対決・ポケモンリッパー

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読了時間目安:21分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 あたしは余計な事を一切考えずに、路地裏へと飛び込んだ。
 すると、そこにいたのは腰を落としている1人の少女。ドリルのように丸めた青いツインテールが特徴的だった。
 彼女は、何かに怯えるように、立ち上がらないまま後ずさりしてこっちに寄ってきている。
「どうしたの!」
 あたしが声をかけると、少女がこっちに振り向いた。
 恐怖で歪みきった、その表情。
 少女は救いを求めて、必死にぎこちなく立ち上がる。
 見れば、少女は左手で右腕を押さえている事に気付いた。
 右腕は肘から先がなくなっていて、何かがぽたりぽたりとアスファルトに零れ落ちている。
「た、たた、助けて、わたし、死にたくな――」
 賢明に震える左手を伸ばしてくる少女。
 その掌は真っ赤に染まっていて、あたしは思わず息を呑んだ。
 でも、こっちに伸びてきた左手は、ざくり、と何かが貫かれる音と共に止められた。
 少女の瞳から、生気が消えていく。
 その胸からは、太い刃が生えていた。
 ナイフや包丁にしては太すぎる。どう見ても、西洋の剣にしか見えなかった。
 くちゃり、と肉をえぐる音と共に引っ込むと、少女の胸が赤く染まっていく。
 心臓を貫かれた少女は、腕を伸ばした姿勢のまま、壊れた人形のように崩れ落ちた。アスファルトに、赤黒い水たまりが遺体となった少女を中心に広がっていく。
 言葉にならない。
 吐き気がしてくる。
 目の前で人が死ぬ光景なんて、何度見ても気持ちいいものではない。
 いや、それよりも。
『あれは……!?』
 エルちゃんがテレパスで声を上げる。
 倒れた少女のすぐ後ろに、犯人が立っていた。
 その両手には、奇妙な剣が2本。
 柄の端には紫の布が付いていて、ゆらゆらとなびいている。風はないのに。
 刃渡りはおよそ80センチ。
 それがポケモンをも切り裂く噂の剣であると、すぐに理解できた。
「やっぱり、あんただったのか――ツバキ!」
 そして。
 倒れた少女の背後にいたのは、紛れもなくツバキその人だった。
「あ、あの時の――!?」
 ツバキはあたしの顔を見るや否や、驚きで目を見開いた。 
 話し方は、昼間聞き込みをした時と全く変わらない。
 だが、それが逆に違和感を覚えさせた。
 今、人を殺したばかりだっていうのに、平然と喋れるなんて。
 つまり、こいつは慣れている。
 人を殺しても、何とも思わなくなるくらいに。
 そう考えると、怒りが込み上げてくる――
「……もう弁解の余地なんてない。現行犯として、あんたを捕まえさせてもらうよ!」
 ツバキの犯行の瞬間を見た以上、黙って返す訳にはいかない。
 現行犯ならば、民間人のあたしでもこいつを捕まえる事ができる。
 あたしはすぐに、懐に忍ばせている発信機の安全ピンを抜いた。
 いざという時に、自分の位置を事務所に知らせるための装置。これで、数分もすればタクミか誰かが飛んでくるだろう。
 そして、懐のスーパーボールに手を伸ばした。
「ま、待ってください! わたしは――」
「弁解の余地なんてないって言ったでしょ!」
 今更ながらに後ずさりして言い訳してきたツバキが余計に許せない。
 あたしは力任せに、スーパーボールを投げ付けた。
 目の前に、アーマルド・アーちゃんが現れる。
 どうしてエルちゃんでもブイちゃんでもなかったのかは、直感だったからあたしにもわからない。
「こちらは特別にポケモンの使用許可を得ている! 従わなければ、実力を行使する!」
 どうせ聞かないだろうとわかった上で、教科書通りの最終警告をする。
『待て姉貴! 落ち着け!』
「落ち着いてられるかっ! あいつを捕まえて、アーちゃんっ!」
 エルちゃんのテレパスを無視して、アーちゃんに指示を出す。
 アーちゃんがツバキに詰め寄る。
 力自慢のアーちゃんなら、振袖少女1人捕まえる事なんて簡単――
「ギルッ!」
 にはいかなかった。
 アーちゃんが伸ばした2本のツメは、ツバキの剣によって払い除けられた。
 一歩引いて間合いを取り、剣を構えるツバキ。剣の扱いには慣れているように見える。
「……そう、抵抗するなら殺されても文句なしって事か。アーちゃん! 相手が人間だからって手加減しないで!」
 あたしの指示に答えて、アーちゃんが向かっていく。
 身構えるツバキに対し、
「“シザークロス”!」
 アーちゃんがX字にツメを振り下ろした。
 剣がそれを受け止める。
 でも、衝撃までは防ぎきれずに、後ずさりしてバランスを崩した。
 その隙に。
「“ロックブラスト”!」
 アーちゃんの得意技、“ロックブラスト”が炸裂した。
 無防備になった胸に、岩が直撃。
 一瞬で吹き飛ばされたツバキは、そのまま路地裏の奥にある壁まで吹き飛ばされた。
 でも、連続技たる“ロックブラスト”はまだ終わらない。
 1発。
 もう1発。
 さらに1発。
 命中する度に、壁が揺れる。
 4発もの岩の下敷きになったツバキの姿は、もう足元しか見えず、全く動かなくなった。
「……ふん、これで少しは後悔した?」
 勝った。
 大きな岩を4発も浴びせられて、生きていられる人間なんていない。
 人間に対しては過剰な攻撃かもしれないが、無差別に命を奪った通り魔にふさわしい最期だ。
「ごくろうさまアーちゃん。後はあたしが――」
 そう言って、スーパーボールにアーちゃんを戻そうとした瞬間。
 音もなく、何かが振り向いたアーちゃんの甲羅に衝突した。
「え――!?」
 何が起きたのか、あたしにはわからなかった。
 それ自体、大した威力はない。アーちゃんもちょっと驚いた程度だ。
 でも、衝突した何かは、間違いなく路地裏の奥から飛んで来たものだった。
 岩の下敷きになったツバキが攻撃できるはずがない。
 なら、攻撃の主は一体――?
 見ると、アーちゃんの側から、黒い影が伸びていた。
「“かげうち”!?」
 ポケモンのわざ、“かげうち”だ。
 それは、ゆっくりとツバキを押し潰した岩山へと戻っていく。

 がこん。

 岩山が、僅かだが動いている。

 がこん。

 見れば、少ししか見えていない足元も動いている。
 まさか、と思ったその瞬間、1個の岩が軽々と吹き飛ばされた。
 現れたのは、剣を持った左腕。
 柄に描かれていた目玉模様が、不気味な輝きを帯びてこっちをにらんだ――ように見えた。
「な――!?」
 驚いている間に、さらにもう1個岩が吹き飛ばされ、右腕も現れる。
 そして遂に、岩に下敷きになったはずのツバキが、姿を現した。
「また、戦うしか、ないんだね……」
 ぽつりとつぶやく彼女は、血を一滴も流していない。
 腕や足が折れている様子もない。
 まるで何事もなかったかのように、平然と立っている。
 そして、どこか虚ろなその目は、じっとあたしをにらんでいる。
「わかってる、ギル。わたし、死にたくないから」
 誰かに話すようにつぶやいてから、剣を構えるツバキ。
 まだやる気だ。
 凍てつく背筋。
 止まる呼吸。
 こいつは、人間じゃない。
 岩に押し潰されても原形を留めたまま生きているなんて、人間な訳がない。
 つまり、バケモノだ。
 人間の姿をした、バケモノ――
「ア、アーちゃん! 応戦して!」
 とにかく応戦しないとと、あたしは指示を出した。
 アーちゃんが態勢を整えて飛び出したのを見て、ツバキも駆け出した。
 アーちゃんがツメを振り下ろす。
 でもその直前、ツバキの姿が突然消えた。
 いや、消えたんじゃない。
 ツバキは、アーちゃんの上をジャンプで飛び越えていた。
 その高さは、建物の2階ほど。下手したら一軒家も飛び越えかねないジャンプ力。
 どうやったって人間にできる芸当じゃない。
 しかも、くるりと空中で一回転したと思うと、建物の壁を蹴って横に三角跳び。
 人間とは思えない動きに、アーちゃんの視線がついて行かない。
 その隙を突いて、ツバキがアーちゃんの背後から襲いかかる。
 刃が、アーちゃんの甲羅を切り裂いた。
 幸い、防御力が自慢のアーちゃんは、その程度で致命傷にはならない。
 それは向こうもわかっているのか、ツバキが再びアーちゃんに向かってくる。
「こうなったら“アクアテール”!」
 バケモノだからって負けてはいられない。すぐにこっちも指示を出した。
 アーちゃんは、向かってくるツバキに対し、水の力を纏った尻尾を思いきり振るった。
 ツバキはアーちゃんの懐に飛び込む前に、その一撃で吹き飛ばされた。
 そして乱暴に投げられたボールのように、再び壁に叩きつけられる。
 普通の人間だったら、これだけで複雑骨折して生きては返れなくなる。
「どうだ! これで今度こそ――」
 生きちゃいられないでしょ、と言いかけたけど。
 ゆっくりと起き上がったツバキの姿を見て、あたしは息を呑んだ。
 やはり体に傷はない。血も流れていない。
 そこに立っていたツバキは、あれだけの衝撃を受けたにも関わらず、五体満足の状態で立っていた。
「な、何なの、あいつ……!?」
 あれだけ打ちのめしても立ち上がるなんて。
 まるでホラー映画に出てくるゾンビだ。とは言っても、ツバキは体が腐ってないし、動きも機敏だが。
 そう言えば、おばさんが言ってたっけ。
 ツバキは、20年前に事件に巻き込まれて失踪したって。
 それ以来、外見が全く変化していないって。
 もしツバキが本当に死んでいて、ゾンビになっていたとしたら――
「そうだ、シルフスコープ!」
 そこで、持ってきた道具の事を思い出した。
 シルフスコープ。
 人間の視覚では捉えられないものを捉えるスコープ。これさえあれば、ポケモンが化けた姿であっても正体を見破れる。
 もしかするとあたしは、何か幻覚でも見ているのかもしれない。
 本当に戦っているのはツバキという人間じゃなくて、全く別のポケモンと戦っているとか。
 そう思いつつ、すぐにシルフスコープでツバキの姿を見た。
 でも。
「ウソ……!?」
 見えるのは、紛れもなくツバキ本人。
 つまり彼女は、ユミが推理したようなポケモンが化けた姿ではなく、正真正銘の人間という事になる。
 という事は、人間の姿をしたバケモノ?
 ますます訳がわからなくなる。
 このシルフスコープ、故障してるんじゃないのと思わず疑って外してしまった。
『やはりそうか……』
 そんな時。
 エルちゃんが、冷静につぶやいた。
「やはりって、何が?」
『前から彼女から別の感情を感じていたが、それはあの剣から感じる』
「へ!?」
 何を言っているのか、あたしにはわからない。
『つまり、あの剣は生きている。加えて、ポケモンのわざも使ってきたとなれば――あの剣は、間違いなくポケモンだ』
「あの剣がポケモン!?」
 剣のポケモン?
 そんなの、聞いた事がない。
 いくら次々と新種が発見されているポケモンでも、武器の形をしたポケモンなんている訳――
「行くよ、ギル」
 と。
 ツバキが不意に、両腕を左右に広げる。
 すると、急に体が横に回り始めた。
 まるでコマのように一瞬で高速に達し、その姿は人間であったのかさえわからなくなる。
 明らかに人間業ではない速さ。
 ただ、闇に光る刃の軌跡だけが、きれいに円を描いていた。
「アーちゃん! “ロックブラスト”!」
 やばいと直感したあたしは、慌てて指示した。
 アーちゃんは、“ロックブラスト”を放つ。
 でも、放たれた岩は円を描く刃の軌跡に簡単に弾かれてしまった。
 何発撃っても結果は同じ。
 さっき押し潰したのがウソのように、みっともなく跳ね返されている。
 そして。
「“ジャイロボール”!」
 ツバキがそんな事を叫びながら、回転したまま向かってくる。
 全ての岩を撃ち尽くしたアーちゃんに、反撃する術はなかった。
 激しい衝突。
 人間のものとは思えないそれに、アーちゃんが吹き飛ばされた。
「アーちゃん!」
 あたしの目の前で倒れるアーちゃん。
 そして、回る速度を落としつつ、膝を付いて着地するツバキ。
 勝敗は、既に決していた。
 アーちゃんの甲羅には、鋭く切られた跡ができている。
 戦闘不能なのは明らかだった。
 当たり前か。不利なはがねわざを受ければ、いくらアーマルドでもたまったものじゃない。幸い、甲羅のおかげで死ぬまでには至っていないようだ。
 あたしはすぐに、スーパーボールにアーちゃんを戻そうとした。
 でも、一瞬目を離した隙に、隣で高い悲鳴が。
「え?」
 隣にいたはずのブイちゃんが、いつの間にか吹き飛ばされていた。
 代わりに、そこにいたのは。
「――あ」
 いつの間にか間合いを詰めていた、ツバキの姿だった。
 ツバキは容赦なく、無防備なあたしに剣を振り下ろした。

「が――!」
 胸に鈍い衝撃。
 手からスーパーボールが離れる。
 あたしの体は、衝撃で数歩後ずさりしてから、簡単に崩れ落ちた。
 ツバキはそんなあたしにとどめを刺そうと、剣を突き出して向かってくる。
 じょ、冗談じゃない。
 たった今殺された少女と同じように、簡単に殺されてたまるかっての!
 あたしはとっさに、懐にあった催涙スプレーを取り出した。
「きゃああっ!?」
 剣が迫ってきた瞬間、ツバキは突然吹き付けられたスプレーに怯み、咳き込みつつ後ずさりした。
 ポケモン用の催涙スプレーだから、効果は強烈だ。これでしばらくあいつは、咳や涙が止まらなくなるだろう。
 その隙に、ブイちゃんが果敢に飛びかかって反撃。
 まともに反撃なんてできないツバキは、闇雲に剣を振るうばかり。
『大丈夫か?』
「何とかね……ジャケット着てなかったら、殺されてたよ……」
 起き上がりつつ、エルちゃんとやり取りを交わす。
 こうやって反撃できたのは、偏に防刃性を持つマーシャルジャケットを着ていたおかげだ。
 見れば、ジャケットに若干傷が付いただけ。あたしの胸は痛むけど、出血沙汰にはなっていない。
 全く、このジャケットの高性能さには感謝するしかない。
 さて、問題はこれからだ。
 目の前にいるゾンビじみた少女を、どうやって倒すか――
『姉貴、オレに行かせてくれ。いい考えがある』
 すると、エルちゃんが自ら名乗り出てきた。
 いい考えって、何だろう?
 でも、そんな事を詮索している暇はない。
 それに、打開する考えがあるってだけでも心強い。
『イーブイに場を整えさせてくれ』
「わかった! ブイちゃん、“とぎすます”!」
 アタシの指示で下がったブイちゃんは、力強く足を踏みしめて心を“とぎすます”。
 その隙を突こうとツバキが踏み込んで剣を振るうけど、
「“バトンタッチ”!」
 あたしはもう1個のスーパーボールを取り出しながら指示。
 すると、ブイちゃんはツバキの攻撃をかわしながら、こっちに戻ってきた。
 自分からあたしが構えたスーパーボールに戻っていく。
 それを確かめてから、あたしは2個のスーパーボール同士をかちん、とタッチさせた。
 これで場は整った。
「じゃあ任せるよ! エルちゃん!」
 もう1個のスーパーボールを開くと、青く輝くエルレイドがあたしの前に姿を現した。
 エルちゃんの登場だ。体の青い部分は、夜の闇の中では少しだけ光って見える。
「……くっ」
 ツバキも、新手の存在を認識した。
 すぐに体勢を立て直すけど、咳と涙のせいでちゃんとした構えが取れていないように見える。
 そんなツバキの懐に、エルちゃんは素早く飛び込む。
「ハッ!」
 伸ばした肘の刃を振るう。
 受け止めるツバキだけど、力の差は明らか。
 切り結べたのは、ほんの数秒だけ。あっけなく押し返されてしまった。
「きゃっ!?」
 姿勢を崩し、その膝が地面に着く。
 好機とばかりに、エルちゃんがさらに踏み込む。
 これで、勝負がつくだろう。
 今のエルちゃんは、確実に急所を狙える。
 きっと得意の“サイコカッター”か何かで、あいつの首でも一発で――

「タアッ!」
 と思いきや。
 エルちゃんの正確な一撃で吹き飛んだのは、ツバキが持っていた2本の剣だった。
 剣はくるくると宙を舞いながら、離れた地面に突き刺さる。
 そして。
「あ――」
 そんな弱々しい声を出したかと思うと、ツバキは急に動かなくなってしまった。
 力なく落ちる両手。
 そして、風で倒れるようにゆっくりと、うつ伏せに倒れ込んだ。
『な――!?』
「え――!?」
 それは、思ってもみなかった反応だった。
 とりあえず倒せたみたいだけど、あまりにもあっけなさすぎる。
 あたしは思わず、エルちゃんの元へ駆け寄ってきていた。
「エルちゃん、何があったの!?」
『それはこっちが聞きたい』
 とにかく、ツバキの様子を調べてみようと、倒れたツバキの手に触れた。
 瞬間。
「冷たっ!?」
 手の冷たさに驚いて、思わず手を引っ込めてしまった。
『冷たい? 体温がないという事か?』
 エルちゃんの言う通り。
 冷たいという事は、体温がないという事。
 でも、死んだからってすぐ冷たくなる訳じゃない。死んで間もないならまだ体温があってもいいはず。
 何かがおかしい。
 あたしは落ち着いて、ツバキの状態を調べる。
 まずは手首で脈を計る。
「脈がない……!? じゃあ、とっくの昔に死んでるって事!?」
 手首から、脈を感じない。
 という事は、ツバキは既に死んでいる。
 それも、体温の事から考えると、大分前に。
 大分前?
 ついさっきまで、ツバキはアーちゃんを相手に大立ち回りしていた。
 その時点で、もう死んでいたって事?
『姉貴、これは』
 と。
 エルちゃんが、ツバキの背中を指差した。
 そこにあったのは。
「この鞘――!」
 それは、見覚えのある剣の鞘だった。
 そう、昼間ハルナおばさんのムーランド・エリス号が死体遺棄事件の現場で見つけた鞘と瓜二つ。
 違うのは、2本がX字に組み合わされている事だけ。

 20年もの間、姿が変わらないツバキ。
 血が流れていない死体。
 瓜二つの鞘。
 銀の棒状の物体。
 これまで調べてわかった事が、次々と線で繋がっていく――

『姉貴、伏せろ!』
 急にエルちゃんに呼びかけられて、我に返った。
 反射的にその場に伏せる。
 すると、あたしの真上を何かが弾丸じみた速さで通り過ぎた。
「な、何!?」
 顔を上げてその正体を見た途端、あたしは目を疑った。
 ツバキが持っていた、2本の剣。
 それが、勝手に宙に浮いて飛んでいる。
 反転してきた2本の剣は、あたしに切っ先を向けて飛んできた。
 とっさに、ツバキから離れてそれをかわす。
 2本の内の片方は、ツバキの前で何度も刃を振るっている。近づくな、と言わんばかりに。
 そしてもう1本はというと、倒れたツバキの背にある鞘に勝手に収まった。
 すると、信じられない事が起きた。
「……ん」
 もう死んでいるはずのツバキが、再び起き上がったのだ。
 それを見計らって、もう1本の剣もツバキの手元に戻ってくる。
「ありがとう、ギル」
 右手で残りの剣を握ったツバキは、恋人を相手にするように微笑んで、その刃の根元部分に優しく口付けた。
 何がどうなっているのか、わからない。
 既に死んでいるはずの人間が、蘇った?
 あの剣には、死者蘇生の力でもあるって言うの?
「……あんた、一体何者なの?」
 思わず、問いかけていた。
 ツバキの目が、再びあたしに向けられる。
 彼女は再び、持っていた剣を構えて、あたしをにらんでくる。
 あたしの隣にいるエルちゃんも、いつでも応戦できるように身構える。
「何が目的で人を殺すの?」
 ツバキは答えない。
 視線は、相変わらず交錯したまま。
 しばし、沈黙が路地裏を支配する。
 ひゅう、と風が一つ吹いた瞬間、ツバキがようやく動いた。
 人間離れしたジャンプ力で、その場から一気に逃げ出したのだ。まるでバネブーのように。
「待て!」
 あたしはすぐに後を追うとしたけど。
『姉貴』
 なぜかエルちゃんに呼び止められた。
「何なの! みすみすあいつを逃がす気――」
『オレ達の他に誰かいる』
「えっ?」
 エルちゃんの言葉を聞いて、思わず周囲を見回した。
 静寂を取り戻した路地裏には、あたし達以外に人影はない。
 でも、確かに感じた。
 人ごみを歩いていた時と同じ、誰かがこっちを見ている気配が。
 まさか、あいつの仲間か。
 あたしもエルちゃんも、思わず身構える。
 なかなか姿を見せないそいつを探そうと、ゆっくり周囲を見回す。
 すると、誰かが駆けてくる足音が聞こえてきた。
 ちょうど、あたしの背後から――
「誰!」
 反射的に振り返る。
 そこにいたのは。
「うわっ!? どうしたんだアスカちゃん?」
 いつの間にかいた、タクミだった。左手にシールドを持っている。
「何だタクミか……びっくりさせないでよ……」
 何だ、見間違いか。
 ふう、と大きく息を吐いて、あたしは一安心して構えを解いた。
「一体何があったんだ? 発信器から緊急信号が出たって聞いたから、大急ぎで来たんだけど――」
「あったも何も、こんな様」
 あたしは目で、周りを見ろとタクミに促した。
「な――」
 当然、タクミは絶句した。
 血を流して倒れた少女の遺体。
 そして、キリキザンの遺体も。
 そこで、アーちゃんを戻していない事に気付いたあたしは、勝手に殺された事にされたら困ると思って、すぐにスーパーボールを拾いに行った。
「アスカちゃん、これって――」
「ええ、ポケモンリッパー――いいえ、ツバキの仕業なの」
 あたしは拾ったスーパーボールにアーちゃんを戻しつつ、そう言った。
 ビルの間から、パトカーのサイレンが聞こえ始めた時だった。

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