更なる謎

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 あたしはタクミと一緒に、車で目的地へと向かっていた。
 今あたし達は、ハルナおばさんから紹介されたある人に会うため、車を走らせている。
「それにしても、ますますわからないな、あの子の動機」
 タクミが、ハンドルを握ったままつぶやいた。
 こいつ、まだ動機の事を気にしてるのか。
「またその話? 動機なんて捕まえればわかる事でしょ?」
 あたしはカップのお酒(もちろんノンアルコール)を飲みつつ、突っ込んだ。
「そうは言ってもさ、猟奇的殺人にしちゃ変だと思わないか? 普通、通り魔する奴は背後から気付かれずに襲いかかるものじゃないか。でも、前の事件はチンピラどもが絡んできた結果ああなったし、昨日のだってトレーナーの方からふっかけてきたって話もある」
「そりゃ――偶然って事もあるじゃない」
「どうかな。アスカちゃんがパトロールしてる間、僕はあの子が目撃された事件の事を調べたんだけど、どれも被害者の方から何らかの形で近づいた結果殺されたってものばかりなんだ。こんなの、偶然にしちゃできすぎじゃないか。だから思うんだ。もしかしたらあの子、身の危険を感じてニダンギルで反撃しただけなんじゃないかってさ」
「む」
 タクミの言い分を聞いてると、何か腹が立ってくる。
 どうして犯人を庇う弁護士みたいな事を言うんだろうか、こいつは。
『オレも賛成だ』
 しかも。
 あろう事か、エルちゃんまで同調している。
『犯行現場にいたツバキに遭遇した時、彼女の心は怯えていた。そして、持っていたニダンギルとか言うポケモンの心は、そんな彼女を純粋に守ろうとするもののように感じた。どちらからも、人殺しを楽しむ心などひとかけらもなかった。単なる防衛本能の可能性は極めて高いと思うぞ。ま、なぜそんな過激な防衛行動に走るのかはわからんが、もしかしたら精神異常者なのかもしれないな』
 相手の心を見抜く力を持つエルちゃんの言い分には、かなり説得力がある。しかも、精神異常なんて免罪符まで用意してると来た。
 たちまち少数勢力に追いやられてしまったあたしは、せめて自分の立場を守ろうと、こう質問してみた。
「だからって、あいつを許すつもりなの?」
「その判断材料を見つけるために、これから話を聞きに行くんだろ」
 タクミがそう言った時、目的の建物が見えてきた。
 そこは、トウキョシティ随一の名門校、トウキョ大学だ。

 トウキョシティの頭脳を育てる場とも言えるトウキョ大学は、広々としたキャンパスとどこかレトロな建物が特徴で、今日も多くの学生達の姿が見られた。
 ちなみにユミは若くしてこの大学を首席で卒業していて、当時から天才少女ともてはやされていたようだ。自分から母校に行くと名乗り出ないのは、きっとOGとしてもてはやされるのが恥ずかしいからだろう。
 ま、あたし達はそんな事を考えるためにここに来た訳じゃない。
「あの御方にお会いしたいだなんて、お2人も物好きですね」
 あたし達を案内しながら廊下を進む係員に、そんな事を言われた。
 いや、あたし達も好きでここに来た訳じゃないんだけど。
「あの御方が来てからというものの、彼の研究室には『出る』らしいんですよ」
「『出る』?」
「夜になると誰もいないのに怪しい影を見たとか、変な物音がしたのを聞いたとか、とにかくいろいろあってみんな不気味がっているんですよ。古代の遺物を研究している御方ですから、案外呪われているのかもしれません」
 何それ。
 そんないわくつきの研究してる人なの、これから会いに行く人は? オカルトマニアか何かなの?
「そりゃ面白そうな怪談話ですね。帰ったらユミちゃんに詳しく聞いてみようか」
 それを面白そうに聞いてるタクミもタクミだが。さすがゲンガー使いだけある。
 そうこうしている内に、目的の研究室に着いた。
 係員がノックすると、その人は顔を出した。
「どちら様ですか?」
 いかにも生真面目に研究を続けてきたようなおっさん――いや、教授だった。
「ハラ教授ですね? ポケモン保安隊の者です」
「おお、そうでしたか。お待ちしておりました。どうぞお入りください」
 タクミが名乗ると、ハラ教授は野太い声であたし達を研究室に迎え入れてくれた。
 それにあやかり、あたしは研究室に足を踏み入れた。
 すると、そこには異世界が広がっていた。
 壁にかけられた、無数の剣。
 磨かれてぴかぴかのものもあれば、古びて錆だらけのままのものもある。
 その全てが、両刃の西洋の剣。
 まるで剣をコレクションしているような光景に、あたしはちょっと物騒だなと思ってしまった。
「これ全部、教授が集めたものですか?」
 そんなあたしに代わって、タクミがハラ教授に聞いた。
「いかにも。全てカロス地方の古戦場から発掘されたものです。どれもカロス地方の歴史を知る上で、重要な品々ですよ」
 どこか得意げに、ハラ教授は語る。
 彼は、カロス地方の歴史を研究する歴史研究家だ。日々カロス地方とトウキョシティを行ったり来たりしていると聞いたけど、まさかこんなにまで剣を集めている人とは思っていなかった。
「その中でもとっておきのもの、見てみます?」
 ハラ教授は、奥にあるカラスケースの前に向かい、そんな事を言った。
 どうやら、ガラスケースの中に何か凄いものがあるらしい。
 タクミと一緒に、その中を覗いてみると。
「こ、これって――!?」
 そこにあった剣は、他の剣よりもかなり異質だった。
 長さは人の身長並。
 人の手では持てないほどに太くなった柄。
 腕のように伸びた布が交差する場所に置かれた円盾。
 そして、巨大な目玉模様。
 形は全く違うけれど、どこか似ているような気がした。
 そう、ツバキが持っていた剣――ニダンギルに。
「ギルガルド。古代の王が所有していたとされる剣――いいえ、剣のポケモンです」
 ハラ教授が、しれっとその正体を説明した。
「王としての素質を持つ人間を見抜く力があると言われていまして――」
「もしかして、生きてるんですかこれ!? 生きてたらボールに入れないと法に触れますよ!?」
 ハラ教授の説明を遮って、あたしは慌てて質問した。
 すると、教授はははは、と短く笑った。
「確かに生きていますが、何らかの理由で意識を封印されているらしく、眠っています。古戦場から発掘された時から、ずっとね」
「なあんだ……」
 眠っていると聞いて、とりあえず一安心。
 でも、こんなポケモンが古戦場で発掘されるなんて、ポケモンの世界ってわからない事だらけだ。
「このポケモンは、進化前のヒトツキやニダンギルと共に、3000年前の『カロス大戦争』において発生したと言われておりまして――」
「ギルガルドって、ヒトツキやニダンギルと同じ進化系統なんですか?」
「ええ、『やみのいし』を使用したニダンギルが進化するそうで」
「そうですか……ところで、そのヒトツキとニダンギルについて話を伺いたいのですが」
 そこまで話した所で、タクミが本題に入った。

「ヒトツキやニダンギルを振るう人間、ですか……」
 事情を聞いたハラ教授は、他人事のようにそうつぶやいた。
「ええ、そのような人間が最近、トウキョシティで通り魔事件を起こしているんです。人間がポケモンの力を得るのは不可能であるにも関わらず――そこで、教授の意見をお伺いしたいのです」
「私はただの歴史研究家です。ポケモンの生態にそれほど詳しい訳ではありません」
 タクミの質問に、あくまで事務的な口調で答えるハラ教授。
「ですが――カロス地方において似たような話は聞いた事があります」
「似たような話、と言いますと?」
「ヒトツキは、握った人間から生命エネルギーを吸い取り殺してしまうと図鑑に書いているそうですが――その話には、続きがあるんです」
 どこか不気味な言い回しに、あたしは少しだけ息を呑んだ。
「ヒトツキに生命エネルギーを吸い取られて殺された人間は、そのままヒトツキに体を乗っ取られ、意のままに武器としてヒトツキを振るうゾンビ剣士となってしまう――というものです」
「ゾンビ剣士!?」
「ゾンビ剣士は、人間離れした身体能力で達人をも超える剣術を使いこなし、しかも不死身。ヒトツキと切り離さない限り倒す事は不可能と言われています」
 その説明は、まさにあたしが戦ったツバキの姿をそのまま現していた。
 人間離れした身体能力。
 何と打ちのめしても立ち上がる耐久力。
 そして、ニダンギルが離れた瞬間、まるで死体のようになっていた。
 ツバキの正体は、間違いなくゾンビ剣士と見ていいだろう。
「でも、ヒトツキは自力でも戦えるんでしょう? なぜそのような事を――?」
「ヒトツキは、先程『カロス大戦争』で発生したと言いましたが、彼らは元々、その戦いで散って行った兵士達の魂が剣に宿ってポケモンとなった姿なのです」
「3000年前の、兵士の魂が……?」
「だからゴーストタイプなのか……」
 あたしとタクミは、顔を合わせる。
 ある生物が死ぬ時、普通は宿っていた魂もすぐに消えてしまう。でも、生前に強く印象に残っていた記憶が、魂の存在を留まらせる事がある。
 所謂「怨念」という奴だ。
 生前の記憶が摩耗し、それしか残らなくなった魂は、それに固執して行動する事しかできなくなる。
 やがて、それが別の物体に宿った時、新たな命――ゴーストポケモンとして転生する事があるという。
 ヒトツキがカロス大戦争で発生したという事は、それだけ未練を残して死んでいった兵士達がたくさんいたという事なのだろう。
 そういえば、ハルナおばさんも言っていた。当時の王が作り出した『最終兵器』によって、多くの命が失われたと。
「人間を殺してその体を乗っ取るのは、生前に失った肉体を取り戻して、かつての戦争の復讐を果たそうとしているからだ――と聞いています」
「うわ、カロスって所にはそんな物騒なポケモンがいるのか……」
「その心配は無用です。ヒトツキは今でもカロス地方に生息していますが、繁殖が進んで今では転生した目的も忘れ去られているでしょう。だから人間の手持ちポケモンにもなれる訳です」
 ……うん、まあ。確かにそうなんだけど。
 そんな物騒なポケモンがいるカロス地方には、ちょっと行きたくないなあ、と考えてしまった。
 あたしだって、ポケモンに殺されて体を乗っ取られたくはない――あれ、ちょっと待って。
「そういえば、さっきヒトツキに殺された人間は体を乗っ取られる、と言いましたよね?」
 あたしは、確認のため聞いてみた。
「そうですが?」
「という事は、ゾンビ剣士が喋る言葉っていうのは、ヒトツキの言葉って事なんですか?」
「……いや、ゾンビ剣士は一切喋る事はない、と話では聞きましたが」
 一切喋らない?
 だとしたら、話が合わない。
 ツバキは聞き込みをした時も、戦った時も、普通に喋っていた。
 喋らないのが普通なら、ツバキの言葉は、一体何なの?
「事件の方に話を戻しますが、我々が遭遇した犯人の中には、ニダンギルを振るう少女がいたのですが、彼女は普通に話していましたよ」
「何――!?」
 途端、ハラ教授は信じられないとばかりに目を見開いた。

「どうやらあの変死体は、ヒトツキに乗っ取られたゾンビ剣士だったと見て間違いなさそうだな。何らかの理由でヒトツキが離れ、死体となった人間だけが取り残された……」
 話を聞き終えて車の前に戻ると、タクミは集めた情報を元に現状を整理する。
「それにしても、問題はやっぱりあの子だな……喋っていた言葉は一体何だったのか……」
 でも、結局ツバキの事はわからないままだ。
 普通のゾンビ剣士なら、一切話す事はないという。
 でもツバキは、普通に話しているという矛盾。エルちゃんも、ツバキ自身の感情を感じ取っていた。
 つまり彼女は、普通のゾンビ剣士じゃない、イレギュラーな奴って事になる。
「あのさ、タクミ。教授の話聞いてなかったの?」
「聞いてたさ。でもあの話、どうも信用できないんだ。何というか、根拠が全くなかったじゃないか。どうしてなのか一切説明されなかったんだぞ?」
 そう言われて、ハラ教授の言葉を思い出す。

 ──ヒトツキやニダンギルに体を乗っ取られた人間は、操り人形と化した死体も同然です。魂を失った彼らに、自らの意思を持って話す事などあり得ません。にも関わらず自らの意思を残し話していたという事は――彼女はもしかしたら危険な存在かもしれませんね、他のゾンビ剣士以上に。
 ハラ教授はそう言っていた。
 確かに、どうして危険なのかは話していなかった。
 でも、それは単に教授の直感とかなのかもしれない。教授は、別にヒトツキの生態について詳しいとは言っていなかったし。

『エルちゃん、教授はウソついてた?』
 念のため、エルちゃんにもテレパスで聞いてみた。
『教授の心に乱れはなかったな。あの発言でウソをついてないと判断していいだろう』
 ウソを付けばすぐに見抜くエルちゃんも、教授はウソをついていないと言っている。
 なら、教授の言葉は信用していいという事だ。
 なのに、どうしてタクミは――
「実際に見た事あるならまだしも、伝聞だけで危険だなんて言えるなんて、教授の思い込みにも感じるんだよなあ……」
「ニダンギルに操られているかもしれないって事なんじゃないの?」
 そう。
 例えば、催眠術をかけて自分に従順にしているとか。もっとも、これを証明する方法はないが。
 でもこれだと、いろいろと説明がつく気がする。
「そう、きっとそうだ! ニダンギルにとって、ツバキは釣りのルアーみたいなものなんだ! さりげなくツバキを操って人間をおびき出し、罠にかけた所で殺してるんだよ! ツバキには、自分の身を守るためと思い込ませて――」
「じゃあ、そこまでしてニダンギルが人を殺す動機って何なんだ?」
「魂食いするゴーストだから、きっと殺した相手の魂を食らうんだよ!」
「……アスカちゃんらしい乱暴な推理だな」
 でも、あっさり否定されて、あたしは少し腹が立った。
「ちょ、乱暴ってどういう事なの?」
「じゃあ聞くけど、それって普通に意識がない死体でもできる事じゃないか?」
「あ」
 その説得力のある意見には、さすがのあたしも反論できない。
「そうだよ、何もツバキの意識を残しておく必要性がないだろ? それに魂を食らう気なら、とっくにツバキの魂も食われているはずだ。ツバキの意識を残しているって事は、何か理由があるはずなんだ。例えば――」
「例えば?」
 少し間を置いて、タクミが自らの意見を得意げに口にした。
「ツバキの事が好きになったから、とか」
「……は?」
 思わず声を裏返した。
 何というか、あたしよりも乱暴な推理に聞こえるんですけど。
「――ふ、ふふっ、はははははは!」
 気が付くと、あたしはいつの間にかこらえきれずに笑っていた。
「な、何がおかしいんだよ? 僕だって、自分のゲンガーが従順なふりして僕の命狙ってるんじゃないかって思い込んでた時期があったんだ! だから――」
「はいはい、タクミらしい乱暴な推理ですねー!」
 珍しく慌てるタクミがおかしくて、あたしはわざと棒読みっぽくさっきの言葉を言い返してやった。
「乱暴な推理って――まあいいさ。本当かどうかは捕まえればわかる。さ、警察署に行って許可取ってくるぞ」
 だがタクミは、自信あり気に言って車の運転席に乗り込んだ。
 もう今後やるべき事を決めているようだ。
「え? 捕まえるって、どうやって? まだ潜伏場所もわからないのに?」
「正体がわかったなら、奴をおびき出せる。今度はこっちのターンだ」

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