スピアー駆除作戦

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読了時間目安:19分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

・登場人物
アスカ
 主人公。21歳。過去にポケモン犯罪で顔に目立つ火傷を負っている。手持ちポケモンはエルレイド、アーマルド。

タクミ
 アスカの同僚の1人。21歳。アスカに好意を寄せている気障男。手持ちポケモンはゲンガー、ウルガモス。

ヤマカワ所長
 アスカ達が勤めるユニオンパーク前事務所の所長。カミナリ親父だが娘には甘い。41歳。

ユミ
 アスカの同僚の1人で、ヤマカワ所長の実娘。19歳。主に分析やサポートを担当。手持ちポケモンはツボツボ、ランクルス。

ハルナ警部
 トウキョシティ警察の女性警部。ポケモン保安隊と警察のパイプ役。手持ちポケモンはムーランド。

ツバキ
 事件の鍵を握る、謎のふりそで少女。容姿はゲームにおける「ふりそでのシオネ」に相当。
 大都会の街、トウキョシティ。
 夜になっても決して眠る事のないこの街は、今日も多くの人々や自動車が行き交っている。
 空高くそびえ立つのは、街のシンボルたる赤い電波塔「トウキョタワー」。
 そして、そのふもとにある公園「ユニオンパーク」は、街の数少ない憩いの場だ。
 今、このユニオンパークで、1つの問題が起きている――

「うわ、結構いるじゃん……」
 双眼鏡を覗き込んだあたしは、思わずそうつぶやいた。
 見えているのは、古びた倉庫。長らく使用されてなくて、近々取り壊される予定だったらしい。
 その小さな窓から、せわしなく出入りする小さな影がいくつもある。
 両手の鋭い針と、黒と黄の模様ときたら見間違えようがない。
 どくばちポケモン・スピアーだ。
「あそこはもうスピアーの巣なんだ。あれだけいて普通だよ」
 隣から声がして、あたしは双眼鏡を下ろした。
 隣にいるのは、同僚にして腐れ縁のタクミだ。
 そいつはあろう事か、
「もしかして、怖くなった?」
 なんて、少し腹立つ事を聞いてきた。
「な、何、からかう気?」
「大丈夫さ」
 するとタクミの手が、素早くあたしの肩に伸びてきた。
 あ、と気付いた時にはもう手遅れ。
 あたしの体は、一瞬でタクミの体に抱き寄せられた。
 かちゃん、と地面に双眼鏡が落ちる。
「あんな奴らに、僕の大好きなアスカちゃんをやらせはしないさ」
「な――!?」
 息が止まる。
 ち、近い。顔が近いんですけど。ほんの数センチしかないんですけど。
 そんな至近距離で、平然と好きと言いつつ爽やかな笑顔を見せつけられたら、心臓がバクバクして止まらなくなる。
 それを平然とやるタクミが、たまらなくかっこよくて――
「だからさ――いってえっ!?」
 たまらなく腹が立った。
 だから、そんなタクミのすねに思いきり蹴りをお見舞いしてやった。
 怯んだ隙にあたしはタクミから素早く離れて、間髪入れずに叫んでやった。
「こんな時にかっこつけてんじゃないよ! この気障男!」
「いててて、だからって蹴り入れる事ないじゃないか……」
「蹴りもしますっ! 大体ね、そうやって色目使うなら、あたしみたいな顔が半分焼けただれた女より、もっとかわいい女の子にやりなさいよ!」
「そ、そんな事ない! アスカちゃんは充分かわいいよ!」
「なな――!?」
 しまった。
 勢い余って余計な事を口走ってしまった。
“カウンター”のごとき倍返しの反撃を浴びたあたしの心臓は、またしても暴走し始める。
「普通の人にはわからないかもしれない! でもアスカちゃんは、本当に――いってえっ!?」
 これ以上好き勝手言われてコントロールが効かなくなる前に、2発目の蹴りをかましてやった。
「もういいっ! さ、とっとやるよっ!」
 ああもう、顔が熱い。
 こうやって、平然とあたしの前で好きと言ってかっこつけてくるのが、あいつの悪い癖だ。
 しかも、顔の左側に目立つ火傷の傷跡があるあたしに対して言う物好きなんだから、性質(たち)が悪い。
 あいつのせいで手元が狂ったら、どうしてやろうか。
 と、変な事を考えつつ、あたしは足元にあったタンクを持って、倉庫へと向かっていった。
 ちょっと待てって、とついて来るタクミに一切振り向かずに。

 倉庫に近づいていくと、倉庫を出入りしていたスピアー達が、早速侵入者たるあたし達に気付いて集まってきた。
 甲高い羽音と一緒に、かちかちかち、と歯切りする音が聞こえてくる。
 ヤツらなりの警告だ。これ以上近づくな、さもなくばお前達を殺す、と。
 それを聞いて、やっとあたしの心も切り替わった。

 戦力を確認する。
 手持ちは2匹。
 着ているのは、あらゆる脅威から守ってくれる赤いジャケット。
 手には、『PSS』と大きく書かれた対ポケモンシールド。
 そして、背負っているのは切り札が入ったタンク。
 うん、準備はばっちりだ。これでいつでも戦える。

 そもそも、どうしてあたし達はスピアーに真っ向から立ち向かおうとしているのか。
 縄張り意識が強いヤツらは、自らのコロニーとしたこの倉庫に近づく人間を襲い、少なからず被害を出している。
 そうなれば、黙って見ている訳には行かない。
 この倉庫のスピアー達を1匹残らず捕獲、あるいは駆除するべく、あたし達にお呼びがかかった訳だ。

 あ、自己紹介忘れてた。
 あたしはアスカ。
 あらゆるポケモン事件から街を守る、ポケモン保安隊のポケモンマーシャル――

「行くよ、アスカちゃん! まずは僕が突破口を作る!」
 隣にいるタクミが、2個のボールを取り出した。全面白一色のプレミアボールだ。
 あいつはこんな所にも変なこだわりがある――のは置いといて。
「ゲンガー! ウルガモス!」
 シールドの陰から2個のプレミアボールを投げ上げると、空中で開き2匹のポケモンが姿を現した。
 片方は、シャドーポケモン・ゲンガー。黒いボディに赤い目という、わかりやすい姿のゴーストポケモン。
 そしてもう片方は、たいようポケモン・ウルガモス。赤い羽を持つむしポケモンだけど、正直こいつはあまり見たくない。個人的に。
 一方のスピアー達は、そんな2匹の出現を敵対行為とみなしたのか、徒党を組んで襲いかかってきた。
「ゲンガーは“シャドーボール”! ウルガモスは“ちょうのまい”でかく乱だ!」
 タクミの指示を受け、ゲンガーとウルガモスは揃って飛び立った。
 ゲンガーは右手を突き出し、次々と黒い光球を連射。
 その威力は正確かつ絶大だ。スピアーを近づかせる事なく次々と落としていく。
 一方のウルガモスはというと、文字通り舞うような飛び方で襲いくるスピアー達を翻弄する。
 ただ翻弄するだけじゃない。待っている間、飛行速度が次第に増している。そして、体にパワーも溜まっていく。
「よし、“ねっぷう”!」
 頃合いとばかりにタクミが指示。
 熱を帯びた風を放つウルガモス。それに飲み込まれたスピアー達は、体を焼かれて次々と落ちていった。
「……っ」
 効果は抜群だ。
 わかってはいるんだけれど、どうしてもその光景を見ると気分が悪くなる。
 思わず、顔の左側に手を伸ばしていた。
 小さい頃、あたしもあのようなポケモンの炎で焼かれて、こんな傷跡ができてしまった。
 だからわかる。ポケモンの炎で焼かれる苦しみを――
「今だ、アスカちゃん!」
 と、昔の事を思い出している暇はない。
 今は自分の役目を果たさないと。
 傷跡に当てていた手でシールドを持ち、急いで倉庫へと向かう。
 でも、持っているシールドも背負っているタンクも大きくて結構重い。
 早く行かなきゃいけないのはわかっているけれど、さすがに持ちながら走るのは無理だ。
 近そうで遠い倉庫の入り口。
 そうこうしている内に、背後に迫る気配を感じた。
「っ!」
 スピアー!?
 とっさに膝をつきシールドを構えてやり過ごす。ヤツらが突き出した“どくばり”を、すんでの所で防げた。
 この対ポケモンシールドは、はがねタイプのポケモンの装甲でできている。ちょっとやそっとの攻撃では破られない。
「何やってるのあいつ! 口先ばっかで全然――うわっ!」
 タクミに文句を言う暇すら与えず、別のスピアー達が襲ってくる。
 これではうっかりシールドから顔を出す事もできない。
 ポケモンのわざという範疇で見れば大した威力がない“どくばり”だけど、人間が一撃でも受けたらひとたまりもない。まず病院送りは確実、最悪死ぬかもしれない。
 シールドの覗き窓から外を見ると、あたしの周りには何匹ものスピアーが頃合いを見計ろうと円を描いて飛んでいた。
 まずい、囲まれた。
 これじゃ、いくら何でも強行突破なんてできない。
 でも、ここで切り札を使う訳には――
「く――っ」
 あたしが歯噛みした時。
『姉貴、オレが行こう』
 ふと、頭の中に声が響いた。
 はっと我に返り、あたしは腰にあるホルダーを見下ろした。
 半分が青いスーパーボールが2個。
 その1つが、ぐらぐらと揺れていた。
 その中には、あたしの『弟』と呼べるヤツが入っている。
「……うん!」
 迷わず、そのスーパーボールを手に取る。
 スイッチを押し、ロック解除。ボールが手に収まるほどに膨れ上がる。
「じゃあ任せたよ! エルちゃん!」
 強くスーパーボールを投げ上げる。
 空中で開いたボールから、光と共にあたしの『弟』が姿を現した。
 颯爽と地面に右手を突いて着地、地面が僅かに揺れた。
 人に似たその体は、淡く輝く青色。
 胸と背には、赤い角。
 肘と頭から伸びた、鋭い刃。
 やいばポケモン・エルレイド。
 あたしと生まれた年も誕生日も同じ、まさにあたしの双子の弟。
 突然の介入者『光るポケモン』に、スピアー達も少し動じているようだった。
『スピアー共、姉貴に代わって、オレが相手になろう!』
 ゆったりと顔を上げたエルレイド・エルちゃんは、鋭い目つきでスピアー達をにらみつけ、右腕を構えた。
 その肘から、鋭い刃が伸びる。
 それは、やいばポケモンと呼ばれる所以。エルレイドの唯一にして最大の武器。
「テヤッ!」
 エルちゃんがそれを振るうと、その軌跡が光の刃となり、スピアー達へと飛んでいく。
 先手を取られたスピアー達は、回避するのが遅れて数匹まとめて刃に両断されてしまった。
 効果は抜群。エルちゃんの得意技、“サイコカッター”だ。
 先手を取られて焦ったのか、スピアー達も一斉に襲いかかってきた。
 乱戦になる事を予想したあたしは、すぐにシールドを持って早足で歩き出した。
 もちろん、目的たる倉庫へと向かうために。
 でも、こんな事をしたら、指示を出せなくなる。
 指示ができなくなれば、当然戦闘に支障をきたす。故にトレーナーは、戦闘中ポケモンとつかず離れず行動していなくてはならない。
 少なくとも、普通のトレーナーなら――
『数だけはたっぷりいるザコめ!』
 エルちゃんが、そんな事を言ったのを感じた。
 そこで、あたしは歩きながら、エルちゃんに意識を向ける。
 すると、エルちゃんの周りの様子が、はっきりと浮かび上がった。
 エルちゃんの周りを、スピアー達が取り囲んで飛んでいる。さっきあたしにやったのと同じ戦法だ。
「エルちゃん、あれだけ自信満々に出て、手に負えないなんて言わないでしょうね?」
 あたしは、エルちゃんに声をかけてやる。
 いや、声をかけているというのは正しくない。声を送るって言う方が正しいかもしれない。
 一言で言うと、あたしとエルちゃんはテレパスで繋がっている。
 例えどんなに離れていても、あたしとエルちゃんは互いの状況を認識する事ができる。
 だからこうやって、直接エルちゃんの状況を見ていなくても、状況を見極めて指示を出す事ができる。
『冗談! こいつらに姉貴の背中を追わせる気なんてねえよ』
「このために覚えさせたわざ、あったでしょ?」
『そうだな、ならそれをありがたく使わせてもらおう!』
 やり取りを交わした直後、スピアー達がエルちゃんを取り囲むように襲いかかってきた。
 空から取り囲まれては、逃げる事などできない。
 迫りくるスピアーの“どくばり”。
 でも、こっちにだって手はある。
「“テレポート”!」
 指示を出すと、エルちゃんの姿が一瞬にして消えた。
 突然姿を消した敵に驚いている間に、スピアー達は一斉に空中衝突。次々と地面に落ちて伸びてしまった。
 でも、この程度で倒れるほどスピアーもヤワじゃない。すぐに起き上がってエルちゃんの姿を探している。
 そんな時、エルちゃんが遥か真上に、トウキョタワーを背景にして姿を現した。
 その周りには、無数の岩が浮かんでいる。
「いっけーっ! “いわなだれ”!」
「タアッ!」
 あたしの指示と共に、岩が一斉に投下された。
 スピアー達が気配に気付いて見上げた時にはもう手遅れ。
 岩の雪崩が、スピアー達の群れを容赦なく呑み込んだ。効果は抜群!
 エルちゃんが華麗に着地した時には、ヤツらはみんな岩の下敷き。そこから這い上がってくるヤツは1匹もいない。
 そうやってエルちゃんに意識を向けている間に、あたしは倉庫の前に到着した。
「グッジョブだよ、エルちゃん! そのまま見張りを続けてて!」
『任せとけ、姉貴』
 エルちゃんに呼びかけてから、あたしは倉庫の中へと足を踏み入れた。

 入った途端、世界が一転した。
 壁一面を覆う、茶色と黄色のむしポケモン。
 けむしポケモン・ビードルと、さなぎポケモン・コクーンだ。
 天井に至るまで数えきれないほどびっしりと張りつき、もぞもぞと動き回る様は、なかなかに気色悪い光景だ。
 とにかく、こんな光景はすぐ終わりにしよう。
 あたしはシールドを床に立てて、その裏で準備を始めた。
 タンクとホースで繋がっているスプレーガンを、ラックから取り外す。
 そして、忘れないように防塵マスクを付ける。こうしないと、あたし自身にも何が起こるかわからない。それだけ、この中に入っている切り札は凄まじい威力を持っているのだ。
 ビードルやコクーン達が、侵入者たるあたしに気付いて、一斉に顔を向けてきた。
「一斉にこっち見んな! 気味悪い!」
 でも、もうすぐ終わり。
 お返しとばかりにスプレーガンを向け、迷わずトリガーを引いた。
 すると、あっという間に――

「……あれ?」
 おかしいな。
 なんで何も出てこないんだろう?
 もう一度トリガーを引く。
 かちっ、と音がするだけで、スプレーガンからは何も出てこない。
「あれ? あれ?」
 何度引いてみても、結果は変わらない。
 トリガーが、何かに引っかかっている感じ。
「そんな、故障!?」
 こんな時に!? せっかく侵入できても、肝心の切り札が使えないんじゃ作戦が台無しじゃない!
 出ろっ、出ろっ、出ろーっ!
 何度か振ってからトリガーを引く、を繰り返す。それでも、トリガーの音が空しく響くばかり。
 すると、どこからか甲高い羽音が聞こえてきた。
 振るのをやめて顔を上げると、そこには窓から入り込んできたスピアーが。
「……やば」
 気付かれた。
 故障のせいでせっかくの奇襲が台無しになってしまった瞬間だった。
『おい、どうした姉貴?』
 エルちゃんが異変に気付いてテレパスで呼びかけてくる。
 でも、すぐには答えられなかった。
 スピアーは、右腕の針を構えてこっちに向かってきた。針を軸に、高速回転をかけながら。
 まずい、“ドリルライナー”だ。威力は“どくばり”の比じゃない。
 どうする?
 エルちゃんを呼び戻そうにも、時間がない。
 ここは――
「大丈夫! こっちで対処する!」
 あたしは左手でマスクを外しながら、シールドを構えた。
 がちん、と衝突音が響く。
 鈍い衝撃が走ったけど、あたしにスピアーの“ドリルライナー”が当たっていない事は確信できた。
 とはいえ、さすがは“ドリルライナー”。シールド自体は貫かれた。
 でも、針はそのまま食い込んでしまっていて、スピアーは必死に抜こうともがいている。何とも滑稽な光景だ。
 今がチャンス。
 右手で素早くもう1個のスーパーボールを取り出して、目の前のスピアーに向けてスーパーボールを突き出す。
 そして開いた瞬間、飛び出た光がスピアーを背後から捕まえた。
 現れたのは、青い壁。
 尻尾と羽が生え、両手に大きな爪を持つ、生きた壁。
 そいつは両手でシールドに食い込んだスピアーを簡単に引っこ抜き、投げ飛ばす。
「“ロックブラスト”!」
 そして、あたしの指示で巨大な岩を一発。
 効果は抜群。スピアーはそれだけで壁へと押し潰された。
「グッジョブだよ、アーちゃん!」
 あたしが褒めてやると、そいつは横に飛び出た目が特徴的な頭を天井に向けて、高らかに咆哮した。
 そう、これがあたしのもう1匹のポケモン、かっちゅうポケモン・アーマルド。
 攻撃力はもちろん、高い防御力も頼れるポケモンだ。壁になって立ちはだかるなんて芸当は、エルちゃんにはとてもできない。
「さ、これから一発手荒にやるよ!」
 あたしは穴の開いたシールドを捨てて、アーちゃんの背中によじ登る。
 周りからは、さっきのスピアーの仇とばかりに、ビードル達が一斉に集まってきた。
 囲まれた。逃げ道はない。
 でも、こっちには問題にならない。むしろ好都合だ。
「“じしん”!」
 あたしが指示すると、アーちゃんは床を一発強く揺らした。
 文字通り地震。倉庫すらぎしぎしと揺らす衝撃を受けたビードル達が、次々と倒れていく。
 一網打尽だ。これなら、倉庫中にいるビードルやコクーンを全部倒せるかもしれない。
「よし、これで――」
 勝った、と確信した瞬間。
 ふと、上から落ちてきた何かがアーちゃんの頭に当たったのが見えた。
 何かを思ってアーちゃんの足元を見下ろすと、そこには1匹のコクーンが転がっていた。
 ちょっと待って。コクーンが上から落ちてきた、という事は――まさか!
 はっと天井を見上げると、揺れた天井から一斉に落ちてくるビードルとコクーンが――
「ひ――ひゃああああああ!」
 そうだ、すっかり忘れてた!
 うっかりミスに気付いた時にはもう手遅れ、あたしはビードルとコクーンの下敷きに──ならなかった。
 突然捨てたはずのシールドが勝手に飛んできて、あたしの頭上から弾き飛ばしたからだ。
 まるで独楽みたいにくるくる回りながら。
 当たり前だけど、シールドにそんな機能はない。
「……え?」
 一瞬何が起きたかわからないけど、すぐに現れた影で何が起きたか理解できた。
 ゲンガーだ。
 シールドが勝手に飛んできたのは、ゲンガーが操ったからだった。
「“ポルターガイスト”……」
 そう。ゴーストタイプのゲンガーなら、その辺にあるものを操って攻撃なんてお茶の子さいさいだ。
「ウルガモス、“ぼうふう”だ!」
 さらに響いたのは、あの気障男の声。
 途端、あたしの横を小さな竜巻が通り過ぎた。
 それはビードルとコクーンだけを器用に巻き上げて倉庫を一周してから、隅にビードルとコクーンの山を作り上げた。まるでゴミの山みたいに。
「すごい──ひゃっ!?」
 風を使った後片付けに見とれていたせいで、あたしはアーちゃんの背中からうっかり滑り落ちてしまった。
 でも床に叩きつけられるはずの体は、なぜか誰かの両腕にすっぽりと収まっていた。
「何やってるんだよ、アスカちゃん」
 タクミだった。傍らにはウルガモスもいる。
 そう、あたしを受け止めたのはあの気障男。しかもよりによって、これお姫様抱っこって奴じゃない!
 それがわかった途端、どくん、とあたしの胸が高鳴った。
「タ、タタ、タクミ……!?」
「怪我はないかい?」
「へ、平気だから! 降ろしてっ!」
「はいはい、世話が焼ける子だなあ」
 あまりの恥ずかしさでジタバタ抵抗すると、タクミはあっさりとあたしを降ろした。
 なぜかあたしはうまく立てなくて、ぺたん、と床に膝を落とした。
 うう、最後の最後でいい所持っていきやがって。
 でも、タクミのフォローが無かったらどうなっていたかと思うと、文句なんて何も言えない。
「後は僕がやるよ」
「あ、ありがと……」
 あたしは目を逸らしながら、自分でもびっくりするくらいしおらしい声で礼を言う事しかできなかった。
 そんなあたしを見て、ゲンガーはクスクス笑っているし、アーちゃんは呆れているし。
 ああほんと、何て不覚だ……!

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