13.解き放たれし光輪

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「おー広いねー。何もなきゃ昼寝でもしたかったよ」
『……あのカス、ユーゴのせいだな』

 草場には、石とも柱ともつかないようものが転がるばかり。神殿跡というよりも、そこそこ広い原っぱが今となっては正しそうだ。昨晩のミュウツーの提案で、フィルノワの北部に位置する神殿跡と呼ばれる場所に、トーリ達はやってきていた。この神殿跡も、もとは“テイア蒼空遺跡”という外国の遺跡に似せて作ったという逸話があった。しかしそれも、古代ルクス人のいた時代までの話。今では焼かれて消失したルクスの歴史の一部でしかない。

「本当に何もないね。あの時の月の祭壇とは、全く違ってさ」

 比較対象として自ずと出てきたのは、彼女と散策した祭壇付きの神殿。
 そういえば、あのルーメンが隠していたという立派な祭壇を、どうやってベルは発見したのだろう。少年はふと思った。彼女もまたトーリからすれば、敵として認識する一人になってしまった。ふらっと現れ昼食を共にした時には、少年の偵察に来ていたのだろうか。
 ミュウツーからは、テレパシーで「柱の埋まった場所がある」と事前に聞いていた。その場所を目印に足を進めることに。

「やっほー少年! また会ったね」

 不意打ち気味に、大きな白い円柱の陰から少女が飛び出た。金色のおさげは、今日も芒のように煌めく。

「この間は急にいなくなるんだもん! もっとお話ししよーよ、トーリ少年!」
「え、ああー……ゴメン」

 少年は既に、彼女の正体について知ってしまっている。ここからどう答えてもぎこちなくなること必至だ。こちらから何かを仕掛けてもいいものか、トーリは逡巡していた。「さっさと殴ればいいだろう」とは、駆け引きを馬鹿馬鹿しく思ったミュウツーから。この力押しの提案を、ひとまずは棄却した少年。
 
「あれもしかして、ベルと会いたくなかった?」
「そんなことは、うーん……ちょっとあるかも。オレ急いでてさ」
「えー正直ー。トーリ君ってわかりやすいよねー」
 
 若干膨れた少女が、紫の瞳を尖らせた。「また今度」と切り出したトーリに、彼女は食らいつくように遮った。
 
「そっかあ。じゃあね、今日はとっておきのお話があるの!」
「次に……え?」

 少女は両腕を広げた。それが合図だったのだろう。
 その微笑みに暗幕が咲いた。突然だった。彼女の後ろには、金輪にて囲われた大きな空間。真っ黒で底知れぬ見た目をしていた。突如できた異世界が少年とミュウツーに聳える。
 見るよりも先に、気配でミュウツーが叫ぶ。

『――だから言っただろうが、このノロマ!』
「ゴメンって!」
 
 流石のトーリも異様な光景に身体が勝手に動いた。慌ただしく応答し、手にはライセンスリーダー。ホログラムから生成されたミュウツーが、少女に向かい立った。
 たなびく不穏。その先には一匹。目の前の異質な空間から、ポケモンは誘われるように飛び出る。紫の灯を複数持つ、電飾に似た幽霊の種族。名前をシャンデラ。

「トーリ君の相棒さんと――たっくさんお話したくて!」


 ☩


「ふーん、本当にミュウツーと繋がってるんだ」
 
 少女は冷たく投げるように呟く。隣のシャンデラはくすくすと笑った。ミュウツーがいようと、何ら関係がない。小さくて可憐な主人によく似ていた。

「あたしはベルデ。今日はあの愉快なお兄さんたちじゃなくて、ベルがトーリ君と遊んであげるね!」
「愉快なお兄さん……」
 
 改めて“ベルデ”と自分を名乗った少女。鈴蘭の飾りが付いた緑色の左右のリボンが揺れる。
 シャンデラと併せても、これまでの二人よりもずっと異質だと思っていた。見るからに強者だった他二名に比べ、どうしても格は落ちるように見える。しかしやりづらいことは、この上なかった。

『おい、いい加減甘ちゃんの考えは捨てたか?』
「わかってるよ、やるしかないって」
『ならばいい』

 かくして、両者はテイア神殿跡にて再会し。<ファウスト>の一人、ベルデとの勝負が幕を開ける。
 早速、攻撃を構えたミュウツーに対し、シャンデラは一方的に距離を取り続ける。ふわりと浮遊するような動き。

「よーし、いっけー! シャンデラちゃん!」

 退避からは一転、シャンデラは攻撃に転じる。
 まき散らすようにした攻撃『はじけるほのお』。凄まじい火力を見せる。されども、とどまることを知らず、追撃の『かえんほうしゃ』。今度はミュウツーの退路に向かって、一直線に放たれた。ステップにて回避し、相手の位置を確認するミュウツー。

「あの相手は完全な遠隔だね。平気?」

 トーリが気に掛けるが、長い尻尾にて埃を払う。
 
『愚弄するなよ。なんてことはない』

 最強としての自負が、ミュウツーに僅かな笑顔を生む。少年は安堵していたが、その間にも相手の攻撃は飛来し続ける。
 細かい火花すら攻撃の一手となる『はじけるほのお』に、範囲攻撃の『マジカルフレイム』。ミュウツーが糸口を探して『れいとうパンチ』にてフィールドごとの凍結を狙う。だが惜しくも届かない。ゴーストタイプの身軽さを活かして回避された。シャンデラは、ひたすらに遠距離での戦いに持ち込んでいる。
 甲高い声でせせら笑うシャンデラ。ポケモンもまた、いたずら好きの幼子のよう。

「掴みどころがないな……」

 これまでの相手とは明確に違う点。それは作戦や理性よりも、野生ポケモンのように感覚で戦闘をしている点だ。彼女達に大きな戦略の軸はない。ハヤテの言っていた「ポケモンに任せる」タイプの極致に見える。だがそれこそが「やりづらさ」の正体。これはトレーナーとシャンデラ両方に言える。
 トーリがここまでひと通り相手を観察し、ミュウツー側も思考として受け取っていた頃。ワンピースの裾を遊ばせていた、ベルデが話しかける。

「ねー、トーリ君。海堂博士はどこ?」
「……父さんが、なに」

 こっちが知りたいよ、と本音が出かかった。危なく踏みとどまる。ここは相手の出方を知るチャンスにもなる。
 金髪のツインテールを揺らし、にこにこと笑う少女。丸い瞳は相棒にも似ていた。

「ベルはね、トーリ君のパパに会わなきゃいけないの。そうしないと色々大変なの!」
「……何のために?」

 封印されたアンブラか何者かを、<ファウスト>の連中は解除したいのか、それともこれは彼女ただ一人の願いなのか。これまで連中はミュウツーを狙っていると、トーリは思っていた。
 だが真の目標は父親である。その可能性がにわかに浮かび始めていた。それは一体何のために。

「ベル達に協力してくれるなら、教えてあげるよ」

 花が咲いたように笑う。何も悪いとは感じていないだろう、無邪気で可憐な笑顔。今となっては少し恐ろしくもある。
 
「教えないよ。あれでもオレにとっては……大切な人なんだから」
『だそうだ。諦めろ小娘』
 
 意志表示となった『きあいだま』。音速でシャンデラに向けられた。
 命中とはいかなかったが、びっくりしたシャンデラが目を小さな点にしてから釣り上げている。見た目こそ可愛らしいがミュウツーを睨んでいた。

「しょうがないなあー。だったら」

 回転するシャンデラ、シャンデリアの金属部分を振り回す。紫の炎が荒ぶるようにして、次第に空気すら熱する業火へと燃え盛っていく。攻撃の前段階だ。見ていたトーリの拳にも汗が灯る。

「もうぜーんぶ……燃やしちゃえ!」

 広場を覆いつくすほどの炎は広がる。火の手は俊敏なミュウツーを追う。数多を燃やし尽くす『れんごく』。命すら燃やそうとする烈火が、ミュウツーに及ぼうとするが。

『なめるなよ、引きこもりの亡霊風情が!』
 
 片手で発動した『サイコウェーブ』が、小さな炎を押し返すように広がる。波状攻撃である利点が生きた。本体へ近づくための『こうそくいどう』を挟み、音速のミュウツーがシャンデラに迫る。
 少女からの一瞥。後方の指示を受け持つ少年に向けてだった。
 
「あはっ! 向かって来ても勝てないよ、ぐるぐる巻きにしちゃえー!」

 シャンデラは一瞬慌てる様子を見せたが、指示通りに『ほのおのうず』を展開。渦巻く炎が、ミュウツーを眼前で拘束することに成功した。燃え盛る炎がミュウツーを蝕んでいく。
 攻撃の隙は失われた。少なくとも、けたけたと愉しく笑うシャンデラにはそう見えた。かと思われたが。

『……やはり愚図は愚図だな』
「えっ、あれ!?」

 一歩も動けぬミュウツーから、シャンデラへ攻撃が届く。『サイコショック』は相手の『ほのおのうず』をすり抜け、そのままシャンデラに直撃した。疎らに散った攻撃が、高速移動後に再び相手へ収束するような、複雑な動きを見せたのだ。
 思わず、甲高い声で泣き叫ぶシャンデラ。想像以上の威力にだろう、喚いて錯乱する。本能的に『ちいさくなる』を使用し、ミュウツーから逃れようとしたが、しかし。

『……トーリ!』
「今だ、『はかいこうせん』!」

 少年に頷き、決して逃がさぬと右手から発射されたレーザー光線。
 長距離の一直線、轟音伴う極彩色が本体を捉えた。奇しくも小さくなった反動で、か弱いシャンデラを貫くことになる。
 元の大きさへと戻ったゴーストポケモンは「しゃらぁ」と、か細く鳴いてそのまま転がった。ミュウツー圧巻の勝利だった。

「うっそー!? ベルのシャンデラちゃんが!」

 ベルデは驚いた様子でトーリとミュウツーを見た。「はあ」と手で汗を拭う少年に対して、ミュウツーは少女を見据えたまま。攻撃の意志を感じた。

「観念しなよ。君は負けたし、オレ達は父親の居場所は言わない」
「ふーん、そう。流石だねミュウツー。それと少年も……ちょっぴりね」

 掴みどころのない少女は、ミュウツーに対しても未だ怯える様子がない。それどころか、傍目にも敗者に見えないだろう。切り札でも隠し持っているようだった。
 トーリは未だ敗北は認めない彼女と、その口から出た言葉が気にかかる。思い出されたのは、シャンデラではなく珍しいという違法ライセンス。

「なんか、嫌な予感がする」
『……敵襲の可能性か』

 零すように不安を口にする。連られるように少年の方を見たミュウツー。それは直ぐにでも、当たっていたと判ることになる。

「もー仕方ないなぁ、“この子”を使うとアルスは怒るかもしれないけど。ベルならやれるはず!」

 彼女が口にしたこの子とは。
 ポケモンのライセンスと接続できるのは、一人につき一体まで。これは何も、原則だからという理由だけではない。2体以上はトレーナー側がもたないのだ。〈精神体〉を貸し出して行うルクスのバトルにおいて、トレーナー側の体力は必要不可欠となる。ということは、この少女はミストレイカのようにモンスターボールを持つ、外部のトレーナーなのだろうか。いやそうであるはずはない。公職の人間を除いて、ルクスではモンスターボールの持ち込みは制限されている。
 少年はひたすらに考えるが、それでもベルデは、また先ほどのように両手を広げていた。シャンデラを呼んだあの時と同じく。

「お願い、あのミュウツーをとっちめちゃって!」

 少女の後ろには、金の輪。黒い空間が拡がる円の中より、小さな影が飛び出した。
 輪っかを手に持つポケモン。しかし、見た事すらない。

「あれはライセンスポケモン……? でも、一人一体のはずじゃないのか。複数ライセンスなんて、君の体がもたないぞ!」
「普通はそーだよ。でもね、ベルはぜーんぜん平気。ねー!」
「嘘だろ……」

 変わらぬ快活さで笑う。しかし彼女の手には、確かに2枚の電子ライセンス。先ほどのシャンデラと、この小さなポケモンが映る。
 複数体接続という異例は、あのハヤテや匹敵する有名選手すら事例がない。加えてあの、あらゆる事物をしまい込む金輪。通常のポケモンが持てる能力には見えなかった。
 トーリは先ほどよりも、目の前の少女がただならぬ使い手であるという事実に、気が付きはじめていた。

「よーし、ここからが本番だよ! “フーパちゃん”!」

 小さなポケモンは、魔術師のように光輪を手に笑う。その名をフーパ。ベルデと接続する魔人・フーパは、早速攻撃を仕掛けてきた。小さな金の輪を複数、彼らのいる前方へ飛ばす。
 あのフーパというポケモンも、先ほどのシャンデラも。この光輪から召喚されたように出現した。この輪っかが、攻撃のトリガーである可能性は高い。であれば警戒するのは必然。

「やばそうだ、距離を」
『言われるまでも……ない!』

 短距離での『テレポート』の使用。空中へ逃れるようにして、ミュウツーはフーパから距離を取った。
 だが意外にも、フーパからの追撃はない。あの光輪を飛ばすことが予想できたが、トーリ達の考えには反して、フーパは静かにリングを配置する。

「あはっ、フーパちゃんが怖いの?」

 くすくすと笑う金髪の少女。彼らの反応を楽しんでいる。フーパも同じく。
 あの子の周りには、同じく悪戯っ子のようなポケモンが友達を求めるように集ったのか。トーリにはそう見えた。

『……あまり時間をかけないほうがいいな』

 考えあぐね、呟くようにしたミュウツー。トーリには真意の全貌が見えないが、少年よりも遥かに戦闘慣れをした彼が言うならば、信じ切る。相方の直観に委ねた。
 未だにリングを配置しただけのフーパは、にししっと笑ってこちらを窺う。

『攻め切るぞ、トーリ』

 手の内が見えぬ相手に対し、ミュウツーが取った作戦は近接戦。前のシャンデラを見ていたこともあり、少女の戦略タイプが遠隔に偏重したものと仮定した。中距離から放たれる複数の刃。真っ直ぐに、フーパに向かっていったが。

「ざんねん、当たんないよ」

 リングの中へと潜り込むようにして、フーパの姿が消えた。そして、背後から再び出現。『おどろかす』による不意打ちで、コンマ数秒ミュウツーの動きを止めると。自身の腕輪から、複数の『シャドーボール』を発射。あの光輪は、フーパによる出し入れが自在だとここで確定する。
 実に魔術師めいたトリッキーな動き。観察の為に、ミュウツーは自分の威厳を少しばかり削る選択をした。眉間にはまた深い不快の現れ。

『この羽虫が……』
「またミュウツーがキレてる」
『案ずるな。そのうち必ず、奴に支払わせる』

 歯ぎしりと共に、その“奴”へと向き直る。初見では不可解であった攻撃も、次撃からは対策可能となる。ミュウツーの攻勢は正しい。
 長い尾でもって跳躍する。軽やかにフーパの上を取り、繰り出した『サイコショック』。
 シャンデラと同じ手法を取るが、相手には届かない。フーパの『ゴーストダイブ』の移動だ。いつ間にやら四方八方に浮遊する金輪から、自由自在にフーパは顔を出す。そしておちょくるように、また『シャドーボール』を集中。同時に5発の暗黒が直撃した。

「面倒だけど、一撃は全然重たくない。何なんだアイツ」

 相方の肩越しに戦局を見ていた少年には、ひたすら不思議だった。
 先ほどの戦いでは、圧倒的な威力と遠隔に徹した動きを見せていた。案の定、寄られる敵にはめっぽう弱く、ミュウツーのバランスに長けた強さで勝利。
 しかしこのフーパというポケモンは、見た目こそ派手だが、別段と脅威があるわけではない。実際にシャンデラ戦よりも攻撃を浴びてるにも関わらず、ミュウツーの傷は大したことない。
 
『別の狙いがあるとみるべきだ。そう……』
「あのリング、だよね」

 考えの一致したふたり。見据える先には一つ。
 最初にフーパが配置し、最も大きく口を開けた金輪。未だ音沙汰なく、けれども不気味に空間が広がる。ミュウツーが急いだ理由である。

「あ、もしかして準備ができたの?」

 意気揚々と尋ねるベルデに、フーパが頷いた。
 敵側の何かが整った。大技の用意が真っ先に思い当たる。「下がって!」と少年が声を張り上げたが、後退するミュウツーには反応せずに、フーパは手に持った金輪を掲げた。

 
「いっくよー! フーパちゃんの真骨頂!」

 最も大きな輪の中から、人影が現れる。それも成人男性ほどの大きさ。これは攻撃ではないと、ふたりは直感ではわかる。それよりも大掛かりな何かの舞台装置。気が付いたが、止める手筈など知るはずもない。
 その時フーパの作った『いじげんホール』から出てきたのは、ふたりにとっては因縁ある者だった。

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