怪事件捜査協力依頼

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「ばかもおおおおんっ!」
 かくして、事務所に戻ったあたしはヤマカワ所長のカミナリを食らうハメになった。
 事務所すら揺らす所長の怒鳴り声は、いつ聞いても耳が痛くなる。
 ここは比較的小さいビルの4階っていうのに、他の階への迷惑なんてどこ吹く風。まさにカミナリオヤジだ。
「倉庫の中で“じしん”を使うとはどういう事かね! あの倉庫が老朽化していたと、事前に話しただろう! 万が一倒壊でもしたらどうするつもりだったのかね、アスカ君!」
「や、やむを得なかったんですよ、所長……スプレーが作動しなかったんですから……」
 所長のデスクの前に立つあたしは、精一杯不可抗力だったと主張する。
 でも。
「セーフティを外し忘れた事が『やむを得ない事情』ですか、アスカ先輩?」
 別方向から丁寧な少女の声が、あたしに追い打ちをかける。
「え? セーフティ?」
 ……はて。
 そんなもの、あのスプレーガンにあったっけか。
 すると、その声の主がしなやかな桃色のロングヘアーを揺らしながらやってきた。
 同僚のユミだ。
 まさに容姿端麗という言葉を絵に描いたような少女で、近くに来るだけで周りの空気が一転する。
 とは言っても、今は悪い方向に一転しそうだ。
「ほら、ちゃんとありますよ、ここに」
 所長の隣にやって来たユミは、デスクにあのスプレーガンを丁寧に置き、その銃身の側面を指差した。
 そこには確かに、セーフティスイッチがあった。
「あ――」
 思い出した。
 確かにセーフティがあるって説明を出発前に受けたような――気がする。
「セーフティを外し忘れるなんて、初歩的すぎるミスですよ。しっかりしてください、アスカ先輩」
 あくまでも事務的に、ミスを指摘してくるユミ。
 くくく、とソファに座るタクミが小さく笑う声が聞こえてきた。
 えーっと。
 こういう時は、どうやって切り抜ければいいんだろう……?
「あれだけ危険な薬物を入れていたんだ! セーフティがなければ運べない事くらい想像できるだろう!」
 間髪入れずに所長のカミナリがまた落ちた。
 うぬう。これはもう、自分の非を認めるしかないようだ。
「す、すみません所長! 次からはちゃんと取説を読んで使います!」
「出発前にちゃんと説明しただろう! 君は人の説明もちゃんと聞けないというのかね!」
「き、聞いていました聞いていました! ただ忘れていただけで――」
「忘れるのも問題だろう! どうせまた飲酒して記憶が飛んだんだろう!」
「きょ、今日はそんな事してません! そもそもあたし、酒飲んで記憶飛ぶほど弱くないです!」
「そういう問題ではないだろう!」
 延々と続きかねない所長の説教。
 ああ、早く終わって欲しい。立ってるのが辛い。
 とりあえず、あの時何をするはずだったのかを簡単に説明する。
 あのタンクの中に入っていたのは、あらゆるポケモンから採取した毒を調合して作られた特殊薬品だ。これをスプレーガンで倉庫に撒いてビードル達の戦闘力を奪い、残さず捕獲するのが本来の作戦だった。
 でも、あたしの凡ミスで薬品を撒けなかったから、あたしはアーちゃんの“じしん”という荒っぽい作戦に変更。そのおかげで、あたしは天井から落ちてきた無数のコクーンの下敷きになりかけた訳。
 頑丈な甲冑で覆われたアーちゃんは平気だったけど、あたしはタクミに助けられて恥ずかしい思いをした。
 ……うん、思えば仕事の前に酒を飲まなかったのがミスの原因だったかもしれない。そんな事言ったら所長を余計に怒らせる事はわかってるから言わないけど。
「まあまあ所長、無事にスピアー退治は達成できたんですし、アスカちゃんの事大目に見てやってくれませんか?」
 すると、タクミがようやく助け船を出しにやって来てくれた。
 む、と顔をしかめる所長。なぜかユミも似たような表情であたしを見ている。
「薬品を撒けずに焦るよりも、臨機応変に作戦を切り替えたアスカちゃんの――」
「お前のフォローがあったからこそ成功したのは認める。だが、そうやって甘やかすのがよくないのだよ、タクミ君! 些細なミスで誤った判断をすれば、お前達自身はともかく、市民をも危険に巻き込むかもしれないんだぞ!」
 が、援護射撃はあえなく不発。
 所長の反論には、さすがにタクミも黙り込んでしまった。
 ちぇっ、いつも肝心な時に役に立たないんだから、こいつ。
「君も少しはユミを見習いたまえ! 毎日ミスもなく真面目に仕事をしてるんだ。トウキョ大学のポケモン学科を首席で卒業しているし、おまけに美人と来てる、わしの自慢の娘なんだぞ!」
「と、父さんっ!」
 突然自慢を始めた所長を見て、ユミが動揺し始めた。
「そう照れるな。わしはお前の事を褒めてやってるだけじゃないか」
「や、やめてください、恥ずかしいです……」
 所長は一転して笑顔になると、ユミの頭を優しく撫でている。ユミは顔を真っ赤にしながらも、抵抗できないようだ。
 あーあ、また始まった。所長の娘自慢。
 娘というのは、ユミの事。所長の子がどうなったらあんな才色兼備な女の子になるのだろうか。遺伝子というのはよくわからないが、きっと母さん似なんだろうなユミは。
 正直言うと、ユミの美人さは同じ女として羨ましく思う。顔が半分焼けただれたせいで、約1名を除いてお世辞にもかわいいなんて言われなくなった身としては。
「もしかして、ユミちゃんに嫉妬してる?」
 そんなあたしの心を読んでか、タクミが顔を覗き込んできた。
「別に」
 ぷい、と顔を背けてごまかす。
 すると、あたしの肩にゆっくりと腕が回された。
 どきり、と心臓が高鳴った。嫌な予感で。
「大丈夫だよ。僕はアスカちゃんだけにしかないかわいい所、いっぱい知ってるから」
 振り返ると、腕を伸ばした張本人たるタクミは、わざとらしくあたしにウインクした。
「な――!?」
 こんな時でも、こいつはあたしの事を褒めてかっこつけてくる。
 そんな事を言われて、動揺しないはずがない。顔が熱くならない訳がない。
 そして、無性に腹が立ってくる――
「だからさ――いってえっ!」
「お世辞だけは受け取っとくよ、この気障男!」
 だから、思いきり足を踏んでやった。
 もう、何なのこいつは。
 踏まれた足を持って飛び跳ねるタクミに、熱くなった顔を見られないようにあたしは顔を背けた。
 すると。
「相変わらずにぎやかね、ここの事務所は」
 急に第三者の声が入ってきた。
 あたしを含む全員の視線が、玄関に向けられる。
 そこには、いつの間にか来客がいた。
 青い制服と眼鏡姿の、女性警察官。年を感じさせないきれいな顔は、あたしにとって馴染みある顔だった。
「あ、ハルナおばさん!」
「こら、おばさん呼ばわりしない」
 思わず声を上げたあたしに、タクミが注意してきた。
 いいじゃない。別に怒られた事ないし。今だってくすくす笑ってるじゃん。
「お! これはこれは、ハルナ警部。部下がお騒がせして申し訳ありません。で、本日はどうなさいました?」
 所長が慌てて席を立つと、営業スマイルを浮かべてハルナおばさんに挨拶する。この人は、本当に表情を変えるのがうまい。
 すると。
「あなた達に協力を依頼したい、怪事件が起きたの」
 ハルナおばさんはあくまで冷静に、用件を告げた。

     * * *

 ポケモン保安隊の仕事は、大きく分けて2つある。
 1つはさっきもやった、街で害を及ぼす野良ポケモンの捕獲及び駆除。
 もう1つは、警察では対処できない高度なポケモン犯罪の捜査という、重要なものだ。
 誰でもモンスターボールでポケモンを操れるようになった現代、ポケモンを持てば誰でも簡単に「力」を得られる。
 故に、それを悪しき方向に使う人間は後を絶たない。
 でも警察はさまざまな業務を抱えているから、手持ちポケモンの育成にかける時間もポケモンに関する専門知識もなく、増加するポケモン犯罪に遅れを取っているのが現状だ。
 そこで、あたし達ポケモン保安隊の出番という訳だ――

 スクリーンに、次々と現場の写真が映し出される。
 白いチョークでアスファルトに描かれた、人間とポケモンの輪郭。
 その中に広がる血痕。
 殺人事件の現場検証で、普通に見られる光景だ。
「ここ最近多発している連続通り魔殺人事件の現場写真よ。死因は全て、刃物による刺殺及び斬殺。今日の未明も、4人のバッドガイ達が路地裏で殺害されたわ。彼らの手持ちと思われるホイーガも、同じく刃物で倒された状態で発見されているわ」
 ハルナおばさんが、プロジェクターの横に立って説明を始める。
「そういえば最近多いですよね、通り魔殺人事件……とうとうチンピラまで犠牲になったか……」
 隣に座るタクミが、冷静につぶやく。
「犯人の特徴は何かないの、おばさん?」
 そしてあたしは、そんな疑問を口にする。
「ええ。生存者や目撃者は口を揃えて証言しているの、『犯人は人間だった』」
「え、それならあたし達が出る幕なんて――」
「そして、『ポケモンで反撃を試みたが、持っていた凶器だけで倒された』とね」
 すると、おばさんは真顔で、あり得ない事を口にした。
 あたしも含む全員が、それを聞いて息を呑む。
「ちょ、ちょっと待ってください警部さん! もしかして、犯人はポケモンを使わずにポケモンを倒したって言うんですか!?」
「その通りよ」
「そんな、あり得ないですよ! 人間が生身でポケモンを倒すなんて!」
「あり得ない事が起きたからこそ、あなた達に協力を依頼したの」
 信じられない、とばかりに叫ぶタクミを、冷静になだめるおばさん。
「……じゃあ、その、ポケモンを切ったっていう凶器は何なんですか?」
「それも証言がほぼ一致しているわ。刃渡りおよそ80センチの刀剣よ」
「刃渡り80センチの刀剣!?」
 またしても驚かされるタクミ。
「共通点はそれだけよ。犯人そのものの姿は証言によってばらつきがあるわ。背は高かったり低かったり、持っていた刀剣も1本だったり2本だったり」
「って事は、複数犯の可能性があるって事か……ますます正体不明な奴だな……」
 タクミはとりあえず、犯人像を受け入れたらしい。
 それにしても、ポケモンを切れる刃渡り80センチの刀剣を持ってる人が何人もいるなんて、すごく物騒だ。
 いつの間にこのトウキョシティは、そんな怪奇がはびこる街になったのか。
「ポケモンリッパー……」
 パソコンデスクに座るユミが、思い出したように聞き慣れない単語を口にした。
「何それ?」
「最近、ネットで噂になっている言葉です。刃物だけでポケモンを倒す、謎の切り裂き魔。持っている凶器の特徴も、大体さっきの話通りです」
「ポケモンリッパーか……」
 その言葉を繰り返してみる。
 危険な臭いがする単語だ。それだけ、犯人は有名になってるって事なのか。
「念のために聞くけれど、本当に人間がポケモンの力なしにポケモンを倒す事はできないの? 実は何か裏技がある、なんて事はないの?」
「できません」
 おばさんの問いに、間髪入れずユミが答えた。
「そもそもポケモンの体には、わざのエネルギー源でもある『ポケソウル』というエネルギーが常に通っています。これが防護膜の役目を果たしていますから、ポケソウルを伴わない攻撃でポケモンを傷付ける事は困難です。基本的に人間が持てる銃火器は効果がありませんし、防御力の高いポケモンとなると、大砲や爆弾を持ってしても傷付ける事は難しくなります。逆に言えば、ポケソウルさえあれば植物の茎でも、たまたま持っていた道具でも傷付けることは可能です」
「……そっか! だからほのおポケモンは雨を浴びてもダメージ受けないんだ!」
「おいおいアスカちゃん、今更そんな事に気付いたの?」
 タクミのツッコミは置いといて、つまりはそういう事なんだ。
「ですから、ポケモンを倒せるのはポケモン以外にあり得ません。何らかの形で、人間による犯行に見せかけていると考えるのが妥当です」
「うむ、論理的な返答でよろしい! さすがはわしの自慢の娘だ!」
「と、父さんっ!」
 突然褒めてきた所長に、ユミが顔を真っ赤にして動揺した。
 こういう父さんを持つと、ユミもさぞかし大変なんだろうなあ。
「……それで。ポケモンが人間による犯行と見せかける手段には、どんなものがありそう?」
 こほん、とおばさんが軽く咳払いをしてから、次の質問をする。
「あ、はい。えーっと――」
「人間に似たポケモンを人間と見間違えた、とか?」
 動揺したばかりで頭が回らないユミに代わって、あたしが1つ意見を出した。
 人の証言というものは、実は結構当てにならない。オカルトで人気のUFOでさえ、大部分は飛行機とか星とかの見間違いだったりするって話を聞いた事がある。
 エルレイドのように、ポケモンには人間に近い姿をしているものも結構いる。そんな人型ポケモンを、単に人間と見間違えただけなんじゃないかとあたしは思った。ちょっと服を着せてやれば、割と簡単に目を欺けそうな気がするし。
「じゃあ、凶器の刀剣は何なんだよ? そういう奴って、大抵肉弾戦に強いかくとうポケモンだぞ? 別に刃物がなくたって殴り倒せるし、そもそも素手での肉弾戦しか能のない奴だから、刀剣なんて使いこなせないぞ?」
「あ――」
 でも、タクミのツッコミであえなく却下。
 確かに、かくとうポケモンは揃いも揃って加減ができないから、細かい手作業に向いていない。だから荷物運び程度にしか役に立たなかったりする。
 そんなポケモンに、剣が使いこなせるはずがない。
「……じゃあさ、剣を持った犯人とは別に、透明なポケモンがいたとか――」
「ユミちゃんはどう思う?」
 すぐに次の意見を出したけど、見事なまでに無視された。
「ちょっと! あたしの話まだ終わってないんだけど!」
「無理しなくていいよ、アスカちゃん。頭使う事が苦手だって事くらい、僕わかってるから」
 うわ。
 そうやって笑顔で用済み宣言されると、何か腹立つんだけど。
「私は、ポケモンが見せた幻影ではないかと思います。例えば、ばけぎつねポケモン・ゾロアークは人間を含むあらゆるものに化ける事ができます。そんなゾロアークなら、剣を持った人間に化ける事もできるはずです。“つじぎり”を使えば、剣で切ったと見せかけてポケモンを倒す事も可能です」
 でも、ユミの意見があまりにも真っ当なものだったので、反論は控えた。
「おお、見事な推理じゃないか! そうだ、きっとそれに違いない!」
 所長がユミの推理に狂喜していると。
「……いいえ、それはあり得ないわね」
 おばさんが、冷静にそれを否定した。
 所長が、急に黙り込む。
「だとしたら、こんな傷ができるのはおかしいんじゃないかしら」
 おばさんは、プロジェクターで新たな写真を見せた。
 それは、被害者の傷口を映したものだった。
 肩口から伸びた、1本の傷。それは、明らかに鋭利な刃物で袈裟切りにされできたものだった。
「傷跡が1本……!?」
「もしゾロアークの“つじぎり”で切られたとしたら、引っかかれた爪痕になっているはずよ。見た目は幻影でごまかせても、傷跡までごまかす事はできないんじゃないかしら」
「言われてみれば、確かに……」
 それには、さすがのユミも反論できない。
「そんな簡単にわかるトリック使うほど、犯人もバカじゃないって事か……」
 あたしは、思わずつぶやいた。
 これが、ポケモン犯罪の厄介な所だ。何せ、人間がする犯罪の常識が通用しない。
 高温の炎で跡形もなく焼き殺す事もできれば、オカルトな力で呪い殺す事だってできる。
“だいばくはつ”があれば火薬がなくても簡単に爆弾テロができるし、“テレポート”を使えば密閉空間でない限り一瞬で長距離を逃走できてしまう。
 そんな超常的な武器を、ポケットに入るモンスターボールに入れて、簡単に隠し持てるのもまた厄介だ。ほんと、ポケットモンスターとはよく言ったものだ。
「ならもう、すぐにでも調べるしかないね」
 あたしはまだ疲れが抜けない体に鞭打って立ち上がった。
 これ以上ここで考えても、しょうがない。
 わからないからには、もっと手がかりを集める必要がある。ピースが足りないままじゃ、いつまで経ってもパズルは完成しない。
 事件はあたし達の都合を考えちゃくれない。疲れているからって怠けてはいられない。
「おばさん。今日未明の事件の犯人は、どんな格好してたかって目撃証言はないの?」
「え? ああ、そういえば今日のも含めたここ最近の事件だと、結構特徴的な人物が目撃されていたわね」
「それって、どんなの?」
 犯人は複数いるかもしれないってさっき言ってたけど、1人でも捕まえられるに越した事はない。うまく行けば、芋づる式に他の犯人達も捕まるかもしれないし。
「一言で言えば、振袖姿の少女よ」
「振袖?」
 あまりにも意外な特徴に、あたしは驚いた。
 振袖って確か、お祭りとかで着るものだよね。ここ最近、何かお祭りなんてあったっけ……?
・用語解説
ポケモン保安隊
 略称はPSS(ポケモン・セキュリティ・サービス)。
 続発するポケモン事件・犯罪に対抗するべく、一般トレーナー達が有志で結成した自警団。民間組織であるため現行犯でなければ逮捕できないが、野良ポケモンの捕獲・駆除も担うなど、警察にはない柔軟さを活かした活動で民間人からの信頼も厚い。警察と協力して事件解決に取り組む事もしばしば。
 アスカ達はユニオンパーク前事務所に所属する。

トウキョシティ
 赤い電波塔「トウキョタワー」をシンボルとする大都会。
 多くの人々が行き交う反面、ポケモンによる事件・犯罪も多発しており、一部エリアでは許可なくポケモンをモンスターボールから出す事を禁じている。

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