われることもある。ヴァーサに限っては考えづらいことではあるが。

「この間、彼に関する救助隊の資料を探ってみたんですよ」
「……それで?」
「彼が――ヴァーサがそれに値する功績を挙げたという記述はもちろん、高難度の依頼をこなした記録さえ、1つたりとも見当たりませんでしたよ」

 しかしながら、ヴァーサの権力の高さ……ほぼイコールでランクの高さと言うことになるが、その裏付けとなる記録は1つたりとも存在しなかった。
 つまり……

「じゃあ――あっ、まさか!」
「……あの強力な権力は、お金で手に入れたものだった。そう解釈できますね」
「き、救助隊内部で賄賂が……クソッ!」

 チークは潔癖なところがある。物理的にそうなのは種族柄当然として、社会的なそれに対しても……彼自身の経験から、そうなっている。
 拳を強く握りしめ、その柔らかい被毛と肉球に包まれた手のひらに似合わないようなキリキリという音が立ち始めていた。

「ここまで分かれば、後は簡単です。『あのときの収賄をバラされたくなかったら、素直にお金を受け取りなよぉ~。え? 拒否権? あるわけないじゃーん!』……とでも言って脅したんでしょう」
「脅迫+賄賂ってワケか。手のひらじゃねぇか!」

 チークの心が怒りで満たされてゆく。これはもはや、ヴァーサという個体単位の問題ではない。誰かを救うための組織である救助隊が私欲のために悪を見過ごし。事件の引き金を引いたあいつは、まだ悪事が働ける場所に居る。
 ついぞチークは机に拳を叩きつけ、椅子から立ち上がる。そして店の出口へと向かって歩き出した。

「どこへ行くつもりなんです?」
「決まってんだろ! この件をバラまきに……!」

 そうチークが語った途端に、彼の足下が凍り付いた。
 フラッペの"フリーズドライ"だ。

「ッ!? 何しやがる!」
「……それはおすすめできません。賄賂の推測が事実だとすると、『救助隊協会第一支部』の上層部は島の平和よりも自らの保身を選んだという前例も自動的に完成するわけです。つまり……わかりますよね?」

 『最悪、権力で叩き潰される』。
 その答えを言外に叩きつけられたチークは、フラッペの指すとおりに椅子に座り直すしかなかった。
 最悪、自分の事は良い。だが、ユカにまで危害が及ぶことになれば……そんな不穏な予測も理由のひとつだったのだろう。

「くッ……これじゃあ、『A.D.R.研究所』壊滅の一件の焼き直しじゃねぇか……」
「一杯奢ります。もちろん、ノンアルコールを」
「……悪りぃな」

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