豪邸と荒れた海①

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「いやぁ、今日も疲れた!」
「そうですネ……最近、ふざけた依頼ばかり来てる気がしますガ」

空がオレンジ色に染まってきた頃。二匹は依頼者から受け取った報酬を手に持ちながら、いつものあの小屋へと帰っていくところだった。
あれから数週間程。ディスト達は、少しだけ範囲を広げて他の場所からも依頼を募るようになっていた。といっても、ラフズタウンからの依頼だけではろくな活動が出来ない、ということから仕方なくそうしただけなのだが。
“ラメールシティ”。レーヴ海の近くにある大きな街だ。地図上ではラフズタウンの隣に位置するが、実際その町と街の間はなかなか距離がある。お陰で一々遠くまで出向く必要があり、出不精なクォーツは渋々それに同行することになってしまった。
それでもまだまともな依頼の数は一日に一つ来るかどうかのレベルではあったが、ディスト達にとっては一つでも依頼が届くだけでありがたいことだ。

「ラフズタウンの連中だろ?全く、何度叱っても懲りない奴等だよなー。ま、ちゃんとしたのも混ざってるけどさ」
「そうでないとあの町はとっくに対象から外してますヨ」

ヤミカラス達のカァカァという鳴き声を聞きながら二匹はラフズタウンの中を通っていく。いつもの喧騒は、この時間には少しだけ収まっていた。
この町からも依頼を受けることについて、初めはどうなることかと思っていた。だが今のところは大きな問題は起こっていない。ただ、あの小屋が町から近いせいだろうか。ふざけた内容のものをわざわざ送りつけてくるポケモンは何匹かいた。それでも大体のポケモンはそもそも眼中にない。たまにちゃんとした依頼が来ることもあるが、その中にはあの町そのものをなんとかしてほしいという切実で、自分達には荷が重いものも混じっていた。もちろんそれは泣く泣く断っている。

「ま、とりあえず今日の仕事はもう終わりだ!早く帰って休むぞ!」
「ちょっト……別に家は逃げませんヨ」

疲れたと言いつつ元気に小屋まで駆け出していったディストを、呆れながらも追いかけていくクォーツ。
秋の少し冷たい風を受けながら、二匹は森の中へと消えていった──。








「海……」
「お、ボス!その様子ですと次の獲物、決まりました?」

その夜。どこかに建つ古い洋館の中で、今日もあるポケモン達は何か企み事をしているようだった。

「そういえば、最近お前には何も頼んでいなかったな」
「ええ!ワタクシはずっと待っておりますよボス!さぁなんなりと!」

「さぁ!」と手を広げるそのポケモンに対して、『ボス』は切るような鋭い視線を向けた。気に障るようなことを……?!とそのポケモンは恐る恐る腕を下ろす。そしてそのまま『ボス』は黙り込んでいた。
しばらくすると、机に置いてあった珈琲を飲み干してからそのポケモンに対して口を開く。

「ならば今度はお前とクルーに頼むとしよう」
「えっ」
「なんだ。不満か?」
「え、いや、ええとー。不満はないんですけどぉ……そのぉ……ほらぁ……」
「はっきり言え」

さきほどまではやる気に満ち溢れていたはずのポケモンは、『クルー』という名前を聞くと突然口籠った。目を泳がせながら言い淀んでいるところを『ボス』が威圧する。すると、たじろぎながらもそのポケモンは思いっきり声に出した。

「だ、だってクルーアルさんってなんか怖いじゃないですかぁ!あの方と二匹でってワタクシ大丈夫なんですか?!」

不満というよりは不安を一息でぶちまけると、そのポケモンは、ぜぇぜぇと肩で息をした。

「確かにコミュニケーションを取るのは難しいだろうな。だが良く言えば無駄がない。任務に問題はないだろう、なぁクルー」
「えぇ?!いらっしゃったんですか?!ひえぇ……もうお仕舞いだぁ……」

『ボス』が呼び掛けると、扉の先からぬるっと誰かが出てきた。その見た目はなんとなくイカに似ているような気がする。
テイパーと呼ばれたポケモンが頭を抱えて唸っているのは誰も気に留めない。『ボス』が「頼めるか?」と問うとそのイカのようなポケモンは静かに頷いた。

「それでは二匹共。今度の任務の説明を始める。まずは──」








「おはようクォーツ!今日もいい天気だ!」
「うるさいですヨ。おはようございまス」

クォーツが朝ごはんの木の実を用意している中、寝起きにも関わらず元気なディストはその勢いのまま小屋の窓を全開にした。周りが木に囲まれているせいでこの家は朝でも昼でも薄暗い。

「あ、そうだ。ポスト確認しないと!」
「なんのために開けたんですかそレ」
「換気だよ換気!じめっとした空気は嫌だろ?」

忙しなく動き続けるディストはいつも通り盾をほったらかしにしていた。家の中ならとクォーツは黙認することにしていたが、そもそも体の一部であろうものを雑に扱うのはどうなのだろうか。ただの性格の問題なのか、それとも何か理由があるのか……。他のギルガルドに出会ったことがないクォーツにはそれが普通なのか異常なのかさえもよくわからない。
そんなディストは、今日の依頼を確かめるために小屋の外へと出ているところだった。

「おっ、あるぞ!」

ドアの隣に配置されている銀色のポストを開けると、その中には二枚の手紙が入っていた。まだ中身はわからないが、ディストはうきうきしながらクォーツに聞こえるような声でそう告げる。
そしてその手紙を取り出すと、先にそっと封を開けてみた。その中身には──。



『引っ越しのための荷物整理を手伝ってほしい。
場所はラメールシティにある青い屋根の大きい家(見ればすぐにわかる)
よろしく頼む。タルト』

『いっしょにぼうけんしてみたい!らめーるかいがんのはまべでまってる!』



「ラメールシティト……海岸ですカ?」
「多分?」

中身を確認したディストは一旦小屋の中に戻り、クォーツにもその手紙を見てもらっていた。というのにも訳がある。
そもそも、こうして依頼が一度に二つも届いたのは今日が初めてのことだ。そうなると内容によっては二匹で手分けしてこなすか、一つずつこなすか、決める必要がある。そしてその肝心な中身がこれだ。
一つ目の手紙はとても綺麗な字で読みやすく書かれていたのに対し、二つ目の手紙にはへにょへにょの……まるで字を学び始めたばかりの幼い子供が書いたかのような字が連ねてあったのだ。しかもその内容も具体性がなく、名前もなく、一体どんなポケモンから送られてきたのかもよくわからない。
ただ、だからといってイタズラとも思えなかった。実際その体の構造から字を書くという行為が難しいポケモンもいる。もしかしたらそんなポケモンが頑張って書いてくれたんじゃないか……?そう思うと無視なんて出来ないだろう。でも──。

「……浜辺で待ってると言われてモ、どんなポケモンなのかわからないと困りますよネ」
「確かに。でも秋の海ってそんなポケモン多いか?」
「どうでしょウ。夏と比べれば少ないかもしれませン」

依頼主がわからないと受けようにも受けられない。だが幸い、今の冬に近い秋のラメール海岸はそこまでポケモンが多いということもないだろう。それなら浜辺にいるポケモンに片っ端から声をかければきっとどうにかなる。ポケモン探し、と言えば不審者には思われないだろう。多分。

「あ、クォーツ。これもしかして俺じゃないか?」
「ハイ?」

クォーツがどうしようか悩んでいる間、両方の手紙を凝視していたディスト。ふと一枚目の手紙を見ていると、隅っこに何か小さくイラストのようなものが描かれているのを見つけた。

「……剣」
「これは俺だな!」
「そうですカ……」

便箋の模様とは違う、そこには確かに剣のような絵が描画されていた。色は無いが、言われてみればギルガルドに……見えるのだろうか、これは。

「ってことで、そっちの依頼はお前に任せる!」
「ハァ……別に構いませんけド」

「きっとこの依頼者は俺のファンだな!」と嬉しそうにそのイラストを眺めているディストを、クォーツは冷めた視線で見ていた。どうせ面倒事を押し付ける理由が出来て喜んでるんだろう、なんてひねくれた考えも頭に浮かんだ。
とはいえ、何故こんなものが描かれているのか、気にならないと言えば嘘になる。もしかして本当にファンなのか……それともただの茶目っ気か。もしくは何かの罠──。

「それじゃあ、朝ごはん食べたら今日の依頼へ出発だ!」

色々と思考を巡らしていたが、ディストのその声で我に返る。ディストは既に、朝食として用意していた木の実に手をつけているところだった。
彼の衝動的なところはクォーツの慎重な考えとは正反対だ。もちろん考え無しな訳ではないが、それでもしっかりと計画を立てて行動するというのはディストには向いていないだろう。実際この『Metal Puissance』として活動することになったのも、彼の思い付きが原因だった。
だからこそクォーツが代わりにその考える役を担う必要があるのだが……。

「美味しい!生命に感謝!」
「ゴーストタイプがそれを言うんですカ?」
「別にいいだろ!それにゴーストタイプらしい食事も出来ないからな」
「まァ、あなたの場合は本来の主食を考えると周りへの被害が尋常じゃないですからネ」
「いやいや、クォーツも大概じゃないか?お金かかるし」
「命に比べれば安いものですヨ、電気くらイ」

……どうも最近、そんなディストに影響されてか前よりは気が緩んできた気がする。それが良いことなのか悪いことなのかはまだわからないが。



食事を終えた後。二匹は早速ラメールシティへと向かっていた。
いつもの喧騒を耳にしながら、二匹はいつもの町を抜ける。あの森から行くことも出来るが、それよりもラフズタウンを通っていくほうが遥かに近道だった。ラメールシティからの依頼をクォーツが渋る理由の一つだ。
だが、だからといってわざわざ遠回りするのも億劫。仕方のないことだと受け入れるしかなかった。


しばらく道を進んでいくと、だんだん潮の香りが強まってきた。ポケモン達の賑やかな声も聞こえてくる。

「いつ見てもおしゃれな街だなー」
「ですネ」

ラメールシティ。海沿いにある大きな街。その雰囲気はどちらかというと都会寄りであった。建物の大半はレンガで作られているように見える。
海の近くとはいえ、ここに住むポケモンは多種多様のようだ。中には水に弱そうなポケモン達もちらほらいた。それほどこの街は快適ということなのだろうか。

「それじゃあ俺はこの街で、クォーツはラメール海岸に行く……ってことで大丈夫だな?」
「大丈夫でス。一応言っておきますが気をつけテ」
「そっちもな!んじゃ、終わったら……」

ディストは辺りをぐるりと見回した。そして一つの建物を指差して言葉を続ける。

「あのカフェで待ち合わせしよう。この辺うろついてるわけにもいかないしな」
「わかりましタ。……冒険の依頼が一日で済むとは限りませんガ」
「あ。まぁそこはなんとか頑張って……」
「善処しまス」

通信機のようなハイテクなものさえあれば問題ないのだが、あいにくこの二匹はそういうものは持ち合わせていなかった。

「……やっぱりカフェじゃなくてラメール海岸にしよう!そのほうがいい気がする!」
「そうですカ……もし長引きそうでしたら私も一度そちらに向かいまス」

やはり思い付きで行動するディストに合わせていたらダメだ。改めてそう感じたクォーツであった。
……といっても、今回はその勢いに流されてしまったクォーツにも非がないわけではない。そのためにこんなにグダグダになってしまっているのだから。

「わかった。それじゃ、そろそろ行くか!」
「そうですネ。二回目ですが気をつけテ」
「そっちもな!」

ディストが手を振ると、クォーツもU字磁石を使ってそれを真似る。
結局、待ち合わせはラメール海岸で。もしクォーツの受けた依頼が長引くようならそれを伝えに一度ディストのもとへ行く……ということで決定した。

そして二匹はそれぞれの目的の場所──ディストはタルトという名前のポケモンのところへ、クォーツはラメール海岸で待ってるというポケモンのところへと、歩みを進めていった。

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